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座敷童さんとあたし

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「わー、いっぱい咲いてますね」
「言葉がありきたりで申し訳ないくらいだが、美しいな」
「……そんな美しいものに囲まれてなお、あなたの美しさは一番に輝くようですね。まぁ、あたしにとったら比べものにならないほどですけど」
「君……!」

 通称紫陽花寺と呼ばれているらしい(神社なのに)そこ。紫陽花咲き乱れる境内での座敷童さんの言葉にそう返せば、どこかうるうると潤んだ眼差しであたしを見返した。

 日曜のお天気もいいということで、にぎわっていて。
 あたしたちはすぐに座敷童さんが見つけた、人通りなく紫陽花が咲いているスポットに避難した。座敷童とはこういう場所を見つけるのが得意らしい。驚きの能力である。それはともかく。

 なんなんだろう、特別なことを言ったつもりはないんだけど。座敷童さんが美人なのは事実だし、座敷童さん以上に綺麗な花なんて見たこともない。当然のことを言っただけだ。

 あまりにも見つめてくるから、こそばゆくなって微笑んで見せると、さっきまでの熱烈っぷりが嘘のようにあっさりと横を向く座敷童さん。なにか気に障ることをしてしまっただろうかと青くなりかけたが、そのそっぽを向く耳先が赤いことに気付いて一気に微笑ましくなる。

 口元に笑みを浮かべながら、とりあえず話題を変えてみた。

「紫陽花と言えば、飴呑さん。花言葉をご存じですか?」
「あぁ……。移り気だとか高慢だとか言うんだろう? しかしなぁ。あの小さな花々にそこまでの重みが似合うかどうか」
「ふふ、違いますよ」
「ん? 他にあるのかい?」

 興味が引かれたようにさっきまでそっぽを向いていた顔が再びあたしの方へと戻る。不思議そうに首を傾げながら言う様子が可愛かった。悩むように腕を組むところなんかも特に。だめだあたし、本当にだめだ。

 自分の脳内に呆れていることなんて感じさせないように座敷童さんににこにこを向ける。吹いた微風にそよそよと紫陽花の花が揺れているのを視界の端に収めながら。すぅっと紫陽花独特の青臭いようなにおいを胸いっぱいに吸い込む。

一家団欒いっかだんらんとか、絆って意味があるらしいです」
「ほぅ」
「あたしたちらしい絆を、結んでいけたらいいですね」
「俺たちらしい絆、か」

 ふふっと座敷童さんが微笑む。あたしたちらしい絆。一カ月半、あの家で過ごした。そこで育んだものに、繋げていけるといいなと思う。初めて会った時、ひどく絶望したのを覚えている。

 男と一緒に暮らさなきゃいけないということに、深く失望した。けれど、そんなどん底まで突き落とされたあたしを拾い上げてくれたのは座敷童さんだった。

 初めて会った時から親切にしてくれたり、輸送システムを見て驚いたり。勧めたとはいえ女装してくれちゃったり、一緒にお出かけしたり可愛いものに目を輝かせたり。

 女装をしたりお菓子を一緒に食べたり作ったり。手料理を他人に食べてもらったのも褒めてもらったのも初めてだった。一カ月半、あたしは毎日を楽しく過ごしてきた。それもひとえに座敷童さんがいてくれたおかげだと胸を張って言える。

 あと女装が2回入ったのは故意である。はい、おまわりさんあたしです。だって女装した座敷童さん超可愛いんだもの。2回どころか本当は3回くらい言いたかった。そういえば……。

「思えば飴呑さん、最初から女装にあまり抵抗なかったですよね? どうしてですか?」
「う…あぁ。昔、本当に小さい頃な? 慈の奴が丈夫に育つようにというんで女物を着せられ育てられた時期があってな。可愛いものも周りに置いてあって、だからあまり抵抗はなかったぜ」

 さすがにこの歳になってまでするとは思わなかったがな、とにこっと笑う座敷童さん。あなた本当に何歳なんですか? 今は自発的にやってますけどね。可愛いから構わない。可愛いは正義なのである。

 そうか、慈さんグッジョブ。写真とかないのかな、小さい頃の飴呑さんとか絶対可愛い。あ、もちろん今も可愛いんだけど、今がこれだけ可愛いならあどけない頃にはもっと期待が持てるということだ。

 あたしが1人悶々としていると、座敷童さんが心配げに顔をのぞき込んでくる。こんなことで心配させてしまってごめんなさい、というか。

「君、大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ?」
「ただ、そうですね。あなたに渡したいものがあったんです」
「俺に?」
「えぇ。お付き合い記念ということで、贈らせてください」

 がさごそと赤いポシェットをあさって、中からこれまた赤い布に包まれた目的のものを出す。本当は茶番に付き合ってくれたお礼として用意していたものだが、ちょうどいいので使わせてもらう。

 いや、本当に感謝の気持ちはこもってるから、それだけは間違いないから! はい、と包んでいた布ごと座敷童さんに差し出すと、おずおずとそれを両手で受け取る。

 手のひらより少し大きめなそれに被さっていた布を一枚一枚丁寧にほどいていく。
 と、露わになったそれに、座敷童さんは目を見開いた。

「これ……」
「飴玉の簪だそうです」
「可愛い、なぁ!」

 てまり飴と呼ばれる飴を丸ごと樹脂コーティングした代物らしい。薄ピンク、オレンジ、黄緑それぞれの飴玉に白いラインが入っていてカラフルなそれらをいくつも連ならせているため、しゃらしゃらと音も涼しい。

 おしゃれさんな座敷童さんならちゃんと使いこなしてくれるだろうと一目惚れだった。絶対座敷童さんに似合うって。目をきらきらさせて、日にきらりと輝くそれをうっとりと見つめる座敷童さん。

「俺の君から簪をいただけるだなんて…」

 名前に飴って入ってるくらいだし、実物をあげてもすごい喜んでくれるからきっと飴玉が好きなんだろうなときゃっきゃとはしゃいでる様子を眺める。

「それ、本物の飴らしいですよ」
「食べられるのかい!?」
「いえ、さすがにそれは無理みたいですけど」
「そうなのか…」

 しょんと肩を落とした座敷童さんに、あたしは口を手のひらで覆った。やばい、可愛すぎる。ぷるぷる震えていると、それに気づいた座敷童さんが簪で遊ぶのをやめ、あたしに首を傾げてくる。簪をしっかり布に再び包んで袂に入れるあたりしっかりしていると思う。

「なにかあったかい?」
「いえ、駅の向こうに飴屋さんがあるらしいので、今度一緒に行きませんか?」
「! で、でーとのお誘いか!? もちろん行くとも!」

 ぱぁぁぁと顔を輝かせて座敷童さんは笑った。

 それから数分後、かがみ込んでそっと紫陽花の花に触れては喜んでいる可愛い恋人を見ていて、あることを思い出す。おもわず、あっと声が出てしまいそれに座敷童さんは顔だけで振り返った。

「どうしたんだい?」
「飴呑さん、ちょっとそのままの体勢でいてください」
「このままか? わかった」

 そのままの格好であたしを見上げる座敷童さんの頬に。

「ありがとうございます、愛してますよ」

 ちゅ

 と軽いリップ音を立てて頬にキスをする。後ろから誰かが見ていたのかきゃあっ! と高い嬉しそうな声が上がった。そりゃあ日曜日で天気もいいものね、穴場とはいえ誰かしらこっちに気付く人もいるだろう。

 1人頷いているあたしに頬を押さえた座敷童さんが、な……な……と言葉にならない声を上げている。人前が嫌だったのかな、帰ってからにすればよかったか。ごめんね!

「な……き、君!? いいい今!」
「毎日の『愛してる』とキスはかかさないようにと、ママと母から言われてるので」
「き……!?」
「あ、口づけです」
「く……!?」

 あわあわと赤くなる座敷童さん、それについ笑みがこぼれて。こんな毎日がずっと続いて、幸せをかみしめていたいなぁと青空を仰ぐ。まぶしさに目を細めれば、一陣の風が吹いた。


 余談

「そういえば、ここってなんの神社か飴呑さんご存じですか?」
「ん? 初めて来た所だからな。皆目見当もつかないが」
 「安産祈願、だそうですよ?」
「あ……!?」
「いつかお世話になることがあるかもしれませんねぇ」

 ちょっとからかいすぎたかなと反省する間もなく、可愛い恋人は紫陽花の中に頭を突っ込んで倒れてしまった。反省。
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