上 下
28 / 37

あたしとおやつ

しおりを挟む
「座敷童さん、お茶にしませんか?」
「ん? あぁ、そうだな。もう八ツ時か」
「八ツ時?」
「おやつの時間、だな。しかしいい茶菓子があったかどうか……」
「そこはほら、これですよ」
「ゆそうしすてむか!」

 あたしが片手に持ったタブレットを示せば、座敷童さんは合点がいったとばかりにぽんと手を叩いた。……なんだこの可愛い仕草は。今度あたしもやってみようかな、機会があればだけど。ではなくて。

 日曜日のちょうどおやつの時間、あたしたちは座敷童さんが淹れてくれたお茶をお供に。美味しそうなおやつを探すために居間のちゃぶ台にタブレットを置いて、のぞき込んだ。ちなみに、座敷童さんは女装をしてお化粧も完璧にしていた。柔らかい色合いの口紅だけだけど。

 っていうか口紅以外するような顔じゃない。下手なことをすればその美貌に陰りが出てしまうだろう。可愛いは作れるってお化粧のCMとかでよく言ってるけど、座敷童さんの場合は美しいが崩れる心配があるから口紅以外は必要ないのだ。

 それはそうと、今日のお洋服は随分と控えめだった。チョコレート色のワンピースで、スカートの部分は黒のグレンチェックが入っていて、アンティークのような渋い色合いのゴールドのボタンが4つついている。フリルブラウスは純白で、袖にフリルと胸元には黒いリボンがあしらわれていた。足まで余念なく黒のタイツをはいている。

 全体的に落ち着いた色合いの、いつもの姫系大好きな座敷童さんにしては抑えぎみな服装だった。珍しい。

 まぁ、美少女には変わりないんだけど。正直純和風の居間というかちゃぶ台につかせてるのが申し訳ないくらい浮いていた。なんかごめん。

 それはおいといて、大切なのはこれからのおやつの時間を彩るおやつ決めだ。

「シュークリームは食べたいです。あ、ビアードパ〇のテナント出てる。これはカートに入れて、と。杏のタルトですって。ヤマモモクッキーもいいですね、さくらんぼケーキも美味しそうじゃないですか? 全部ぽちっちゃいましょう」
「全部美味そうだな! というか、ぽち?」
「注文しちゃいましょう」
「おぉ! 俺が、俺がぽちっちゃうぞ!」
「お願いします」

 ネットスーパーで見た、興味をひかれたお菓子を次々にカートに入れていく。結構な量になってしまったが、座敷童さんも食べるしまぁいいか。

 にしても「ぽちっちゃうぞ」である。「注文するぞ」とか「ぽちるぜ!」くらいなら想像していたがまさかの「ぽちっちゃうぞ」……。座敷童さんは可愛いことを再確認した。いやいきなり「ぽちる」なんて応用編は難しいかな、とは思っていたけど。

 座敷童さんがぽちってくれてから数分後、ごとんとあたしの部屋があるあたりから物音がした。もう着いたらしい。

「ゆそうしすてむは素晴らしいな」
「人類最高峰の発明だと思います」

 あたしが真顔で言えば、座敷童さんはそんなにかと苦笑した。だってそうじゃない? 頼んだものがほとんどタイムロスなく届くなんて夢のようでしょ。

 でも確かに便利だけど、輸送システムを取り入れていないところは割とまだある。この便利さに慣れてしまえば、それらのお店を利用した時にまだ来ない! とやきもきしそう。うん、便利さに慣れちゃいけないね。

「いっぱい買いましたけど、その分お夕飯は減らしましょうね」
「? あぁ、腹いっぱいになってしまうからな」
「いえ、太るからですよ」

 その時の座敷童さんの複雑そうな顔をあたしは一生忘れないと思った、なぜか。



「本当にいっぱい買ったな」
「全部一気に食べちゃいます? あ、シュークリームは食べたいです」
「しゅーくりーむか! てれびで見たことあるぞ! まるで天国にいるような幸せな心地になれるとか!」
「あたしはあなたと居られれば、どこでも天国より幸せな心地になれると思えますけどね」
「くっ……心の準備が」
「はい?」

 この会話のどこらへんに心の準備がいるのか。というよりテレビでしか見たことないって…食べたことないのか座敷童さん。座敷童さんがあたしの部屋から持ってきてくれたダンボール箱に詰められたお菓子たちを一緒にのぞき込みながら、あたしはちょっと切なくなった。

 なにを隠そう、あたしの好物はシュークリームである。別に隠してないけど。スーパーで安く売っているようなチープなものから、ビアードパ〇のざっくりとした生地とクリームの濃厚さもたまらない。

 さっそく箱の中からビアードパ〇のロゴがついている小箱を取り出す。それを開けて、2個入っていたシュークリームのうち片方を包み紙ごと座敷童さんに渡す。

「どうぞ」
「ありがとう。わっ……甘くていい匂いだな」
「ここの有名ですし、とっても美味しいですよ。おすすめします」
「君のおすすめなんて、これは期待が持てるぜ」
「ありがとうございます。クリーム、たれないように気を付けてくださいね、せっかく可愛い格好をしてるんですから」
「か、かわ……気をつけよう」
「はい」

 嬉しそうに包みを両手で持ちながら、座敷童さんが朗らかに笑った。が、あたしの言葉でばふん! と赤くなってシュークリームを持ちながらもじもじと身体を揺らした。

 ……他の男がしたら問答無用で目をそらす光景だ。可愛いから許される、これぞ座敷童さんクオリティー! じゃなくて。

 はぐっとシューにかみつく座敷童さん。そうですよね、普通そうやって食べるのが王道ですよね。あたしは上と下にわけちゃう派だけどな! いや、邪道だってわかってるんだよ。でもその方が汚れないし、2個食べた気になれるし合理的だと思うの。

「君、君! これっ! 美味いな」
「ですよね、美味しいですよね!」
「あぁ!」

 はぐはぐとクリームがたれないようにか勢いよく食べ進めていく座敷童さん。その幸せそうな顔がなによりも美味しいと言ってくれているようで、あたしも嬉しかった。自分が好きなものを共有できるって素晴らしいよね!

 だが勢いよく食べ進めたせいで、あっという間に手のひらより小さいシュークリームはなくなってしまった。座敷童さんの手には包み紙だけが残った。

「あ……なくなってしまった」
「それはなくなりますよ。美味しかったですか?」
「ああ! とてもうまかったぜ!」
「それはよかった。ところで」
「ん?」

 言葉を切ったあたしに、座敷童さんが首を傾げて唇をなめる。口紅が取れますよっていうか、おしい。

「ほっぺにクリームがついてますよ、お姫様」
「お……!?」
「はい、もう大丈夫です。……どうしました?」

 座敷童さんのまろいほっぺについたカスタードクリームを人差し指ですくいあげて、ぱくんと口に含む。うん、美味しい。やっぱり市販で売ってるやつとはだいぶ違うよね、濃厚さといい口に残らない甘さといい。

 一人納得して頷いていると、座敷童さんがあたしがクリームを取ったほうの頬を押さえて、もう片っぽのほっぺをさらに赤く染めた。

 どうしたのかと聞けば、耐えきれなくなったように震えだして。

「座敷童さん?」
「あ……あ」
「ああ?」
「何でもないっ!」

 そうして座敷童さんは脱走した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

処理中です...