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あたしと告白

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「あれ……?」

 祝日の水曜日。2番風呂をいただいたあたしがパジャマのまま部屋に戻ると、座敷童さんが女装をしてあたしのベッドで寝ていた。2番風呂と言っても、それ以上人が入るわけじゃないんだけど。

 いつもは、「家主が1番風呂だぜ」とか言ってあたしを1番に入れさせる座敷童さんが。今日に限って控えめながらも1番風呂を主張してきたのはこのためだったのかとあたしは1人納得した。

 ドッキリか何かするつもりだったのだろうか? 驚かせる側が寝入ってちゃ意味がないだろうに。思わず苦笑がもれてしまう。

 出来るだけ音をさせないように部屋に入って、後ろ手に扉を閉める。きぃぃと立った小さな音には座敷童さんは目を覚ます気配すらなかった。
 それにしても。

「美人だなぁ……」

 ベッドの頭もとにしゃがみこんで、座敷童さんの顔を見れば、ほうっと感嘆がもれた。まつげも雪のように白く長くて肌も白い、薄い唇は形よく綺麗な色をしていた。

 そのまま身体に視線をやれば、今夜は随分と気合が入ってるなとあたしは目を細めた。赤い布地に金…なんだろう、シロツメクサとクローバーかな? よくわからないけど金糸で細かく刺繍されたそれが繊細だってことはわかる。

 黒の帯で締められたその着物ドレスはお月見した時のと似たようなタイプで、こちらは黒いレースで袖や裾それと襟に縁取りとしてあしらわれていた。前のに比べると、大人っぽい印象だ。

 こんなベッドに寝転んで大丈夫なのかな、高そうな服なんだけど。思いつつ、あたしは座敷童さんの頬をぷにっと押す。うわ、なにこのもち肌。前も思ったけど、つやつやすべすべのくせにしっとり手に吸い付いてくる。あたし確実に乙女として負けてる。

 いや、でも体質とかもあるし。と言い訳しながらぷにぷにし続けていると。

「……ん?」

 ふるりと長いまつ毛を震わせて、座敷童さんのお目覚めだった。
 ん? んーと唸りながら、昼寝から起きた猫みたいに身体を伸ばす座敷童さん。その時のぞいた白い足は日焼けなんかしたこともないのだろう、紙のように白かった。

 自分がどこにいるのかわからない様子で、起きながらきょろきょろと眠たい眼であたりを見まわす様子が可愛かった。ので、にこにことみていると。あたしに気付いた座敷童さんが目を丸くして、ざっとベッドの壁際まで後退する。

「は、早かったな」
「いえ、ゆっくり浸かりましたよ」
「くっ……」
「あ、だめですよ」
「あ……」

 なぜかわからないが、座敷童さんは悔しそうに唇をかんだ。せっかく綺麗な唇が傷ついてしまう、とあたしがあわてて座敷童さんの唇に人差し指を押し付けると、あっさりと噛むのをやめた。よかった。ところで。

「座敷童さん」
「な、なんだ?」
「あたし、言いましたよね?」
「な、なにを」
「あんまり可愛いことしてると、食べちゃいますよって」

 とん。あたしは立ち上がると座敷童さんが座っているベッドに乗り上げ、手を座敷童さんの顔の横につく。びくんと座敷童さんは身体をはねさせ、ちょっと身を縮こまらせる。
 そんなに怖いことしてないんですけど。あ、でもLEDで逆光になってるし怖く見えるのかも。

 それはそうと、こんな夜にあたしのベッドで寝ていたなんてどうしたんだろう。本当にドッキリでも企画してたのかな? 座敷童さんドッキリとか知らなそうなんだけど。
 あたしが内心首を捻っていると、襟元をきゅっと両手で握った座敷童さんが口を開いた。

「ぜ……ぜひ」
「え?」
「た、食べてくれ!」

 耳まで真っ赤にした座敷童さんが、小声で叫んだ。
 は? 食べてくれってなに? え、さっきの発言のやつ? 冗談なんですけど!?
 無防備に可愛く寝てるからついやっちゃっただけなんですけど!? え、あたし無罪だよね?

 もしかして本当にドッキリかこれと思って辺りを見回すも、カメラはまわっていない。むしろこの状態の座敷童さんをドッキリだと思えない。

 それくらい座敷童さんの雰囲気は顔は必死で、切なかった。まるであたしが断ると思ってるみたいに。当然のように、そう思ってるみたいに。結論:本気。

「座敷童さん」
「な、なんだ。やっぱり俺みたいな年増は……」
「私の可愛い座敷童さん。お願いですから、ご自分の身体を大事にしてください」

 え、なんで嫁入りもしていない、女であるうら若き乙女のあたしが自分の娘、もしくは他の女の子に言うようなことを男相手に言ってんの? あたし、困惑の極致だ。っていうか年増ってなに? 座敷童さん何歳なの? びっくりだよ?

 そっと頬に手を添えれば、潤んだ桃色がさらに潤み、上気した頬がすり寄ってくる。うわ、パジャマの中で鳥肌が。と思ったが、とりあえずそれは置いておいて。座敷童さんをじっと見ていると、濡れた目があたしを見返す。

「……だから」
「はい?」
「大事な身体だから、大切な君に。捧げたいんだ」

 どこか泣きそうな声で座敷童さんは言った。
 え……つまりこれって座敷童さんはあたしのことが好きってこと? え? まじで? 思わず座敷童さんを凝視すれば、恥ずかしくなったかのように着物ドレスの袖、黒いレースで顔を隠してしまった。仕草がいちいち可愛い。

 っていうか、え。これまじか。えー。どうしろって。えー。座敷童さんのこと全然そんな風に考えたことなかった。

 大体あたし男嫌いだから彼氏とか無理っぽいんだけど。いくら座敷童さんが気が利いて料理上手で可愛くて女装趣味で女子力高くても……あれ? 全然男っぽくない。いける気がしてきた。

 そもそも、とあたしはここ最近、引っ越してきてからの座敷童さんとの毎日を思い出す。赤面して逃げる座敷童さん、あたしの誕生日をお祝いしてくれようとした座敷童さん、お月見の夜切ない顔をした座敷童さん。

 ここに来て一か月。あたしはいろんな座敷童さんを知っている。愛だの恋だのはまだよくわからないけれど、少なくともあたしは、あたししか知らない座敷童さんを嬉しいと素直に思えるから。

 それに「大切な君」と言われてしまった。ちょっぴり自分の頬が赤くなるのがわかる。そんなこと言われたの、初めてだ。

「座敷童さん、あたし恋とか愛とかまだわかんないんです」
「そう、か」
「だから、座敷童さんが教えてくれませんか?」
「え」
「まだあたし、座敷童さんに自己紹介もしてないんです」
「あ……」
「だからまず、自己紹介から始めませんか?」

 座敷童さんが顔を隠していた手を太腿に置く。その手をそっと持ち上げながら、あたしは言った。

「あたしの名前は御生艶みいけつや、女子高生をしています。この1か月ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします」

 握手の形をとった手。あたしが座敷童さんに笑いかければ、座敷童さんの目からほろりと涙が一粒流れ落ち、嬉しそうに笑ってくれた。
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