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あたしと日常
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我が家には座敷童がいる。
正確には、座敷童なんて鼻で笑えるような青年の姿だが、本人曰く「座敷童な気がする」との自己申告があったため、早々に問題視はしなくなった。男嫌いのあたしが、なぜ彼という存在を黙認しているかというと。
「まぁ、許容のぎりぎり範囲内ですし」
「ん? 君、何か言ったかい?」
「いえ、別に何も。それより座敷童さん(笑)、勉強中のあたしの部屋に入ってきていったい何事ですか?」
「今、座敷童にそこはかとなく悪意があったような気がするんだが……。気のせいだろうか?」
「気のせいですよ」
爽やかな土曜日の午後。机に向かい参考書を開いたあたしの後ろで。首を傾げた座敷童さんの白い髪が、窓から差し込む日差しに艶やかに照る。さらりと静かに音を立てて、のばされた襟足が真っ白な着物の上を流れた。
白髪なのにはっきりとわかるキューティクル。座敷童さんの髪は綺麗だ。その美しい髪に包まれた顔は本当に小さくて、肌もきめ細やかでつるっつる。
この世の美しいパーツのみを詰め込んだような男とは思えない端整な顔に、不思議そうな色が乗る。この顔も許容範囲内となった1つの要因だ。
「用事があってきたんだが……」
「あぁ、はい。いつものですか?」
「ああ! かたろぐを見せておくれ!」
嬉しそうに鮮やかな桃色の瞳がきらめく。催促するように絡んでこようとする腕を振り払いながら。あたしは机に置いておいた端末を片手に椅子をひいて立ち上がると、本棚に入れておいた服飾のカタログを取りベッドに直行する。
ひょこひょことあたしの後をついてきながら、座敷童さんが口を開いた。
「なぁ、どうだ。君もそろいで着ようじゃないか」
「今ちょっと金欠なんでまた今度よろしくお願いします」
「いつもそう言って着てくれないじゃないか」
ぷうっと子どものような仕草で座敷童さんが頬を膨らませる。どこか子どもじみたこの座敷童にはそんな表情が良く似合っていた。こんなところも許容範囲に収まった理由の1つだ。
苦笑しながら、あたしがその膨らみを人差し指でつつくと、すぐにぷしゅーと空気が抜けていく。それに満足と言わんばかりに快活に笑うと、座敷童さんは意気揚々と声を上げた。
「服くらい、俺がおごるぜ!」
「だめです。それに」
ぽすんとベッドに腰を下ろしたあたしは、当然のように隣合わせに座った座敷童さんとの間で、それを広げる。
ゴスロリ、甘ロリといわれるロリータ関連の服飾カタログを。
「あたし、あんまり趣味じゃないんですよ」
「そうかい? 残念だ」
本当に残念そうに肩をすくめながら座敷童さんは、嬉しそうにカタログをめくり始めた。やがて、白とピンクを基調とした、いわゆる甘ロリータと呼ばれるページまで来ると、ふとその細い指をとめた。
どうかしたのかと顔をのぞき込んでみると、きらきらと瞳を輝かせて一点を見ていた。
「ありましたか?」
「ああ、君! これだ。俺に似合うと思わないか!?」
そう言って指さしたのは、フリルがあふれんばかりに盛られた甘ロリだった。半袖の袖口はきゅっと絞られ、白いエプロンドレスに赤いワンピース。丸い襟もとには赤の細いリボン。足元はこれまた赤と白のボーダーハイソックス。頭には大きな赤色のリボンがついていた。そう、不思議の国のアリスの赤verといえばいいのだろうか。まあ可愛らしいものだった。
確かに、線の細い美貌の座敷童さんには似合いそうな代物だ。
「似合いそうですね。ピンクだとぼやけますけど赤ならはっきりしてていい感じです」
「そうだろう? どうだい君。色違いで青もあるらしいんだが」
「ご冗談を。趣味じゃないんですってば」
笑いながら断ると、しょんと座敷童さんの肩が落ちる。それにさらに笑っていると、ベッドの真向かいに置かれた姿見に肩を揺らして笑っているあたしが映っていた。
胸までのストレートな黒髪に白いワンピース。座敷童さんと違って特筆すべき点など微塵のない平々凡々としたあたしの顔。和やかそうなその顔に内心ぐっとこぶしを握り締める。平凡って素晴らしい!
「そうかい? じゃあこれを頼んでくれ」
「はいはい」
片手に持っていた端末で赤いアリスのページのQRコードを読みこんで、注文のボタンを押す。すると、ごとんと音がしてたいして広くもない部屋の中央に包み箱がどこからか落とされた。
もう届いたらしい。
さすがアマゾ〇。最新式の輸送システムを取り入れているだけのことはある。即日どころか即時配達だ。ありがたい。
あたしの横に座っていたはずの座敷童さんは素早く立ち上がると、嬉しそうにいそいそと包みに近寄り、それを破き始める。
びり、びりりりりと派手な音を立てて破り終えると、箱を開けて、さっそく中身を取り出した。
白い指がカタログとちょっとの違いもないそれを掴み、空中で広げる。
「相変わらずすごいな、ゆそうしすてむとやらは! ところでどうだい、君!」
「ええ、似合うと思いますよ、座敷童さん」
「そうか! それじゃあさっそく着替えるな!」
「あたし、後ろ向いてますね」
がさごそ、ばさばさと音が立ったかと思うとほんの5~6分で「もういいぜ」と朗らかな座敷童さんの声がした。ずいぶんと手慣れているようで。さすがです、女装趣味。心の中で褒めながら振り向くと。
そこには美少女がいた。
言うまでもなく赤アリスをまとった座敷童さんだったが。化粧もしていないのにあの完成度とはこれいかに。
一式セットだったらしく、赤と白のボーダーハイソックスや手首につけた白いシュシュ、頭についた赤いリボンまでよくお似合いだった。
座敷童さん本来の儚い雰囲気も相まってアリスというよりもどこかのお姫様のような座敷童さん。だがその周りに脱ぎ散らかしてある白い着物が残念だった。たためよ。
「ど、どうだ?」
「よくお似合いですよ! とっても良いです!」
「本当か!?」
どこかそわそわした様子で恥じらいながら尋ねてくる座敷童さんに全力でサムズアップすれば、ぱっと花を散らしたような笑みが返ってきた。背景は白百合かな?
嬉しそうにあたしに駆け寄ろうとした座敷童さんだったが、自分が脱ぎ散らかした着物に足をとられ転びそうになった。たためと言ったのに。心の中で。
「うわ!」
「座敷童さん!」
ベッドから急いで立ち上がり、座敷童さんの上半身を支えようとするがやはりそこは青年の重さだ。あたしは支えきれずに尻もちをついた。
「君! すまない!」
あわてた様に座敷童さんが退こうとするのを押しとどめ、あたしは人差し指と親指を座敷童さんの顎にかけた。体勢的にあたしの方が上にいたからその顔が見えなくて。
くいっと顎を持ち上げる。するっと座敷童さんの白い前髪が横に落ちる。
途端、大きく目を見開いた、こぼれ落ちそうな桃色の瞳と出会う。ぽかんと開いた薄い唇が印象的だった。
「よかった。顔、怪我してませんね」
「…」
「危ないですよ? お姫様」
「!?」
ほっと顔を緩めて笑みを向けると、なぜかたちまち真っ赤になった座敷童さん。彼はばっとあたしの上から退くと、瞬時に自分の着物を拾い上げてばたんと扉をきしませながらあたしの部屋を出ていった。
「なにあれ?」
あたしはただ1人、不思議に首を傾げるだけだった。
正確には、座敷童なんて鼻で笑えるような青年の姿だが、本人曰く「座敷童な気がする」との自己申告があったため、早々に問題視はしなくなった。男嫌いのあたしが、なぜ彼という存在を黙認しているかというと。
「まぁ、許容のぎりぎり範囲内ですし」
「ん? 君、何か言ったかい?」
「いえ、別に何も。それより座敷童さん(笑)、勉強中のあたしの部屋に入ってきていったい何事ですか?」
「今、座敷童にそこはかとなく悪意があったような気がするんだが……。気のせいだろうか?」
「気のせいですよ」
爽やかな土曜日の午後。机に向かい参考書を開いたあたしの後ろで。首を傾げた座敷童さんの白い髪が、窓から差し込む日差しに艶やかに照る。さらりと静かに音を立てて、のばされた襟足が真っ白な着物の上を流れた。
白髪なのにはっきりとわかるキューティクル。座敷童さんの髪は綺麗だ。その美しい髪に包まれた顔は本当に小さくて、肌もきめ細やかでつるっつる。
この世の美しいパーツのみを詰め込んだような男とは思えない端整な顔に、不思議そうな色が乗る。この顔も許容範囲内となった1つの要因だ。
「用事があってきたんだが……」
「あぁ、はい。いつものですか?」
「ああ! かたろぐを見せておくれ!」
嬉しそうに鮮やかな桃色の瞳がきらめく。催促するように絡んでこようとする腕を振り払いながら。あたしは机に置いておいた端末を片手に椅子をひいて立ち上がると、本棚に入れておいた服飾のカタログを取りベッドに直行する。
ひょこひょことあたしの後をついてきながら、座敷童さんが口を開いた。
「なぁ、どうだ。君もそろいで着ようじゃないか」
「今ちょっと金欠なんでまた今度よろしくお願いします」
「いつもそう言って着てくれないじゃないか」
ぷうっと子どものような仕草で座敷童さんが頬を膨らませる。どこか子どもじみたこの座敷童にはそんな表情が良く似合っていた。こんなところも許容範囲に収まった理由の1つだ。
苦笑しながら、あたしがその膨らみを人差し指でつつくと、すぐにぷしゅーと空気が抜けていく。それに満足と言わんばかりに快活に笑うと、座敷童さんは意気揚々と声を上げた。
「服くらい、俺がおごるぜ!」
「だめです。それに」
ぽすんとベッドに腰を下ろしたあたしは、当然のように隣合わせに座った座敷童さんとの間で、それを広げる。
ゴスロリ、甘ロリといわれるロリータ関連の服飾カタログを。
「あたし、あんまり趣味じゃないんですよ」
「そうかい? 残念だ」
本当に残念そうに肩をすくめながら座敷童さんは、嬉しそうにカタログをめくり始めた。やがて、白とピンクを基調とした、いわゆる甘ロリータと呼ばれるページまで来ると、ふとその細い指をとめた。
どうかしたのかと顔をのぞき込んでみると、きらきらと瞳を輝かせて一点を見ていた。
「ありましたか?」
「ああ、君! これだ。俺に似合うと思わないか!?」
そう言って指さしたのは、フリルがあふれんばかりに盛られた甘ロリだった。半袖の袖口はきゅっと絞られ、白いエプロンドレスに赤いワンピース。丸い襟もとには赤の細いリボン。足元はこれまた赤と白のボーダーハイソックス。頭には大きな赤色のリボンがついていた。そう、不思議の国のアリスの赤verといえばいいのだろうか。まあ可愛らしいものだった。
確かに、線の細い美貌の座敷童さんには似合いそうな代物だ。
「似合いそうですね。ピンクだとぼやけますけど赤ならはっきりしてていい感じです」
「そうだろう? どうだい君。色違いで青もあるらしいんだが」
「ご冗談を。趣味じゃないんですってば」
笑いながら断ると、しょんと座敷童さんの肩が落ちる。それにさらに笑っていると、ベッドの真向かいに置かれた姿見に肩を揺らして笑っているあたしが映っていた。
胸までのストレートな黒髪に白いワンピース。座敷童さんと違って特筆すべき点など微塵のない平々凡々としたあたしの顔。和やかそうなその顔に内心ぐっとこぶしを握り締める。平凡って素晴らしい!
「そうかい? じゃあこれを頼んでくれ」
「はいはい」
片手に持っていた端末で赤いアリスのページのQRコードを読みこんで、注文のボタンを押す。すると、ごとんと音がしてたいして広くもない部屋の中央に包み箱がどこからか落とされた。
もう届いたらしい。
さすがアマゾ〇。最新式の輸送システムを取り入れているだけのことはある。即日どころか即時配達だ。ありがたい。
あたしの横に座っていたはずの座敷童さんは素早く立ち上がると、嬉しそうにいそいそと包みに近寄り、それを破き始める。
びり、びりりりりと派手な音を立てて破り終えると、箱を開けて、さっそく中身を取り出した。
白い指がカタログとちょっとの違いもないそれを掴み、空中で広げる。
「相変わらずすごいな、ゆそうしすてむとやらは! ところでどうだい、君!」
「ええ、似合うと思いますよ、座敷童さん」
「そうか! それじゃあさっそく着替えるな!」
「あたし、後ろ向いてますね」
がさごそ、ばさばさと音が立ったかと思うとほんの5~6分で「もういいぜ」と朗らかな座敷童さんの声がした。ずいぶんと手慣れているようで。さすがです、女装趣味。心の中で褒めながら振り向くと。
そこには美少女がいた。
言うまでもなく赤アリスをまとった座敷童さんだったが。化粧もしていないのにあの完成度とはこれいかに。
一式セットだったらしく、赤と白のボーダーハイソックスや手首につけた白いシュシュ、頭についた赤いリボンまでよくお似合いだった。
座敷童さん本来の儚い雰囲気も相まってアリスというよりもどこかのお姫様のような座敷童さん。だがその周りに脱ぎ散らかしてある白い着物が残念だった。たためよ。
「ど、どうだ?」
「よくお似合いですよ! とっても良いです!」
「本当か!?」
どこかそわそわした様子で恥じらいながら尋ねてくる座敷童さんに全力でサムズアップすれば、ぱっと花を散らしたような笑みが返ってきた。背景は白百合かな?
嬉しそうにあたしに駆け寄ろうとした座敷童さんだったが、自分が脱ぎ散らかした着物に足をとられ転びそうになった。たためと言ったのに。心の中で。
「うわ!」
「座敷童さん!」
ベッドから急いで立ち上がり、座敷童さんの上半身を支えようとするがやはりそこは青年の重さだ。あたしは支えきれずに尻もちをついた。
「君! すまない!」
あわてた様に座敷童さんが退こうとするのを押しとどめ、あたしは人差し指と親指を座敷童さんの顎にかけた。体勢的にあたしの方が上にいたからその顔が見えなくて。
くいっと顎を持ち上げる。するっと座敷童さんの白い前髪が横に落ちる。
途端、大きく目を見開いた、こぼれ落ちそうな桃色の瞳と出会う。ぽかんと開いた薄い唇が印象的だった。
「よかった。顔、怪我してませんね」
「…」
「危ないですよ? お姫様」
「!?」
ほっと顔を緩めて笑みを向けると、なぜかたちまち真っ赤になった座敷童さん。彼はばっとあたしの上から退くと、瞬時に自分の着物を拾い上げてばたんと扉をきしませながらあたしの部屋を出ていった。
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