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「それ、で」
「へ……あ、は、はい。シャーロットをお望みですよね。……そうですね、犯罪奴隷ですし、金貨二百枚といったところでしょうか」
「……ぼったくりすぎだろうが。犯罪奴隷の価値は大体金貨一から百枚だろ」
「しかしだね、若い女性で呪印もなくなったわけだし」
「そうしたのはこっちだ」
「君、は」

 シャーロットの金額について応酬しているティオヴァルトと館主の間で、咲也子はいまだにへたり込んでいるシャーロットへと口を開く。それになんとなくティオヴァルトが口を閉ざせば、館主もそれに倣った。

「君の信仰は敬意に値す、る。だから呪いを解い、た」
「はい、主よ」

 声をかけられたことにびくりと震え、へたり込んでいたシャーロットはあわてて拝跪した。腰までの長い銀髪がするりと広がる。手を胸の前で組み、目を閉じ祈りのポーズをとる。その手はかすかに信仰心に震えていて。しかし目は恐れではなく畏れでもって歓喜に美貌を輝かせながらシャーロットは咲也子の、自らの信仰する神の言葉を受け取っていた。

「なら、信仰以外に君はおれにどんな価値を示せる、の?」

 価値。例えばティオヴァルトだったら冒険者登録の推薦者という咲也子にとっては大きな価値があった。まあ努力が無に返されるのが嫌だという理由もあったが、それはほんの後付けだ。いまでもあの修道女の願いという要素はある。でもそれはあの修道女の価値から派生したもので、決定打には到底なりえない。
 ならばシャーロットの奴隷としての価値は、シャーロットが自分で作りださなければならないのだ。咲也子には、シャーロットが必要な理由なんてないのだから。
 どんな価値を示せるのかという言葉に、シャーロットの身体が硬直する。

 考えろ、考えろシャーロット。神殿の青目持ちの方々はどんなものに心惹かれていた? どんなものを好んでいた? どんなものを……‘強欲‘の青目持ちは食事に心惹かれるようだったが、いまのシャーロットにはそれは用意できない。しかも得意といえるほど料理はしたことのないシャーロットには無理だ。なら……最後に見たのは自分を見下ろす黒髪を結い上げた‘暴食‘の青目持ち。彼女は確か。

 逡巡するようにそれから五分は固まっていたシャーロットが、そっとその薔薇色の唇を開く。

「主神殿には、神殿付きの騎士にしか閲覧できない書物が五冊ございます。その中身を、主へと奏上させていただくことを許されるのなら、それを私の価値とします」
「採、用」
「はえーよ」

 フードの奥で‘暴食‘に青く光らせた瞳で速攻。親指を立ててティオヴァルトの呟きも何のその、咲也子は深く頷いた。
 どうやら正解だったらしいとほっとシャーロットは胸をなでおろした。‘暴食‘の青目持ちは知識のために生きていくための人間の三大欲求をないがしろにする勢いであることを、六年も主神殿に勤めていたシャーロットは知っていた。それはつまり、‘暴食‘の才能を持つキメラも同じかもしれないと考えたのだが、正しかったようだ。

「では、金貨二百枚でよろしいでしょうか?」
「ん」
「おい!」
「主よ、さすがにそれは……」
「知識はお金に変えられないの、よー」

 そういって、咲也子はほわりと空気を緩めさせながらウエストポーチから取り出した小花の飾りがついた財布から、金貨を一枚ずつ抜き始めた。


 シャーロットの荷物を受け取ったり奴隷印の所有者書き換えを行って奴隷商館を出るころにはすっかりお昼も過ぎていた。というか十四時。もはやおやつの時間の方が近いくらいである。
白いワンピースに青いミニのジーンズの下には黒タイツに茶色い膝までのブーツ。ワンピースやジーンズの裾には白いフリルという女の子っぷりである。奴隷商館に預けられていた私服で出てきたシャーロットに、こいつ連れて歩くのかよとばかりに嫌そうな顔をしたのはティオヴァルトだった。咲也子はきょとんとした後。

「かわいいの、ねー」
「あ、ありがとうございます。主よ」
「フリル、めずらしいの、ね」

 そういえば、町にいる時。フリルを付けた人々は見当たらなかったと咲也子は首を傾げる。

「ええ、主の身につけられているケープにはふんだんにあしらわれておりますが、フリルは貴族階級の流行でして」
「……貴、族?」
「あ……、申し遅れました。私シャーロット・ギルマンと言いまして。ギルマン公爵家の娘です。といっても出家した身なので姓はなかったのですが、奴隷になるなら世俗に戻るということで戻ってきました」

 ひくりと思わずティオヴァルトの頬が引きつったのは仕方がないことだろう。貴族の娘かよ、引き取って大丈夫なのかこれ。ティオヴァルトの心情が思考がだだ漏れの中、笑顔でよろしくお願いします、主よ! と元気に返事をしてくるシャーロットに。ああ、だからミリーは自分を貴族だと思ったのかなんて初めて会った時のミリーの様子が思い浮かぶ咲也子だった。とりあえず。とことことシャーロットに近づいて、きゅっとワンピースの裾に隠れた両手でその手を握る。

「よろしく、ね」
「はい! こちらこそ!」
「……それより、腹減ったから止まり木戻ろうぜ」
「ん」
「あ……」

 ティオヴァルトの言葉にするりと離れていった小さな手に残念そうに声を上げて、シャーロットはティオヴァルトを睨んだ。
 思い出したように咲也子は空中へと手を滑らせ、何かを取り出す作業をする。つまり【アイテムボックス】からなにかを取り出したわけだ。何かとは別に特別なものではない。シャーロットの犯罪奴隷と一目でわかる首輪を隠すために真っ白なマフラーを取り出したのだ。それをシャーロットに渡して首に巻いてもらう。
実はこれ最高級手触りのマフラーで、ずっと前にクロエが迷宮で取ってきて【アイテムボックス】の肥やしになっていたものである。二つ一組でティオヴァルトがつけている真っ黒なものと対のため実質おそろいである。ちなみにこの話を聞いたティオヴァルトは嫌そうな顔をして、シャーロットは主から頂いたもの! と感動半面やはりおそろいは嫌なのか複雑そうな顔をしていた。

「にしてもあんた、値引きさせるの上手いな」
「ティオのおかげ、よー」
「……」

 そう、結局シャーロットは金貨百枚で買われていた。
 にやりとあくどく口端をつりあげたティオヴァルトに手を広げて無言で抱っこをねだるほのほの雰囲気で笑う咲也子にそっとシャーロットは眉間を押さえた。
 どうやって値引きさせたか。簡単である。咲也子の隣でティオヴァルトが威圧を掛けつつ、咲也子はことさらゆっくり一枚一枚財布から金貨を取り出したのである。
 時間と威圧に消耗した館主はちょうど百枚目のところで音を上げた。
 案外持った方だなと咲也子は抱っこされつつその冷えた思考で考えた。予定だと五十枚くらいにさせるつもりだったのに。
 それはともかくとして。

「とりあえず、止まり木でお昼ご飯食べよう、ね」

 そういうことになった。

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