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行ってみたいの 迷宮編
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「朝です、よー」
「見りゃわかる。っていうか、珍しく早起きしたな」
早起きと言いつつも、もう八時だ。いや、いつも九時過ぎに起床し始める咲也子にしたら十分な早起きだったのだが。カーテンをめいいっぱいに開いて、窓を開ける。朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、咲也子は嘆息した。
「早起きは得、ね」
「やっすいな」
この朝の空気を吸うことだけでも早起きの価値はあると無表情ながらも目を和ませて言った咲也子にティオヴァルトにはにべもなかった。順番に交代して顔を洗う。もちろん咲也子の方が先だ。奴隷としてそこは譲らなかったティオヴァルトである。
さっそく髪を結おうとする咲也子にティオヴァルトから声がかかる。
「これ、土産。人魚の迷宮踏破したから」
「昨日お出かけした、の? 元気、ねー」
「年寄りみてぇなこと言ってんじゃねえよ」
手渡されたのは、歯の先端まで透き通った青が美しい櫛だった。朝のやわらかい日差しに反射してきらきらと輝くそれは、櫛自体が水を含んでいるかのような水のきらめき方だった。思わず見とれる咲也子に、ティオヴァルトは照れたように顔を背ける。
「きれい、ね」
「いつも櫛使ってんだろ。俺は使わねえし、やる」
そらされてしまった顔の代わりに、咲也子はティオヴァルトの下ろされていた手をきゅっと袖越しに両手で掴んで、何回かきゅっきゅっと握る。
何事かと咲也子を見下ろしたティオヴァルトはどうやらこれが、うれしさと感謝を表しての行動らしいということに気付く。だんだん無言の表現にも慣れてきた頃合いである。
「ありがと、ねー」
「……ああ、どういたしまして」
ぶっきらぼうにまたそっぽを向いてしまったティオヴァルトの耳が赤くなっているのを見て、咲也子はほんわりとまた花を撒かんばかりに空気を緩めた。
「【アイテムボックス】」
【アイテムボックス】から黒いピンと三面鏡、赤いリボンを取り出す。朝の必需品であるそれらをローテーブルの上にのせて、今しがたもらったばかりの櫛を置く。正座をして、鏡に向かう。
まず最初に、櫛で髪をとかす。もともと潤いはあった方だが、櫛歯の間を通るたびにつやつやと濡れたような潤いのある髪質に変化していくのが面白かった。梳かしていない部分と比べてみると、圧倒的にしっとり感が違う。
「ん」
満足そうに梳いた髪の一房を掴んで指の間を通す。さらりと音を立てて指から流れていった。触り心地もどこか艶めいていて、やわらかい日差しに輝き返していた
前面に配置した鏡に向かう。櫛で長い前髪を一度梳いて、ひとまとめにした後三本に分ける。その間もしっとりと水分を含んだような髪の感触が気持ちよかった。
「ほら」
「ありがと、ね」
リボンをティオヴァルトに手渡され、三つの髪筋を編み始める。五分もおかずに完成した三つ編みに、赤いリボンをつけて。最後に鏡を見てほつれや乱れなどおかしいところがないかチェックする。
「最後、忘れてんぞ」
振り向いた咲也子の頭を固定して、ローテーブルに出ているピンを手に取る。三つ編みの最後であるリボン部分を耳前のところで止めた。毎日見ていたせいか手順までわかってしまっている自分になんとなく微妙な感情がぬぐえないティオヴァルトだった。
「おしま、い」
「朝っぱらから時間かけてるよな」
「変じゃな、い?」
「いつも通りだ」
「よかった、のー」
嬉しそうに目を細めながら、咲也子は雰囲気を綻ばせた。ふわふわと花が撒かれているかのような雰囲気に、ティオヴァルトは若干癒されながら、咲也子が櫛を【アイテムボックス】にしまうのを見ていた。
いつもより早い時間に食堂に来た大小な二人は職員に驚かれながらも、いつものように食事を終えた。
「見りゃわかる。っていうか、珍しく早起きしたな」
早起きと言いつつも、もう八時だ。いや、いつも九時過ぎに起床し始める咲也子にしたら十分な早起きだったのだが。カーテンをめいいっぱいに開いて、窓を開ける。朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、咲也子は嘆息した。
「早起きは得、ね」
「やっすいな」
この朝の空気を吸うことだけでも早起きの価値はあると無表情ながらも目を和ませて言った咲也子にティオヴァルトにはにべもなかった。順番に交代して顔を洗う。もちろん咲也子の方が先だ。奴隷としてそこは譲らなかったティオヴァルトである。
さっそく髪を結おうとする咲也子にティオヴァルトから声がかかる。
「これ、土産。人魚の迷宮踏破したから」
「昨日お出かけした、の? 元気、ねー」
「年寄りみてぇなこと言ってんじゃねえよ」
手渡されたのは、歯の先端まで透き通った青が美しい櫛だった。朝のやわらかい日差しに反射してきらきらと輝くそれは、櫛自体が水を含んでいるかのような水のきらめき方だった。思わず見とれる咲也子に、ティオヴァルトは照れたように顔を背ける。
「きれい、ね」
「いつも櫛使ってんだろ。俺は使わねえし、やる」
そらされてしまった顔の代わりに、咲也子はティオヴァルトの下ろされていた手をきゅっと袖越しに両手で掴んで、何回かきゅっきゅっと握る。
何事かと咲也子を見下ろしたティオヴァルトはどうやらこれが、うれしさと感謝を表しての行動らしいということに気付く。だんだん無言の表現にも慣れてきた頃合いである。
「ありがと、ねー」
「……ああ、どういたしまして」
ぶっきらぼうにまたそっぽを向いてしまったティオヴァルトの耳が赤くなっているのを見て、咲也子はほんわりとまた花を撒かんばかりに空気を緩めた。
「【アイテムボックス】」
【アイテムボックス】から黒いピンと三面鏡、赤いリボンを取り出す。朝の必需品であるそれらをローテーブルの上にのせて、今しがたもらったばかりの櫛を置く。正座をして、鏡に向かう。
まず最初に、櫛で髪をとかす。もともと潤いはあった方だが、櫛歯の間を通るたびにつやつやと濡れたような潤いのある髪質に変化していくのが面白かった。梳かしていない部分と比べてみると、圧倒的にしっとり感が違う。
「ん」
満足そうに梳いた髪の一房を掴んで指の間を通す。さらりと音を立てて指から流れていった。触り心地もどこか艶めいていて、やわらかい日差しに輝き返していた
前面に配置した鏡に向かう。櫛で長い前髪を一度梳いて、ひとまとめにした後三本に分ける。その間もしっとりと水分を含んだような髪の感触が気持ちよかった。
「ほら」
「ありがと、ね」
リボンをティオヴァルトに手渡され、三つの髪筋を編み始める。五分もおかずに完成した三つ編みに、赤いリボンをつけて。最後に鏡を見てほつれや乱れなどおかしいところがないかチェックする。
「最後、忘れてんぞ」
振り向いた咲也子の頭を固定して、ローテーブルに出ているピンを手に取る。三つ編みの最後であるリボン部分を耳前のところで止めた。毎日見ていたせいか手順までわかってしまっている自分になんとなく微妙な感情がぬぐえないティオヴァルトだった。
「おしま、い」
「朝っぱらから時間かけてるよな」
「変じゃな、い?」
「いつも通りだ」
「よかった、のー」
嬉しそうに目を細めながら、咲也子は雰囲気を綻ばせた。ふわふわと花が撒かれているかのような雰囲気に、ティオヴァルトは若干癒されながら、咲也子が櫛を【アイテムボックス】にしまうのを見ていた。
いつもより早い時間に食堂に来た大小な二人は職員に驚かれながらも、いつものように食事を終えた。
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