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美味しく作ろう
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そうして朝。
いつも通りゆっくりと起床した咲也子はティオヴァルトと一緒に、止まり木にあるキッチンルームの使用許可願を受付に提出して、許可が出るまでの午前中を図書館でつぶした。
昨日の続きと言わんばかりに、十冊を借りては返してを何回続けただろうか。それが十を超えた時にティオヴァルトはもう数えるのをやめてしまったが。
あやうく午後まで食いつぶしそうになったが、ティオヴァルトの「腹減った」という進言で昼食を食べに止まり木へと戻ってきて、そのままキッチンルームの鍵を受付で借りると午後に予定していたお菓子作りに移行した。
「いまから、お菓子をつくりたいと思いま、す」
「おう」
誰もいない、ほとんど使われた形跡すらない冒険者専用のキッチンルームに、咲也子とティオヴァルトはいた。
正直食材を買ってきて手間も暇もお金もかけて料理を作るよりも、食堂で食べてしまった方がはるかに安価である。そのため、実際の使用者数は一ヶ月で一桁になるかならないかであるというのがミリーの情報だ。
なのに六つもある調理台、上下に設置された立派なオーブンがあるキッチンルームなんてものを止まり木に造ってしまったのは、ひとえに「予算の都合上」どうしても必要だったというのが裏話であると使用許可申請に行った咲也子にミリーは教えてくれた。
「大人になるとね、いろいろあるんですよ」
ふっと遠い目をして、どこかうつろな表情を浮かべながら呟いていたのが印象的だった。問題なく使用許可はおりて、キッチンルームに向かう途中。咲也子がティオヴァルトの隣を歩きながら言った。
「大人になりたくない、な」
「あー……」
疲れた様子のミリーを見て咲也子は思ったのだろうが、よくよく考えなくても実際の年齢でいけば咲也子はミリーどころか大人を軽く通り越しているのではないかとティオヴァルトは考えに至ったが、黙っていた。世の中には言わなくてもいいことがある。きっと。
卵、牛乳、小麦粉、バター、チョコレート、生クリーム、アーモンドプードルに砂糖、粉砂糖、ココアパウダー、ライラベリーパウダー。
ボウル、ゴムベラ、泡だて器に、ハンドミキサー、ラップ、絞り袋、篩、クッキングシートにラッピング用の袋、咲也子用のエプロンと、才能たちが使っている黒い大人用のエプロンを一つ。
ありとあらゆるお菓子作りに使うと考えられる食材と器具たちが咲也子の【アイテムボックス】から登場してくる。
「なんだこれ」
「迷宮品な、の。無限に角砂糖がでてくるの、よー」
砂糖と言いつつ咲也子が出したのは、アンティーク調の白百合の絵柄が美しい白い陶器のシュガーポッドだった。角砂糖は五グラムってわかっているから、計らなくてもいいのが楽なのだと咲也子は雰囲気を和ませた。
いままでにそんな迷宮品など見たことも聞いたこともないティオヴァルトだったが、相手は創世の神である。常識で考える方が無茶か、と早々にあきらめた。それに、金銀財宝の迷宮品なんかよりもよっぽども幼い主人には似合っているし。
下手な人間よりも『空気が読める』と有名な迷宮はいい仕事をしたらしい。
「今日つくるのは、クッキーとマカロンで、す」
「欲張りすぎだろ」
「みんなにも配るんだも、の。おれたちだけじゃないも、ん。それに【アイテムボックス】に入れとく、の」
咲也子の表情は無から動かないものの、本物の幼い子どものようにぷくりと頬を膨らませる様子から、怒っているのだとアピールが見えた。ティオヴァルトが人差し指でつつくとすぐに空気は抜けていってしまうが、そうするとあわててまた頬に空気をためることを三回ほど繰り返して満足したらしい。やりきったと言わんばかりの雰囲気を出していた。本当に怒っていたのかは不明だ。
ストックを作っておくのだと言われれば、時々【アイテムボックス】から出される甘味を美味しくいただいているティオヴァルトには否やは言えなかった。
「あれって作りたてじゃなかったのか」
「つくりたて、よ? だってすぐに【アイテムボックス】にいれるから、ね」
マジックバッグの最上位である【アイテムボックス】は中に入れたものの時間の流れが止まるらしい。マジックバッグに生肉を入れておいて腐らせた経験のあるティオヴァルトはさすが上位互換と頷いた。
実際に咲也子に出された甘味は全て出来上がりのようだった。確かにカステラはほんわり温かかったし、ライラベリーのアイスはきんっと冷え切っていた。まごうことなく作りたてであろう証に。
いつも通りゆっくりと起床した咲也子はティオヴァルトと一緒に、止まり木にあるキッチンルームの使用許可願を受付に提出して、許可が出るまでの午前中を図書館でつぶした。
昨日の続きと言わんばかりに、十冊を借りては返してを何回続けただろうか。それが十を超えた時にティオヴァルトはもう数えるのをやめてしまったが。
あやうく午後まで食いつぶしそうになったが、ティオヴァルトの「腹減った」という進言で昼食を食べに止まり木へと戻ってきて、そのままキッチンルームの鍵を受付で借りると午後に予定していたお菓子作りに移行した。
「いまから、お菓子をつくりたいと思いま、す」
「おう」
誰もいない、ほとんど使われた形跡すらない冒険者専用のキッチンルームに、咲也子とティオヴァルトはいた。
正直食材を買ってきて手間も暇もお金もかけて料理を作るよりも、食堂で食べてしまった方がはるかに安価である。そのため、実際の使用者数は一ヶ月で一桁になるかならないかであるというのがミリーの情報だ。
なのに六つもある調理台、上下に設置された立派なオーブンがあるキッチンルームなんてものを止まり木に造ってしまったのは、ひとえに「予算の都合上」どうしても必要だったというのが裏話であると使用許可申請に行った咲也子にミリーは教えてくれた。
「大人になるとね、いろいろあるんですよ」
ふっと遠い目をして、どこかうつろな表情を浮かべながら呟いていたのが印象的だった。問題なく使用許可はおりて、キッチンルームに向かう途中。咲也子がティオヴァルトの隣を歩きながら言った。
「大人になりたくない、な」
「あー……」
疲れた様子のミリーを見て咲也子は思ったのだろうが、よくよく考えなくても実際の年齢でいけば咲也子はミリーどころか大人を軽く通り越しているのではないかとティオヴァルトは考えに至ったが、黙っていた。世の中には言わなくてもいいことがある。きっと。
卵、牛乳、小麦粉、バター、チョコレート、生クリーム、アーモンドプードルに砂糖、粉砂糖、ココアパウダー、ライラベリーパウダー。
ボウル、ゴムベラ、泡だて器に、ハンドミキサー、ラップ、絞り袋、篩、クッキングシートにラッピング用の袋、咲也子用のエプロンと、才能たちが使っている黒い大人用のエプロンを一つ。
ありとあらゆるお菓子作りに使うと考えられる食材と器具たちが咲也子の【アイテムボックス】から登場してくる。
「なんだこれ」
「迷宮品な、の。無限に角砂糖がでてくるの、よー」
砂糖と言いつつ咲也子が出したのは、アンティーク調の白百合の絵柄が美しい白い陶器のシュガーポッドだった。角砂糖は五グラムってわかっているから、計らなくてもいいのが楽なのだと咲也子は雰囲気を和ませた。
いままでにそんな迷宮品など見たことも聞いたこともないティオヴァルトだったが、相手は創世の神である。常識で考える方が無茶か、と早々にあきらめた。それに、金銀財宝の迷宮品なんかよりもよっぽども幼い主人には似合っているし。
下手な人間よりも『空気が読める』と有名な迷宮はいい仕事をしたらしい。
「今日つくるのは、クッキーとマカロンで、す」
「欲張りすぎだろ」
「みんなにも配るんだも、の。おれたちだけじゃないも、ん。それに【アイテムボックス】に入れとく、の」
咲也子の表情は無から動かないものの、本物の幼い子どものようにぷくりと頬を膨らませる様子から、怒っているのだとアピールが見えた。ティオヴァルトが人差し指でつつくとすぐに空気は抜けていってしまうが、そうするとあわててまた頬に空気をためることを三回ほど繰り返して満足したらしい。やりきったと言わんばかりの雰囲気を出していた。本当に怒っていたのかは不明だ。
ストックを作っておくのだと言われれば、時々【アイテムボックス】から出される甘味を美味しくいただいているティオヴァルトには否やは言えなかった。
「あれって作りたてじゃなかったのか」
「つくりたて、よ? だってすぐに【アイテムボックス】にいれるから、ね」
マジックバッグの最上位である【アイテムボックス】は中に入れたものの時間の流れが止まるらしい。マジックバッグに生肉を入れておいて腐らせた経験のあるティオヴァルトはさすが上位互換と頷いた。
実際に咲也子に出された甘味は全て出来上がりのようだった。確かにカステラはほんわり温かかったし、ライラベリーのアイスはきんっと冷え切っていた。まごうことなく作りたてであろう証に。
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