幼女神の物見遊山観光記

小雨路 あんづ

文字の大きさ
上 下
45 / 78

しおりを挟む
 扉を開けてすぐに、古書特有の埃っぽさとカビに似た紙の匂いがした。たっぷりとした日差しを遮るように厚いカーテンが引かれて、電灯はついているのは本が日焼けしないためであることを咲也子に推測させるとともに、本に対して優しい図書館だなと思わせた。
 咲也子はとりあえず、といったように専門書のコーナーからジャンルは問わずに十冊ほど持ってきてほしいとティオヴァルトに伝えて、自分は絵本のコーナーへと足を運んだ。
 分厚い専門書を適当に端から十冊ほど抜き出して持っていくころには、ティオヴァルトが確保しておいた席は絵本が崩れんばかりに積み重なっていた。言葉の勉強用のものから、大衆的な童話まで裏表紙にしておいてあるそれらはもう読み終わったのだろうか。
 咲也子がふと読み終わった本から顔をあげてみると、どこか微妙な顔をしたティオヴァルトと目が合った。

「どうした、の?」
「……これ、読み終わったんなら返してくる」
「ありが、とー。それともう一回、本よろしく、ね」

 やはり読み終わっていたらしい。フードの中で青い目を光らせながらページをめくっているだけのような速度で、ティオヴァルトが持ってきた本が読まれていく。心地よい天気である今日にどこか薄暗い図書館に来る人は少なく人気は少ない。しかし少ないだけ完全にいないわけではなく、そのごく少数は分厚い専門書をハイスピードでめくっている少女に何事かとうかがっていた。
 さいわいフードの中の青い目は見えておらず、大きな騒ぎにはなっていなかった。ティオヴァルトはため息をつきながら、裏返しに置いてあった絵本を持ち上げて、絵本コーナーに向かう。

(つくづく俺には似合わねえ場所だな)

 可愛らしい絵柄で書かれたウサギとカメ、そんな本を返しながらもため息をつくと、横で絵本を選んでいた母子がおびえたように肩を跳ねさせた。失礼だと思う。
 また本を十冊ほど持ち、咲也子のもとに向かうと変な男と話し込んでいた。

「そうなんだよ! 彼女の本はなかなか読みづらくてね」
「ん。もともと知られてることをわざわざ新しい発見みたいに書くか、ら」
「彼女の研究書……というか、あれはもう自伝に近いよね。新人が誤解するんだよ」
「新人の基礎知識が試されるとこ、ろ。でも、読みづらいから、読み物としては楽し、い」
「言うね! そ。これを読んでどう思うかが魔術学校の試験にも出されるくらいなんだよ。それくらいわかりづらいよなぁ。ま、確かに読む分には楽しいがね!」

 なんか盛り上がっていた。話に入っていっていいものかどうか悩み、自分には関係ないかと割り切って咲也子に近づく。相手の男が顔をあげるのにつられたかのように咲也子も顔をあげ、ティオヴァルトに気が付いた。
 大きな黒い目をぱちりと瞬くと、ティオヴァルトの片腕に抱えられている専門書に視線を移して目を細めた。咲也子が目を細めるときはたいていが喜んで笑顔の代わりになっているということに、ティオヴァルトは最近気づいた。
 そのまま本を机の上に置いて裏表紙となって読み終わっていると思われるものを回収する。

「ありがとうね、君みたいな若い子と有意義な話ができるとは思ってなかったよ」
「楽しかった、の。ありがと、う」
「いやいや。こちらこそありがとう。本はいいよ。大いに学びなさい」

 咲也子にウインクするとカーディガンをはおりながら男は去っていった。意味が分からない。ちなみにティオヴァルトが本を戻し、咲也子のところに戻すことを繰り返して五回ほどしたときに閉館となってしまい、図書館を放りだされた。
 追い立てられながらも少しでも多くの知識に目を通して‘暴食‘を満たそうと咲也子は粘っていたが、司書の青筋の浮かんだ笑顔には耐えきれず、泣く泣く図書館を出てきたところだった。

 もうすっかり日差しは陰り、レンガ造りの家々には明かりがともされている。昨日よりも冷たい風が吹き、咲也子は集中させすぎて固まった目をほぐしながらくしゃみをした。

「……貸してやるから。早く飯食って風呂入って寝んぞ」
「ん!」

 自分の首に巻いていたマフラーを取り、咲也子に巻き付けた。少しかがんで咲也子を抱えると、2人ともお互いの体温を暖かく思いながら明かりの灯った町並みの中、止まり木へと帰っていった。
 帰り道。テントが不揃いに立ち並ぶメインストリートで、ティオヴァルトはどこか酸っぱくて甘い匂いが鼻をくすぐるテントで温めた葡萄酒を買ってあおると、咲也子には温めたミルクを買った。渡されたそれは甘い匂いがしていて、はちみつの入った甘さが心地よかった。
 
 止まり木に入って、いつも通りの場所で手早く夕食を終える。お風呂は咲也子が入った後にティオヴァルトが入って。いつも通り、咲也子が二段ベッドの下で枕元にひんの入ったカードを枕元に置いて、早々に就寝した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された運送屋、僕の【機械使役】は百年先の技術レベルでした ~馬車?汽船? こちら「潜水艦」です ドラゴンとか敵じゃない装甲カチカチだし~

なっくる
ファンタジー
☆気に入っていただけましたら、ファンタジー小説大賞の投票よろしくお願いします!☆ 「申し訳ないが、ウチに必要な機械を使役できない君はクビだ」 ”上の世界”から不思議な”機械”が落ちてくる世界……機械を魔法的に使役するスキル持ちは重宝されているのだが……なぜかフェドのスキルは”電話”など、そのままでは使えないものにばかり反応するのだ。 あえなくギルドをクビになったフェドの前に、上の世界から潜水艦と飛行機が落ちてくる……使役用の魔法を使ったところ、現れたのはふたりの美少女だった! 彼女たちの助力も得て、この世界の技術レベルのはるか先を行く機械を使役できるようになったフェド。 持ち前の魔力と明るさで、潜水艦と飛行機を使った世界最強最速の運び屋……トランスポーターへと上り詰めてゆく。 これは、世界最先端のスキルを持つ主人公が、潜水艦と飛行機を操る美少女達と世界を変えていく物語。 ※他サイトでも連載予定です。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

戦力より戦略。

haruhi8128
ファンタジー
【毎日更新!】 引きこもりニートが異世界に飛ばされてしまった!? とりあえず周りを見学していると自分に不都合なことばかり判明! 知識をもってどうにかしなきゃ!! ゲームの世界にとばされてしまった主人公は、周りを見学しているうちにある子と出会う。なしくずし的にパーティーを組むのだが、その正体は…!? 感想頂けると嬉しいです!   横書きのほうが見やすいかもです!(結構数字使ってるので…) 「ツギクル」のバナーになります。良ければ是非。 <a href="https://www.tugikuru.jp/colink/link?cid=40118" target="_blank"><img src="https://www.tugikuru.jp/colink?cid=40118&size=l" alt="ツギクルバナー"></a>

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...