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「ごめん、ね。つい怒っちゃっ、た」
謝りながら腰を抜かす少女に裾越しに手を差し出す。呆然と差し出された手を見ている少女にもう一度謝罪の言葉を述べると、やっと気が付いたかのように顔を畏れに歪ませると素早く立ち上がって走り去っていった。
ちなみに咲也子の手は放置である。
「むー……」
若干唇を尖らせながら掴まれなかった手を見る。そうして今度はこれまた呆然と膝をついてしまっている修道女に手を差し伸べに行った。余談ではあるが、こちらの修道女は唖然としながらも礼を言ってから手を取ってくれた。咲也子はこれで満足した。
「申し訳ありません。あの青目持ちの方はなかなかいうことを聞いてくれない方で……」
どうやら神殿の中でも問題児らしかった。
ただ、観光客に絡んだのは今回が初めてということだった。何度も何度も頭を下げる修道女に申し訳なくなったことと、さすがにこんなことがあった後に観光を続けるのもどうかと思い、修道女に礼を言ってそそくさと神殿を出てきた。
妙にきらきらとした目で咲也子を見ている修道女が少し気になったが、何も見ていないことにして流した。
外に出たとき。お昼時を少し過ぎた時間帯だったが、咲也子たちは止まり木まで戻り、いつもの場所でランチタイムをすることにした。
咲也子が【アイテムボックス】からバスケットに入ったサンドイッチと水筒に入ったコーンスープを取り出して、ティオヴァルトが皿と二つのマグカップに入れてそれぞれの前に置いて準備は完了した。
午後の日差しもうららかで、ポカポカとした陽気に、咲也子はマグカップを持ったまま眠りそうになった。それをひんが鼻先でつついて起こしていた。のどかな風景である。
「さっきの、子……」
「あ? ……あぁ。青目持ちでもあんなんは滅多にいないから安心しろ」
「きーきゅんにそっくりだっ、た」
「……きーきゅん?」
「‘暴食‘の、才能」
ティオヴァルトの頬が引きつりサンドイッチを手に持ったまま眉間にしわを寄せた。銀貨が五枚くらい挟めそうなほどに力強いそれに、咲也子は無表情のままこっくりとうなずて見せた。
ひんは咲也子の口元についていたパンのかすをなめとっていた。優しい。
「本当かよ」
「ん。ほかの青目持ちも見たかった、な……」
「……俺の呪印を解こうとした奴は、なんか難し言葉並べんの好きみたいだったぜ。一言で言えるもんを長ったらしくしゃべってた」
「みーたんそっく、り」
「前町で見たことあるやつは、ぼーっとしてて飯の時だけ大食らいだった」
「シロ、そっくり、ねー」
みーたんもシロもよくわからないが、とりあえず咲也子の口ぶりから創世の才能であることはわかった。というか、みんなあんな性格なのかと特に信仰もしていないティオヴァルトがショックを受けているくらいなのだから。
神殿に属しているような、つまりさっきの修道女などが知ったら驚きすぎてショック死するのではないかと思う。
ばれない方がいいと思う。切実に。のんびりとコーンスープをすすっている咲也子には絶対に言えないが。
「自分と、性格が似てる子に加護を与えてるのか、な」
「本人に確認しなきゃわかんねえよ」
「ん。帰ったら聞、く-」
『帰ったら』
唐突に言われたその一言に一気に現実に戻された。
ひんはいいだろう。テスターとしてついていけるが、自分は? 本来奴隷は買われた金額分を主人に尽くすことで返済し、自由の身となるのだ。
ただ、その働きも主人の意向次第で、今ここで咲也子がいらないと言えばあっさりと解けるようもの。
(帰るからここまででいいなんて言われたら……?)
本当なら喜ぶべき場面なのだろうが、ティオヴァルトの頭の中は真っ白になった。
咲也子がひんと遊ぶ声が遠くなり、暖かかったはずの空気がどこか冷たくなったように感じる。時間が異様にゆっくりと流れているかのように感じる。視界は太陽が陰ったみたいに暗くなった。
「まだ先だよ」
そう言ってひんとじゃれ合いながらティオヴァルトの方を振り向きもしない咲也子は雰囲気だけで笑って見せた。
ぶわりと風に髪をふくらませながら、ゆっくりと振り向いた目はどこか愛おしいもの見るように眇められて。青く、光っていた。
高貴な、その存在を前に。ティオヴァルトは今度こそ逆らわずに膝をついて拝跪をとった。
忠誠とか信仰とかそんなものではなくて。
そうしていないことの方が違和感があったからだ。火に触れれば火傷するように、水中では息ができないように。それは当たり前の概念としてティオヴァルトに理解させていた。
「ごはん、食べちゃおう、ね」
ふと空気を変えて、その威圧はなりを潜めて、青目が黒へと変貌する。容易く入れ替わるそれらに引きずられるようにティオヴァルトは拝跪を解いてもう一度昼食へと戻る。
咲也子がひんにサンドイッチを食べさせているのを見ながら口をつけたコーンスープは、冷たくなってしまっていた。
謝りながら腰を抜かす少女に裾越しに手を差し出す。呆然と差し出された手を見ている少女にもう一度謝罪の言葉を述べると、やっと気が付いたかのように顔を畏れに歪ませると素早く立ち上がって走り去っていった。
ちなみに咲也子の手は放置である。
「むー……」
若干唇を尖らせながら掴まれなかった手を見る。そうして今度はこれまた呆然と膝をついてしまっている修道女に手を差し伸べに行った。余談ではあるが、こちらの修道女は唖然としながらも礼を言ってから手を取ってくれた。咲也子はこれで満足した。
「申し訳ありません。あの青目持ちの方はなかなかいうことを聞いてくれない方で……」
どうやら神殿の中でも問題児らしかった。
ただ、観光客に絡んだのは今回が初めてということだった。何度も何度も頭を下げる修道女に申し訳なくなったことと、さすがにこんなことがあった後に観光を続けるのもどうかと思い、修道女に礼を言ってそそくさと神殿を出てきた。
妙にきらきらとした目で咲也子を見ている修道女が少し気になったが、何も見ていないことにして流した。
外に出たとき。お昼時を少し過ぎた時間帯だったが、咲也子たちは止まり木まで戻り、いつもの場所でランチタイムをすることにした。
咲也子が【アイテムボックス】からバスケットに入ったサンドイッチと水筒に入ったコーンスープを取り出して、ティオヴァルトが皿と二つのマグカップに入れてそれぞれの前に置いて準備は完了した。
午後の日差しもうららかで、ポカポカとした陽気に、咲也子はマグカップを持ったまま眠りそうになった。それをひんが鼻先でつついて起こしていた。のどかな風景である。
「さっきの、子……」
「あ? ……あぁ。青目持ちでもあんなんは滅多にいないから安心しろ」
「きーきゅんにそっくりだっ、た」
「……きーきゅん?」
「‘暴食‘の、才能」
ティオヴァルトの頬が引きつりサンドイッチを手に持ったまま眉間にしわを寄せた。銀貨が五枚くらい挟めそうなほどに力強いそれに、咲也子は無表情のままこっくりとうなずて見せた。
ひんは咲也子の口元についていたパンのかすをなめとっていた。優しい。
「本当かよ」
「ん。ほかの青目持ちも見たかった、な……」
「……俺の呪印を解こうとした奴は、なんか難し言葉並べんの好きみたいだったぜ。一言で言えるもんを長ったらしくしゃべってた」
「みーたんそっく、り」
「前町で見たことあるやつは、ぼーっとしてて飯の時だけ大食らいだった」
「シロ、そっくり、ねー」
みーたんもシロもよくわからないが、とりあえず咲也子の口ぶりから創世の才能であることはわかった。というか、みんなあんな性格なのかと特に信仰もしていないティオヴァルトがショックを受けているくらいなのだから。
神殿に属しているような、つまりさっきの修道女などが知ったら驚きすぎてショック死するのではないかと思う。
ばれない方がいいと思う。切実に。のんびりとコーンスープをすすっている咲也子には絶対に言えないが。
「自分と、性格が似てる子に加護を与えてるのか、な」
「本人に確認しなきゃわかんねえよ」
「ん。帰ったら聞、く-」
『帰ったら』
唐突に言われたその一言に一気に現実に戻された。
ひんはいいだろう。テスターとしてついていけるが、自分は? 本来奴隷は買われた金額分を主人に尽くすことで返済し、自由の身となるのだ。
ただ、その働きも主人の意向次第で、今ここで咲也子がいらないと言えばあっさりと解けるようもの。
(帰るからここまででいいなんて言われたら……?)
本当なら喜ぶべき場面なのだろうが、ティオヴァルトの頭の中は真っ白になった。
咲也子がひんと遊ぶ声が遠くなり、暖かかったはずの空気がどこか冷たくなったように感じる。時間が異様にゆっくりと流れているかのように感じる。視界は太陽が陰ったみたいに暗くなった。
「まだ先だよ」
そう言ってひんとじゃれ合いながらティオヴァルトの方を振り向きもしない咲也子は雰囲気だけで笑って見せた。
ぶわりと風に髪をふくらませながら、ゆっくりと振り向いた目はどこか愛おしいもの見るように眇められて。青く、光っていた。
高貴な、その存在を前に。ティオヴァルトは今度こそ逆らわずに膝をついて拝跪をとった。
忠誠とか信仰とかそんなものではなくて。
そうしていないことの方が違和感があったからだ。火に触れれば火傷するように、水中では息ができないように。それは当たり前の概念としてティオヴァルトに理解させていた。
「ごはん、食べちゃおう、ね」
ふと空気を変えて、その威圧はなりを潜めて、青目が黒へと変貌する。容易く入れ替わるそれらに引きずられるようにティオヴァルトは拝跪を解いてもう一度昼食へと戻る。
咲也子がひんにサンドイッチを食べさせているのを見ながら口をつけたコーンスープは、冷たくなってしまっていた。
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