上 下
40 / 70

しおりを挟む
 カチカチとあくまで控えめに音を立てていたはずのカウンターに置かれた時計。それがじりりりりりり、と大きく鳴り散らし始めた。喚き散らすようなそれに、咲也子はぱちくりと目を瞬かせる。
 何事だろうかと音源であるカウンターを振り返る咲也子に、テリアがあわてだした。

「すみません、これからお客様がいらっしゃる予定で……!」
「じゃあ、今日はこれで失礼する、ね。ごちそうさまでし、た。楽しかったで、す。」

 質問に答えてくれてありがとうね、とお礼を言いながら<虹蛇>の鱗を三枚ほど取り出してカウンターの上に置いて店を出ようとすると、鱗を持ったテリアに扉の寸前のところで止められる。

「いただけません、これ<虹蛇>の鱗でしょう!? ギルドで売れば高く買い取っていただけますよ!?」
「いっぱいあるし、さ。それに」

 被りかけたフードを取って、閉じた瞼を持ち上げる。一連の行動は滑らかに行われて、目の下ある縫い跡、頬にはえぐれた様な傷のある幼い顔が現れた。テリア自身もどうしてそう思ったのかはわからないが、ただ、なんとなく。勘だと言ってもいい。目の前の無表情は笑っているような気がした。


「相応のものには、相応で返さなくてはね」


 表情は変わらない。ただそのまとう雰囲気だけががらりと変質する。
 告げられた言葉はひどく崇高なものに感じられて、清廉な威圧に自然と膝をついて頭を下げたくなる。そんな高貴な存在を前に。与えられた言葉には心の奥底の柔らかい部分をなでられたような、奇妙な心地よさと快楽があった。褒めるように細められた瞳は青く妖しく光っていて。
 テリアが魂をからめとられたように固まっているうちに、青いステンドグラスがはめこまれた扉に取り付けられたベルが鳴るのを聞きながら、咲也子は店から去った。

「目が、青かった……?」
「お店、おれ以外にもお客さんいたの、ね」

 扉の内では混乱を極めた言葉を、外では失礼極まりない一言が同時に呟かれていた。そんなこととはつゆ知らず。咲也子が去ったすぐ後にもう一度時計がわめきだして、テリアは慌てながら来客の準備に店の中を走った。
 フードを被りなおした咲也子は柔らかい午後の日差しの中をのんびりと歩き、止まり木へと帰っていった。



「土産だ」
「ありがと、う?」

 壁に寄りかかりながら、談話室で借りてきた本を読んでいるときだった。がちゃんと扉の開閉音がして、ティオヴァルトが帰ってきたことがわかった。無意識に「おかえりさ、い」と声が出る。
 ティオヴァルトが姿を見せると同時に、咲也子にも受け取れるくらいには柔らかく投げられたそれは、絹のような触り心地の布に包まれた二つのイヤリングだった。
 
 小指の爪ほどに小さな紅玉がついたそれは、夕日にきらりと光って控えめながらもかわいらしいものだった。まさか露店で買ってきてくれたのかと思って首をかしげながらティオヴァルトを見る。

「叡智の龍のドロップアイテム」
 
 ひらひらと手を振りながら、踏破してきたから。なんてことはないかのように告げられるそれは、本来であれば快挙と喜ばれることであるが、咲也子はそれを知らなかったし、知っているティオヴァルトも教える気はなかった。

「似合、う?」
「おう」

 咲也子はさっそくつけてみて、ティオヴァルトに感想を求めた。
 答えつつも叡智の龍の血で若干汚れてしまった装備を脱ぎ、市販の服に着替える。なんの効果もない服だが、少なくとも幼い主人の前で血まみれの格好や傷だらけの体をさらすよりはよっぽどましだった。
 窓から入ってくる日差しが赤く色づいていることにようやく気付いて、咲也子は帰ってきたばかりのティオヴァルトに声をかけた。

「お夕飯にしま、しょー」

 嬉しそうな咲也子の耳元がきらりと光った。
 がんばったご褒美に、と咲也子が【アイテムボックス】にしまっておいたライラベリーのアイスクリームを振る舞ったところ、ティオヴァルトがマグカップに三杯もお代わりして、お気に入りになったことは余談だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

プレゼント

platinum666
現代文学
寝ているときが現実で起きているときが夢なら

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

サレカノでしたが、異世界召喚されて愛され妻になります〜子連れ王子はチートな魔術士と契約結婚をお望みです〜

きぬがやあきら
恋愛
鈴森白音《すずもりしおん》は、地味ながらも平穏な日々を送っていた。しかし、ある日の昼下がり、恋人の浮気現場に遭遇してしまい、報復の手段として黒魔術に手を出した。 しかしその魔力に惹き付けられたヴァイスによって、異世界”エルデガリア王国”に召喚された。 役目は聖女でも国防でもなく「子守り」 第2王子であり、大公の地位を持つヴァイスは、赤子の母としてシオンに契約結婚を望んでいた。契約の内容は、娘の身の安全を守り養育すること。 ヴァイスは天才気質で変わり者だが、家族への愛情は人一倍深かった。 その愛は娘だけでなくシオンにも向けられ、不自然なほどの好意を前に戸惑うばかり。 だって、ヴァイスは子をなすほど愛し合った女性を失ったばかりなのだから。 しかし、その娘の出生には秘密があって…… 徐々に愛を意識する二人の、ラブロマンスファンタジー

おじ様と恋したい!!最強王女旅に出ます!

Alba
ファンタジー
おじ様大好き枯れ専の夕木礼華(ユウキレイカ)が転生した先はまさかの異世界。 目にした最初の景色はドタイプなおじ様。 「♫〜♪〜♪♪〜♫!!!??!?(何このイケメン!!てかここどこー!!!??!?)」 叫んでいるはずが何処からか聴こえる美しい旋律。 周囲を見渡して見えるは木、滝、木、滝、湖。 そして、、、 「なんと愛らしいお嬢様でしょう。さぁ、育ての親を選んでくださいませ」 「、、、、、♫?????(え?????)」 産まれた時から自分で選択していくスタイルの異世界転生。 おじ様との2人旅、礼華改め、レイフォン・ユーキ・ヴェルドリアンのお嬢様な推しとのスローライフが今始まる、、、? 「始まります!私とアルカ(おじ様)のラブロマンスが!!」

私は何も知らなかった

まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。 失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。 弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。 生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。    

【完結】私の婚約者は、親友の婚約者に恋してる。

山葵
恋愛
私の婚約者のグリード様には好きな人がいる。 その方は、グリード様の親友、ギルス様の婚約者のナリーシャ様。 2人を見詰め辛そうな顔をするグリード様を私は見ていた。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...