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一方、マスターから離されてしまったひんは咲也子の思惑通り迷宮外の湖、咲也子と出会った運命ともいえるようなあの赤い場所に流れ着いていた。
水場という自分のフィールドともいえる場所で、ひんは必死に考えていた。
あの主人は、自分と同じ傷だらけの主人はきっと、自分が弱いからここに飛ばしたのだろう。そばにいると危ないから逃がしたのだろうと、ひんはわかっていた。
水中で息をするたび、迫害された過去があぶくと一緒に目の前に見えるようだった。
あの夕暮れ。落とし物を届けたのにも関わらず石を投げられ、食事を得ようとしたらつかまり、体中を痛いもので切られ、体の中のいろいろなものを出し入れされて。
サイコウケッサクとか意味の分からないことを言いながら。傷跡だらけな自分を、縫い跡だらけの自分をガラスや檻の向こうにいた白い人間たちや、ほかの魔物たちは汚い・醜いと蔑んだのに。あの主人だけは『かわいい』と言ってくれた。
縫い跡が痛くないか心配してくれた。おなかいっぱいご飯をくれた。手当てされたのも、心配されたのも、おなかいっぱいに食べたのも、ひんにとっては初めての経験だった。『一緒にがんばろう』とも言ってくれた。あの主人は。
ひんのたった一人の主人は。そう言ってくれていたのに。なのにここに自分がいるのは弱いから、一緒もできないくらい弱いからだ。
泳ぐのをやめた身体はその思考と同じようにどんどんと下に沈んでいく。深く深く、潜っていく。
ひんはその赤い水が初めて主人と会った時のように体に染みないことに違和感を覚えた。だって、あんな高さから落ちて。あれだけの数の魔力壁の欠片をかぶったのに、ひんの体はかすり傷1つなかった。
どうして、と考えてすぐに原因がわかって泣きそうになる。主人だ。あの小さな主人は、小さな傷をたくさん顔にこしらえていた。でもひんには傷ひとつつけないように、白いケープの中に入れて抱えていてくれた。
泣きたかった。叫びたかった。でも、それ以上に、強くなりたかった。
強くなりたい。強く。主人に大丈夫だよって。守られるのではなくて、守れるんだと伝えたかった。『一緒に』がんばりたかった。
心というものがあるのなら、それが引きちぎれそうなほどに、強くなりたかった。ぎりりと食いしばった歯の隙間から泡が漏れていく。
沈んでいくままに体を任せて、水底を見ていた。と、赤い水を通して突然きらりと深部で何かが光った。何度も点滅を繰り返すごとに強くなっていくその光に呼ばれているような気がした。この強くなりたいとひたすら叫ぶ心が導いているような気すらした。
気のせいでも何でもよかった。ただ少しでも可能性があるなら。
落ちていた体を、尾をひれを使い自分の意思で潜らせる。どんどんと高くなっていく圧迫感に耐えながら、光を目指した。光はひんが近づくごとに弱くなっていったが構わず進む。
見つけたのは、赤黒い水底の岩場に張り付いている、一輪の白い花だった。ひんたちが本能で知っている、進化のための力の源。
偶然でしか見つからない、自然の力が集約してできたそれ。
水の圧迫感に押しつぶされそうになりながら、岩場に張り付いたそれを前ひれで懸命にむしる。なぜか暖かいような気がするそれを、本能が叫ぶその力の塊を。これで強くなれるのならと、ひんは迷わず花を飲み込んだ。
瞬間、赤い湖の中で大きな光の玉が弾けた。徐々に大きくなっていく身体、前ひれも後ろ足も身体に吸収され、1本のしなやかな蛇にも似た身体が出来上がる。背中に無数の羽が幾重にも生える感触、湧き上がってくる力に、ひんは高らかに咆哮した。
水場という自分のフィールドともいえる場所で、ひんは必死に考えていた。
あの主人は、自分と同じ傷だらけの主人はきっと、自分が弱いからここに飛ばしたのだろう。そばにいると危ないから逃がしたのだろうと、ひんはわかっていた。
水中で息をするたび、迫害された過去があぶくと一緒に目の前に見えるようだった。
あの夕暮れ。落とし物を届けたのにも関わらず石を投げられ、食事を得ようとしたらつかまり、体中を痛いもので切られ、体の中のいろいろなものを出し入れされて。
サイコウケッサクとか意味の分からないことを言いながら。傷跡だらけな自分を、縫い跡だらけの自分をガラスや檻の向こうにいた白い人間たちや、ほかの魔物たちは汚い・醜いと蔑んだのに。あの主人だけは『かわいい』と言ってくれた。
縫い跡が痛くないか心配してくれた。おなかいっぱいご飯をくれた。手当てされたのも、心配されたのも、おなかいっぱいに食べたのも、ひんにとっては初めての経験だった。『一緒にがんばろう』とも言ってくれた。あの主人は。
ひんのたった一人の主人は。そう言ってくれていたのに。なのにここに自分がいるのは弱いから、一緒もできないくらい弱いからだ。
泳ぐのをやめた身体はその思考と同じようにどんどんと下に沈んでいく。深く深く、潜っていく。
ひんはその赤い水が初めて主人と会った時のように体に染みないことに違和感を覚えた。だって、あんな高さから落ちて。あれだけの数の魔力壁の欠片をかぶったのに、ひんの体はかすり傷1つなかった。
どうして、と考えてすぐに原因がわかって泣きそうになる。主人だ。あの小さな主人は、小さな傷をたくさん顔にこしらえていた。でもひんには傷ひとつつけないように、白いケープの中に入れて抱えていてくれた。
泣きたかった。叫びたかった。でも、それ以上に、強くなりたかった。
強くなりたい。強く。主人に大丈夫だよって。守られるのではなくて、守れるんだと伝えたかった。『一緒に』がんばりたかった。
心というものがあるのなら、それが引きちぎれそうなほどに、強くなりたかった。ぎりりと食いしばった歯の隙間から泡が漏れていく。
沈んでいくままに体を任せて、水底を見ていた。と、赤い水を通して突然きらりと深部で何かが光った。何度も点滅を繰り返すごとに強くなっていくその光に呼ばれているような気がした。この強くなりたいとひたすら叫ぶ心が導いているような気すらした。
気のせいでも何でもよかった。ただ少しでも可能性があるなら。
落ちていた体を、尾をひれを使い自分の意思で潜らせる。どんどんと高くなっていく圧迫感に耐えながら、光を目指した。光はひんが近づくごとに弱くなっていったが構わず進む。
見つけたのは、赤黒い水底の岩場に張り付いている、一輪の白い花だった。ひんたちが本能で知っている、進化のための力の源。
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水の圧迫感に押しつぶされそうになりながら、岩場に張り付いたそれを前ひれで懸命にむしる。なぜか暖かいような気がするそれを、本能が叫ぶその力の塊を。これで強くなれるのならと、ひんは迷わず花を飲み込んだ。
瞬間、赤い湖の中で大きな光の玉が弾けた。徐々に大きくなっていく身体、前ひれも後ろ足も身体に吸収され、1本のしなやかな蛇にも似た身体が出来上がる。背中に無数の羽が幾重にも生える感触、湧き上がってくる力に、ひんは高らかに咆哮した。
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