雨のバンドネオン

雨実 和兎

文字の大きさ
上 下
11 / 29

〈決意と悪意〉2

しおりを挟む
会話が途切れたままの病室では、相変わらず携帯ゲームの音だけが響いている。

「辞めや!今度こそ本気や」

突然携帯の電源を切った虎太郎は、本気宣言と同時に携帯をベットに放り投げ。

それを見た秋人は口にこそ出さないが、如何にも疑いの眼差しを向けると「何や?疑ってんのか?シバくぞ!」と虎太郎はいつものように拳を見せつける。

「それなら練習手伝うよ~」

そそくさと秋人がギターを担ごうとすると「一人でええわ、俺が本気を出せば一人でも出来るようになるんや」と虎太郎はギターを取り返し、早速練習に向かった。

 屋上で練習を再開した虎太郎は苦戦していたが、宣言通り簡単には諦めようとはしない。

もう弾き始めてから一時間は経とうとしていた頃「おっ‥‥、やっとるな~!邪魔するで~!」と見舞いに来た竜也が、笑顔で近寄る。

「何や竜か、邪魔するんやったら帰ってくれ」

そっけなく虎太郎が視線をギターに戻すと「せっかく合いに来たったのに冷たいな~!」と竜也は

たいして気にもしていない様子で、目の前に座り込む。

「からかいに来たの間違いやろ」

「違うわ!自慢しに来たんや」

自慢げに竜也は財布を取り出そうとするが「どうせまたパチンコやろ!俺は今日からマジで練習するんや邪魔するな」と練習を再開する虎太郎は、見ようともしない。

「冷たいな~!コレも見んのか~?」

悪戯な笑顔で土産を見せびらかす竜也に「それを先に出せや!シバくぞ」と虎太郎はコンビニの袋ごと土産を取り上げる。

「お~!パーツキングやん!」

袋から取り出した改造車専門誌の表紙を見ただけで、虎太郎のテンションはこの上ない。

「気が効くやろ~!ほれ開いてみ~」

イタズラっぽく手を出した竜也はページを開こうとするが「イヤ!今は見んぞ!」と両手で雑誌を閉じた虎太郎は、空を見上げ意地でも見ようとしない。

「何や?後のお楽しみか~?」

からかうように竜也は虎太郎の顔を覗き込むが「違うわ!さっき言うたやろ!俺はマジなんや!」と虎太郎は相手にしようとせず、ギターを弾き始める。

「何や~?何かオカシイな~?」

ニヤニヤと疑いの眼差しを向ける竜也に、虎太郎は黙れと言わんばかりの眼光で返答する。

二人がそんなやり取りをしていた頃、秋人は千夏の病室に来ていた。

 オドオドといつもより落ち着きの無い秋人に「病室に来るなんて珍しいね」と千夏は笑いかけるが「そんな事ないよ~!たまたまだよ~」と秋人は下手な嘘を返し、視線すら合わせられない。

いつになく途切れ途切れな会話に、違和感は言うまでもない。

「ほら、そんな事よりも今日は良い天気だよ~」

ごまかすように秋人は窓の外を指差すが、実際はそれ程良い天気でもなく。

「何ソレ~!お見合いみたい~」と千夏は笑うが、秋人は上手く言葉も返せない。

「解った~、もしかして~告白?」

秋人の異変に気付いてか、千夏は場を和ますようにからかうが「違うよ~!なんでもないよ~!」と秋人は大袈裟に手を振りごまかす。

「今日は虎君一緒じゃないの?」

何処となく気掛かりなのか、さりげなく尋ねる千夏に「何かマジで練習するって屋上行ってから帰って来ないんだよ~」と秋人は隠す事も無く笑い飛ばす。

その頃まだ虎太郎の戻って来ない病室では、着替えを持って来た虎太郎の母親が「すいません‥‥、うちの子が迷惑掛けていませんか‥‥」と心配そうに、話し掛けた看護婦に頭を下げる。

「いえいえ、何も問題無いですよ。ほとんど病室に居ないですし」

「えっ‥‥?」

驚いた様子で聞き直す母親に「病室一緒の子と屋上でギター練習しているらしいですよ」と看護婦は社交的に笑顔を返す。

「そうですか‥‥」

これまでに我が子が起こした素行の悪さを思い出してか、涙声の母親は少し安心したように頷く。

虎太郎が本気で何かに取り組む事を誰よりも望み、誰よりも喜んでいたのが母親なのはその姿から明白だった。



 その頃ヒマを持て余した秋人の悪友三人は、ファミレスで時間を浪費するのにも飽き始めていた。

「もう炭酸要らんわ~」

「はい俺、炭酸飲まれへん~」

「何で~?めっちゃ美味いやん~」

「あんなん飲む物違います~!知らんの骨溶けるんやで!」

「溶ける訳ないやろ!それやったら皆溶けてるやろ」

「はい知らんだけ~」

根拠の無い噂話で三人は馬鹿騒ぎするが、やはり間は持たない。

「いじる奴おらんとヒマやわ~」

「ゲーセンでも行くか~?」

「ゲーセンなんか行かへんよ~、携帯で充分です~!」

「イタ電してみようや!」

一人が秋人に電話すると、二人は楽しそうに顔を近づけ聞き耳を立てる。

「おい俺や!事故って金が要るから貸してくれ」

「え~?無理だよ~、お金無いよ~」

電話越しでも解る秋人の情けない声に「びびったやろ~!これが俺俺詐欺や~!」と三人は他の客を気にする様子も無く、ゲラゲラと馬鹿騒ぎしている。

「俺達ヒマやから今すぐこっち来て~さ!」

「え~?無理だよ~、骨折れてるし~、だったら病院に来れば会えるよ」

「そっちにうっとうしい奴居るから俺達行きたくないな~」

「もしかして虎君の事?良い人だよ~、好きな子の為にギター猛練習する位だし」

「何ソレ?どんな子~?どうせ金髪とかちゃうん~?」

「普通の子だよ~!同じ病院に入院してる」

「ええわ~、そんなん関係無いし~」

どうでもいいと馬鹿にしたように三人は笑うが、視線を合わす表情は明らかな悪意と悪巧みに満ちていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

処理中です...