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<灯>

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翌日。聳え立つ石造りの壁に巻き付く弦が、重厚な歴史を感じさせる。

そんな破樹の塔入口を前にしても、セトの表情に緊張は無く。

寧ろ口元はニヤついたまま、軽やかに内部に踏み入って行く。

行き道でも、塔近辺では獣人を全く見かけず。

其の事が塔の危険度を、噂通りだと物語っていた。

だが異常に強さを求めるセトにとっては、好都合であり。

其れは復讐の準備が、着々と進んでいる事を示していた。

「やっぱり暗いね~」

そう言って事前に準備していた松明に火を灯すと、セトは嬉しそうに歩み始める。

内部通路の幅は大人三人が何とか歩ける位で、ナイフ使いのセトには丁度良く。

狙い通り魔物と戦うにしても、不都合は無かった。

「……どっちでも良いんだけど、こっちでしょ」

そんな風に考えも無く、気紛れで選んだ分かれ道を幾つか進み続け。

最初に現れた魔物はファイアスネーク、赤い色した大きな蛇だった。

魔物は身を起こすとセトよりも高く、セトは見上げながらナイフを構え。

距離を詰めるタイミングを図るセトを、警戒するように魔物は身を揺らしている。

好機を待ちきれずセトが飛び込むと、其れを待っていたかの様に魔物が火を吐き。

直撃して吹き飛ばされたセトは、立ち上がり不気味に笑う。

「其のスキル良いね~。 あっ、また使うの忘れてたやアハハ」
そう言ってセトは大きく息を吸い込み、紫色で液状の毒を吹き出し。

直撃した魔物は、痺れて動けなくなってしまう。

「ハイ、おつかれさん~ 」

魔物を三度切りつけスキルを奪うと、セトは次の獲物を探しに奥へと進んで行く。

こんな調子で新しいスキルを狩り続け、次々と上階に踏み入るのだが一つだけ問題が在った。

其れは持参した食糧が切れ、塔を下りるにしても長時間掛かる事だった。

そんな状況にも関わらず、セトの気味悪い笑顔は止むこと無く。

進み続けた理由は次の魔物を倒した時、明らかとなる。

其れは既にスキルを奪った魔物を、喰うという方法だった。

冒険者なら誰もがしている事だが、異常だったのは其の食い方である。

倒したファイアスネークの皮を剥ぎ、滴る血を気にもせず頬張り貪る。

スキル使用量の消費を抑える為だろうが、焼きもせずに喰う人間なんて存在しない。

其れは魔物特有の、癖が強い臭いや味が在るからだ。

どれだけ飢えていても、普通の人間ならば受け付けない。

だが貪り続けるセトの表情に、苦悶は無く。

これでは捕食しているのが人間なのか、魔物なのか解らない位だった。

其の事を証明するかの様に、食べ終えたセトの身体に変化が起きる。

瞳孔が縦になり、瞳が妖しい紫色に変わったのだった。

其の変化に依り夜目が利くのか、松明を捨てたセトは再び歩み始め。

ギラギラと視線を揺らし、獲物を探す。

人間を捨てた事にすら、気付かないまま。

寂しげに残された松明の火が、魔物の血で消えるのだった。

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