「学芸伯爵令嬢 - フィオナの秘密」 アークラディア王国物語

愛以

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第二部

十五. 知識の影と選択の岐路

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 軽やかな笑みを浮かべながら、フィオは親しげに近づいてきた。

「ただいま、フィオナ。ひさしぶりだね。やっと、会えた」

 フィオナの心は戸惑いと混乱でいっぱいだった。目の前のフィオの存在が現実と幻の境界を曖昧にし、何が本当で何が虚構なのかがわからなくなってきた。彼女は心臓が激しく鼓動するのを感じながら、再びフィオに問いかけた。

「なぜ‥‥フィオがここに? ここはどこなの?」

 フィオは穏やかな声で答えた。その声にはどこか意図的な響きがあった。

「それは‥フィオナが知るべき時が来たからさ」

 その言葉にフィオナはさらに困惑し、眉をひそめた。フィオの存在がわずかに輝きを増し、彼の感情の強弱が微かに見えた。フィオの言葉には深い意味が込められているように感じられ、何か重大なことが始まろうとしている予感がした。

「── フィオ?ここはグレンの主の部屋じゃないのかしら?それに、さっきの現象は何?魔法なの?何もかも分からないわ‼︎」


 フィオナは焦りを隠せず、声を荒げた。優雅さを保ちながらも、内面では激しい混乱と恐怖が渦巻いていた。

「うーん、解らなくていいよ。むしろ知らない方が気楽さ。あと、ここにいるのはフィオナがさっき僕の名を呼んだから、それと僕に触れたらダメだよ。そしてここは魔法の世界じゃない、絶えず生成を続ける場”エル・アーキオン”、エルの至聖所しせいじょってとこかな。よってグレンの主でもないよ、一部、繋がってはいるけどね。さあ、質問には答えたよ。これからの話をしよう、フィオナ」

 フィオナは頭を抱えたくなるほどの混乱を感じた。フィオの淡々とした口調と、空間に浮かぶ魔法の公式がさらに不安を煽った。幾何学模様や複雑な記号が、規則的なリズムで揺れながら輝いていた。

 フィオは「混乱してるね。仕方ないなぁ」と、どこか茶化すような口調で続けた。

「ここでは、想像したものが現実の形を持つんだ。無限に広がるこの空間では、フィオナが考えたものが形を持つ。ただ、半端な創造は、形になる前に消滅するからね。気をつけて、あまり考えすぎると制御が効かなくなるから」

 彼女はその言葉に驚き、さらに混乱が深まった。フィオの口調はまるで優しい指導者が教えるかのようで、その冷静さが不気味さを際立たせていた。

「ここで創造されたもの意識と感情は形になる。その形は粒子体だから、君から触れると消えてしまうけど、すぐに次が現れるからね」

 フィオの言葉に従いながら、彼女はその説明を受け入れるしかなかった。彼女の心の中には、理解しきれない不安とともに、フィオの言葉が深く刻まれていった。

 彼は丸い発光体からふわりと光の手を伸ばし、先程から浮かんでいた魔法の公式を指先で軽く払い、消し去った。フィオナは「手まで出せるの…?これ、私が知っているフィオの姿じゃないわ」と心の中で驚きながらも、ますます状況が掴めなくなっていった。

 その後、フィオナが知っているいつものフィオの姿が浮かび上がった。手のひらほどの小さな大きさで、発光するその姿は変わらないが、一つだけ違いがあった。それは、ナイトキャップのボンボンが白い玉に変わっていたことだった。


 フィオは両手を広げ、誰もいない空間に向かって声を発した。その口調には、物語の幕が上がる瞬間のような期待感が漂っていた。

「さぁ、ここからが本題だよ。はじめようか── てね」

 フィオの言葉に、フィオナの胸の奥に不安が募った。彼が口元に笑みを浮かべながら「この再会は、ただの偶然じゃないよ、フィオナ」と続けた。


「あー、聞きたいことはたくさんあるのも知ってるよ。ふふっ、そんな顔しないで──でもダメだよ。これ以上は話さない」

 まるで試すような口調で続けたその態度は、フィオナに選択肢を与えず、彼の支配を示しているようだった。


 フィオナはその場に立ち尽くし、フィオの言葉の意味を必死に探ろうとした。彼の言葉が遊びでないことは明らかで、深刻な意図が隠されていると感じた。

「わかったわ。話をしましょう。まずはあなたからどうぞ」

 フィオはそのまま周囲を飛び回りながら、無邪気に言った。
「わあー、優しいな、変わってない。ありがとう!そうだなー、何から話そうか~」

 フィオの軽快な動きに合わせて、フィオナも首を動かすしかなかった。以前の彼と話した記憶があるが、今の彼はまるで異なる存在のようだ。

「うん、やっぱりこれからだ!」とフィオは突然動きを止め、真剣な顔で言った。


「──フィオナ、名をちょうだい」

「…あの時も、そんなこと言っていたわね。すでに名は付けたわ、あなたはフィオ。それは変わらないわ。それとも、マナの過剰消耗で眠りについてしまったことを気にしてるなら‥」

「違うよ── 僕が欲しいのはフィオナ。君そのものだよ。だから、君の名をちょうだい」

 彼の言葉にフィオナは驚愕し、目を見開いた。

「フィ‥あなた‥何を…?」


 フィオはそのまま、どこか神秘的な雰囲気を漂わせながら、発光する口元をわずかに引き締めた。
「僕は、知ってるよ。リベラリオン家にはの守護者との守護者がいるって」

 フィオナは息を呑んだ──しかし、フィオが知っていても不思議ではない。彼は精霊であり、知識を持っていることは理解していた。
「だから何?それと私そのものが欲しいって意味がわかっていて?」

「── 知識守護者。フィオナは次代リベラリオンをする知識守護者だろう」
「その口振りからして、色々と知っていそうね。確かに── そうね。フィオ、勿体ぶらずにはっきり仰って」

「いいの?じゃあ遠慮なく、でも先に確認ね~。リベラリオン家って知識守護者としては周知の事実だし、王侯貴族のは直系男子が担うのが定めた法律だよね。じゃあ、継承者はどうなってるの?次期後継者は長男セオって決まってる。なのに~いきなりのにもしてない継承者なんて…なんだか秘密がいっぱいって感じだよね」

 フィオナはフィオを鋭く睨みつけた。その目には怒りと不安が混じっていた。

「ごめん、余計なことを言ったかな。公にするしないの理由なんて、僕らにとってどうでもいいんだ」

「どうでもって、あなた‼︎」

「ねえ、何でフィオナなの?ポッと出た継承者ってわりには大事なお役目っぽいよね?だって後継が長男のセオなら、当然、継承は次男のアレンになるだろう?この国は長男第一主義、次男は控え役だ。ねえ、何で?」

「‥‥‥。」

「だんまりかー。僕、知っているって言ったよね」


「フィオは、継承者になりたいの?」

「違うよー。僕は、フィオナになりたい。だから、はじめての契約の時に言ったでしょう?名をちょうだいって。なのに、一部分しかくれないんだもん、契約が不完全でさぁ、僕は眠ることになったし」

 フィオは普通のことのように言って退けた。フィオナはその言葉にゾッとし、後ずさりながらも必死で冷静さを保とうとした。
「僕は、優しいと思うんだよね。だってフィオナ、君が知識守護者を継承するのは変わらないだろう」

 フィオの光が、ますます不気味に感じられ、フィオナはその恐怖を感じながらも、後ろに退がった。

「── だから、僕が君になってあげる、フィオナ。僕は誰よりも君の理解者だから」

「あなたは一体何がしたいの⁉︎ これは私の選択よ。私が納得してるのよ。なぜあなたに私が明け渡すようなことを!」
 フィオナはその告白に激怒し、声を震わせながら問い詰めた。

「それ本当?選ばされたんじゃないの?君、この先ずっと孤独だよ」

「‥そんなことなら充分承知してるわ。確かに当時は思うこともあったわ。でも今は納得した上で、私は選んでるのよ。この道を」
「それね。長生きってやつだろう。知識守護者として人の生より寿ってわけだ。でもさぁフィオナ、気づいてないの?それとも知らないふり?」

「フィオ、いったい何が言いたいのよ‼︎」

「僕は知ってるって言ったよ。どんな契約にも対価が必要なんだよ」
「だから!私の次の継承者が現れるまで長く知識を守って‥」


「空っぽ── フィオナは、ただの傀儡だよ」
「── えっ」

「君は消滅する運命だ。記憶も失われ、誰からも忘れられ、ただ長く生きる空っぽの器になるだろう。それがまことの知識守護者の姿だよ」
 フィオの声は冷たく、しかし確かなものだった。

「── どういうこと‥?」

「成人の儀から、フィオナとしての記憶は消え、世間から君の存在も消える」

 その言葉を聞いた瞬間、フィオナは自らの運命に深い絶望と衝撃を覚えた。彼女が長く抱いていた使命が、実は空虚で残酷なものであり、そこから逃れられない現実が突きつけられた。


「フィオナ、覚えておいて。どんな契約にも対価が必要だ。それがこの世界の法則なんだ」

 彼女の心は混乱し、息が詰まるような圧迫感に襲われた。長く生きることで人々に忘れられ、記憶も薄れていくことには覚悟していたが、「対価」という言葉の意味が理解できず、彼女は動揺と恐怖に包まれた。

「フィオナの記憶、それ自体が知識であり対価だ」
 その言葉に彼女は驚き、過去の出来事を振り返り始めた。

「フィオナ、あの日君はノアの代わりに対価を、血の記憶を持つマナを差し出したじゃないか」

 その瞬間、彼女の記憶がよみがえった──陛下は、父は?今代のリベラリオンは、何を言ったのだろう?


「初代リベラリオンは初代王の黒竜と、血の誓約を交わしたんだ。君はその継承者として、リベラリオンの本質を証明したのさ」

 フィオナは、自らが背負っていた使命がどれほど空虚で、そして残酷なものだったのかを痛感した。過去の出来事が次々と浮かび上がり、そのすべてが彼女の心を引き裂くように感じられた。











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