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第二部
十三. 運命の扉が開く時
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──────
──
──廊下の終わりにある重厚な扉の前で立ち止まったフィオナは、静かに図書室の扉を押し開けた。
廊下の薄明かりから、図書室に踏み入れると、冷たい外気がほんのり暖かく感じられた。室内は、長い歴史を持つ古びた書架でいっぱいで、三階にわたる広大な空間を形成している。左右には、木製のはしご付き書架がびっしりと本で埋め尽くされ、各階の書架は天井に届くほど高く、しっかりと固定されている。その間に、歴代の学者たちの胸像が静かに見守るかのように並んでいる。
胸像の瞳がわずかに輝き、まるで図書室に眠る知識を守る守護者のようだった。
中央部の長い廊下は吹き抜け、アーチ型の天井には装飾ガラスが嵌め込まれており、自然光がまばゆい光を室内に投げかけている。その長さは縦に百メートルほど続き、空間に広がりと開放感を与えていた。
一階には、複数の一人机や長テーブルに椅子が配置され、勉強や研究に使われる場所が整備されている。基本的な出入り口は三階に一つしかなく、各階には受付カウンターが設置されており、学生たちや研究者たちの出入りを見守っている。
動乱によって多くの書物や巻物が失われてしまったが、この図書室にはそれを補うように、書籍や古文書、楽譜など、約三億五千七百万点を超える資料が収蔵されている。この広大な蔵書の中には、過去の秘話や魔法に関する貴重な記録が含まれており、まるで時を超えた知識の宝庫のようだ。
────────
────
──その日の午後、フィオナは図書館へと足を運んだ。館内はひんやりとした静寂に包まれ、蔵書の匂いがかすかに漂っている。彼女は入口を通り抜け、重厚な木製のドアを開けて奥へ進むと、地下に続く階段へと向かった。目的地は、特別準備室だった。そこでは、数人の役員がすでに集まっており、彼らは今日の作業について話し合っていた。
「お疲れさまです、フィオナ嬢。」
同学年の役員の一人が声をかけてくる。フィオナは軽く会釈をし、挨拶を返す。
「今日は、書籍の整備作業と伺いましたが、どこから始めればよろしいです?」
フィオナは意欲的に尋ねた。彼女は、この作業が単なる清掃以上の意味を持つことを知っていた。図書館に保管されている書物の中には、貴重な古書やリベラリオンの知識に関わるものが含まれており、フィオナはその確認を通じて、今後の役割について少しでも理解を深めようとしていた。
「まずは古い記録が残されている棚から片付けようかしら。フィオナさん、手伝ってくれる?」
リーダー格の役員が指示を出すと、フィオナは頷き、その指示に従った。
古書の山を整理する作業は時間がかかるが、その一つ一つが歴史の一端を物語っているかのように思えた。フィオナは埃を払いながら古びた本を慎重に扱い、注意深くその背表紙を確認していく。
「これは……?」フィオナは一冊の古びた革表紙の本を手に取り、ページをめくった。中には古の言語で書かれた文章が並んでいたが、ところどころに見覚えのあるシンボルが描かれている。
「何か気になるものがあった?」
隣にいた女性役員の先輩が、フィオナの様子に気づき、声をかけてきた。
「いえ、ちょっと……この本、何か特別なものみたいに思えて……」
フィオナは言葉を濁しながら、その本を閉じた。何かが心に引っかかっているが、それが何なのかはっきりしない。
「その本は貴重な資料だから、私が特別保管室に移しておくわ。後で専門家が調べることになっているのよ。」
「特別保管室──?」フィオナは思わず反応した。
「えっ?あゝ、そうね。フィオナさんは役員一年目だから、まだその辺りのことは知らないわよね。実は特別保管室ってあるにはあるのよ。ただ、何というか……」
先輩はどう説明しようか悩んでいるようで。ただ、今はそれ以上深く追求しない方が良いと直感的に感じた。フィオナはそれに従い、「管轄の問題であれば、無理に言わなくても…」と、話を切り上げた。
「あっ…、違うのよ。そうじゃなくて、その特別保管室っていつでも入れるわけじゃないのよ。私たちがいる特別準備室とは異なり、そこは王国内全ての図書館に繋がっているの。約五千四百年の歴史を持つこの王国内で発刊された書籍や楽譜、文献が集められている、まさに知の宝庫よ。」
「それが全てそこに繋がっているんですね。」フィオナは驚きと共に頷き、続きを促した。
「でも、なぜそんなに入室が難しいのですか?」
「それがまた不思議なの。時空魔法の類いだと思うけど、突然現れるのよ。まるで誰かがわざと驚かせたくて仕組んでいるみたいにね。」
先輩は思い出したように話し、少し疲れた表情を見せた。
「入室するには、ある者からの許可が必要なの。許可をするのは学院側でも教授でもないわ。私たちは、その者を“グレンの主”と勝手に呼んでいるの」
「グレンの主……」フィオナはその言葉に驚きと興味を露わにした。
「由来は、古語で深淵に、深い谷や場所を意味することから来ているの。そこは、知識が深く、滅多に人目に触れることがない隠された場所を象徴しているのよ。それに、グレンの主が許可を与えた者にだけ、その場所への道が現れるの。」だから、グレンの主なの──と、先輩は楽し気に説明した。
「それから、特別保管室は、私たちの図書館がどれだけの知識を保持しているかを示す重要な場所で、リベラリオン家もその管理に深く関わっているはずよ。」
「‥それなら、私もその管理に関与することになるかもしれませんね。」
「ええ、主要なものにはリベラリオン家の当主様が関わっているけれど、もしその本がフィオナさんにとって何か特別な意味を持つなら、リベラリオン家の一員として、その場所に足を運ぶ機会が近いかもしれないわよ。」先輩は続けた。「余談だけど、その本を見つけたのはフィオナ様でしょう?だから、もし“グレンの主”からの招待状があれば、特別に入室できるかもしれないわ。」
「招待状……?」
フィオナはその言葉に驚きを隠せなかった。
「──それは一体どうやって手に入るのでしょう?」
「それは、いつか分かるわ。“グレンの主”は、いつも突然現れるから。」
先輩は微笑みながら答えた。
───
───────
作業が終わりを告げる合図が図書室に響くと、フィオナは役員たちに感謝の意を示し、心からの「お疲れ様でした」と挨拶を交わした。役員たちは一斉に頷き、図書室を後にしていく。フィオナもその流れに従い、図書室を退室した。
侍従の待機室へ向かう途中、フィオナは気づいた。ポケットに入れていたはずのハンカチがない。内心で少し焦りつつも、図書室に置き忘れたことを思い出し、ため息をついて引き返すことに決めた。
そのハンカチは、弟アレンが誕生日に選んでくれた大切なものだった。普段、贈り物を選ぶのが苦手なアレンが、一生懸命フィオナのためにと選んでくれた、彼の気持ちが詰まっている。
世間では祝事にハンカチが別れを意味するとされるが、フィオナは使命から、アレンとの日常的な関わりが次第に薄れていくことを無意識のうちに感じていたため、その意味をつい勘繰り、結びつけてしまった自分を思い出して、苦笑した。
学院廊下の静けさの中、フィオナは伝達魔法でロイに図書室に戻る旨を残した。「トラミッド」と、呟く彼女の声は、学院の静寂に溶け込むように静かに消えた。
再び図書室の扉を押し開けると、空気が一変したように感じられる。廊下の冷たい風から一転、室内は温かく、古い木の香りが漂っている。
フィオナは空間の隅々まで見渡しながら、室内へと足を踏み入れ地下室へ向かった。心の中で、先ほど感じた微かな違和感がひときわ鮮明に浮かび上がってくる。
「──ラサクル」、空間に呪の文言が響く。
魔石灯がぼんやりと室内を照らし始めた。光が壁一面に並ぶ書架と無数の古書をいつものようにやさしく包み込んでいた。しかし、今はその安らぎの中に、何か異質なものが潜んでいるような気配が漂っている。
「‥‥なにかしら?この感じは。」
地下の特別準備室に戻ると、フィオナは目当てのハンカチを発見する。しかし、その直後、足元がぐらつき、地震のような感覚に襲われた。
彼女は驚き、周囲を見渡すが、その視線の先に異様な光景が広がっていた。空間が歪み、まるで世界がひっくり返るかのように、図書室の中にひとつの扉が現れていた。扉の向こうに何が待ち受けているのか、フィオナは息を呑んでその場に立ち尽くしていた──。
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──廊下の終わりにある重厚な扉の前で立ち止まったフィオナは、静かに図書室の扉を押し開けた。
廊下の薄明かりから、図書室に踏み入れると、冷たい外気がほんのり暖かく感じられた。室内は、長い歴史を持つ古びた書架でいっぱいで、三階にわたる広大な空間を形成している。左右には、木製のはしご付き書架がびっしりと本で埋め尽くされ、各階の書架は天井に届くほど高く、しっかりと固定されている。その間に、歴代の学者たちの胸像が静かに見守るかのように並んでいる。
胸像の瞳がわずかに輝き、まるで図書室に眠る知識を守る守護者のようだった。
中央部の長い廊下は吹き抜け、アーチ型の天井には装飾ガラスが嵌め込まれており、自然光がまばゆい光を室内に投げかけている。その長さは縦に百メートルほど続き、空間に広がりと開放感を与えていた。
一階には、複数の一人机や長テーブルに椅子が配置され、勉強や研究に使われる場所が整備されている。基本的な出入り口は三階に一つしかなく、各階には受付カウンターが設置されており、学生たちや研究者たちの出入りを見守っている。
動乱によって多くの書物や巻物が失われてしまったが、この図書室にはそれを補うように、書籍や古文書、楽譜など、約三億五千七百万点を超える資料が収蔵されている。この広大な蔵書の中には、過去の秘話や魔法に関する貴重な記録が含まれており、まるで時を超えた知識の宝庫のようだ。
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──その日の午後、フィオナは図書館へと足を運んだ。館内はひんやりとした静寂に包まれ、蔵書の匂いがかすかに漂っている。彼女は入口を通り抜け、重厚な木製のドアを開けて奥へ進むと、地下に続く階段へと向かった。目的地は、特別準備室だった。そこでは、数人の役員がすでに集まっており、彼らは今日の作業について話し合っていた。
「お疲れさまです、フィオナ嬢。」
同学年の役員の一人が声をかけてくる。フィオナは軽く会釈をし、挨拶を返す。
「今日は、書籍の整備作業と伺いましたが、どこから始めればよろしいです?」
フィオナは意欲的に尋ねた。彼女は、この作業が単なる清掃以上の意味を持つことを知っていた。図書館に保管されている書物の中には、貴重な古書やリベラリオンの知識に関わるものが含まれており、フィオナはその確認を通じて、今後の役割について少しでも理解を深めようとしていた。
「まずは古い記録が残されている棚から片付けようかしら。フィオナさん、手伝ってくれる?」
リーダー格の役員が指示を出すと、フィオナは頷き、その指示に従った。
古書の山を整理する作業は時間がかかるが、その一つ一つが歴史の一端を物語っているかのように思えた。フィオナは埃を払いながら古びた本を慎重に扱い、注意深くその背表紙を確認していく。
「これは……?」フィオナは一冊の古びた革表紙の本を手に取り、ページをめくった。中には古の言語で書かれた文章が並んでいたが、ところどころに見覚えのあるシンボルが描かれている。
「何か気になるものがあった?」
隣にいた女性役員の先輩が、フィオナの様子に気づき、声をかけてきた。
「いえ、ちょっと……この本、何か特別なものみたいに思えて……」
フィオナは言葉を濁しながら、その本を閉じた。何かが心に引っかかっているが、それが何なのかはっきりしない。
「その本は貴重な資料だから、私が特別保管室に移しておくわ。後で専門家が調べることになっているのよ。」
「特別保管室──?」フィオナは思わず反応した。
「えっ?あゝ、そうね。フィオナさんは役員一年目だから、まだその辺りのことは知らないわよね。実は特別保管室ってあるにはあるのよ。ただ、何というか……」
先輩はどう説明しようか悩んでいるようで。ただ、今はそれ以上深く追求しない方が良いと直感的に感じた。フィオナはそれに従い、「管轄の問題であれば、無理に言わなくても…」と、話を切り上げた。
「あっ…、違うのよ。そうじゃなくて、その特別保管室っていつでも入れるわけじゃないのよ。私たちがいる特別準備室とは異なり、そこは王国内全ての図書館に繋がっているの。約五千四百年の歴史を持つこの王国内で発刊された書籍や楽譜、文献が集められている、まさに知の宝庫よ。」
「それが全てそこに繋がっているんですね。」フィオナは驚きと共に頷き、続きを促した。
「でも、なぜそんなに入室が難しいのですか?」
「それがまた不思議なの。時空魔法の類いだと思うけど、突然現れるのよ。まるで誰かがわざと驚かせたくて仕組んでいるみたいにね。」
先輩は思い出したように話し、少し疲れた表情を見せた。
「入室するには、ある者からの許可が必要なの。許可をするのは学院側でも教授でもないわ。私たちは、その者を“グレンの主”と勝手に呼んでいるの」
「グレンの主……」フィオナはその言葉に驚きと興味を露わにした。
「由来は、古語で深淵に、深い谷や場所を意味することから来ているの。そこは、知識が深く、滅多に人目に触れることがない隠された場所を象徴しているのよ。それに、グレンの主が許可を与えた者にだけ、その場所への道が現れるの。」だから、グレンの主なの──と、先輩は楽し気に説明した。
「それから、特別保管室は、私たちの図書館がどれだけの知識を保持しているかを示す重要な場所で、リベラリオン家もその管理に深く関わっているはずよ。」
「‥それなら、私もその管理に関与することになるかもしれませんね。」
「ええ、主要なものにはリベラリオン家の当主様が関わっているけれど、もしその本がフィオナさんにとって何か特別な意味を持つなら、リベラリオン家の一員として、その場所に足を運ぶ機会が近いかもしれないわよ。」先輩は続けた。「余談だけど、その本を見つけたのはフィオナ様でしょう?だから、もし“グレンの主”からの招待状があれば、特別に入室できるかもしれないわ。」
「招待状……?」
フィオナはその言葉に驚きを隠せなかった。
「──それは一体どうやって手に入るのでしょう?」
「それは、いつか分かるわ。“グレンの主”は、いつも突然現れるから。」
先輩は微笑みながら答えた。
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作業が終わりを告げる合図が図書室に響くと、フィオナは役員たちに感謝の意を示し、心からの「お疲れ様でした」と挨拶を交わした。役員たちは一斉に頷き、図書室を後にしていく。フィオナもその流れに従い、図書室を退室した。
侍従の待機室へ向かう途中、フィオナは気づいた。ポケットに入れていたはずのハンカチがない。内心で少し焦りつつも、図書室に置き忘れたことを思い出し、ため息をついて引き返すことに決めた。
そのハンカチは、弟アレンが誕生日に選んでくれた大切なものだった。普段、贈り物を選ぶのが苦手なアレンが、一生懸命フィオナのためにと選んでくれた、彼の気持ちが詰まっている。
世間では祝事にハンカチが別れを意味するとされるが、フィオナは使命から、アレンとの日常的な関わりが次第に薄れていくことを無意識のうちに感じていたため、その意味をつい勘繰り、結びつけてしまった自分を思い出して、苦笑した。
学院廊下の静けさの中、フィオナは伝達魔法でロイに図書室に戻る旨を残した。「トラミッド」と、呟く彼女の声は、学院の静寂に溶け込むように静かに消えた。
再び図書室の扉を押し開けると、空気が一変したように感じられる。廊下の冷たい風から一転、室内は温かく、古い木の香りが漂っている。
フィオナは空間の隅々まで見渡しながら、室内へと足を踏み入れ地下室へ向かった。心の中で、先ほど感じた微かな違和感がひときわ鮮明に浮かび上がってくる。
「──ラサクル」、空間に呪の文言が響く。
魔石灯がぼんやりと室内を照らし始めた。光が壁一面に並ぶ書架と無数の古書をいつものようにやさしく包み込んでいた。しかし、今はその安らぎの中に、何か異質なものが潜んでいるような気配が漂っている。
「‥‥なにかしら?この感じは。」
地下の特別準備室に戻ると、フィオナは目当てのハンカチを発見する。しかし、その直後、足元がぐらつき、地震のような感覚に襲われた。
彼女は驚き、周囲を見渡すが、その視線の先に異様な光景が広がっていた。空間が歪み、まるで世界がひっくり返るかのように、図書室の中にひとつの扉が現れていた。扉の向こうに何が待ち受けているのか、フィオナは息を呑んでその場に立ち尽くしていた──。
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