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第二部

十四.消えたペンダントと再会の予兆

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 フィオナは特別準備室に足を踏み入れると、異常な静寂に包まれた。ここはまるで時間が止まったかのような静けさが漂っていた。彼女の足音が響く中、微かな違和感が心に広がり、周囲の書架と古書が並ぶ中、一つだけ異質なものが目に入った。

「── え、これ、扉?」

 目の前に現れた古びた扉に驚き、フィオナは急激に鼓動するのを感じた。

「まさか…これが招待状?」

 手を震わせながらドアノブに触れ、扉が静かに開く音が静寂を破った。背筋に冷たい感触が走る。まるで、誰かが隠れて見守っているかのような冷たい感触が背筋を走った。

 ゆっくりと薄暗い通路に足を踏み入れる。埃っぽい空気と古書の匂いが漂って、図書室特有の古書の香りが重く感じられた。

「‥こんなの聞いてないわ」
 不安な気持ちが募りながらも、彼女は深呼吸して先へ進んだ。

 通路の終わりに差し掛かると、背後で扉が静かに閉じる音が響いた。「えっ……嘘でしょう!?」とっさに振り返るが、扉はすでに閉ざされていた。

 周囲は瞬く間に暗闇に包まれたが、次第に青緑色の光が浮かび上がり始める。その光はまるで壁や天井に埋まった鉱石が、王都の夜空に輝く星々みたいで幻想的だった。フィオナはその美しい光景に息を呑みながら、光源が青緑斑の魔石であることに気づき、引き寄せられるように進んだ。

「やっぱり、これ‥グレンの主よね‥」彼女の心は一層の緊張感に包まれていた。



 通路の終わりに到達すると、古びた木の扉が現れ、装飾彫刻がより年代を感じさせた。躊躇しながらも深呼吸をして、彼女は扉が低く唸る音を立てながら、ゆっくりと押し開く。

 そこに広がっていたのは、まるで高く聳える塔の内部のような空間だった。壁一面には天井まで続く本棚が並び、終わりが見えないほどの圧倒的なスケールを誇っていた。本棚に隣接する硝子の螺旋階段が天に向かって伸びており、その壮大さにフィオナはしばらくの間、ただ呆然と見上げた。

 ──────

 ──────────

 ──違和感。室内に漂う微かな何か、肌にピリッとくる違和感を感じ取りながら、フィオナは慎重に足を進めた。

 硝子の階段を一歩踏むごとに、硝子がわずかにきしむような微かな音が響き、透明な表面に足跡を残していく感覚があった。その中で一冊の古書が彼女の指を止めた。異様な気配を放つその本。

「──  精霊写書?」フィオナは驚愕の声を漏らした。

 その本は棚の奥で時の流れに埋もれていたようだった。表紙にはかすれた金文字が刻まれ、まるで過去からの静かな呼びかけのようにフィオナは感じた。心臓はわずかに高鳴り、現代の学生が使う「精霊写書」とは異なる得体の知れない何かが、その本から滲み出ていた。

 慎重にその精霊写書を取り出し、ページをめくる。

 古語と紋章が描かれたページには、見たこともない奇妙な図形が並んでいた。やがて「契約」とだけ書かれたページにたどり着く。そこには複雑な魔法陣が描かれていた。


「──⁉︎」
 その瞬間、フィオナの胸元のペンダントが微かに振動し、古書に引き寄せられていく。ゴォーっと風が吹き、ペンダントが吸い込まれた。ローブが激しくはためき、魔法陣が浮かび上がり、空間全体に光が広がった。「───っ‼︎」フィオナは世界が逆さまになるような感覚に襲われた。


 ──────
 ─────
 ───



 綿毛のような感触が頬や肌をくすぐりながら離れていく。

「うぅ‥くすぐったい‥やめてよ‥」
 フィオナはくすぐったさに目をぱちりと開けた。

「‥‥なに?‥ここ」

 視界には何もない。見渡す限り、全てが白一色だ。地面も空も区別がなく、どこからどこまでが空なのか、地なのか、はっきりしない。完全に隔絶された世界にいるようで、時間や空間の制約から解放された感覚だった。過去や未来の感覚が薄れ、ただ今、この場に存在しているという静けさがフィオナの全てを支配していた。

「──ひゃぁっ‼︎」

 さっきの綿毛だと思っていた存在も視界には映らない、白い霧のようなものが漂っているが、それも特に濃くなく、ただ視界全体がふんわりとした印象を与える。居ないのに、触れるから、綿毛の存在はわかってしまう。

 フィオナは真っ白な世界を歩いてみた。足元に感触はあるが、それもはっきりしない。まるで空中に浮かんでいるかのような、だが、次第に脚をただ動かしているだけで進んでいるのか、止まっているのか不安な気持ちが襲ってきた。

「‥だっ誰か、誰かいませんかー!?」

 フィオナの声は白い世界に溶けていくようだった。何も返ってこない。ただ、視界全体を覆う白い霧が漂っている。伝達魔法を使おうとするも無反応。焦燥感がじわじわと彼女を包んでいく。

「なんで‥なんで誰もいないの?」

 その時、ふわりと頬を撫でる感触に気づく。まるで綿毛がそっと触れているような温かさ。だが、それは視界には映らない。

「‥この感触、なんだか白うさぎみたい」

 不安が募る中、フィオナは心の中で邸宅にいたときのことを思い出した。幼い頃、白い毛並みを持つ赤い目のうさぎを追いかけた記憶。まるでそれが呼応するように、遠くから現れる白い影。

 フィオナは目を細める。赤い目を持つ、白いうさぎが、ふわりと姿を現した。

「‥‥白うさぎ?」

 突然現れた白うさぎに思わず手を伸ばすが、瞬時に消えてしまう。「えっ‥なんで!?」焦りと不安がフィオナの胸を締め付ける。白うさぎが消えるたびにその感覚は強くなり、フィオナは手を伸ばしてはためらいながら、その存在を追い続けた。

「‥‥触ったら消えちゃう‥‥?」と呟くフィオナの心は混乱していた。


 白うさぎはゆっくりとフィオナの足元に近づき、身体を寄せてくる。フィオナはじっと立ち、うさぎの行動を見守った。その瞬間、白うさぎが突然走り出し、フィオナは慌ててその後を追いかけた。

「待って、行かないで!」

 フィオナは必死に走るうさぎの後を追う。もうこれ以上、大切なものを失いたくない── 胸の中で湧き上がる焦燥感が、足を止めることを許さなかった。その軽やかな跳ねる動きの中、かすかな金属音が耳に届く。それが何か気になり、フィオナはうさぎの首元を見つめた。

「‥あれ?」フィオナは驚きで目を見開いた。白うさぎの首元には、見覚えのあるペンダントが輝いていた。先ほど自分が失った大切なペンダントだ。

「え?‥それ!待って、行かないで!返してお願い!‥ねぇ‼︎フィオ‼︎」

 フィオナは叫びながら、さらに白うさぎの後を追う。その声が白い世界に響くと同時に、うさぎの姿が再び消えかけた。





 ──静寂が破られた。





「よう!フィオナ、ひさしぶり!」

 その声にフィオナの心臓は一瞬止まるような感覚に襲われた。驚愕のあまり目を見開いたフィオナは、声の主を見ようとする間もなく、その存在感を感じ取った。胸の奥が不安定に揺れ、心臓の鼓動が急激に早まった。

 白うさぎの姿が消えると同時に、ペンダントも消え、真珠のような光を放つ発光体が現れた。光の中心には、小さな白い玉が浮かび、静かに輝いている。

 耳に入るのは懐かしい声だけ。視界に映るのは、その発光体がフィオナの大切なものを守っている姿だけだった。

 今も深く心に残っている──。
『──その白い丸っこいの、守ってやる。そんでフィオナ、名をちょーだい』

 あの日の言葉が脳内にこだまする。フィオナは戸惑いながらも問いかけた。

「‥あなた‥まさか‥──フィオ?」


 フィオナは驚きで胸が締め付けられるような感覚に襲われ、過去の記憶と現実が混じり合い、心は動揺と混乱に包まれていた。

「‥フィオ?えっ?‥何であれ?ここに?」

 フィオナはその場に立ち尽くし、ただただ驚愕していた。完全に隔絶されたこの世界で、今や、機嫌が良さげなフィオが突然現れ、フィオナの心を支配している。過去の記憶と現実のギャップに、未来への混乱が不安を引き起こし、フィオナはその存在に囚われたような感覚に陥っていた。

「おはよう、──フィオナ。それから、ただいま」






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