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第一部
閑話 ・ 夢見る子供たち③
しおりを挟むアーサー・リブラリオンは、王城の宮廷図書館にある司書室で穏やかな時間を過ごしていた。窓越しに差し込む午後の光が古書のページに柔らかく映り込み、静寂に包まれた部屋の空気を温めていた。古書の香りが、彼に安らぎと集中をもたらしていた。
その手元には、家紋が刻まれた指輪が輝いていた。ヴィンテージの趣が漂うその指輪は、彼がリブラリオン家の正統な当主であることを示す格式ある証であり、重要な文書の発行やシーリングスタンプとしての役割を果たす。
普段は伝達魔法で連絡を取ることが多いが、この指輪は特定の場所への入退室管理にも使用され、家の秘密を守る一助となっている。
耳に微かに聞こえるのは、庭園テラスから届く鳥のさえずりと、子供たちの遠くからの笑い声だった。これらの音はアーサーの心を穏やかにし、まるで、時が止まったかのような安らぎをもたらしていた。
庭園テラスでフィオナとノアが楽しそうに遊んでいる姿を思い浮かべると、彼の心にも微笑みが浮かんだ。
指輪に触れながら、彼はその瞬間が永遠に続くことを願った。父としての誇りと安心感が胸を満たし、子供たちの楽しげな笑い声が、彼の内なる安らぎを深め、仕事への集中を促してくれた。書架に囲まれた空間で、アーサーはまるでこの瞬間が彼の全人生の目的であるかのように感じた。
しかし、そんな静けさは突然の騒ぎで破られた。
イヤーカフにかすかな振動を感じると、伝達魔法が耳に届き、空気が一変して緊迫感が広がった。直感的に重大な事態を察知した。
「何かが起きた‥?」
その一瞬の感覚が彼の心を強く打ち、アーサーは書物を閉じ、司書室から飛び出した。
廊下を駆け抜ける中、周囲の空気が緊張で張り詰め、図書館全体に異様な緊迫感が漂っていた。足音が急かされるように響き、彼の心臓は鼓動を速めた。伝達魔法で飛び交う声の中、「ノア様、フィオナ様」という言葉が耳に届くと、アーサーの心臓は激しく跳ね上がり、冷や汗が額を伝った。
焦燥と恐怖が彼を駆り立て、状況を迅速に把握し、補佐官に指示を飛ばすと同時に、風魔法を駆使して庭園へと急行した。
「──⁉︎」
庭園に降り立った瞬間、アーサーは息を呑んだ。
現場をひと目見るや言葉を失う光景が広がっていた。上空には夥しい青竜の群れに、白い竜を前にし、ふらふらと今にも倒れそうなフィオナとノアの姿があった。
竜の気──。その圧倒的な威圧感が彼を包み込み、アーサーの胸中には、混乱と疑念、不安が渦巻き、彼は何もできない自分を痛感していた。
幼いふたりが、なぜこんな危険な状況に立たされているのか。竜との契約の儀式が行われていることに気づくと、心はさらに混乱を深めた。
それぞれの無事を確認したくても、竜の圧倒的な威圧感が彼の動きを封じ込めた。竜の力に対して、あの小さな体が耐えられるのか、無事に終わるのか── 最悪のシナリオがアーサーの心を締めつけた。
フィオナが白い竜にゆっくりとだが、一歩と近づき、震える手で竜の頬にそっと触れた。
──瞬間、視界に入るすべて──流れある水面も、庭園に集まった人々も──まるで時間が静止したように、世界は静寂に包まれた。
「── ‥ ───‥─。」
フィオナの口から何かが呟かれる。と、彼女のマナが解き放たれ、竜の瞳から一粒の涙がこぼれ落ちたように見えた。
エメラルドの粒子が白い竜とフィオナを螺旋状に囲む。粒子は光を放ちながら、まるで星々が流星の如く落ちていくように、彼女の白いミルクティーベージュの髪の間をすり抜け、髪が美しく揺れるたびに光の糸が編まれていく光景に駆けつけた者たちは息を呑む。竜の周囲を舞う粒子たちが風を生み出し、突風が吹き荒れる。フィオナはその風に逆らえず、まるで命が吸い取られるかのように、その場に崩れ落ちていった。
──夕陽がイレネ河に真っ赤に溶け込み、桃色に染まった空から青竜たちが白竜を迎えに降りてきた。青竜たちが立ち去った後、庭園の風景は荒廃し、寂寥感が漂っていた。
「──フィオナ!ノア‼︎」
アーサーは駆け寄り、彼女を抱き上げたが、その顔は蒼白で、反応はなかった。
「フィオナ‼︎」
アーサーの叫びは虚しく響き、彼女の目は閉じられたままだった。周囲の人々が駆け寄り、懸命にフィオナの無事を確かめようとしたが、彼女は依然として意識を取り戻さなかった。
「‥フィオ‥‥フィオナ──ごめん。」
隣にいたノアは辛うじて意識を保ちながら、涙ぐんだ顔でフィオナの左手をしっかりと握っていた。その姿には深い悔しさと無力感が浮かび、アーサーの胸に重くのしかかった。彼の心は過去と現在が交錯する中で、幼い頃のふたりの無邪気な姿が鮮明に蘇ってきた──。
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