「学芸伯爵令嬢 - フィオナの秘密」 アークラディア王国物語

愛以

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第一部

閑話 ・ 夢見る子供たち②

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 何かが起こった──。

 全身が熱い。特に左手首のらへんが激しくズキズキする。右手で触ってても痛みがじんじんと広がり、どうにもならない。

「──‼︎」

「────ッ‼︎─‼︎」

 誰かが叫んでいる。たくさん、たくさん大人の声が何度も頭の中に響いてくるが、返事したいのに。痛いし、まぶたも唇も全身が何もかもが重くて動かない。


「──‼︎ッ───!」

 誰かが、わたしの右手に重なって左手首を強く握っている。だんだん、ぼんやりとした意識の中で、それがノアの手だと気づいた。

「‥‥ノ‥ア‥。」

 小さな手がギュッと握り返してくれた瞬間、意識が薄れていくのを感じた。ノアの温もりが最後の感覚として残り、視界が完全に闇に包まれていった。

    



 ───上空に、何頭もの竜の群れが浮かび上がり、空を震わせていた。

 ロイは一瞬、何が起きているのかわからず動作が遅れたが、すぐに一頭の真っ白な竜がノアとフィオナがいる一階のテラス近くに降りてくるのが見えた。その速度は信じられないほど速く、気がついた時には白い竜はすでにノアの前に降り立っていた。

 状況の異変を察知し、ロイはすぐに行動を起こした。上空に浮かび上がる何頭もの竜の群れが、空を震わせていた。  

 
「ノア様──‼︎フィオナ様─‼︎」

 ロイの声が図書室内に響き渡り、室内は突然騒然となった。

「誰か‼︎アーサー様に連絡を! 空軍省とヴィクトル王弟殿下にも知らせてください‼︎」

 伝達魔法の文言が次々と飛び交い、周囲は緊迫した空気に包まれていった。


 ロイもまた、幼い二人に向かって駆けつけようとするが、図書室の三階からでは時間がかかりすぎる。そんなことをしているうちに、竜がノアたちに迫るかもしれない。

 彼は咄嗟に風魔法を使い、庭園の花壇を超えて一階のテラスへと降り立つことを決断した。

「──スイル!」

 風魔法の力で空中に浮かび上がり、急速に降下しながら、ノアとフィオナに近づいていった。






 ───────
 ────
 ───

 

 こんなに近くで竜を見たことがない。

「きれい‥。」

 そう呟く間もなく、ノアが右腕を強く引っ張り、視界が彼の後頭部に遮られた。

「フィオナ。冗談はやめてくれないか。」

 その声は静かでありながらも圧倒的な威厳を持っていた。王家の格がこんなにも感じられるのかと、冷静に今の状況を捉えている自分がいた。

 テルミナス大陸には、青竜や約五千四百年前の伝承に残る黒竜しか存在しないはずだ。それにしても、この白い竜は一体‥‥?

 ノアはフィオナを守るように立ち、白い竜を睨み続け、一歩も動けない。彼の肩や手が震え、フィオナもその震えを感じて無意識に服の端を握りしめ、震えが止まらない。

「「──ッ‼︎」」

 突然、胸に鋭い痛みが走り、体中が沸騰してるのかと、錯覚を覚えるほどに熱くなって息が詰まる。視界がぼやけ、目の前の景色が揺れる中、ノアも胸を押さえ、唇の端から血が滲んでいた。彼の体が前のめりに崩れそうになる。

 その瞬間、ロイが二人を守ろうとするも、白い竜の力に吹き飛ばされるのが見えた。

 庭園の花々が揺れ、静かな水辺が不気味に反射している。この美しい場所が、今は不気味な儀式の舞台となっている。

 ──これは竜の契約の儀式だ。

 竜から騎士に選ばれるのは最低でも十五歳以上の青年たちだ。人体のマナが竜のマナに圧倒されて体が持たないからだ。本来なら、結界を張り、互いの了承を得てから儀式を行うべきなのに、なんと傲慢で思いやりに欠けた行為だ。フィオナは竜を鋭く睨みつけた。

「えっ‥はぁっ!‥」

 無表情ながらどこか悲しげな色を帯びた瞳。非情なのか、それとも優しさが隠れているのか、その真意は読み取れない。よく見ると成竜ではなく、幼い竜だ。上空には青竜たちが待機しており、その姿がまるで儀式の証人のように感じられる。

 図書室から駆けつけた人々が見え、彼らが通達を受けた大人たちと共に、事態の深刻さを悟って動いているのがわかる。

 フィオナはその中に、リブラリオン家の父アーサーの姿を見つけた。

 心配そうな表情でこちらを見ている父さまと目が合った瞬間、フィオナの心に少しだけ安心感が広がった。駆けつけようとする父さまは周囲の人々に止められているが、その眼差しから深い心配と愛情が伝わってきた。

 ──ほとんど無意識だった。

 労わるようにフィオナは白い竜に近づき、その頬に左手を当て、額を重ねる。

「──いいよ。わたしでいいなら。だってあなたは、───でしょう。」

 そうなるべくして、フィオナはマナを解放した。

 リブラリオン家は知識守護者の血筋だ。それに応えなければならない。自然と涙が頬にこぼれた。




 どれくらい時間が経ったかわからない。身体から力が抜け、そのまま崩れたのがわかった。

 白竜を迎えに降りてきた青竜たちが視界に浮かび上がった。まるで古の儀式の一環として、新たな王を迎え入れるかのように、彼らは悠然と淡い桃色に染め上げられた上空へと昇っていった。

 白竜が悲しげに鳴くと、その声は庭園全体に広がり、空気そのものがその悲しみを吸い込み、深い静寂と共鳴するかのように響き渡った。


 視界が再びぼやける中、遠くから駆けつける大人たちの姿が見えた。父さまがこちらに向かって走ってくる。そして、見覚えのあるノアの父、ヴィクトル王弟殿下も共に動き出していた。

 フィオナの意識は次第に遠のき、現実と夢の狭間で揺れ動く中、自らの決められた役割へと進むために心の準備をする。

──だって、わたしは知識守護者のリブラリオン。そう認識した瞬間、左手首に強烈な痛みが走った。

 意識が薄れていく中で、フィオナは自身の使命感を再確認し、何とか意識を保とうとする。痛みが彼女を現実に引き戻す。視界がますますぼやけ、周囲の音が遠くなる中で、フィオナは自分がどこにいるのかを必死で思い出そうとする。

 そして、フィオナはついに意識が完全に遠のくのを感じる。彼女の体が静かに崩れ、すべてが暗闇に包まれていった。





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