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第1回 プロローグ 聖騎士『ランスロット』の受難 (下)
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宵の明星が霞(かす)む頃。まだ明け切れぬ夜明け前の、セーラム城の鋭塔に朝霜のかかる刻。
『死して尚、呪われる』
不浄で不貞の輩。半身オークの老呪(まじな)い師が呪いの言霊を発していた刻。
其(そ)の時・・・
若き聖騎士ランスロットは不思議に安堵(あんど)な想いに浸り始めていた。ザクセン王ハイネン6世より授かったこの騎士の称号。この高潔な筈の体躯(たいく)が汚され汚辱に塗(まみ)れている。今やランスロットは思い描く。この牢獄から解き放たれるなら・・・私は・・・死をも厭(いと)わない。
『死でも呪いでも受けてたとう。私は全(すべ)てを受け入れよう』
垂れた頭(こうべ)。泥に塗(まみ)れ乱れたブロンドの頭髪。その分け目から伺(うかが)える両の眼(まなこ)。
その微(かす)かな煌(きら)めきから、微弱ながらもかろうじて生気が見えた。
そして物語は静かに流れだす。
「俺を・・・さっさと殺せ・・・」
吐息にも似た我が言葉。
ランスロットは少なからず驚いていた。何故なら、まだ言葉を操れる。
『唱えられる』つまりは詠唱の可能性・・・
「おらァは久しくコノ呪いの呪符を掲(かか)げ唱えてねえぞ若けぇの。・・・ありゃ、確かセラフィム(おおよそ200年前に起きた戦役の事)の時分さ」
半身オークの老呪(まじな)い師が、腐臭漂う麻布袋から、何やら獣だか人だかの生皮を引き摺り出して、まるで独り言のように語りだした。
「あん時が最初の、そうさなァ。初めてコノ呪符を唱えた訳さ・・・おらァは賢(かしこ)いンじゃあねえぞ。ただ、なが~ぐ生きている。なが~ぐなァ。へへへ~もう幾年生きてきたかァ?なんて、覚えちゃいねェ。でもなァ若けぇの。永く生きてっと、とんでもないモンに出逢っちまうンだなぁ。そいつぁおらァが呪いの呪符を唱える事を授かった事だなァ・・・例えるならなぁ!?」
得体の知れない生皮を野犬の細骨で鞣(なめ)しながら、不浄の半オークは独り言のように呟(つぶや)いた。
やがて半身オークの老呪(まじな)い師の挙動が収まる。
つまりは・・・
呪いの呪符の仕込みが仕上がりつつあった
「おらァだって分かってる。こいつァ良くねえ。万にひとつも唱えちゃなあんねぇんだァ!本当はなァ!?だから、おらァは今日この時で二回目。たった、そんだけ・・・唱えたんわなァ。最初に呪いを喰らった奴はどうしたかってぇ?あいつはァ今も、へへへ~。あっちの方やこっちの方で今も死にながらにして・・・死ねずになぁ」
『カルーッアジィーㇲズクサン。トリュモテユフㇲ・・・』
老呪(まじな)い師が怪訝(けげん)そうに私に振り返ってつぶやいた。
「なんか言ったがぁ???若けぇの・・・」
・・・正確な事の起こりを語るには・・・
この刹那(せつな)私は完全に朽ち果てていた。
『カルーッアジィーㇲズクサン。トリュモテユフㇲ・・・』
微(かす)かな呟きの我が詠唱は・・・
正に牢獄内を揺蕩(たゆた)う哀れ蛾の如(ごと)し。
いわゆる『死』は、私の五体、髪、手足の爪先の大凡(おおよそ)細胞の隅々まで及んだ。
私は完璧な『死』を迎えていた。松明(たいまつ)の炎が揺れる侘(わび)しい牢獄で・・・
白亜天明の月の13の日の明けの刻。ランスロットは完璧に死に絶えていた。
老呪(まじな)い師は満足気に聖騎士の髪をつかみ取り、彼の下顎(あご)が、見当の下部に垂れ下がるまで頭部を引ぎ摺(ず)り上げた。
ランスロットの・・・
『グアア』と開き切る口角を覗き見る老呪(まじな)い師。言わば死の体躯(たいく)を確かめるオーク族の術。
「へへへ~!死んじまったなァ若けぇの。そいつはおめェの定(さだ)めに他ならねェ。おめェは確かに若過ぎた。哀れな具合いだァまったく」
老呪(まじな)い師の脳裏に唐突な情景が浮かぶ。それは、消えかけのランスロットの思念。
「若けぇの・・・ますます哀れな奴だァ。こりゃあぁおめェのガキん頃が見えたァ・・・おらぁになぁ。おめェが今最後に見てる夢だなァへへへ~」
ランスロットの死地の脳裏には、幼少の頃の風景が浮かんでいた。北の高地アバロンの風景。美しく咲き乱れる春咲きの花々の最中・・・
駆け回る幼少時のランスロット。それは、死を迎えた者が訪れる最後の楽園。
しかし、その思念を受ける老呪(まじな)い師の脳裏に浮かぶ情景は・・・ランスロットひとりではない。幼少の彼以外にもうひとり。
高地に生える北方の針葉樹林。その樹林のただ中、微動だにせず老呪(まじな)い師を見据(す)えるひとりの少女の姿がある。猛々しい巨体な体躯の狼らしい獣を従え、少女は真っ直ぐに此方(こちら)を見据(す)えている。
「あんだァ小娘!!!お前は何見てやがるぅぅぅ!!!」
呪(まじな)い師は正に牢内をひとり・・・ランスロットの屍(しかばね)の頭髪を掴(つかみ)み、中空へ向かい獣の雄叫びを上げた。
老呪(まじな)い師は明らかなる動揺を見せた。『面倒事』の予感が牢内をシンと静かに広がっていく。
幻夢の中・・・少女は老呪(まじな)い師を見据えて口を開いた。
「お前ランスロットに何した!!!其処(そこ)から動くなクソばばあ!!!今からお前の腸(はらわた)引き摺(ず)り出して煮(に)て喰ってやる!!!」
『死して尚、呪われる』
不浄で不貞の輩。半身オークの老呪(まじな)い師が呪いの言霊を発していた刻。
其(そ)の時・・・
若き聖騎士ランスロットは不思議に安堵(あんど)な想いに浸り始めていた。ザクセン王ハイネン6世より授かったこの騎士の称号。この高潔な筈の体躯(たいく)が汚され汚辱に塗(まみ)れている。今やランスロットは思い描く。この牢獄から解き放たれるなら・・・私は・・・死をも厭(いと)わない。
『死でも呪いでも受けてたとう。私は全(すべ)てを受け入れよう』
垂れた頭(こうべ)。泥に塗(まみ)れ乱れたブロンドの頭髪。その分け目から伺(うかが)える両の眼(まなこ)。
その微(かす)かな煌(きら)めきから、微弱ながらもかろうじて生気が見えた。
そして物語は静かに流れだす。
「俺を・・・さっさと殺せ・・・」
吐息にも似た我が言葉。
ランスロットは少なからず驚いていた。何故なら、まだ言葉を操れる。
『唱えられる』つまりは詠唱の可能性・・・
「おらァは久しくコノ呪いの呪符を掲(かか)げ唱えてねえぞ若けぇの。・・・ありゃ、確かセラフィム(おおよそ200年前に起きた戦役の事)の時分さ」
半身オークの老呪(まじな)い師が、腐臭漂う麻布袋から、何やら獣だか人だかの生皮を引き摺り出して、まるで独り言のように語りだした。
「あん時が最初の、そうさなァ。初めてコノ呪符を唱えた訳さ・・・おらァは賢(かしこ)いンじゃあねえぞ。ただ、なが~ぐ生きている。なが~ぐなァ。へへへ~もう幾年生きてきたかァ?なんて、覚えちゃいねェ。でもなァ若けぇの。永く生きてっと、とんでもないモンに出逢っちまうンだなぁ。そいつぁおらァが呪いの呪符を唱える事を授かった事だなァ・・・例えるならなぁ!?」
得体の知れない生皮を野犬の細骨で鞣(なめ)しながら、不浄の半オークは独り言のように呟(つぶや)いた。
やがて半身オークの老呪(まじな)い師の挙動が収まる。
つまりは・・・
呪いの呪符の仕込みが仕上がりつつあった
「おらァだって分かってる。こいつァ良くねえ。万にひとつも唱えちゃなあんねぇんだァ!本当はなァ!?だから、おらァは今日この時で二回目。たった、そんだけ・・・唱えたんわなァ。最初に呪いを喰らった奴はどうしたかってぇ?あいつはァ今も、へへへ~。あっちの方やこっちの方で今も死にながらにして・・・死ねずになぁ」
『カルーッアジィーㇲズクサン。トリュモテユフㇲ・・・』
老呪(まじな)い師が怪訝(けげん)そうに私に振り返ってつぶやいた。
「なんか言ったがぁ???若けぇの・・・」
・・・正確な事の起こりを語るには・・・
この刹那(せつな)私は完全に朽ち果てていた。
『カルーッアジィーㇲズクサン。トリュモテユフㇲ・・・』
微(かす)かな呟きの我が詠唱は・・・
正に牢獄内を揺蕩(たゆた)う哀れ蛾の如(ごと)し。
いわゆる『死』は、私の五体、髪、手足の爪先の大凡(おおよそ)細胞の隅々まで及んだ。
私は完璧な『死』を迎えていた。松明(たいまつ)の炎が揺れる侘(わび)しい牢獄で・・・
白亜天明の月の13の日の明けの刻。ランスロットは完璧に死に絶えていた。
老呪(まじな)い師は満足気に聖騎士の髪をつかみ取り、彼の下顎(あご)が、見当の下部に垂れ下がるまで頭部を引ぎ摺(ず)り上げた。
ランスロットの・・・
『グアア』と開き切る口角を覗き見る老呪(まじな)い師。言わば死の体躯(たいく)を確かめるオーク族の術。
「へへへ~!死んじまったなァ若けぇの。そいつはおめェの定(さだ)めに他ならねェ。おめェは確かに若過ぎた。哀れな具合いだァまったく」
老呪(まじな)い師の脳裏に唐突な情景が浮かぶ。それは、消えかけのランスロットの思念。
「若けぇの・・・ますます哀れな奴だァ。こりゃあぁおめェのガキん頃が見えたァ・・・おらぁになぁ。おめェが今最後に見てる夢だなァへへへ~」
ランスロットの死地の脳裏には、幼少の頃の風景が浮かんでいた。北の高地アバロンの風景。美しく咲き乱れる春咲きの花々の最中・・・
駆け回る幼少時のランスロット。それは、死を迎えた者が訪れる最後の楽園。
しかし、その思念を受ける老呪(まじな)い師の脳裏に浮かぶ情景は・・・ランスロットひとりではない。幼少の彼以外にもうひとり。
高地に生える北方の針葉樹林。その樹林のただ中、微動だにせず老呪(まじな)い師を見据(す)えるひとりの少女の姿がある。猛々しい巨体な体躯の狼らしい獣を従え、少女は真っ直ぐに此方(こちら)を見据(す)えている。
「あんだァ小娘!!!お前は何見てやがるぅぅぅ!!!」
呪(まじな)い師は正に牢内をひとり・・・ランスロットの屍(しかばね)の頭髪を掴(つかみ)み、中空へ向かい獣の雄叫びを上げた。
老呪(まじな)い師は明らかなる動揺を見せた。『面倒事』の予感が牢内をシンと静かに広がっていく。
幻夢の中・・・少女は老呪(まじな)い師を見据えて口を開いた。
「お前ランスロットに何した!!!其処(そこ)から動くなクソばばあ!!!今からお前の腸(はらわた)引き摺(ず)り出して煮(に)て喰ってやる!!!」
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