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第二章
17 理由
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笑顔で問いかけるマクリルに赤竜は呆れを声の大きさで表現した。
「はあああ!? 何も知らずに来た上に、当たり前のように我と話までしておったのか!」
普通だったら気絶してもおかしくない怒声にもマクリルが動揺することはなく、多少うるさかったのか耳を押さえていたが、また元に戻る。
「聞こうにも彼は帰ってしまったからね」
「いや、導かれる前に行く先を尋ねるのか普通というものであろう」
拍子抜けの赤竜は、もう諦め始めていた。動じない相手に振り回されて疲れるのは自分だと悟ったからだ。
けれどマクリルの方は赤竜に言われたことを素直に受け入れているようで納得顔で頷いている。
「今まで一度も聞いた事がなかったから、そうかー、分かったよ」
「……今分かっても遅かろう」
「それで僕はどうしてここに?」
やはりニコニコ顔に向けて、ため息一つ。
そして、少しは考えても赤竜は答えた。
「…………我を縛るためだろうさ」
「縛る? 封殺の術でも使えってこと? それとも呪縛しろって事かな」
「そんなものは自分で調べろ」
そこまで親切する訳ではないと顔を背けると、マクリルはやはり素直に言葉にまま受け止めた。
「うん、分かった」
マクリルは赤竜の前を離れると、壁や柱に描かれているものを丁寧に視ていった。
その間赤竜はまるでマクリルなどいなくなったかのように腕の上に頭を乗せ、眠っているように動かなくなった。
壁を一周し、柱を一通り視終えた頃、マクリルは左手首をひと回しした。すると次の瞬間にはその手に杖が握られていた。
杖の長さはマクリルの身長を優に超えるほどの長さでその頭にはコブシ大の宝石の原石のようなものが埋め込まれており、周りに凝った飾り彫りがなされていた。
「ほー、お前はそんなものを使っているのか」
「起きてたんだ」
マクリルはそう言っただけでそれ以上は何もいわず、杖に腰掛けるようにして宙に浮いた。
「おい、まだ調べるのか」
「まだ半分も終わってない」
「調べだしてもう半日は過ぎているんだぞ、休まないのか」
「気にしないで、いつものことだ。二日三日は全然平気なのようになっている」
赤竜はもうそれ以上何も言わず、けれど今度は目は瞑らずマクリルを目で追った。
「おい」
高い天井付近を漂っているマクリルにまるで目の前にいるかのように声は届く。
「何?」
「お前は箒には乗らぬのか?」
「今でも主流はそうみたいだけど、手入れとか大変そうだから」
「なんだただの横着か」
「そうだね。ついでに言うとさ、この杖もなくて飛べるんだけど立ったままだと空中でも疲れるんだ。でも椅子ごと浮くのもなんだか間抜けだから」
「……確かに間抜けだが、ぁはははは! そんなことを考えていること事態が間抜けだ」
「そういわれればそうだね」
「お前さっきからそればっかりだな」
「それって?」
「そうだねってやつだ。今まで誰にも言われなかったか?」
「うん、というか誰かとこんな風に話しをすることがなかったから」
「するなと言われていたか」
「いいや、言われてない。ただ話そうと思わなかっただけ。でもどうして君にははなしちゃうんだろう」
マクリルは少し胸が疼くような感覚を覚えていた。
その感覚を知っている。それは分かっていたが、やはりあえて考えないようにして解読を続けた。
二日かけて漸く全てを読み終えたマクリルはそのまま赤竜にも何も言わず眠りについた。もちろん赤竜のいるその部屋の片隅で。
ピクリともせず眠り続けるマクリル。すでに丸一日を過ぎようよしていた。
その間誰もその部屋を訪ねるものもおらず、マクリルは三日何も食べていないことになる。
赤竜はさすがに心配になってきていた。人間の心配などする生き物ではないが、マクリルに苦の表情が一切ないがために、前触れもなく死んでいるのではないかと思わずに居れなかったのだ。
赤竜にはマクリルがここに連れてこられた理由がわかっていた。それは自分をここに繋ぎとめておくため。もう何十年もここに閉じ込められ、人間どもに利用されてきた。常に複数の魔道士がその術を生涯をかけて行っている。つまりマクリルは死んだ七魔道士二人分を補うためにここにいる。
なぜ何の説明もされず連れてこられたのかはさすがに赤竜にも分からなかったが、それでもマクリルは正確にそれを実行するだろう。
マクリルはすぐ傍で寝ている。踏み殺すこともできる距離で。
今殺せば、二人分薄くなっている術を補充する人間がいなくなる。そうすれば、赤竜にもすぐには解けない術でも時間をかければ崩壊させられる可能性は十分あった。
自由が手に入る。
それなのに、赤竜はなぜかマクリルの心配をしていた。
そんな自分に思わず自嘲した。
するとそれに反応したのかマクリルが目を覚ました。
「おはよう」
マクリルは当たり前のようにそう言った。
「ああ」
赤竜はそう答えるのがやっとだった。
寝ぼけた様子もなく、部屋中の読み終えた術式の確認をし始め一通り終えると赤竜のもとへ戻ってまた黙って横に座った。
「……わかったのか?」
聞くとマクリルは頷いた。
「分かったよ。僕が引き継げばいいんだ。でもその前にお腹がすいたから何か持ってきてもらうよ」
言うと、マクリルはスーっと息を一つ吐いた。すると見る間にそこに羽の生えた愛らしい小ネズミが現れた。
「お前の使い魔か?」
「いいや、僕が作った幻だよ」
小ネズミは主人であるマクリルに一礼するような仕草を見せてからすばしっこい動きで壁に駆けて行きそのまま溶けるように壁をすり抜けていった。
しばらくして小ネズミだけ帰ってきて何を報告するわけでもなくマクリルの懐へ潜り込んだ。
そのまたしばらくしたのち、マクリルを部屋へ導いてきた男が食事を運び込み、マクリルに一つ微笑みだけ残しすぐに部屋を出て行った。
「余程恐れられているんだな」
「恐れぬお前が変なのだ」
マクリルはケタケタと笑った後、数日分はあろう食料を一気に半分ほど食べた。
「よう食べるの」
「食べられるときに食べておかないと体力が持たないんだ」
「お前は本当に人か?」
「たぶんね」
その後マクリルはまた眠りについた。それは本当の休息で一日健やかに眠っていた。
目を覚ましたあとは、残りの食料を全て食べ終えると入念なストレッチをしてからグレンの前に立った。
「準備万端といったところだの」
「そうだね、今回の術はどうも気が進まないんだけど、やらないわけにもいかないからやるよ」
「ほおー、お前にも気が進まなぬことなどあるのだな」
「あれ、そういえばそうだな。……まあいっか、とりあえず始めるよ」
マクリルは欠けた二人分の封印を補う術を施し、見事に成功させた。しかし、その後地獄の苦しみが待っていた。術による負担が大きいのかマクリルには激しい反動が襲っていた。
それでもマクリルはそれを耐え抜き、数ヵ月後にはこれまでと同じように仕事をこなし始めていた。
少し変わったのはマクリルが帰る場所はグレンのところになったことだった。
仕事を終えるとグレンの部屋に行き、そこで寝て、食事をし、グレンとの会話を楽しんだ。
当初この状況を良しとしない者も多々いた。マクリルが二人分の術を担って苦しんでいる間は何も手出しも口出しもしてこなかったのに、それをコントロールしだすと元の寮暮らしをするように命令という形で伝えられた。しかしマクリルは初めてその命令というものに逆らい、グレンのもとに居続けた。すると何か強制的な手段に出ようとしてきたところで逆にマクリルが脅したのだ。
グレンの傍にいないと術の制御ができない、暴走させても良いならもとの部屋に帰ると言ったら何やら緊急会議とやらを開いてマクリルの現状は許されることとなった。
脅しに使った理由は半分本当で半分嘘だった。
グレンの傍におらずとも術を維持することはできるとマクリルは確信していた。だが、グレンのもとに帰らなければ何か大切なものを失うような気が強くしていた。
それが何なのかは、この時のマクリルには分からなかったが、それでもグレンの傍にいることは絶対に譲れないと初めて感じる激しい衝動だった。
そんなマクリルをグレンは呆れ半分で見ながらも、反対はしなかったし邪険にもしなかった。
そんな暮らしを4、5年したある日。マクリルの耳にドラゴンの噂が届けられた。
「はあああ!? 何も知らずに来た上に、当たり前のように我と話までしておったのか!」
普通だったら気絶してもおかしくない怒声にもマクリルが動揺することはなく、多少うるさかったのか耳を押さえていたが、また元に戻る。
「聞こうにも彼は帰ってしまったからね」
「いや、導かれる前に行く先を尋ねるのか普通というものであろう」
拍子抜けの赤竜は、もう諦め始めていた。動じない相手に振り回されて疲れるのは自分だと悟ったからだ。
けれどマクリルの方は赤竜に言われたことを素直に受け入れているようで納得顔で頷いている。
「今まで一度も聞いた事がなかったから、そうかー、分かったよ」
「……今分かっても遅かろう」
「それで僕はどうしてここに?」
やはりニコニコ顔に向けて、ため息一つ。
そして、少しは考えても赤竜は答えた。
「…………我を縛るためだろうさ」
「縛る? 封殺の術でも使えってこと? それとも呪縛しろって事かな」
「そんなものは自分で調べろ」
そこまで親切する訳ではないと顔を背けると、マクリルはやはり素直に言葉にまま受け止めた。
「うん、分かった」
マクリルは赤竜の前を離れると、壁や柱に描かれているものを丁寧に視ていった。
その間赤竜はまるでマクリルなどいなくなったかのように腕の上に頭を乗せ、眠っているように動かなくなった。
壁を一周し、柱を一通り視終えた頃、マクリルは左手首をひと回しした。すると次の瞬間にはその手に杖が握られていた。
杖の長さはマクリルの身長を優に超えるほどの長さでその頭にはコブシ大の宝石の原石のようなものが埋め込まれており、周りに凝った飾り彫りがなされていた。
「ほー、お前はそんなものを使っているのか」
「起きてたんだ」
マクリルはそう言っただけでそれ以上は何もいわず、杖に腰掛けるようにして宙に浮いた。
「おい、まだ調べるのか」
「まだ半分も終わってない」
「調べだしてもう半日は過ぎているんだぞ、休まないのか」
「気にしないで、いつものことだ。二日三日は全然平気なのようになっている」
赤竜はもうそれ以上何も言わず、けれど今度は目は瞑らずマクリルを目で追った。
「おい」
高い天井付近を漂っているマクリルにまるで目の前にいるかのように声は届く。
「何?」
「お前は箒には乗らぬのか?」
「今でも主流はそうみたいだけど、手入れとか大変そうだから」
「なんだただの横着か」
「そうだね。ついでに言うとさ、この杖もなくて飛べるんだけど立ったままだと空中でも疲れるんだ。でも椅子ごと浮くのもなんだか間抜けだから」
「……確かに間抜けだが、ぁはははは! そんなことを考えていること事態が間抜けだ」
「そういわれればそうだね」
「お前さっきからそればっかりだな」
「それって?」
「そうだねってやつだ。今まで誰にも言われなかったか?」
「うん、というか誰かとこんな風に話しをすることがなかったから」
「するなと言われていたか」
「いいや、言われてない。ただ話そうと思わなかっただけ。でもどうして君にははなしちゃうんだろう」
マクリルは少し胸が疼くような感覚を覚えていた。
その感覚を知っている。それは分かっていたが、やはりあえて考えないようにして解読を続けた。
二日かけて漸く全てを読み終えたマクリルはそのまま赤竜にも何も言わず眠りについた。もちろん赤竜のいるその部屋の片隅で。
ピクリともせず眠り続けるマクリル。すでに丸一日を過ぎようよしていた。
その間誰もその部屋を訪ねるものもおらず、マクリルは三日何も食べていないことになる。
赤竜はさすがに心配になってきていた。人間の心配などする生き物ではないが、マクリルに苦の表情が一切ないがために、前触れもなく死んでいるのではないかと思わずに居れなかったのだ。
赤竜にはマクリルがここに連れてこられた理由がわかっていた。それは自分をここに繋ぎとめておくため。もう何十年もここに閉じ込められ、人間どもに利用されてきた。常に複数の魔道士がその術を生涯をかけて行っている。つまりマクリルは死んだ七魔道士二人分を補うためにここにいる。
なぜ何の説明もされず連れてこられたのかはさすがに赤竜にも分からなかったが、それでもマクリルは正確にそれを実行するだろう。
マクリルはすぐ傍で寝ている。踏み殺すこともできる距離で。
今殺せば、二人分薄くなっている術を補充する人間がいなくなる。そうすれば、赤竜にもすぐには解けない術でも時間をかければ崩壊させられる可能性は十分あった。
自由が手に入る。
それなのに、赤竜はなぜかマクリルの心配をしていた。
そんな自分に思わず自嘲した。
するとそれに反応したのかマクリルが目を覚ました。
「おはよう」
マクリルは当たり前のようにそう言った。
「ああ」
赤竜はそう答えるのがやっとだった。
寝ぼけた様子もなく、部屋中の読み終えた術式の確認をし始め一通り終えると赤竜のもとへ戻ってまた黙って横に座った。
「……わかったのか?」
聞くとマクリルは頷いた。
「分かったよ。僕が引き継げばいいんだ。でもその前にお腹がすいたから何か持ってきてもらうよ」
言うと、マクリルはスーっと息を一つ吐いた。すると見る間にそこに羽の生えた愛らしい小ネズミが現れた。
「お前の使い魔か?」
「いいや、僕が作った幻だよ」
小ネズミは主人であるマクリルに一礼するような仕草を見せてからすばしっこい動きで壁に駆けて行きそのまま溶けるように壁をすり抜けていった。
しばらくして小ネズミだけ帰ってきて何を報告するわけでもなくマクリルの懐へ潜り込んだ。
そのまたしばらくしたのち、マクリルを部屋へ導いてきた男が食事を運び込み、マクリルに一つ微笑みだけ残しすぐに部屋を出て行った。
「余程恐れられているんだな」
「恐れぬお前が変なのだ」
マクリルはケタケタと笑った後、数日分はあろう食料を一気に半分ほど食べた。
「よう食べるの」
「食べられるときに食べておかないと体力が持たないんだ」
「お前は本当に人か?」
「たぶんね」
その後マクリルはまた眠りについた。それは本当の休息で一日健やかに眠っていた。
目を覚ましたあとは、残りの食料を全て食べ終えると入念なストレッチをしてからグレンの前に立った。
「準備万端といったところだの」
「そうだね、今回の術はどうも気が進まないんだけど、やらないわけにもいかないからやるよ」
「ほおー、お前にも気が進まなぬことなどあるのだな」
「あれ、そういえばそうだな。……まあいっか、とりあえず始めるよ」
マクリルは欠けた二人分の封印を補う術を施し、見事に成功させた。しかし、その後地獄の苦しみが待っていた。術による負担が大きいのかマクリルには激しい反動が襲っていた。
それでもマクリルはそれを耐え抜き、数ヵ月後にはこれまでと同じように仕事をこなし始めていた。
少し変わったのはマクリルが帰る場所はグレンのところになったことだった。
仕事を終えるとグレンの部屋に行き、そこで寝て、食事をし、グレンとの会話を楽しんだ。
当初この状況を良しとしない者も多々いた。マクリルが二人分の術を担って苦しんでいる間は何も手出しも口出しもしてこなかったのに、それをコントロールしだすと元の寮暮らしをするように命令という形で伝えられた。しかしマクリルは初めてその命令というものに逆らい、グレンのもとに居続けた。すると何か強制的な手段に出ようとしてきたところで逆にマクリルが脅したのだ。
グレンの傍にいないと術の制御ができない、暴走させても良いならもとの部屋に帰ると言ったら何やら緊急会議とやらを開いてマクリルの現状は許されることとなった。
脅しに使った理由は半分本当で半分嘘だった。
グレンの傍におらずとも術を維持することはできるとマクリルは確信していた。だが、グレンのもとに帰らなければ何か大切なものを失うような気が強くしていた。
それが何なのかは、この時のマクリルには分からなかったが、それでもグレンの傍にいることは絶対に譲れないと初めて感じる激しい衝動だった。
そんなマクリルをグレンは呆れ半分で見ながらも、反対はしなかったし邪険にもしなかった。
そんな暮らしを4、5年したある日。マクリルの耳にドラゴンの噂が届けられた。
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