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第二章
15 多忙
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言われるがままに仕事をこなす日々。
唯一書庫に通うことだけはやめなかった。学校の書庫はすでにマクリルの役に立つようなものはなくなっていたので、国所有の書庫へと場所は変わっていたが、仕事がないときは日中ずっと書庫で読書に夢中になっていた。
学校では魔道術についての知識だけを求めていたが、国庫に入る許可を得てからは何を調べているわけでもない。手に取る本はいつもランダムだった。
巨大な本棚が膨大に立ち並ぶその場所を散歩するように歩く。薄暗く、書物独特の臭いが満ちているその場所は人が居るほうが稀でマクリルに遭遇する相手のほうが毎回悲鳴をあげて驚いていた。
「そんなに驚かなくていいのに」
逃げ去る人に届かない声でマクリルはいつも呟いていた。
そう呟ける様になったのも、国庫の本で初めて世間というものを知ったからだった。
マクリルが失っていた記憶の中には所謂常識というものも含まれていて、それこそ今まで学校で自分が集めていた視線の意味や国がどのように成り立っているのか、他国との情勢や一般市民の生活模様も本から全てを得た。
そして仕事であちこち行くことでそれを現実と照らし合わせて本物の知識として吸収していった。
それでもマクリルが何かかわることはない。
必要なこと以外は話さない。寄せられた仕事は断らない。特に何かを欲しがることもない。食事も衣服も提供させるがまま。
ただ一つ、マクリルは一般の魔道士が誰しもしていることをしなかった。
それは使役魔を持つことだった。
何か特別な理由があったわけではない。学校に在籍しているときも仕事をし始めてからも薦められたが気入るのかいないからとすべて断った。時には目の前に悪魔や魔獣を連れてこられたこともあったがそのまま帰ってもらったり、あるいはその場で屠ってしまった。
単純に必要なかったのだ。魔物は淘汰されるべきものだと言われていたので、それを利用したりあまつさえ手助けさせるなんて事は理解できなかったのだ。そんなことせずともマクリルに倒しがたい敵などは皆無だったから尚更だった。
そんなマクリルに転機が訪れたのは、この国では成人と言われる十五歳を過ぎてからだった。
大賢者といわれた七魔道士の一人がこの世を去ったのだ。その上残りの六人もそれぞれ状態は違えど生命に不安を抱えていると城内で噂になっていた。
「疲れてはいませんか?」
「大丈夫」
「何か困ったことがあれば言ってください」
この頃、マクリルと会話があったのは仕事の依頼と報告にくるヒトリの男だけで、それ以外は皆無に等しく、仕事以外で人に会うこともほとんどなかった。
マクリルは葬儀にも見舞いにも出向くことはなかった。何も知らされなかったからというのが大きいが七魔道士が担っていた魔道士としての仕事がマクリルのもとに次々とまわってきていて多忙を極めていたせいもあった。
その仕事も本来は七魔道士が担っていたものだとも教えられていなかった。そのため従来の依頼となんら変わりなくこなしていたし、マクリルはすでに七魔道士と同等かそれ以上の実力を身につけてしまっていたので依頼の困難さを訝しがることもできなかった。
それでもさすがにもう一人七魔道士が死去したときにはマクリルにもその情報が届いた。そしてそれを伝えに来た男に促され登城した。
城壁の前まで来た二人はいつも通り正門をくぐり脇にそれる。マクリルは正面玄関から入ることはしない。そこは来賓や王族が平素使うものであるからだが、七魔道士とマクリルにはそこの通過を許されていた。
しかし、どんな時でも盛大な迎えがあって仰々しいので無駄を省きたいマクリルは王族からの正式な招待以外のときは一般の官僚や職員が通る出入り口を利用していた。
さらに一人で来る時などは商人や出入りの業者が使う本来ならセキュリティーの厳しい門を利用している。なぜならば一般人はマクリルの存在を知ってはいても顔は知らない。だから門兵以外には気づかれず、もちろんきちんとした入場証も提示するので通ることに問題もない。
下手に官僚や軍人の間で噂になるよりよっぽど楽だった。
今日は職員用の玄関から導かれてきたが、少し雰囲気が違っていた。常ならば誰かしら複数人そこを行き来して、マクリルに気づくとひそひそと何か言い合ったりしているものなのに、誰もいない。唯一出入りを見張るための兵が一人いるが、それだって一人というのはおかしい。
城内の事情に詳しくないマクリルは首を捻るだけで理由の検討などつかなかった。
「知らない道」
「知っている者はほぼいません」
そしてさらにいつもと違いどんどんと階段を下らされていく。一階下がるごとに雰囲気は悪くなり、地下三階は噂どおり牢獄になっていた。余程の罪を犯した犯罪者を一時的にではあるが捉えておく場所だ。あまり使われることはないと聞いていた通り誰もいなかった。
そしてさらに下っていく。すると今度は逆に場が清めらていっている様だった。
さらに三階下がると、すこし目がくらむほど光が散らばる細い廊下に出た。
ここに来るまで幾枚もの厳重に施錠された扉を通ってきたことを察するにこの廊下の先にあるものはとてつもなく重要であることは間違いないことはさすがのマクリルでも理解した。
明かりは前を歩く男の手元のランプだけだったのだが、壁が水晶で作られているため光はあらゆる方向に反射して廊下全体が煌いている。
さして長くはない廊下の突き当たり、人一人が通れるだけのサイズ。それなのに物々しい扉があった。鍵穴も取っ手もない。一見壁のような造りだったが、マクリルには一目で扉だと分かった。魔術がかけられているからだ。
マクリルを導いていた男がその扉を開けられるようだった。かなり手こずっていたが、マクリルは何もせずその様子を見守った。
長い時間をかけて漸く開いた扉の先は嘘のように広く天井がやたら高い部屋。
そして地下とは思えないほど明るさが溢れていた。
唯一書庫に通うことだけはやめなかった。学校の書庫はすでにマクリルの役に立つようなものはなくなっていたので、国所有の書庫へと場所は変わっていたが、仕事がないときは日中ずっと書庫で読書に夢中になっていた。
学校では魔道術についての知識だけを求めていたが、国庫に入る許可を得てからは何を調べているわけでもない。手に取る本はいつもランダムだった。
巨大な本棚が膨大に立ち並ぶその場所を散歩するように歩く。薄暗く、書物独特の臭いが満ちているその場所は人が居るほうが稀でマクリルに遭遇する相手のほうが毎回悲鳴をあげて驚いていた。
「そんなに驚かなくていいのに」
逃げ去る人に届かない声でマクリルはいつも呟いていた。
そう呟ける様になったのも、国庫の本で初めて世間というものを知ったからだった。
マクリルが失っていた記憶の中には所謂常識というものも含まれていて、それこそ今まで学校で自分が集めていた視線の意味や国がどのように成り立っているのか、他国との情勢や一般市民の生活模様も本から全てを得た。
そして仕事であちこち行くことでそれを現実と照らし合わせて本物の知識として吸収していった。
それでもマクリルが何かかわることはない。
必要なこと以外は話さない。寄せられた仕事は断らない。特に何かを欲しがることもない。食事も衣服も提供させるがまま。
ただ一つ、マクリルは一般の魔道士が誰しもしていることをしなかった。
それは使役魔を持つことだった。
何か特別な理由があったわけではない。学校に在籍しているときも仕事をし始めてからも薦められたが気入るのかいないからとすべて断った。時には目の前に悪魔や魔獣を連れてこられたこともあったがそのまま帰ってもらったり、あるいはその場で屠ってしまった。
単純に必要なかったのだ。魔物は淘汰されるべきものだと言われていたので、それを利用したりあまつさえ手助けさせるなんて事は理解できなかったのだ。そんなことせずともマクリルに倒しがたい敵などは皆無だったから尚更だった。
そんなマクリルに転機が訪れたのは、この国では成人と言われる十五歳を過ぎてからだった。
大賢者といわれた七魔道士の一人がこの世を去ったのだ。その上残りの六人もそれぞれ状態は違えど生命に不安を抱えていると城内で噂になっていた。
「疲れてはいませんか?」
「大丈夫」
「何か困ったことがあれば言ってください」
この頃、マクリルと会話があったのは仕事の依頼と報告にくるヒトリの男だけで、それ以外は皆無に等しく、仕事以外で人に会うこともほとんどなかった。
マクリルは葬儀にも見舞いにも出向くことはなかった。何も知らされなかったからというのが大きいが七魔道士が担っていた魔道士としての仕事がマクリルのもとに次々とまわってきていて多忙を極めていたせいもあった。
その仕事も本来は七魔道士が担っていたものだとも教えられていなかった。そのため従来の依頼となんら変わりなくこなしていたし、マクリルはすでに七魔道士と同等かそれ以上の実力を身につけてしまっていたので依頼の困難さを訝しがることもできなかった。
それでもさすがにもう一人七魔道士が死去したときにはマクリルにもその情報が届いた。そしてそれを伝えに来た男に促され登城した。
城壁の前まで来た二人はいつも通り正門をくぐり脇にそれる。マクリルは正面玄関から入ることはしない。そこは来賓や王族が平素使うものであるからだが、七魔道士とマクリルにはそこの通過を許されていた。
しかし、どんな時でも盛大な迎えがあって仰々しいので無駄を省きたいマクリルは王族からの正式な招待以外のときは一般の官僚や職員が通る出入り口を利用していた。
さらに一人で来る時などは商人や出入りの業者が使う本来ならセキュリティーの厳しい門を利用している。なぜならば一般人はマクリルの存在を知ってはいても顔は知らない。だから門兵以外には気づかれず、もちろんきちんとした入場証も提示するので通ることに問題もない。
下手に官僚や軍人の間で噂になるよりよっぽど楽だった。
今日は職員用の玄関から導かれてきたが、少し雰囲気が違っていた。常ならば誰かしら複数人そこを行き来して、マクリルに気づくとひそひそと何か言い合ったりしているものなのに、誰もいない。唯一出入りを見張るための兵が一人いるが、それだって一人というのはおかしい。
城内の事情に詳しくないマクリルは首を捻るだけで理由の検討などつかなかった。
「知らない道」
「知っている者はほぼいません」
そしてさらにいつもと違いどんどんと階段を下らされていく。一階下がるごとに雰囲気は悪くなり、地下三階は噂どおり牢獄になっていた。余程の罪を犯した犯罪者を一時的にではあるが捉えておく場所だ。あまり使われることはないと聞いていた通り誰もいなかった。
そしてさらに下っていく。すると今度は逆に場が清めらていっている様だった。
さらに三階下がると、すこし目がくらむほど光が散らばる細い廊下に出た。
ここに来るまで幾枚もの厳重に施錠された扉を通ってきたことを察するにこの廊下の先にあるものはとてつもなく重要であることは間違いないことはさすがのマクリルでも理解した。
明かりは前を歩く男の手元のランプだけだったのだが、壁が水晶で作られているため光はあらゆる方向に反射して廊下全体が煌いている。
さして長くはない廊下の突き当たり、人一人が通れるだけのサイズ。それなのに物々しい扉があった。鍵穴も取っ手もない。一見壁のような造りだったが、マクリルには一目で扉だと分かった。魔術がかけられているからだ。
マクリルを導いていた男がその扉を開けられるようだった。かなり手こずっていたが、マクリルは何もせずその様子を見守った。
長い時間をかけて漸く開いた扉の先は嘘のように広く天井がやたら高い部屋。
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