薬師と悪魔と

nano ひにゃ

文字の大きさ
上 下
15 / 24
第二章

15 多忙

しおりを挟む
 言われるがままに仕事をこなす日々。
 唯一書庫に通うことだけはやめなかった。学校の書庫はすでにマクリルの役に立つようなものはなくなっていたので、国所有の書庫へと場所は変わっていたが、仕事がないときは日中ずっと書庫で読書に夢中になっていた。
 学校では魔道術についての知識だけを求めていたが、国庫に入る許可を得てからは何を調べているわけでもない。手に取る本はいつもランダムだった。

 巨大な本棚が膨大に立ち並ぶその場所を散歩するように歩く。薄暗く、書物独特の臭いが満ちているその場所は人が居るほうが稀でマクリルに遭遇する相手のほうが毎回悲鳴をあげて驚いていた。

「そんなに驚かなくていいのに」

 逃げ去る人に届かない声でマクリルはいつも呟いていた。
 そう呟ける様になったのも、国庫の本で初めて世間というものを知ったからだった。

 マクリルが失っていた記憶の中には所謂常識というものも含まれていて、それこそ今まで学校で自分が集めていた視線の意味や国がどのように成り立っているのか、他国との情勢や一般市民の生活模様も本から全てを得た。
 そして仕事であちこち行くことでそれを現実と照らし合わせて本物の知識として吸収していった。

 それでもマクリルが何かかわることはない。
 必要なこと以外は話さない。寄せられた仕事は断らない。特に何かを欲しがることもない。食事も衣服も提供させるがまま。
 ただ一つ、マクリルは一般の魔道士が誰しもしていることをしなかった。
 それは使役魔を持つことだった。
 何か特別な理由があったわけではない。学校に在籍しているときも仕事をし始めてからも薦められたが気入るのかいないからとすべて断った。時には目の前に悪魔や魔獣を連れてこられたこともあったがそのまま帰ってもらったり、あるいはその場で屠ってしまった。
 単純に必要なかったのだ。魔物は淘汰されるべきものだと言われていたので、それを利用したりあまつさえ手助けさせるなんて事は理解できなかったのだ。そんなことせずともマクリルに倒しがたい敵などは皆無だったから尚更だった。

 そんなマクリルに転機が訪れたのは、この国では成人と言われる十五歳を過ぎてからだった。
 大賢者といわれた七魔道士の一人がこの世を去ったのだ。その上残りの六人もそれぞれ状態は違えど生命に不安を抱えていると城内で噂になっていた。

「疲れてはいませんか?」
「大丈夫」
「何か困ったことがあれば言ってください」

 この頃、マクリルと会話があったのは仕事の依頼と報告にくるヒトリの男だけで、それ以外は皆無に等しく、仕事以外で人に会うこともほとんどなかった。
 マクリルは葬儀にも見舞いにも出向くことはなかった。何も知らされなかったからというのが大きいが七魔道士が担っていた魔道士としての仕事がマクリルのもとに次々とまわってきていて多忙を極めていたせいもあった。

 その仕事も本来は七魔道士が担っていたものだとも教えられていなかった。そのため従来の依頼となんら変わりなくこなしていたし、マクリルはすでに七魔道士と同等かそれ以上の実力を身につけてしまっていたので依頼の困難さを訝しがることもできなかった。

 それでもさすがにもう一人七魔道士が死去したときにはマクリルにもその情報が届いた。そしてそれを伝えに来た男に促され登城した。 

 城壁の前まで来た二人はいつも通り正門をくぐり脇にそれる。マクリルは正面玄関から入ることはしない。そこは来賓や王族が平素使うものであるからだが、七魔道士とマクリルにはそこの通過を許されていた。
しかし、どんな時でも盛大な迎えがあって仰々しいので無駄を省きたいマクリルは王族からの正式な招待以外のときは一般の官僚や職員が通る出入り口を利用していた。
 さらに一人で来る時などは商人や出入りの業者が使う本来ならセキュリティーの厳しい門を利用している。なぜならば一般人はマクリルの存在を知ってはいても顔は知らない。だから門兵以外には気づかれず、もちろんきちんとした入場証も提示するので通ることに問題もない。
 下手に官僚や軍人の間で噂になるよりよっぽど楽だった。
 今日は職員用の玄関から導かれてきたが、少し雰囲気が違っていた。常ならば誰かしら複数人そこを行き来して、マクリルに気づくとひそひそと何か言い合ったりしているものなのに、誰もいない。唯一出入りを見張るための兵が一人いるが、それだって一人というのはおかしい。
 城内の事情に詳しくないマクリルは首を捻るだけで理由の検討などつかなかった。

「知らない道」
「知っている者はほぼいません」

 そしてさらにいつもと違いどんどんと階段を下らされていく。一階下がるごとに雰囲気は悪くなり、地下三階は噂どおり牢獄になっていた。余程の罪を犯した犯罪者を一時的にではあるが捉えておく場所だ。あまり使われることはないと聞いていた通り誰もいなかった。
 そしてさらに下っていく。すると今度は逆に場が清めらていっている様だった。
 さらに三階下がると、すこし目がくらむほど光が散らばる細い廊下に出た。
 ここに来るまで幾枚もの厳重に施錠された扉を通ってきたことを察するにこの廊下の先にあるものはとてつもなく重要であることは間違いないことはさすがのマクリルでも理解した。
 明かりは前を歩く男の手元のランプだけだったのだが、壁が水晶で作られているため光はあらゆる方向に反射して廊下全体が煌いている。

 さして長くはない廊下の突き当たり、人一人が通れるだけのサイズ。それなのに物々しい扉があった。鍵穴も取っ手もない。一見壁のような造りだったが、マクリルには一目で扉だと分かった。魔術がかけられているからだ。
 マクリルを導いていた男がその扉を開けられるようだった。かなり手こずっていたが、マクリルは何もせずその様子を見守った。
 長い時間をかけて漸く開いた扉の先は嘘のように広く天井がやたら高い部屋。
 そして地下とは思えないほど明るさが溢れていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

魔法少女に就職希望!

浅上秀
ファンタジー
就職活動中の主人公アミ。彼女の幼いころの夢は魔法少女になることだった。ある日、アミの前に現れたチャンス。アミは魔法怪人団オンナノテキと闘い世界を守ることを誓った。 そんなアミは現れるライバルたちと時にぶつかり、時に協力しあいながら日々成長していく。 コンセプトは20代でも魔法少女になりたい! 完結しました … ファンタジー ※なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

獣人のよろずやさん

京衛武百十
ファンタジー
外宇宙惑星探査チーム<コーネリアス>の隊員六十名は、探査のために訪れたN8455星団において、空間や電磁波や重力までもが異常な宙域に突入してしまい探査船が故障、ある惑星に不時着してしまう。 その惑星は非常に地球に似た、即移住可能な素晴らしい惑星だったが、探査船は航行不能。通信もできないという状態で、サバイバル生活を余儀なくされてしまった。 幸い、探査船の生命維持機能は無事だったために隊員達はそれほど苦労なく生き延びることができていた。 <あれ>が現れるまでは。 それに成す術なく隊員達は呑み込まれていく。 しかし――――― 外宇宙惑星探査チーム<コーネリアス>の隊員だった相堂幸正、久利生遥偉、ビアンカ・ラッセの三人は、なぜか意識を取り戻すこととなった。 しかも、透明な体を持って。 さらに三人がいたのは、<獣人>とも呼ぶべき、人間に近いシルエットを持ちながら獣の姿と能力を持つ種族が跋扈する世界なのであった。     筆者注。 こちらに搭乗する<ビアンカ・ラッセ>は、「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)」に登場する<ビアンカ>よりもずっと<軍人としての姿>が表に出ている、オリジナルの彼女に近いタイプです。一方、あちらは、輪をかけて特殊な状況のため、<軍人としてのビアンカ・ラッセ>の部分が剥がれ落ちてしまった、<素のビアンカ・ラッセ>が表に出ています。 どちらも<ビアンカ・ラッセ>でありつつ、大きくルート分岐したことで、ほとんど別人のように変化してしまっているのです。

処理中です...