薬師と悪魔と

nano ひにゃ

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第一章

7 仲良くなれるかな

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 翌日疑問をそのままカジュにぶつける。

「なぜあいつにメシをやるんだ」
「…………暇なのはわかるがお前までオレんとこに来るな」

 アオの襲来にはやっと慣れてきたカジュだったのに、クロまでやってきて本気で辟易していた。

「そんなことは訊いていない」
「んだよ、お前にも出さなかったからスネてんのか?」

 面倒くさすぎて適当に返事をして、目も合わせない。

「違う!」
「はいはい、別に毒なんか食わしてねーよ、余計な心配するな」
「だから何故だ」
「は? 理由なんて別にねーよ。食うかって聞いたら頷くから用意してやっただけだ」
「本当にそれだけか?」
「しつけーな」

 カジュがいよいよ煩わしくなって答えるのを放棄しようとした時、それを察したクロが奥の手を出した。

「おい、アオ!」
「はあーーい」
「なんで呼ぶんだよ、お前アイツがオレの所に来るの嫌なんだろ」

 二階に向けて叫ぶクロにダイニングテーブルに肘を付き片手でこめかみを揉むカジュの元へ、アオが楽しげに降りてきた。

「クロどうしたの?」
「こいつにメシを食わせる理由を聞いてみろ」
「うん! あのねカジュ、どうしてアオにご飯くれるの?」

 単純なアオの方は見ず、カジュは頬杖をついたままクロにだけ冷たい視線を向ける。

「こいつの色香はオレには効かないって言っただろ」
「じゃあなぜ昨日はあんな話をしたんだ」
「は? あー、暇? だったから」
「本当の事を言え」

 アオに対して甘い自覚があるカジュは、八つ当たりも込めて少し強気で出た。
 
「だからー、ってかさ、お前こいつに嘘言えんのか? オレにもこいつのことを騙して欲しいのかよ」
「嘘など吐かん、騙そうものなら殺す」
「だったら別にいいだろ、お前には適当に言うが、こいつには嘘吐くのも面倒なくらい面倒だから、それでいいだろ」
「良いわけないだろ、面倒だとは何だ!」
「面倒だろ、納得しないといつまでも纏わり付く。嘘吐きゃその時は信じるくせに暫くするとまた訊いてきやがるし、本当に面倒だ」
「面倒じゃない! 可愛いだろ!!」
「はあああ?」

 カジュの心底呆れた様子に、言ってから仕舞ったと思ったのかクロは顔を背けた。
 カジュは一瞬茶化してやろうかとも思ったが、それこそ面倒でクロの発言は無視してやることにし、会話も仕舞いにしようとした。

「じゃあそういう―――」
「きゃははは」

 笑ったのはもちろんアオ。楽しそうに二人を見比べながら笑っている。

「どうした?」

 先ほどまでとは打って変わって優しく尋ねるクロを見てカジュはもう好きにしろと言わんばかりに無視しようとしたのだが、アオがそれを阻止する。

「カジュはとーーっても優しいし、クロとカジュは仲良しさんだと思ったの」
「またそれか、全然仲良くなんかねーよ。お前の目はホント節穴だな」

 呆れたカジュは冷たく言い放つが、アオはニコニコしたままで、むしろクロが怒気を放つ。

「お前、殺すぞ」

 もちろん気にするカジュではなく、それも日常になっている。

「はいはい、わかったからさっさと二階に帰れ」
「いや、俺にもメシを食わせろ」
「は!? なんでそんな事しないといけねーんだ」
「どんなものを食べさせているのか知らないわけにはいかない」
「わあーーい」
「…………お前らマジうざい」

 その日から食事はなぜか三人で取ることになってしまった。カジュも最初こそイヤイヤだったが、次第にそれも面倒くさくなり当たり前に三人前の食事を用意するようになっていった。
 そうなると会話することも当たり前のことになって、クロはカジュの監視という名目で一階にいる時間も長くなっていった。
 昼下がり、カジュはダイニングで薬草作りに精を出し、その横のラグでクロはアオに膝枕していた。

「術に嵌ってるとは考えないのか?」

 カジュが体調を確認する意外の質問を投げかけることなど稀だったが、クロがそれに多くを考えることなく答えることはもうこの家ではあまり不思議なことではなくなっていた。

「アオのか? 無いな、出会った頃のこいつはヒドイ姿でとても淫魔には見えなかった。姿かたちは関係なかった。あっという間に愛していた」

 アオはクロの膝ですやすやと眠りについていた。気が向けば日に何度も昼寝をしているアオは元々欲望に忠実な性質が森での暮らしで開花していると言えた。
 そんなアオをクロは愛おしそうに撫でる。
 カジュは当然その様を見ている。

「悪魔の愛……違和感だらけだ」

 皮肉もあったが、素直に不思議だと思う探究心のような気持ちもあった。

「俺も最初はさすがに」
「戸惑ったか?」

 カジュは語尾を捕らえるように突っ込んだ。

「ああ、そんな感情は知らなかったからな」
「知らないのによくもまあそんな傷だらけになるまで守れるもんだな」
「出会ったときにアイツが今みたいな容姿だったら全く違っただろうな」

 クロは過去を振り返るように少し遠くを見ながら言った。

「あれか、自分が磨いたから手放しがたいってやつか?」

 これはカジュの嫌味ではなく、純粋な考察だった。

「いや、俺はアイツに何もしていない。アイツ自身も容姿を磨くために何かしてるわけでもない」
「それでこれだけってどんだけすごいんだよ、世間の女が聞いたら発狂するんじゃないか」

 薬師をしているからこそ余計に実感があったカジュだった。

「淫魔の魔力に性別は関係ない」

 淫魔は相手の望む性になることができるため、誰でも誑かすことができるが、カジュの言いたいこととは完全にはズレている。

「発狂ってそういうことじゃなくて。一般論だよ、大抵の美女ってのは何かしらしてるもんなんだよ。それを本気で何もしないで美しいなんて知ったら、強烈な嫉妬で刺されるか、妄信的な信者が現れるかだな」
「なんだやけに詳しいな」

 クロは少し口の端を上げた。そんな美容に固執した恋人でもいるのかと考えたのだが、それを感じたカジュは首を横に振る。

「これでも薬師なんでね、その手の要望にもそれなりに応えてるんだよ」

 カジュが棚からいくつもの瓶や軟膏、その他にも様々な物が入った籠を持ってきて、それぞれの効能を軽く説明すると、クロは心の底から溜息を吐いた。

「人間てのはつくづく愚かだな」
「そうだよなー、でもそうじゃなきゃ人間らしいと言えないのかもな」
「愚かなことが本質にあるとは無駄な生き物だ」
「悪魔にしてみればそうだろうなー、俺もそう思うし。でも悪魔も世界に必要かどうかはわからないところだろう、天界のも同じくな」

 取り出した籠を戻しながら、さらりとそんなことを言うカジュにクロは流石に苦笑いした。

「天使たちには聞かせられないと台詞だな」

 しかしカジュは以外にも真面目に呟いた。

「大昔のように世界がきっちり分かれてればよかったと俺は思ってるんだ」
「俺もその時代には生きていないから詳しくは知らないが、それでも互いに干渉しあっていたと聞く」
「それでも今より諍いはずっと少なかったさ、魔道士なんて仕事も公にはされないで本当に少数が隠れてやっているようなものだった」
「……見てきたような言い方だな」
「見せられたんだよ」
「誰に? どこでだ?」

 クロに言われて少し考えてから、あっと声を上げた。

「……あーと、これは一応機密事項だった。でもま、俺からすれば昔は良かったなって話だったよ。俺にそれを見せたやつは違う意図があったみたいだけどな」

 機密事項などと物騒なことを言いながら、適当に誤魔化したと思ったら、また気になることを言う。
 けれどカジュの表情はいつものように飄々と、薬作りを再開しながら特に秘密を話している感じでもない。

「お前以前はどこにいた?」

 言うはずはないと分かっていてもクロは聞かずには入れなかった。
 カジュは、一瞬ふと動きを止めると、とんでもなく不味いものでも食べたかのように顔を顰めた。
 カジュのそれほどあからさまな表情の変化を見たクロは驚きを隠せず、どうした? と柄にもなく心配気な声を出してしまった。
 カジュは、悪い悪いと笑いながら、邪気でも祓うかのように片手を軽く振るとまた薬をすり鉢でこね始めた。

「こんなところで暮らしたいって思うくらいに嫌な職場だよ、魔道士は依頼があればあちこち行くから特定の場所はないけどな」

 嫌な場所だったことはクロにもしっかりと伝わったからこそ、不思議に思うこともある。

「……俺たちみたいなのを退治するのが仕事だろう、辞めたとはいえなぜ助けた?」
「それは説明しただろう、精霊に頼まれたから。あとはお前のしつこさに負けたってところか」
「……お前も所詮人間ということだな」
「どういう意味だよ」

 機嫌を悪くしたようなカジュにクロは困ったような笑顔で言った。

「やはり愚かだってことだ。人間の敵を一時の感情なんかで助けて。あとでどうなっても知らない」
「褒められてないと分かっていても礼を言われてる気分だ」

 この時のクロの言葉をカジュはのちに思い出すことになる。



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