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第一章
2 目が覚める
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数日後。
ソレが目を覚ました場所はベッドの中だった。
白いシーツの上にある自分の手をゆっくりと動かす。包帯が指一本一本にまで丁寧に巻かれているが、なんとか動かすことができた。
見慣れない天井に視線を戻して、体のほかの部分も慎重に確かめる。どこも重たく普段通り動かせはしないが、痛みはほぼ感じない。
傷は完全に手当てされているようだった。
本能的に体の状態を確かめはしたが、現状は全く理解できずに視線を彷徨わせる。その目に入ってきたのは、開け放たれた窓だった。そこから心地良い風が吹き込んできていて、切り取られた絵のように木々の間の空は今まで見たどんな青より青く感じる。
思わず放心してしまった。
青空など見たのはいつぶりか……。
寝ぼけた頭だからかも知れないが、何も考えず暫く窓の外に視線を奪われたままになる。
信じられないほど穏やかな時間だった。
「お、目が覚めたか?」
ソレが声のした方に目をやると開け放たれたままの扉に微かに記憶に残る人間の姿があった。声が正しく出るか分からなかったが、ソレは迷わず訊いた。
「お前が助けたのか?」
声量はなかったが、澱みなく言葉はのどを通過して正しくカジュの耳に届いた。
ソレのいる部屋に入ってきたカジュは、眉間にシワを寄せて手に持ったトレイをベッド脇のキャストの上に置くと、重く息を吐いた。
「お前が助けろって言ったんだろ」
ガシュは目も合わさなかった。トレイに乗ったコップの中の液体をマドラーでかき混ぜ始めてそれ以上何も言わない。
逆にカジュの返事で思い出したかのようにその悪魔は飛び上がらん勢いでカジュの腕をつかんだ。
「あいつは!」
今度は腕かと、カジュは森でのことを思い出して痛みに顔を顰めたのだが、悪魔はガシュのその表情を見て嫌な予感を体に走らせていた。
「俺が生き残っても意味ないんだ! それともまさか……売り飛ばしたかッ!」
あちこち折れた骨を固定されているために実際起き上がることはできないが、それでもカジュの腕を引き寄せてねじ伏せようとする。しかし、カジュは慌てることなく掴まれていない逆の手をベッドについて体勢をなんとか保つと心から飽きれて悪魔の顔を見下ろした。
「それが助けた恩人に言うセリフか、まったく……よく見ろよ」
動かない身体からでも怒りで不気味なオーラを放つ悪魔だったが、カジュにベッドの足元を視線で示されすんなり目を向けた。するとそこには涙に濡れたそれはそれは美しい寝顔があった。
「お前より先に目を覚まして、それからずっとそこにいる。そっちのも手当ては終わってるから心配いらない。すぐ起きるだろ」
悪魔はカジュを捕らえていた腕をあっさり放すと、まるで今にも崩れそうな繊細な装飾の宝でも触るようにそっともう一人の眠る悪魔の顔に手を伸ばした。
ゆっくりと慎重に触れ、その感触を確かめるように何度もやさしく撫でる。しばらく黙ってそうしていると先ほどよりは幾分だがやわらかくなった声でカジュに質問を寄越した。
「どうやって助けた?」
「へ?」
隣のベッドに腰掛けていたカジュはその質問がギリギリ聞き取れるほどの声で言われたこともあって呆けた声で聞き返していた。
そんなカジュの少し間抜けな様子は無視した悪魔だったが、カジュの存在そのものを完全に無視できないほどに気になっていることがあった。
「お前にそんな力があるようには見えない」
囁くよりは僅かばかり大きな声量で話すのは眠るソレへ配慮したものだろうが、カジュに向けられる言葉には相変わらず敵意が存分に込められている。
それを十分に感じはしたがカジュは気にもせず、あしらう様に返事をした。
「どうせそんな力はねーよ」
「抱いたのか?」
淫魔を助けるには最速の方法だろうが、カジュはもちろんそんな事はしていない。最速で簡単な方法だろうが、淫魔に生気を吸われるなんてことを廃業同然でも魔道士のカジュがするわけもなかった。
「こいつ抱く? なんでそんな事しないといけねーんだよ」
馬鹿にするなと言わんばかりのカジュの言葉を悪魔は全く信用しなかった。
「これの傍にいて耐えられるわけがない」
確かに倒れていた淫魔からは酔うほどのフェロモンが出ていた。それが瘴気の原因だ。何者でも近くを通ろうものなら吸い寄せられて、よほどの精神力か魔力を持ったものでなければ欲望に逆らうことはできないほどだった。まさに大賢者でもないと難しいだろうとカジュも思っていた。
だからこそ生きていることを知らせていた。
それを分かって精霊達も近づかなかったのだろう、横着をしてというのもはずれてはいないだろうが……。
だがカジュはそのフェロモンを感知しながらも影響されることは全く無かった。生まれ持って魔力が効きにくい体質であるのと、嫌な雰囲気を感じて自作の薬を使って中和させたからだ。
そしてカジュが処置を行った今、実際ベッドの足元に寝ている者から醸し出させているフェロモンはそれほどではない。
一般の人間よりは確実に醸し出しているが、淫魔と言えるほどには感じられない程度だ。
それにしたって今や端くれ魔道士のカジュでも、淫魔の餌食になるわけないのだが、そんなことを疑われてカジュにしてみればいい迷惑だった。適当にかわしても疑念をもたれたままでは気分も悪いと思ったカジュは、仕方なく素直に悪魔たちに何をしたのか話すことにした。
「大地に繋いだんだ」
たった一言、それだけでも少し魔術を齧っている者ならば理解できる言葉だ。
当然悪魔にも分かることだが、悪魔が使う魔術の類でもない。むしろ真逆に位置するものだ。
だが魔物を殺したり、消滅させるような術でもない。さりとて悪魔を癒すことに使ったと聞いたことも無い。
それは一般的に封印に使われる術だった。
そのため悪魔は自分達は封じられたのではないかと一瞬思いはしたが、そんな感じはしなかった。意識も自由で、固定されている体も拘束されているわけではない。試しに目の前の人間を本気で殺そうと考えてみても、それを戒めるようなことは何も起こらなかった。
つまり本当に助けるためにその術を使ったのだと分かる。
自分の体の状態から怪我を回復させるのに有効な手段であることは理解できたが、この人間にとってのデメリットの方がはるかに大きいことも知っていた。
「お前それがどういうことか分かってるのか!」
淫魔を撫でていた手を止めて悪魔はカジュを睨み付けたが、カジュの方は別の意味で少し驚いていた。
「意外に真面目な悪魔なんだな、この地の心配してくれんのか?」
「そんな軽口を叩いて、自分がしてることの意味がわかっていないのか?」
「分かってるって、悪魔なんか大地に繋いだら穢れるって言うんだろ。エネルギーの質が違うからずっと繋いどけばこの地に与える影響はいいもんじゃないだろうが、期間限定なら平気さ。お前たちを解放した後に俺がちゃんと浄化するから問題ない」
浄化。それはどんな魔道士でも扱える術であり、魔道士の力量によって掛かる時間は違うが気長にやれば大した術ではない。
何せやることが簡単だ。
せっせと毎日聖水を撒く。空気の淀みに注意して風を操ったり、支点になる場所に術具を置いたりそれを見回ったり。聖水も風を送る装置も術具も、買ってくればいい。ちょっと魔力を通せたら誰でも使える。品質はピンキリで継続性が必要なので、金が掛かるくらい。カジュは自作するので問題ない。
あとは本当にコツコツやれば良いだけだ。
大地と繋ぐというのも少し修行が必要な術だが、魔術学校に通えば必ず習得させられるものの一つだ。もともと精霊を癒したり地を治める土地神のようなもの定める時に施すことが多いが、悪さをした者を閉じ込めたり封じたりというのにも使えなくも無い。今回は弱っているから尚更難しいことはではなかった。しかし通常、魔のものを封じる時はすでに荒れた場所や常に清められている寺院や神殿などで行われる。それはまさに悪魔が心配したようなことが理由だからだ。
「ここの精霊たちは何も言わないのか?」
当然この地の影響が直接及ぶ精霊たちが反発しないはずがないのは悪魔にだって容易に想像できた。
ガシュはそんな悪魔の気遣いに笑いながら、それを肯定する。
「そりゃ怒ってたさ、お前たちがぶっ倒れてただけで空気が澱むとかいってご立腹だったんだからな。でもそれ以外に方法がなかったんだから仕方ねーだろ」
実際それ以外の方法もあるのだが、むしろそれ以外の方法をとるのが普通なのだが、あくまでカジュの中ではそれ以外はしたくなかったのでそう言いきった。
もちろんそんなカジュの思考まで分かるはずもない悪魔だったが、我知らず言葉を失っていた。
「お前……」
悪魔はこの森に住む者たちに柄にも無く同情心のようなものを抱いてしまった。助けろといったのは悪魔自身だったが、それでも助けるために選んだ方法が魔道士本人の負担が極力少なく、他者に害とまでは言わないがそれに近いものを与える事をするなんて、悪魔でさえ考え及ばぬ方法で呆れを通り越してしまっていた。
「まあまあ大丈夫だ、ちゃんと許しもらったし。だから怪我が治るまではここにいろよ。下手に離れようとするとまた面倒だからな。ま、大地につながれてるんだからそう簡単にどこにも行けないだろうけど」
カジュが言うように地につながれている者がその土地の影響外に出ようとすると術が無理に解かれるため双方にダメージが生じる。カジュは疲れるから術は極力使いたくないので、大人しくさえしていれば確実に癒える方法を取ったが、暴れられれば少し疲れる結果が待っている。しかし、元凶が遠くに行くならそれも良しだと思っていた。
悪魔にしてみれば、カジュが共にこの森に住んでいる精霊たちに不興をかってまでそんな方法を取る理由が掴めなかった。精霊たちに見放されれば生きづらくなるのはカジュ自身だと知っている。
「そこまでする理由はなんだ、何が目的だ?」
カジュは大げさすぎるほど大げさに溜息を吐いた。
「てめーがそれを聞くか……見殺しにもできたしお前がさっき言ったみたいにそこで眠ってる淫魔だけ捉えて売っぱらうってのもできただろうけど、俺にはそんなことする必要ねーし、助けた理由があるとすればお前の熱意に負けたんだよ。しつこいから根負けしただけだ、良かったな俺が心優しい人間で」
最後まで一息で言い切り、そしてわざとにっこり笑った。
そのカジュの皮肉げな笑顔でも言っていることに裏はないように見えた。ただ本当に優しい人間であるなら己の魔力で治癒を施すだろうと思う部分もあり素直に信用などできるものではない。
「本当だろうな?」
「別に信用しなくてもいいさ、どうせ短い付き合いなんだ、さっさと怪我を治して早く出てけば済む話だろ?」
「…………」
確かにその通りだと悪魔も思ったが、それでも施しを素直に受け入れると簡単に頷くことはできず黙って考え込んでいると、カジュは持ってきた液体を再びかき混ぜてトレイからおろし悪魔の方へ寄せた。
「これはそこのに合わせて調合した薬湯だ、目を覚ましたら飲ませとけよ。この部屋は自由に使っていい。俺は下の階で生活してるから降りてこなければ無駄に顔を合わすこともない。飯なんて喰わなくても悪魔は死なんだろうが、傷の回復を早める薬は持ってくるから状態の確認も含めて会うのは一日その一回くらいってところだ。せいぜい羽伸ばしとけよ」
悪魔の返事を待たずに部屋から出て行こうとしたカジュは扉の間際で何かを思い出した。そして悪魔達を振り返り眉間にシワを寄せながら戒めるように言い放った。
「ここでヤるなよ」
何をとは言わずとも淫魔と一緒にいてやること言えば一つだ。
「それは保障できん」
「そいつにもヤらなくても平気なように薬処方するから、欲を満たすのはここ出て行ってからにしろ、じゃあな」
カジュが来るまで開け放たれていた扉がきっちりと閉められると部屋はまた静かで穏やかな時間がやってきた。
ソレが目を覚ました場所はベッドの中だった。
白いシーツの上にある自分の手をゆっくりと動かす。包帯が指一本一本にまで丁寧に巻かれているが、なんとか動かすことができた。
見慣れない天井に視線を戻して、体のほかの部分も慎重に確かめる。どこも重たく普段通り動かせはしないが、痛みはほぼ感じない。
傷は完全に手当てされているようだった。
本能的に体の状態を確かめはしたが、現状は全く理解できずに視線を彷徨わせる。その目に入ってきたのは、開け放たれた窓だった。そこから心地良い風が吹き込んできていて、切り取られた絵のように木々の間の空は今まで見たどんな青より青く感じる。
思わず放心してしまった。
青空など見たのはいつぶりか……。
寝ぼけた頭だからかも知れないが、何も考えず暫く窓の外に視線を奪われたままになる。
信じられないほど穏やかな時間だった。
「お、目が覚めたか?」
ソレが声のした方に目をやると開け放たれたままの扉に微かに記憶に残る人間の姿があった。声が正しく出るか分からなかったが、ソレは迷わず訊いた。
「お前が助けたのか?」
声量はなかったが、澱みなく言葉はのどを通過して正しくカジュの耳に届いた。
ソレのいる部屋に入ってきたカジュは、眉間にシワを寄せて手に持ったトレイをベッド脇のキャストの上に置くと、重く息を吐いた。
「お前が助けろって言ったんだろ」
ガシュは目も合わさなかった。トレイに乗ったコップの中の液体をマドラーでかき混ぜ始めてそれ以上何も言わない。
逆にカジュの返事で思い出したかのようにその悪魔は飛び上がらん勢いでカジュの腕をつかんだ。
「あいつは!」
今度は腕かと、カジュは森でのことを思い出して痛みに顔を顰めたのだが、悪魔はガシュのその表情を見て嫌な予感を体に走らせていた。
「俺が生き残っても意味ないんだ! それともまさか……売り飛ばしたかッ!」
あちこち折れた骨を固定されているために実際起き上がることはできないが、それでもカジュの腕を引き寄せてねじ伏せようとする。しかし、カジュは慌てることなく掴まれていない逆の手をベッドについて体勢をなんとか保つと心から飽きれて悪魔の顔を見下ろした。
「それが助けた恩人に言うセリフか、まったく……よく見ろよ」
動かない身体からでも怒りで不気味なオーラを放つ悪魔だったが、カジュにベッドの足元を視線で示されすんなり目を向けた。するとそこには涙に濡れたそれはそれは美しい寝顔があった。
「お前より先に目を覚まして、それからずっとそこにいる。そっちのも手当ては終わってるから心配いらない。すぐ起きるだろ」
悪魔はカジュを捕らえていた腕をあっさり放すと、まるで今にも崩れそうな繊細な装飾の宝でも触るようにそっともう一人の眠る悪魔の顔に手を伸ばした。
ゆっくりと慎重に触れ、その感触を確かめるように何度もやさしく撫でる。しばらく黙ってそうしていると先ほどよりは幾分だがやわらかくなった声でカジュに質問を寄越した。
「どうやって助けた?」
「へ?」
隣のベッドに腰掛けていたカジュはその質問がギリギリ聞き取れるほどの声で言われたこともあって呆けた声で聞き返していた。
そんなカジュの少し間抜けな様子は無視した悪魔だったが、カジュの存在そのものを完全に無視できないほどに気になっていることがあった。
「お前にそんな力があるようには見えない」
囁くよりは僅かばかり大きな声量で話すのは眠るソレへ配慮したものだろうが、カジュに向けられる言葉には相変わらず敵意が存分に込められている。
それを十分に感じはしたがカジュは気にもせず、あしらう様に返事をした。
「どうせそんな力はねーよ」
「抱いたのか?」
淫魔を助けるには最速の方法だろうが、カジュはもちろんそんな事はしていない。最速で簡単な方法だろうが、淫魔に生気を吸われるなんてことを廃業同然でも魔道士のカジュがするわけもなかった。
「こいつ抱く? なんでそんな事しないといけねーんだよ」
馬鹿にするなと言わんばかりのカジュの言葉を悪魔は全く信用しなかった。
「これの傍にいて耐えられるわけがない」
確かに倒れていた淫魔からは酔うほどのフェロモンが出ていた。それが瘴気の原因だ。何者でも近くを通ろうものなら吸い寄せられて、よほどの精神力か魔力を持ったものでなければ欲望に逆らうことはできないほどだった。まさに大賢者でもないと難しいだろうとカジュも思っていた。
だからこそ生きていることを知らせていた。
それを分かって精霊達も近づかなかったのだろう、横着をしてというのもはずれてはいないだろうが……。
だがカジュはそのフェロモンを感知しながらも影響されることは全く無かった。生まれ持って魔力が効きにくい体質であるのと、嫌な雰囲気を感じて自作の薬を使って中和させたからだ。
そしてカジュが処置を行った今、実際ベッドの足元に寝ている者から醸し出させているフェロモンはそれほどではない。
一般の人間よりは確実に醸し出しているが、淫魔と言えるほどには感じられない程度だ。
それにしたって今や端くれ魔道士のカジュでも、淫魔の餌食になるわけないのだが、そんなことを疑われてカジュにしてみればいい迷惑だった。適当にかわしても疑念をもたれたままでは気分も悪いと思ったカジュは、仕方なく素直に悪魔たちに何をしたのか話すことにした。
「大地に繋いだんだ」
たった一言、それだけでも少し魔術を齧っている者ならば理解できる言葉だ。
当然悪魔にも分かることだが、悪魔が使う魔術の類でもない。むしろ真逆に位置するものだ。
だが魔物を殺したり、消滅させるような術でもない。さりとて悪魔を癒すことに使ったと聞いたことも無い。
それは一般的に封印に使われる術だった。
そのため悪魔は自分達は封じられたのではないかと一瞬思いはしたが、そんな感じはしなかった。意識も自由で、固定されている体も拘束されているわけではない。試しに目の前の人間を本気で殺そうと考えてみても、それを戒めるようなことは何も起こらなかった。
つまり本当に助けるためにその術を使ったのだと分かる。
自分の体の状態から怪我を回復させるのに有効な手段であることは理解できたが、この人間にとってのデメリットの方がはるかに大きいことも知っていた。
「お前それがどういうことか分かってるのか!」
淫魔を撫でていた手を止めて悪魔はカジュを睨み付けたが、カジュの方は別の意味で少し驚いていた。
「意外に真面目な悪魔なんだな、この地の心配してくれんのか?」
「そんな軽口を叩いて、自分がしてることの意味がわかっていないのか?」
「分かってるって、悪魔なんか大地に繋いだら穢れるって言うんだろ。エネルギーの質が違うからずっと繋いどけばこの地に与える影響はいいもんじゃないだろうが、期間限定なら平気さ。お前たちを解放した後に俺がちゃんと浄化するから問題ない」
浄化。それはどんな魔道士でも扱える術であり、魔道士の力量によって掛かる時間は違うが気長にやれば大した術ではない。
何せやることが簡単だ。
せっせと毎日聖水を撒く。空気の淀みに注意して風を操ったり、支点になる場所に術具を置いたりそれを見回ったり。聖水も風を送る装置も術具も、買ってくればいい。ちょっと魔力を通せたら誰でも使える。品質はピンキリで継続性が必要なので、金が掛かるくらい。カジュは自作するので問題ない。
あとは本当にコツコツやれば良いだけだ。
大地と繋ぐというのも少し修行が必要な術だが、魔術学校に通えば必ず習得させられるものの一つだ。もともと精霊を癒したり地を治める土地神のようなもの定める時に施すことが多いが、悪さをした者を閉じ込めたり封じたりというのにも使えなくも無い。今回は弱っているから尚更難しいことはではなかった。しかし通常、魔のものを封じる時はすでに荒れた場所や常に清められている寺院や神殿などで行われる。それはまさに悪魔が心配したようなことが理由だからだ。
「ここの精霊たちは何も言わないのか?」
当然この地の影響が直接及ぶ精霊たちが反発しないはずがないのは悪魔にだって容易に想像できた。
ガシュはそんな悪魔の気遣いに笑いながら、それを肯定する。
「そりゃ怒ってたさ、お前たちがぶっ倒れてただけで空気が澱むとかいってご立腹だったんだからな。でもそれ以外に方法がなかったんだから仕方ねーだろ」
実際それ以外の方法もあるのだが、むしろそれ以外の方法をとるのが普通なのだが、あくまでカジュの中ではそれ以外はしたくなかったのでそう言いきった。
もちろんそんなカジュの思考まで分かるはずもない悪魔だったが、我知らず言葉を失っていた。
「お前……」
悪魔はこの森に住む者たちに柄にも無く同情心のようなものを抱いてしまった。助けろといったのは悪魔自身だったが、それでも助けるために選んだ方法が魔道士本人の負担が極力少なく、他者に害とまでは言わないがそれに近いものを与える事をするなんて、悪魔でさえ考え及ばぬ方法で呆れを通り越してしまっていた。
「まあまあ大丈夫だ、ちゃんと許しもらったし。だから怪我が治るまではここにいろよ。下手に離れようとするとまた面倒だからな。ま、大地につながれてるんだからそう簡単にどこにも行けないだろうけど」
カジュが言うように地につながれている者がその土地の影響外に出ようとすると術が無理に解かれるため双方にダメージが生じる。カジュは疲れるから術は極力使いたくないので、大人しくさえしていれば確実に癒える方法を取ったが、暴れられれば少し疲れる結果が待っている。しかし、元凶が遠くに行くならそれも良しだと思っていた。
悪魔にしてみれば、カジュが共にこの森に住んでいる精霊たちに不興をかってまでそんな方法を取る理由が掴めなかった。精霊たちに見放されれば生きづらくなるのはカジュ自身だと知っている。
「そこまでする理由はなんだ、何が目的だ?」
カジュは大げさすぎるほど大げさに溜息を吐いた。
「てめーがそれを聞くか……見殺しにもできたしお前がさっき言ったみたいにそこで眠ってる淫魔だけ捉えて売っぱらうってのもできただろうけど、俺にはそんなことする必要ねーし、助けた理由があるとすればお前の熱意に負けたんだよ。しつこいから根負けしただけだ、良かったな俺が心優しい人間で」
最後まで一息で言い切り、そしてわざとにっこり笑った。
そのカジュの皮肉げな笑顔でも言っていることに裏はないように見えた。ただ本当に優しい人間であるなら己の魔力で治癒を施すだろうと思う部分もあり素直に信用などできるものではない。
「本当だろうな?」
「別に信用しなくてもいいさ、どうせ短い付き合いなんだ、さっさと怪我を治して早く出てけば済む話だろ?」
「…………」
確かにその通りだと悪魔も思ったが、それでも施しを素直に受け入れると簡単に頷くことはできず黙って考え込んでいると、カジュは持ってきた液体を再びかき混ぜてトレイからおろし悪魔の方へ寄せた。
「これはそこのに合わせて調合した薬湯だ、目を覚ましたら飲ませとけよ。この部屋は自由に使っていい。俺は下の階で生活してるから降りてこなければ無駄に顔を合わすこともない。飯なんて喰わなくても悪魔は死なんだろうが、傷の回復を早める薬は持ってくるから状態の確認も含めて会うのは一日その一回くらいってところだ。せいぜい羽伸ばしとけよ」
悪魔の返事を待たずに部屋から出て行こうとしたカジュは扉の間際で何かを思い出した。そして悪魔達を振り返り眉間にシワを寄せながら戒めるように言い放った。
「ここでヤるなよ」
何をとは言わずとも淫魔と一緒にいてやること言えば一つだ。
「それは保障できん」
「そいつにもヤらなくても平気なように薬処方するから、欲を満たすのはここ出て行ってからにしろ、じゃあな」
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さらに三人がいたのは、<獣人>とも呼ぶべき、人間に近いシルエットを持ちながら獣の姿と能力を持つ種族が跋扈する世界なのであった。
筆者注。
こちらに搭乗する<ビアンカ・ラッセ>は、「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)」に登場する<ビアンカ>よりもずっと<軍人としての姿>が表に出ている、オリジナルの彼女に近いタイプです。一方、あちらは、輪をかけて特殊な状況のため、<軍人としてのビアンカ・ラッセ>の部分が剥がれ落ちてしまった、<素のビアンカ・ラッセ>が表に出ています。
どちらも<ビアンカ・ラッセ>でありつつ、大きくルート分岐したことで、ほとんど別人のように変化してしまっているのです。
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