1 / 3
1
しおりを挟むそうだっ、ユキちゃん!
背後にいるユキちゃんの存在を思い慌てて振り返ると、彼は顔を真下に向けていた。未だぼろぼろと涙が地面へ落ちていく。土は雨が降ったかのように所々色を濃くしていた。
「ユキくん・・・・・・」
「ふっ――
小さく声をかけると、ユキちゃんは声を漏らしてしゃがみ込んでしまった。手で次から次へと流れてくる涙を拭い取り、静かに泣いている。まさにしくしくという言葉が当てはまるような泣き方だ。見ているだけで胸が締め付けられた。
どう声をかけていいかわからない。目の前で思いきり泣いている人を励ましたりするなんて、今まで友達すらまともにいなかった俺にとっては難易度が高い行為なのだ。
どう声をかければ良い?なんて言えば良い?肩を優しく叩く?背中を擦る?それともやさしく抱きしめる・・・・・・?
最近コンからもの凄く拒絶されたことが頭に残っており、行動に移すことが憚られた。突然身体に触れたら、嫌われてしまうかもしれない。
結局俺は、何を言うことも何をすることもできず、落ちて潰れてしまったおにぎりを黙って拾うことにした。手に触れる米粒の塊は、まだ温かい。せっかくユキちゃんが心を込めて握ってくれたおにぎり。俺の、懐かしき故郷の食べ物。
湯気を立てていたものは、今は割れて中身が零れてしまっていた。悲しい。
トレーの砂を払い拾い上げたおにぎりを二つ、その上に置く。中身がほとんど零れてしまったお椀も、外側に垂れた汁を拭って隣に置いた。
もったいない・・・・・・。砂に塗れた食事を見て、そう思った。味噌汁の方はほぼ残っていないが、おにぎりなら砂を払えばギリギリいけるか・・・・・・?
「昨日、両親から送られてきたんです・・・・・・」
おにぎりを手に取り食べられるか考えていたら、少し涙が引いたらしいユキちゃんが涙声で話し始めた。
「僕の両親、近くの農場で畑やってて・・・時々作ったものを送ってくれるんです。か、顔のせいで米しか作らせて貰えなくて経済的にもぎりぎりのところだったんですけど、ナナミさんのお陰で段々その味が認知されるようになって、それで売れ行きも良くなってきて。だから、そのお礼だって、昨日店宛てに届いたんです。だから、今日はおにぎりにしようって思って・・・・・・」
そこまで言うと、ユキちゃんの目から再び涙が滲んできた。今手の上にあるおにぎりに、そんな背景があったなんて。普通の、いや普通と言ったら語弊があるけど、近くの卸業者の人から入手したいつもの米とはひと味違うとは思っていたが、まさかユキちゃんのご両親が作られたものだったとは思わなかった。
「せっかく、父さんたちがつくってくれたのにっ・・・・・・」
潤んだ瞳で俺の手の中の崩れたおにぎりを見て、ユキちゃんは再び泣いた。
自分の親が作ってくれたものがこんな目に遭わされたら、それは悲しいよな・・・・・・。ユキちゃんの泣き声に心臓がズキズキと痛む。鼻を啜る彼の横で、俺も目の奥がじんと熱くなってきた。
砂の付いたおにぎりが滲んでくる。俺は考えるよりも先に手を動かしていた。
「なっ、ナナミさんっ!!?何やってるんですか!?汚いですやめてください!!!」
砂粒の付いた面を剥って無事な部分を口に入れた俺にユキちゃんは驚愕し、細い腕からは想像できない程の強い力で腕を掴み、さらに口に運ぶのを阻止してきた。驚きのためか涙は吹き飛んでおり、食べ物ではない物を口に含んだ赤ん坊に対して『ぺっしなさい、ぺっ!』と言っている母親のようになってる。
「おいしい。ユキちゃんのご両親が作ってくれたお米、めちゃくちゃおいしいよ」
少しだけ涙が出てしまったかもしれない。恥ずかしながらやや震えた声でそう告げると、ユキちゃんはまたまた泣いてしまったのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~
桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。
彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。
新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。
一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。
錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。
第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。
【6】冬の日の恋人たち【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
『いずれ、キミに繋がる物語』シリーズの短編集。君彦・真綾・咲・総一郎の四人がそれぞれ主人公になります。全四章・全十七話。
・第一章『First step』(全4話)
真綾の家に遊びに行くことになった君彦は、手土産に悩む。駿河に相談し、二人で買いに行き……。
・第二章 『Be with me』(全4話)
母親の監視から離れ、初めて迎える冬。冬休みの予定に心躍らせ、アルバイトに勤しむ総一郎であったが……。
・第三章 『First christmas』(全5話)
ケーキ屋でアルバイトをしている真綾は、目の回る日々を過ごしていた。クリスマス当日、アルバイトを終え、君彦に電話をかけると……?
・第四章 『Be with you』(全4話)
1/3は総一郎の誕生日。咲は君彦・真綾とともに総一郎に内緒で誕生日会を企てるが……。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)



甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる