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小話 おゆるしください 〜側近の回想〜
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セブ・サンテマスティー。
レグル様の一番の側近を務めている。
サラマンダーの血筋だが、特に人型から姿を変えることは無い。赤い髪と筋肉質な肉体がその血を体現しているといえるかもしれない。
そして最近やっとエトに名前を覚えてもらった。
彼がここを一度飛び出したとき、俺が仕える人がいなくなると絶望した。したんだが、していられたのは一瞬で、俺の主どころか、世界そのものがなくなりかねない、ちょっとした・・・・・・かなりの危機だった。
思い出すだけでも、体がざわつくくらいには非常事態。
レグル様は姿が見えず、始めは探しに行かれたのかと思ったのだが、違った。
それはレグル様が作られた交渉や商売などのための連絡網によってあちこちから状況を説明しろと催促が来て知ることとなった。その時は俺が一番その状況を説明してほしかったんだが、一人ひとり話を聞くと、どうやらあちこちでジワジワと闇に侵食されているということだった。
とある魔王様によると、レグル様は闇に潜り、力を解放しているらしいと。
レグル様はやはり探しにいかれていた。
行かれてはいたけれども、普通の方法ではなかった。さすがレグル様と感心し、そこまでされたのならばすぐに見つかると思ったエトがなかなか見つからない。俺もあちこち命令を出し探させたり、伝手を使ったりしたが、見つからない。
このまま見つからなければ、レグル様はもう闇から戻ってこない。そこで俺は絶望に呑まれたのだが、そんなことを許してくれる状況ではなかったのだ。
すぐさま城にも影響が出始め、瘴気のようには目に見えない闇の気配に当てられる者が続々と現れ、それが街へと広がり、さらに、といった具合だった。
それが目に見えるようなものなら逃げることもできただろう。
暗闇なんてものはどこにでも存在する。そこから逃げることなど不可能だ。
城や街で無事な者はとにかくレグル様に呼びかけ、とにかく姿を見せてくれるように頼み続けた。
俺や城の幹部で情報を集め、なんとかエトを見つけることに全力をかけた。
1日、2日、時間だけはどんどん過ぎていく。
初期捜査のミスがこれほどまで甚大だとは……とにかくエトの無事だけは祈るしかない。これでエトが怪我でもしてようものなら、世界は破滅に向かうに違いない。
足取りを探しつつ、俺は姿の見えない主のことを考える時間が増えていた。
城ができてから、それなりに時間が流れた。それは本当に瞬く間といって過言ではなく、そしてその忙しい日々は間違いなく充実して満たされた毎日だった。
それはもちろんレグル様のおかげ以外の何者でもない。
初めてそのお姿を拝見した時のことは今でも鮮明に思い出せる。お一人で歩かれているところを偶然見つけたのだけど、ただそれだけでひれ伏してしまった。
力を放出していたわけでも、睨まれたわけでもない。むしろレグル様はきちんと力を抑えておられ、街から街へのんびり移動されていただけ。
それでも偉大な方だと俺は分かった。纏う雰囲気が違いすぎたのだ。
それが俺にとっては運命の瞬間だった。
生涯仕えるべき方に出会えた喜びに震えるほど。
その時のレグル様にはお供は誰一人いなかったので、頼み込んで旅に同行することを許してもらった。
そもそもまず立ち止まってもらうことに一苦労。
ようやく止まってもらって、話を聞いてもらえても、無表情ながら首をかしげて不思議そうにされるばかりで・・・・・・言葉が通じないのかと思うほどだった。それでも必死に話しかけた。
そしてやっと一言。
「ああ」
一緒にいっても良いってことですか? と聞いてももう返事は無く、歩き始められたのでとにかくついていった。
幸い、そのまま俺の村に立ち寄っていただけたので、突然の失踪にはならずに済んだ。
それまでの俺は次期族長という立場で、それに見合うだけの力も備えていると自負を持ち、実際それなりに頼りにされていたと思う。そのことに不満などなかったし、だからといって驕るほど客観視できていなかったわけでもない。
だからこそ、レグル様との出会いで俺は痺れるほど感化されてしまったわけだ。
この人と一緒にいたら、想像できる今の未来は遠のき、新しい何かに出会いそれの心血を注いで生きていけると。そういうものを欲していたのだと気づかざるを得なくなっていた。
当然俺のいた一族の者たちは反対したが、黙ってみていたレグル様が認めさせていた。
いや、別にレグル様は俺を助けてくれたわけではなく、たまたま歩いていたところの近くにあった俺の村に宿泊し、ぶらぶらと散策された場所で、無駄に突っかかる輩とか魔物とか、レグル様の不快に思うようなモノをささっと片付けて、また散歩を続けるのを見ていた住人たちが勝手に納得しただけのことだ。
族長いわく、あれほどのお方の側仕えになれることは一族にとっても誉れだと。最後村から旅立つ時には大手を振って見送ってくれた。
ご本人様はのちに、ただ快適に散歩をしたかっただけだとおっしゃられていたけど。
それから様々なことがレグル様は大雑把で……金、地位、美醜についてなんかは特に気になされませんでしたね。
今でもそれほど変わりませんが、エトについて以外は。エトのためならばせっせと稼がれますし、必要とあらば権力も手に入れますし、美醜についてはエトが一番可愛い。他はみな一緒といったところ。ご自身がとてつもなく整ったお姿であるというのもそれ程自覚はないでしょう。
話を戻すと、当時はすべてにおいて興味薄なレグル様を少し手助けさせてもらいながら、天然で彼方此方で信者や支持者を増やして、城を建てるまでの大所帯になったわけだ。
俺自身の性格も少し変わってかなり落ち着いたというか、物怖じしなくなったというか、俺ってかなりの常識者だと、そしてそういう奴が一番無駄な気苦労が多いと悟ったというか……。
そんな精神面だけでなく、力や実力も自然と格段に上がった。城ではそれを発揮する場面等稀で、ただただ実務に追われる日々だけれども。
それでも、そんな俺だからこそ、エトは俺を信用してくれている。
エトはあれでなかなかの常識者だから、俺を労わってくれたりもするほどだ。あまり近づきすぎるとレグル様が怖いので、やましい事はまったく無くても程よい距離と関係を保っている。
ちなみに名前を呼び捨てにするのも、その兼ね合いの一つ。
レグル様の大切なお方なら敬称をつけなければならないのだが、初めてエト様とそう呼んだとき、震えるほど脅えられた。
エトの中で俺はかなり偉い人になっていて、それなのに敬われたので酷く怒っているのかとか騙そうとしているのかとか、そう思ったらしい。
もしかしたらあの時もすぐに友好的態度にならなかったら、飛び出していっていたかもしれない。
けれど、それくらいの時からすでにいつかは城から去るだろう覚悟をしていたエトは本当にあっさりいなくなって、世界を混乱の渦に巻き込んでくれた。
エトが悪い。なんてことはこれほども思わなかった。
エトは自由を体現しているように思っているからかもしれない。そしてその自由に伴う責任もきちんと受け止め果たしているように思ってもいる。
レグル様といる時も、他の誰かといる時もエトは変わることがなかったし、あのレグル様に庇護されていてなお自立しているように見えた。
そのエトが城を飛び出したのなら、それは逃げ出したのではなく、判断し、エトは選択したのだと。
冷たいように見えるが、エトは今までそうやって生きてきたってだけのことだ。
過去は振り返らない魔物、それがエトだ。
理想の魔物だな。
闇に溶けるレグル様はエトと暮らしていた私室に僅かばかり、俺でやっと感じ取れるくらいの残像を残しているだけで、姿らしい姿はどこにもなくなっていた。
しかし、日を追うごとに世界の闇は深まっていき、不自然に影が濃くなっていた。
それは目に見えて起こるものではなく、闇とは暗闇だけのことではない。誰の心にも闇はある。
一見世界はいつも通りに明け、暮れていっていたが、あちこちで普段は起こらない様な諍いやトラブルが増え、人々は知らず知らずに影響され、落ち着きが無くなったり、情緒不安に陥ったり、疑心暗鬼で物事は何も進まなくなっていった。
そんな中、気の抜けるような報告がちらほら出てきたのは、奇跡なのか、エトがなせる技なのか、沈んでいた城内で思わず微笑んだのは、俺だけではなかった。
人型ではないだろうことは、レグル様がすぐに見つけられなかった事でわかってはいたが、コウモリ一匹探すのは、実は相当難しいだろうと踏んでいた俺の絶望を返してほしい。
何せ、コウモリなどいくらでもいて、俺からしてみたら皆同じ顔だ。
エトの人型の姿ならいくらでもこちらで捜索の情報を提供できるが、コウモリ姿では特徴など生き物としてのものしか知らない。
それでもエトだと思われる情報は、聞き込んだ者が恐る恐るコウモリの話があってと万が一、もしかしたらと言う体で俺の元へ集まり、それを持ってレグル様をお呼びすることができた。
どこへとも無く声を掛けると、一瞬のうちにレグル様は玉座に姿をお見せになった。
息をも凍るのではないかと思わせるほど、レグル様は冷たいオーラを放っておられた。実際の温度はもしかしたらさほど変わらなかったのかもしれないが、初めて感じたレグル様の本質の恐怖がそう感じさせた。
しかし、それで逃げるわけにはいかない。
俺の大事な主は、エトを見つけようと躍起になっていることは見ていなくても分かることだからだ。
そして、そのあまりにほのぼのとした情報を聞いた途端、レグル様の雰囲気は和らいだ。さすがに、まだ見つかっていない段階では以前の様子とまではなられなかったが、単純に世界の危機は去ったと安堵することができた。
だけれどもだ。
世界の危機はさっても、我が主を失う危機はまだ去ってはいなかったのだ。
レグル様がエトを迎えにいった後、なぜだか胸騒ぎがどんどん強くなっていった。
あまりの動悸に絶えられず、レグル様を城で待つことができずに、部下を連れレグル様が居られるだろう場所に赴き、迎えにいった。
城まではなんとか戻ってこられたものの、エトがレグル様と一緒に城にいることを拒む様子があり、それほど落ち着かないならばと、レグル様が一緒に城を去ろうとなさったのだ。
エトはレグル様には残るように言ってくれるが、エト第一のレグル様が頷くはずもない。
エトはちょっと離れたところに住んで、通うと言うが、そうなればレグル様はずっとその住み処にいることになるのは明白だ。
エトに何か不満や不安があるなら改善すると提案するも、城はとってもいいところだからと何の不満もないという。
それならば俺も一緒に連れて行ってもらうことにすると、今度はエトと城の者に俺が止められた。
俺も別にレグル様の側近でいられるならば城に固執はない。レグル様とエトのお世話をさせていただけるのならばどこへだってついていく。
実際、それぞれ城や街の自治も責任者や管理者がいて、上層部が留守でも回っていく仕組みはきちんと構築してある。
レグル様と俺が抜けても生活は成り立っていくだろう。
俺だけでなくそう言い出すものはレグル様に近ければ近い立場の者ほど多くいた。
それで、なんの問題もないと俺が言っても、エトは困ったようになぜだか他の城の者たちと相談しだし、相談を受けた者たちが大広間に城で働く平使いの者たちや街の有力者たちと集まり、レグル様や俺たちに出て行かないようにお願いしだす始末となってしまった。
「王様! 幹部様方! どうぞ、お許しください!」
「どうか、どうか、お許しを」
「お願い申し上げます、お見捨てにならずに」
人々は、口々にそんなことを言い出す始末。
肝心のエトはそんなことを口にする周りに不思議そうにしていたのは、レグル様がお怒りでないと分かっていたからだろう。
エト自身は自分が周りに与える不快な感情をとても気にしている。
もしかしたら過去にそれで誰かを傷つけたことがあるのかもしれない。
エトが快適に暮らせればレグル様はそれで良いとおっしゃり、エトはまたもやなぜだか今まで以上に一生懸命働くと宣言して一件落着となったわけだ。
それと、エトに対してレグル様の側を離れるよう唆した連中はほとんど城から遠くへ左遷された。本当の意味で処分させなかったのは、別にレグル様の優しさや温情ではなく、エトが人格や思想はともかく、能力はいいと認めたためにカスが残らなくなるまで働かせてやろうということだ。もしかしたら消滅させられてたほうが楽だったかもしれないと俺は思ったりする。
エトが城を飛び出す直前、最後に会話をした、モズド・ケイ・シャンは城の地下二階に謹慎処分として軟禁されている。
彼だけどうして城を追い出されなかったのか。それは、やはりエトがモズドのことを妙に慕っていたからだ。もちろん俺と接するときのような意味での慕い方だが、彼がエトに優しくしているところなど見たことはないし、あからさまに冷たくしているわけでもなかったが、エトとは接点がなかったように俺は思っていた。
エト曰く、モズドは厳しさが優しさなのだという。そして、何より、モズドはレグル様のことが大好きだから。とエトは言う。
レグル様を大好きな人に悪い人はいないとエトは言い、そしてレグル様が一度側にいても良いと判断したならなおさらだそうだ。
確かに左遷させられた者たちは、レグル様が旅の途中で連れていた者たちではなく、そして直接お目通りして採用した者たちでもなかった。城ができてから、街から押し上げられてきた者や、人伝や紹介できた者たちだ。
エトがそういうならとモズドは今地下に篭って、本来の能力である研究や発明に没頭している。本人も下手に出世してしまったがために、過ちを犯したのだと静かに受け止めている。
「レグル様、本当にこの程度の処分でよろしかったのですか?」
執務中、そう聞けば一瞬だけ思い出して黒いオーラを発せられそうになったが、すぐにため息を吐かれた。
「問題ない」
「エトに黙って消すことも」
「エトには嘘はつかない。真実を隠すこともしない。あいつはああ見えて聡いから、詳細は分からずとも漠然とした正体をつかむことができるからな。それにエトは人を見る目も間違いない。覗きが趣味なだけはある」
「そのように言われますと、エトが怒ると思いますよ」
「それならそれで可愛いな。あいつはあまり怒ることはないからな」
楽しそうに笑っておられる。
城に戻られてすぐは四六時中エトと一緒に行動されていたレグル様も、夕方以降も仕事される時は以前と同じ様にエトは一人で城内をウロウロしている。
理由は一つ、レグル様が忙しくなってくるとどうしてもエトは暇になってしまうからだ。それに仕事中、エトに聞かせたくない話も多少あるから(サプライズがレグル様は好きなようで)暇を持て余らせるくらいなら、エトは城の中で働いたり遊んだりしている。
今日もそんな変わらぬ日常がここにある。そして、その日常に平穏はあまりない。
突然レグル様が険しい顔で立ち上がり、部屋から姿を消させた。
「レグル様!!」
これはエトに何かあったのだと、エトの気配を探れば、件の地下二階にその存在はあった。
「まさか、またエトになにか!?」
俺も慌てて、そこに向かう。
やはりエトが原因だったが、勘違いが理由だったようだ。
レグル様を無意識に振り回すのがエトで、それを気にせず受け入れるのがレグル様だ。
レグル様の旅について回った日々も満ち足りた気持ちだったが、エトと出会ってからの変化と刺激の強い毎日はもっと生きる張り合いが生まれている。
俺はこれからもこの日常を全力で支えていく。
レグル様の一番の側近を務めている。
サラマンダーの血筋だが、特に人型から姿を変えることは無い。赤い髪と筋肉質な肉体がその血を体現しているといえるかもしれない。
そして最近やっとエトに名前を覚えてもらった。
彼がここを一度飛び出したとき、俺が仕える人がいなくなると絶望した。したんだが、していられたのは一瞬で、俺の主どころか、世界そのものがなくなりかねない、ちょっとした・・・・・・かなりの危機だった。
思い出すだけでも、体がざわつくくらいには非常事態。
レグル様は姿が見えず、始めは探しに行かれたのかと思ったのだが、違った。
それはレグル様が作られた交渉や商売などのための連絡網によってあちこちから状況を説明しろと催促が来て知ることとなった。その時は俺が一番その状況を説明してほしかったんだが、一人ひとり話を聞くと、どうやらあちこちでジワジワと闇に侵食されているということだった。
とある魔王様によると、レグル様は闇に潜り、力を解放しているらしいと。
レグル様はやはり探しにいかれていた。
行かれてはいたけれども、普通の方法ではなかった。さすがレグル様と感心し、そこまでされたのならばすぐに見つかると思ったエトがなかなか見つからない。俺もあちこち命令を出し探させたり、伝手を使ったりしたが、見つからない。
このまま見つからなければ、レグル様はもう闇から戻ってこない。そこで俺は絶望に呑まれたのだが、そんなことを許してくれる状況ではなかったのだ。
すぐさま城にも影響が出始め、瘴気のようには目に見えない闇の気配に当てられる者が続々と現れ、それが街へと広がり、さらに、といった具合だった。
それが目に見えるようなものなら逃げることもできただろう。
暗闇なんてものはどこにでも存在する。そこから逃げることなど不可能だ。
城や街で無事な者はとにかくレグル様に呼びかけ、とにかく姿を見せてくれるように頼み続けた。
俺や城の幹部で情報を集め、なんとかエトを見つけることに全力をかけた。
1日、2日、時間だけはどんどん過ぎていく。
初期捜査のミスがこれほどまで甚大だとは……とにかくエトの無事だけは祈るしかない。これでエトが怪我でもしてようものなら、世界は破滅に向かうに違いない。
足取りを探しつつ、俺は姿の見えない主のことを考える時間が増えていた。
城ができてから、それなりに時間が流れた。それは本当に瞬く間といって過言ではなく、そしてその忙しい日々は間違いなく充実して満たされた毎日だった。
それはもちろんレグル様のおかげ以外の何者でもない。
初めてそのお姿を拝見した時のことは今でも鮮明に思い出せる。お一人で歩かれているところを偶然見つけたのだけど、ただそれだけでひれ伏してしまった。
力を放出していたわけでも、睨まれたわけでもない。むしろレグル様はきちんと力を抑えておられ、街から街へのんびり移動されていただけ。
それでも偉大な方だと俺は分かった。纏う雰囲気が違いすぎたのだ。
それが俺にとっては運命の瞬間だった。
生涯仕えるべき方に出会えた喜びに震えるほど。
その時のレグル様にはお供は誰一人いなかったので、頼み込んで旅に同行することを許してもらった。
そもそもまず立ち止まってもらうことに一苦労。
ようやく止まってもらって、話を聞いてもらえても、無表情ながら首をかしげて不思議そうにされるばかりで・・・・・・言葉が通じないのかと思うほどだった。それでも必死に話しかけた。
そしてやっと一言。
「ああ」
一緒にいっても良いってことですか? と聞いてももう返事は無く、歩き始められたのでとにかくついていった。
幸い、そのまま俺の村に立ち寄っていただけたので、突然の失踪にはならずに済んだ。
それまでの俺は次期族長という立場で、それに見合うだけの力も備えていると自負を持ち、実際それなりに頼りにされていたと思う。そのことに不満などなかったし、だからといって驕るほど客観視できていなかったわけでもない。
だからこそ、レグル様との出会いで俺は痺れるほど感化されてしまったわけだ。
この人と一緒にいたら、想像できる今の未来は遠のき、新しい何かに出会いそれの心血を注いで生きていけると。そういうものを欲していたのだと気づかざるを得なくなっていた。
当然俺のいた一族の者たちは反対したが、黙ってみていたレグル様が認めさせていた。
いや、別にレグル様は俺を助けてくれたわけではなく、たまたま歩いていたところの近くにあった俺の村に宿泊し、ぶらぶらと散策された場所で、無駄に突っかかる輩とか魔物とか、レグル様の不快に思うようなモノをささっと片付けて、また散歩を続けるのを見ていた住人たちが勝手に納得しただけのことだ。
族長いわく、あれほどのお方の側仕えになれることは一族にとっても誉れだと。最後村から旅立つ時には大手を振って見送ってくれた。
ご本人様はのちに、ただ快適に散歩をしたかっただけだとおっしゃられていたけど。
それから様々なことがレグル様は大雑把で……金、地位、美醜についてなんかは特に気になされませんでしたね。
今でもそれほど変わりませんが、エトについて以外は。エトのためならばせっせと稼がれますし、必要とあらば権力も手に入れますし、美醜についてはエトが一番可愛い。他はみな一緒といったところ。ご自身がとてつもなく整ったお姿であるというのもそれ程自覚はないでしょう。
話を戻すと、当時はすべてにおいて興味薄なレグル様を少し手助けさせてもらいながら、天然で彼方此方で信者や支持者を増やして、城を建てるまでの大所帯になったわけだ。
俺自身の性格も少し変わってかなり落ち着いたというか、物怖じしなくなったというか、俺ってかなりの常識者だと、そしてそういう奴が一番無駄な気苦労が多いと悟ったというか……。
そんな精神面だけでなく、力や実力も自然と格段に上がった。城ではそれを発揮する場面等稀で、ただただ実務に追われる日々だけれども。
それでも、そんな俺だからこそ、エトは俺を信用してくれている。
エトはあれでなかなかの常識者だから、俺を労わってくれたりもするほどだ。あまり近づきすぎるとレグル様が怖いので、やましい事はまったく無くても程よい距離と関係を保っている。
ちなみに名前を呼び捨てにするのも、その兼ね合いの一つ。
レグル様の大切なお方なら敬称をつけなければならないのだが、初めてエト様とそう呼んだとき、震えるほど脅えられた。
エトの中で俺はかなり偉い人になっていて、それなのに敬われたので酷く怒っているのかとか騙そうとしているのかとか、そう思ったらしい。
もしかしたらあの時もすぐに友好的態度にならなかったら、飛び出していっていたかもしれない。
けれど、それくらいの時からすでにいつかは城から去るだろう覚悟をしていたエトは本当にあっさりいなくなって、世界を混乱の渦に巻き込んでくれた。
エトが悪い。なんてことはこれほども思わなかった。
エトは自由を体現しているように思っているからかもしれない。そしてその自由に伴う責任もきちんと受け止め果たしているように思ってもいる。
レグル様といる時も、他の誰かといる時もエトは変わることがなかったし、あのレグル様に庇護されていてなお自立しているように見えた。
そのエトが城を飛び出したのなら、それは逃げ出したのではなく、判断し、エトは選択したのだと。
冷たいように見えるが、エトは今までそうやって生きてきたってだけのことだ。
過去は振り返らない魔物、それがエトだ。
理想の魔物だな。
闇に溶けるレグル様はエトと暮らしていた私室に僅かばかり、俺でやっと感じ取れるくらいの残像を残しているだけで、姿らしい姿はどこにもなくなっていた。
しかし、日を追うごとに世界の闇は深まっていき、不自然に影が濃くなっていた。
それは目に見えて起こるものではなく、闇とは暗闇だけのことではない。誰の心にも闇はある。
一見世界はいつも通りに明け、暮れていっていたが、あちこちで普段は起こらない様な諍いやトラブルが増え、人々は知らず知らずに影響され、落ち着きが無くなったり、情緒不安に陥ったり、疑心暗鬼で物事は何も進まなくなっていった。
そんな中、気の抜けるような報告がちらほら出てきたのは、奇跡なのか、エトがなせる技なのか、沈んでいた城内で思わず微笑んだのは、俺だけではなかった。
人型ではないだろうことは、レグル様がすぐに見つけられなかった事でわかってはいたが、コウモリ一匹探すのは、実は相当難しいだろうと踏んでいた俺の絶望を返してほしい。
何せ、コウモリなどいくらでもいて、俺からしてみたら皆同じ顔だ。
エトの人型の姿ならいくらでもこちらで捜索の情報を提供できるが、コウモリ姿では特徴など生き物としてのものしか知らない。
それでもエトだと思われる情報は、聞き込んだ者が恐る恐るコウモリの話があってと万が一、もしかしたらと言う体で俺の元へ集まり、それを持ってレグル様をお呼びすることができた。
どこへとも無く声を掛けると、一瞬のうちにレグル様は玉座に姿をお見せになった。
息をも凍るのではないかと思わせるほど、レグル様は冷たいオーラを放っておられた。実際の温度はもしかしたらさほど変わらなかったのかもしれないが、初めて感じたレグル様の本質の恐怖がそう感じさせた。
しかし、それで逃げるわけにはいかない。
俺の大事な主は、エトを見つけようと躍起になっていることは見ていなくても分かることだからだ。
そして、そのあまりにほのぼのとした情報を聞いた途端、レグル様の雰囲気は和らいだ。さすがに、まだ見つかっていない段階では以前の様子とまではなられなかったが、単純に世界の危機は去ったと安堵することができた。
だけれどもだ。
世界の危機はさっても、我が主を失う危機はまだ去ってはいなかったのだ。
レグル様がエトを迎えにいった後、なぜだか胸騒ぎがどんどん強くなっていった。
あまりの動悸に絶えられず、レグル様を城で待つことができずに、部下を連れレグル様が居られるだろう場所に赴き、迎えにいった。
城まではなんとか戻ってこられたものの、エトがレグル様と一緒に城にいることを拒む様子があり、それほど落ち着かないならばと、レグル様が一緒に城を去ろうとなさったのだ。
エトはレグル様には残るように言ってくれるが、エト第一のレグル様が頷くはずもない。
エトはちょっと離れたところに住んで、通うと言うが、そうなればレグル様はずっとその住み処にいることになるのは明白だ。
エトに何か不満や不安があるなら改善すると提案するも、城はとってもいいところだからと何の不満もないという。
それならば俺も一緒に連れて行ってもらうことにすると、今度はエトと城の者に俺が止められた。
俺も別にレグル様の側近でいられるならば城に固執はない。レグル様とエトのお世話をさせていただけるのならばどこへだってついていく。
実際、それぞれ城や街の自治も責任者や管理者がいて、上層部が留守でも回っていく仕組みはきちんと構築してある。
レグル様と俺が抜けても生活は成り立っていくだろう。
俺だけでなくそう言い出すものはレグル様に近ければ近い立場の者ほど多くいた。
それで、なんの問題もないと俺が言っても、エトは困ったようになぜだか他の城の者たちと相談しだし、相談を受けた者たちが大広間に城で働く平使いの者たちや街の有力者たちと集まり、レグル様や俺たちに出て行かないようにお願いしだす始末となってしまった。
「王様! 幹部様方! どうぞ、お許しください!」
「どうか、どうか、お許しを」
「お願い申し上げます、お見捨てにならずに」
人々は、口々にそんなことを言い出す始末。
肝心のエトはそんなことを口にする周りに不思議そうにしていたのは、レグル様がお怒りでないと分かっていたからだろう。
エト自身は自分が周りに与える不快な感情をとても気にしている。
もしかしたら過去にそれで誰かを傷つけたことがあるのかもしれない。
エトが快適に暮らせればレグル様はそれで良いとおっしゃり、エトはまたもやなぜだか今まで以上に一生懸命働くと宣言して一件落着となったわけだ。
それと、エトに対してレグル様の側を離れるよう唆した連中はほとんど城から遠くへ左遷された。本当の意味で処分させなかったのは、別にレグル様の優しさや温情ではなく、エトが人格や思想はともかく、能力はいいと認めたためにカスが残らなくなるまで働かせてやろうということだ。もしかしたら消滅させられてたほうが楽だったかもしれないと俺は思ったりする。
エトが城を飛び出す直前、最後に会話をした、モズド・ケイ・シャンは城の地下二階に謹慎処分として軟禁されている。
彼だけどうして城を追い出されなかったのか。それは、やはりエトがモズドのことを妙に慕っていたからだ。もちろん俺と接するときのような意味での慕い方だが、彼がエトに優しくしているところなど見たことはないし、あからさまに冷たくしているわけでもなかったが、エトとは接点がなかったように俺は思っていた。
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レグル様を大好きな人に悪い人はいないとエトは言い、そしてレグル様が一度側にいても良いと判断したならなおさらだそうだ。
確かに左遷させられた者たちは、レグル様が旅の途中で連れていた者たちではなく、そして直接お目通りして採用した者たちでもなかった。城ができてから、街から押し上げられてきた者や、人伝や紹介できた者たちだ。
エトがそういうならとモズドは今地下に篭って、本来の能力である研究や発明に没頭している。本人も下手に出世してしまったがために、過ちを犯したのだと静かに受け止めている。
「レグル様、本当にこの程度の処分でよろしかったのですか?」
執務中、そう聞けば一瞬だけ思い出して黒いオーラを発せられそうになったが、すぐにため息を吐かれた。
「問題ない」
「エトに黙って消すことも」
「エトには嘘はつかない。真実を隠すこともしない。あいつはああ見えて聡いから、詳細は分からずとも漠然とした正体をつかむことができるからな。それにエトは人を見る目も間違いない。覗きが趣味なだけはある」
「そのように言われますと、エトが怒ると思いますよ」
「それならそれで可愛いな。あいつはあまり怒ることはないからな」
楽しそうに笑っておられる。
城に戻られてすぐは四六時中エトと一緒に行動されていたレグル様も、夕方以降も仕事される時は以前と同じ様にエトは一人で城内をウロウロしている。
理由は一つ、レグル様が忙しくなってくるとどうしてもエトは暇になってしまうからだ。それに仕事中、エトに聞かせたくない話も多少あるから(サプライズがレグル様は好きなようで)暇を持て余らせるくらいなら、エトは城の中で働いたり遊んだりしている。
今日もそんな変わらぬ日常がここにある。そして、その日常に平穏はあまりない。
突然レグル様が険しい顔で立ち上がり、部屋から姿を消させた。
「レグル様!!」
これはエトに何かあったのだと、エトの気配を探れば、件の地下二階にその存在はあった。
「まさか、またエトになにか!?」
俺も慌てて、そこに向かう。
やはりエトが原因だったが、勘違いが理由だったようだ。
レグル様を無意識に振り回すのがエトで、それを気にせず受け入れるのがレグル様だ。
レグル様の旅について回った日々も満ち足りた気持ちだったが、エトと出会ってからの変化と刺激の強い毎日はもっと生きる張り合いが生まれている。
俺はこれからもこの日常を全力で支えていく。
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仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。
好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。
行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。
強面騎士×不憫美青年

悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。
みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。
事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。
婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。
いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに?
速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす!
てんやわんやな未来や、いかに!?
明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪
※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

【短編】眠り姫 ー僕が眠りの呪いをかけられた王子様を助けたら溺愛されることになったー
cyan
BL
この国には眠りの呪いをかけられ、眠り続ける美しい王子がいる。
王子が眠り続けて50年、厄介払いのために城から離れた離宮に移されることが決まった頃、魔法が得意な少年カリオが、報酬欲しさに解呪を申し出てきた。
王子の美しさに惹かれ王子の側にいることを願い出たカリオ。
こうして二人の生活は始まった。
【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。
天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。
しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。
しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。
【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話
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