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僕はどうやら周囲から勘違いされているらしい。
ある人に片想いしてると思われているが、それは大きな間違いだ。

僕が正式に城勤めになってから5年、見習い期間を入れるともう少し長くなる。
目をかけてくれた人のお陰でいろいろな部署を渡り歩いたから城の中に知り合いも多いけど、皆揃ってその勘違いをしている。

僕は自分が恋愛するとどうなるか分かっている。
過去に一度だけ自分的大恋愛をしたからだ。
その人と結ばれることはなかったけど、その時の自分を思い出すと恥ずか死にできるくらい我を忘れて生きていた。
救いであるのはそれが他人にはばれていなかったことだ。
あれほど浮かれていたことはないと自分では思っているけど、秘めた恋だったとしても、誰にも気付かれなかったのは少し不思議なくらいだ。

だからこそ、今の僕の感情を勘違いされているのも不思議で仕方ない。

僕が恋していると思われている相手の方は近衛軍に所属している騎士様だ。副団長でもある。
家柄も容姿も剣の腕も統率力も素晴らしいとどこでも評判な方なので、仕事柄話す機会のある僕が想いを寄せていると思われてもしかたないけども、僕にはそこに恋愛感情は皆無だ。
高い身長に正しく鍛えられた逞しい体、それでいて真面目な顔は凛々しいのに笑うと子供のように無邪気だよねと、僕にわざと同意を求めてくる人に頷く以外に方法がない。それは事実だと思うけど、だからときめくかと言われればそれは違う。

誤解がないようにあえて言うが、もちろん尊敬はしているし、人間としては好きな人だ。
他の方よりは砕けた態度をしている自覚はあるけどそれは仕事を円滑に進めるための付き合い方がそうなだけ。そうしなければ僕からの書類は受け取らないし、提出もしないと言われれば敬語なんて二の次なだけの話だ。

だから周りからその騎士、間もなく騎士団長になるというその人はアズル様というのだが、その好みやなんかを聞かされて、そうなんですかと聞き流すだけだったし、告白を囃し立てられても身分不相応だと言い逃れてきた。

僕自身の容姿も横に並ぶには普通過ぎる。
自分では気に入っている小さな目も口も、邪魔にならない程度に切っている髪も自分では似合っていると思ってるけど、世間での評価はどこにでも紛れる一般人。
それに、立場的にも僕の方がかなり下だ。
アズル様は公爵家の三男ではあるけど、しっかり王族の血筋の方。
一方僕は、王宮勤めはしているし宰相補佐なんて仕事をさせてもらっているが、実家は男爵位でさらに次男の僕には爵位の予定もない。その欲もないから僕にとっては何の問題もない。

でもだからこそ婚約までさせられるほどだとは思っていなかった。
いくら噂が流れても、例え本気と捉えられても僕が笑われるだけで終わると勝手に思い込んでいたから、もう少しちゃんと否定しておけば良かったと思うが、後の祭りだ。

婚約の通知が来たときにも、アズル様から絶対断られるはずだと思ったのに、今だそれもない。
実家は王都から遠いので、親と直接話す機会は当分なく、手紙で何かの間違いだと書いても、もう隠す必要はないと変に生暖かい優しさの言葉が並んでいるものが返ってくるだけで取り付く島もない。

公爵家と縁続きになれると実家では喜んでいるのかもしれないが、公爵家側に利が少なすぎる。

さすがにアズル様に直接確認することにした。

「あの、少し話がしたいから、仕事終わりに少しいい?」
「なんだ、告白か?」

ニヤニヤ聞いてくるアズル様に、溜め息が漏れそうになるがいつものことなので聞き逃がす。

「婚約の件についての話」
「プロポーズか!」

分かっていてこれだから手が焼ける。
これで実は優秀で尊敬を集めているのだから、実力を隠すのも仕事の内なのだとすでに諦めている。

「そんなものがあれば良かったんですがね……」

思わず聞こえない程度の声が漏れた。
恋愛感情はない。
けど貴族の端に属する者として政略結婚に免疫がないはずもなく、今回の婚約もそうだと言われていれば僕は何もせず受け入れた。
なにせさっきの通り公爵家との縁談は実家にとって喉から手が出るほど欲しいものだから。けど政略的であればあるほど縁遠い話でもあるのだ。
政略結婚は双方に意味がなければ成り立たない。

だから好きを理由の結婚というプロポーズではなくとも、僕との結婚に利があるというプロポーズがアズル様かその家の方からあれば良かったのにと思うのだ。

地獄耳のアズル様でも聞こえなかったからか、怪訝そうな顔をされた。

「なんだ?」
「なんでもない、それより今日は忙しい?」
「忙しくはない、そっちは?」
「アズル様に合わせて上がらせてもらうから大丈夫、悪いけど終わったら事務室まで呼びに来て」

そんな我が儘は他では絶対に言わないが、アズル様にはこれが一番手っ取り早い。
下手に遠慮して、待っているだの、終わる頃に騎士棟に行くなんて言っても結局迎えに行くと突っぱねられるだけだからだ。

案の定アズル様は良くできたと言わんばかりに僕の頭を撫でた。

終業時刻の少し後、残業の多い宰相事務室ではなかなか早い時間にアズル様が迎えに来たのであからさまに囃し立てられながら職場を後にした。
婚約から少し時間が経ってしまっていたので、この婚約の事は周知の事実になってしまっている。

はっきりと否定できないのは僕がそんなことをするのは失礼に当たるからどうしようもない。貴族社会の悲しさだ。

「どこで話すか決めているのか」
「いえ、どこでもいいけど、あまり人の耳がないほうがいいかな」
「だったら俺のところにくるか?」
「えっと、それは余計に誤解を招くような」
「誤解? 何を誤解されるんだ?」

歩きながら話しているから、城門の見張りの兵士に目で挨拶しながらアズル様はとぼけて見せる。
僕もお辞儀をして通過し、敢えて説明する。そんなこと言わなくても分かっているだろうけど。

「婚約者という身分だけど、それを煽りたてるようなことはしたくないって意味」
「それくらいの理由なら別に来てもいいだろ、旨い飯も食わせてやれる」
「食事は別に、後で食べるし、なんなら一食くらいはなくても平気だから」
「そんなんだから、お前はひょろひょろなんだろ」

戦うための筋力はないが、激務をこなす体力はある。宰相補佐は時に体力勝負なこともあるからだ。
山のような書類を捌いたり、膨大な資料を纏めたり、必要とあらば城中を駆けずり回って様々な人から話を聞いたりもする。
ひょろひょろでも心配されることはないんだと、これは敢えて言わなかった。

そんなことはアズル様も分かっているからだ。

要するに心配にかこつけて一緒に食事をしようと言いたいだけだと知っている。
それは過去の経験から。

店での食事は数度ある。誘いのすべてを断るには誘われる回数が多くて、そして相手が悪すぎだ。本気で拒もうと思えば、職場の上司にお願いしたり、相手と会わないように僕が職場自体を移動したり辞めてしまえばいい。
ただそれは最終手段だ。

そもそもアズル様の誘いも社交辞令も大いにあっただろうし、冗談やからかいのトーンでの軽口ってのも多かった。

ただ絶妙なタイミングで断りづらい誘いがあった。
それはこちらが多忙すぎた時。

寝る間も惜しんで働いていると傍目にもそれが分かってしまう状況というのが宰相事務室にはある。
そんな時、人目がある場所で色んな意味で地位が上で、しかも多方面で信頼の厚い人が労るように誘えば、それを断るのは流石に難しい。

少しはまともに食事くらいとしろという優しさだとは重々承知していた。

それでも店はこちらが提案した大衆食堂、当然個室なんかなくていつも雑多で騒々しい。
ある意味ではとても落ち着くんだけど、公爵家の人が頻繁に利用するかと言えばそんなことはない。平民に愛される場所だ。
もちろんアズル様が良しとしなければ行かないわけだから、僕がそこでもいいならと譲歩して、アズル様がそれをのんだのが、過去の数回の食事だ。

ただ今回はその店でってわけにはいかない。
聴かれたらどんな噂になるかわからない話をしなくてはならないのだから、最低でも個室のある店が必要だ。

僕の方はもうこの際どんな噂が出回ろうがどうでもいいが、公爵家はそういうわけにはいかないだろう。

ただ僕はそんな店、少ししか知らないし、そこが本当に聞き耳のない店かどうかは調べなければ分からない。
そんな時間はないし、そこでアズル様が良いというかどうかも分からないのだから、任せるしかない。

となると、アズル様の家というのは分かりやすく安全だ。
公爵家に不都合な話は絶対漏れないはずだから。

「分かったよ、話が終わればすぐ帰るから」
「大丈夫だ、夜は長い」

噛み合わない会話もいつものことだ。

歩いていける場所にアズル様の大きな家はある。城への近さが即ち位や信頼度の高さだ。
これで独り暮らしなんだから優雅さが伺える。僕の部屋なんかここの馬小屋より狭いのだろう。
そもそも公爵が王都に滞在するための別邸なのだが、公爵領そのものが王都の隣りで、用事があれば馬車でこれるので自領の好きな今の公爵夫妻も嫡男夫妻もほぼ公爵領にいる。
次男様が外遊好きなので、あちこち飛び回っているらしい。
なので王城勤めのアズル様が1人で豪邸を使っているというわけだ。

初めて来たが、外観を遥かに超える広さだった。
以前聞いていた通り公爵家から遣わされている使用人が出迎えてくれて応接室に案内される。
アズル様は一旦着替えると言って玄関で別れた。

日常用の騎士の制服は正装よりは動きやすくなってはいても、寛ぐには不向きだ。
僕に制服はないが、襟つきの白シャツにベスト、タイは必ず着用している。ジャケットは季節に応じてだけど、僕はよほど暑くない限りはいつも着るようにしている。

仕事を円滑に進めるため、いつでも最低限失礼のない服装でいる。

程なくして柔らかい笑顔のメイドがやってきて食堂に案内してくれてた。

すでにテーブルには二人分のカトラリーがセットされていて、食事の約束を以前からしていたような整い方だった。

「さすが公爵家は対応力が違う」

席について思わず呟くと、後ろから声が掛かる。

「褒められたとウチの奴らが喜ぶな」

振り向くとアズル様は幾分過ごしやすそうな装いでやってきて、向かいの席に座る。

男爵家によっては貴族マナーなんて本当の最低限しか知らないってところもあるが、僕の家ではもう少ししっかりと学んだし、仕事上知ってたり身につけておいた方が楽なことは習得済みだ。

本気の会食だと緊張するのが格の差だけど、アズル様と二人きりならば気を張って食べるほど慣れていないわけじゃない。

大体普段の食事を知られているのだから、取り繕うこともない。

ただ食事に合わせた態度を取るだけだ。

まあ、部屋の壁際には使用人の方々いるから、全くの二人っきりってわけじゃないのもあるけど。

「最近はそこまで忙しくないか?」
「そこそこ」

壁際で微かに反応したのが分かったが、ここで話し方を変えるとどうした、緊張してるのかと戻るまでからかわれるのは目に見えてる。

食事はついでで、さっさと終わらせて話し合いをしなければならない。筒抜けになると分かっていてもせめて人払いはしてもらわないと本題に入りづらい。
それとも公爵家では必ず誰か控えさせないと外部者と話し合ができないのか。

つらつらと考えながらため息が出そうになるが、それを食事と一緒に飲み込む。
料理が美味いことだけは素直に堪能した。




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