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第二章
9−2
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ウチからバスでしばらく行った場所がその家だった。
飛鳥がチャイムを鳴らす。
「夜分に申し訳ありません。眞美さんの学校の友人なのですが、眞美さんいらっしゃいますか?」
インターフォン越しに飛鳥が告げると、程なくして家の人が玄関を開けた。母親らしいその人は飛鳥とみなみちゃんをみるとハッとした様に声をあげた。
「もしかして宮本君と佐野みなみさん?」
「はい、私達のことご存じなのですか?」
「お二人は学校では有名ですよ。宮本君は中学の頃から聡明だとよく名前を聞きましたし、卒業式でも総代を務めてらしたでしょ? みなみさんの名前もよく聞きますし、娘の話にも良く出てきますから」
「そう言っていただけて光栄です、ありがとうございます。それで眞美さんは?」
飛鳥は万人受けする笑顔でさらりとそう言い募った。
「それが昼間、制服を着て出て行ったきりまだ戻ってきてないんです。今日は遅くなるなんて言って無かったのに」
冬休みでも補講があるらしく、それに行ったと母親は思ったらしい。
時刻は九時前、何の連絡も無しに帰ってないとなると少し遅い。
飛鳥も同じ事を思ったのか、その疑問を母親に投げかけていた。
「帰りが遅いことはよくあるんですか?」
「予備校に行ってる日は十時過ぎに帰ってくるから、もう少ししたら帰ってくるとは思うんだけど」
「じゃあ今日も予備校に?」
「制服を着て行ったから学校かと思ってたんだけど、その後行ったんじゃないかしら」
「そうですか、それでしたら予備校の方に行ってみます」
飛鳥がそう言うと、家で待つかと聞かれたが、丁重に断って予備校の場所を聞いた。
その間、ケイコに袖を引っ張られた。
『部屋を調べてもらってよ』
しぶしぶ僕は口を開いた。
「あのぉ、すみません」
それまで黙っていた僕がしゃべり出したことで見事に注目が集まった。
「姉がマミさんに貸していた物があるので部屋を見てきてもらってもいいですか?」
一瞬みんなしてキョトンとしていたが、何かあると察してくれたのか、二人は僕の嘘に乗ってくれた。
「そうなんです。二度手間になってもご迷惑なのでスミマセンがお願いできませんか?」
「クリスマスに関して書かれた本なんですが明日までに必要なんです」
とても出任せだとは思えない顔で二人してそう言うので、戸辺母は少し不思議そうな顔をしながらも部屋を覗きに行ってくれた。
「おい、いきなりどうしたんだ?」
「さあ。でも何かあるらしい」
「らしいって何言ってるんだ?」
「何かって何かしら?」
みなみちゃんまで困惑するから、僕はちらっとケイコを見るが気まずそうな顔を向けるだけだった。
そのとき、バタバタという足音と共に母親が戻ってきた。顔は蒼白で、震える手には封筒と手紙が握られていた。
「…………遺書って…」
二人が息を呑むのがわかった。
「遺書ですか、見せてもらっても良いですか?」
僕がそう言うと素直に渡してくれた。
「ど…どうしたら……あの子…もしかして、もう」
誰に言うでもなく焦点の合わない目を彷徨わせながら、母親の口からは声が漏れている。
遺書に理由は書かれていなかった。
念のため内容を正確に記録するためにそれを飛鳥に渡した。
「戸辺さん、僕たちはこれからマミさんを探しに行ってきます。お母さんは手当たり次第連絡して、マミさんがいないか、居場所に心当たりがないか聞いて下さい」
「でも…眞美はもう……」
「マミさんはまだ生きてますから。もしかしたら家に何らかの連絡が来るかもしれないので家に居てくださいね」
「連絡? それは…」
「急ぎますんで、僕たちはもう行きます。取りあえずお父さんに早く帰ってきてもらって下さい」
この母親がまともな対応を取れるかは確信はなかったけど、そこまで面倒はみるつもりはなかった。
僕は飛鳥とみなみちゃんを連れて戸辺家を後にした。
「誰か残った方が良いんじゃないか?」
「僕一人でそのマミって人を止められないだろ? 二人がいないとその人見つけても意味ないよ」
「居場所わかるの?」
「制服着ていったんだから学校だよ」
「そう単純なものか?」
「そうだよ」
そう言う僕に疑いの目を向ける二人、その通う高校に向かうため駅を目指した。
電車に揺られて三十分弱。最寄り駅に降り立ち、いつもの通学路らしい道を付いていく。
「ドラマとかだとちょうど飛び降りる寸前だったりするんだが」
「悠長なこと言うなよ」
「仕方ないだろ、俺には自殺する人間の気持ちは全く解らない」
「私は少し解かるかも……」
振り返った飛鳥は冷や水を掛けられたような顔をした。飛鳥にこんな顔をさせるのはみなみちゃんくらいなもんだ。
僕はなんとなく知っていたから、別に驚かない。
「どういうことだ? 今でも思ってるのか?」
「今は全然思わないよ。それに死にたいってよりは生きてるのが辛いって気持ちのが近かったかな。子供の頃だったし、でも一番そう思ったのは碧君が入院してた時」
「あの時か」
昔、といっても五年くらい前なんだけど三ヶ月ばかり入院したことがある。事故に巻き込まれて最初の一ヶ月は意識不明で集中治療室に入りっきり。体の傷は時間と共に回復していったのに意識だけが戻らずに、本当にやばかったらしい。
その間のみなみちゃんはそれはそれは酷い有様だったと意識が戻った後病室で飛鳥に怒られた。
その事故はみなみちゃんのせいではなかったのだけど、事故のきっかけを作ったことをとても悔やんで、相当ショックを受けたらしい。
その時のみなみちゃんを思い出しているのか、飛鳥の表情は硬い。
「碧が死ぬなら代わりに自分が死ぬって言ってたな」
「……うん」
「みなみちゃんが生きてるのが辛かったってのはそういう意味じゃないよ」
もちろん責任を感じて、僕の代わりにって思ったのは事実だろうけど、みなみちゃんが代わりになりたかったのはそれ以前の思いがあったから。その事を飛鳥は知っておくべきだろうと口を挟んだ。
これからみなみちゃんを守っていってもらわないといけないんだから当然だ。
「みなみ、どういう事だ?」
「……毎日楽しくなかったの。理由なんてない……」
みなみちゃんはどうしようもない虚無感を子どもの頃から持っていた。いつも笑顔で、さも楽しそうに毎日はしゃいでいたみなみちゃんは、どこかで大人のために演じられたものだった。
楽しいフリをして、無意味なことをしていると心の中でせせら笑っていた。
その世界の中で唯一異質なものが僕。明らかに普通と違う僕が生まれ、始めは軽蔑の目でいたけど、親の目が僕に注がれていることで少し安堵感を覚えていた。それでもその虚無感が消えることはなく、僕が一切意識を読むのを止めてからも、それを無意識に感じることがたまにあった。
「何をしていても楽しいなんて感じた事なかったのに、碧君と一緒にいる時はそれが少し楽になって…上手く言えないけど……そういう感じで」
「今でもそうなのか?」
「うーん、どうかな…最近はほとんど思わないかな」
みなみちゃんはそう言って微かに笑った。その表情に飛鳥は目を細めて真意を確かめようとしているようだった。
会話はそこで途切れたが、あっという間に校門の前まで着いていた。
そのまま学校にはあっさり入ることができた。
見つけたらケータイに連絡を入れるという事で三人ばらけ、僕はさっさと屋上に登りその姿を見つけた。
柵は付けてあるけど、当然のようにその外側にいる。でも幸いなことに柵を越えでもしばらく校舎の屋根があるため、思いっきり側転しても一回転くらいなら優にできそうなスペースの中央でベマは座っていた。
少しその様子を観察し、声を掛ける前にケータイで連絡を取った。一刻を争うような状況なら強硬手段に出ようと敢えて一人で来てみたが今のところその必要はなさそうだ。
少しして二人が来たことで、存在がばれ、ベマは驚いたようだった。
三人して柵を乗り越えると、近づいた分だけ距離を取られ、校舎の縁へと足をかけようとする。
それを見て、身動きが取れなくなる。無言で彼女の背中を眺める。
さすがの飛鳥でも緊迫した空気の一部になっているが、逆にここにきて急に僕のやる気は下がっていた。
話し出したのは飛鳥だった。
「死にたいって本当?」
彼女は振り向きもしない。
「どうしてそんな事思うかなあ。世界は毎日とても楽しいのに」
「それはほんの一部の人だけ」
抑揚もなくこの場所でなければ聞き取れないくらい小さな声。
「そう思うならその一部に君も入ればいい、そうしたら毎日楽しくて死ぬ事なんて考えないさ」
「そんなの無理です」
「どうして無理なんて決めつける、やってみないと分からないのがここのルールだ」
「何も知らないから」
本当に微かな声だった。偶然吹いた風に乗って何とか僕らの元まで届いた呟きだった。
『ねぇ? 何か偶然って事にしようとか思ってないよね?』
…………。
実を言うと彼女の声を僕らの所に届けているのはケイコだ。おそらく一般的な人には見えないであろう拡声器や大きなうちわでかなり頑張っている。もし見えていたとするなら絶対に笑ってしまうような光景だ。それを真面目な顔して、さも見えてない風を装う僕の方が実は笑われる存在なのかもしれない。当然学校のセキュリティーを解除したのもケイコだった。
思わず自分を哀れみそうになっている間も飛鳥は話かけ続けている。
「知らない? じゃあそれを教えてよ。一緒に考えてあげる」
「無理よ。私にはそんな事してもらう価値ない。生きてる意味なんてないの……」
この返事に飛鳥はムッとしたようだった。日頃から生きることに自然以外の理由を付けようとする人間が嫌いだ。
「生きる意味? そんなもの誰にだってありはしない。それにな価値なんて生きることでしか生まれない。それを死にたがっている君に分かるはずないだろ」
飛鳥の冷めた声で本当に空気が凍りついてしまったようだった。
ケイコが一番固まっている。ケイコは僕以外の人に触れられない。だから彼女が飛び降りたら助けることはできないのだろう。
でも彼女が行動を起こす前に反論したのはみなみちゃんだった。
「あーちゃんにはきっと分からないよ…、世界が真っ黒の人の気持ち。つまらない毎日が続く事がどれだけ絶望的なのか……あーちゃんには分からない……」
「みなみ、ッ……」
飛鳥の絶句が心を表していた。
飛鳥がチャイムを鳴らす。
「夜分に申し訳ありません。眞美さんの学校の友人なのですが、眞美さんいらっしゃいますか?」
インターフォン越しに飛鳥が告げると、程なくして家の人が玄関を開けた。母親らしいその人は飛鳥とみなみちゃんをみるとハッとした様に声をあげた。
「もしかして宮本君と佐野みなみさん?」
「はい、私達のことご存じなのですか?」
「お二人は学校では有名ですよ。宮本君は中学の頃から聡明だとよく名前を聞きましたし、卒業式でも総代を務めてらしたでしょ? みなみさんの名前もよく聞きますし、娘の話にも良く出てきますから」
「そう言っていただけて光栄です、ありがとうございます。それで眞美さんは?」
飛鳥は万人受けする笑顔でさらりとそう言い募った。
「それが昼間、制服を着て出て行ったきりまだ戻ってきてないんです。今日は遅くなるなんて言って無かったのに」
冬休みでも補講があるらしく、それに行ったと母親は思ったらしい。
時刻は九時前、何の連絡も無しに帰ってないとなると少し遅い。
飛鳥も同じ事を思ったのか、その疑問を母親に投げかけていた。
「帰りが遅いことはよくあるんですか?」
「予備校に行ってる日は十時過ぎに帰ってくるから、もう少ししたら帰ってくるとは思うんだけど」
「じゃあ今日も予備校に?」
「制服を着て行ったから学校かと思ってたんだけど、その後行ったんじゃないかしら」
「そうですか、それでしたら予備校の方に行ってみます」
飛鳥がそう言うと、家で待つかと聞かれたが、丁重に断って予備校の場所を聞いた。
その間、ケイコに袖を引っ張られた。
『部屋を調べてもらってよ』
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それまで黙っていた僕がしゃべり出したことで見事に注目が集まった。
「姉がマミさんに貸していた物があるので部屋を見てきてもらってもいいですか?」
一瞬みんなしてキョトンとしていたが、何かあると察してくれたのか、二人は僕の嘘に乗ってくれた。
「そうなんです。二度手間になってもご迷惑なのでスミマセンがお願いできませんか?」
「クリスマスに関して書かれた本なんですが明日までに必要なんです」
とても出任せだとは思えない顔で二人してそう言うので、戸辺母は少し不思議そうな顔をしながらも部屋を覗きに行ってくれた。
「おい、いきなりどうしたんだ?」
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「らしいって何言ってるんだ?」
「何かって何かしら?」
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そのとき、バタバタという足音と共に母親が戻ってきた。顔は蒼白で、震える手には封筒と手紙が握られていた。
「…………遺書って…」
二人が息を呑むのがわかった。
「遺書ですか、見せてもらっても良いですか?」
僕がそう言うと素直に渡してくれた。
「ど…どうしたら……あの子…もしかして、もう」
誰に言うでもなく焦点の合わない目を彷徨わせながら、母親の口からは声が漏れている。
遺書に理由は書かれていなかった。
念のため内容を正確に記録するためにそれを飛鳥に渡した。
「戸辺さん、僕たちはこれからマミさんを探しに行ってきます。お母さんは手当たり次第連絡して、マミさんがいないか、居場所に心当たりがないか聞いて下さい」
「でも…眞美はもう……」
「マミさんはまだ生きてますから。もしかしたら家に何らかの連絡が来るかもしれないので家に居てくださいね」
「連絡? それは…」
「急ぎますんで、僕たちはもう行きます。取りあえずお父さんに早く帰ってきてもらって下さい」
この母親がまともな対応を取れるかは確信はなかったけど、そこまで面倒はみるつもりはなかった。
僕は飛鳥とみなみちゃんを連れて戸辺家を後にした。
「誰か残った方が良いんじゃないか?」
「僕一人でそのマミって人を止められないだろ? 二人がいないとその人見つけても意味ないよ」
「居場所わかるの?」
「制服着ていったんだから学校だよ」
「そう単純なものか?」
「そうだよ」
そう言う僕に疑いの目を向ける二人、その通う高校に向かうため駅を目指した。
電車に揺られて三十分弱。最寄り駅に降り立ち、いつもの通学路らしい道を付いていく。
「ドラマとかだとちょうど飛び降りる寸前だったりするんだが」
「悠長なこと言うなよ」
「仕方ないだろ、俺には自殺する人間の気持ちは全く解らない」
「私は少し解かるかも……」
振り返った飛鳥は冷や水を掛けられたような顔をした。飛鳥にこんな顔をさせるのはみなみちゃんくらいなもんだ。
僕はなんとなく知っていたから、別に驚かない。
「どういうことだ? 今でも思ってるのか?」
「今は全然思わないよ。それに死にたいってよりは生きてるのが辛いって気持ちのが近かったかな。子供の頃だったし、でも一番そう思ったのは碧君が入院してた時」
「あの時か」
昔、といっても五年くらい前なんだけど三ヶ月ばかり入院したことがある。事故に巻き込まれて最初の一ヶ月は意識不明で集中治療室に入りっきり。体の傷は時間と共に回復していったのに意識だけが戻らずに、本当にやばかったらしい。
その間のみなみちゃんはそれはそれは酷い有様だったと意識が戻った後病室で飛鳥に怒られた。
その事故はみなみちゃんのせいではなかったのだけど、事故のきっかけを作ったことをとても悔やんで、相当ショックを受けたらしい。
その時のみなみちゃんを思い出しているのか、飛鳥の表情は硬い。
「碧が死ぬなら代わりに自分が死ぬって言ってたな」
「……うん」
「みなみちゃんが生きてるのが辛かったってのはそういう意味じゃないよ」
もちろん責任を感じて、僕の代わりにって思ったのは事実だろうけど、みなみちゃんが代わりになりたかったのはそれ以前の思いがあったから。その事を飛鳥は知っておくべきだろうと口を挟んだ。
これからみなみちゃんを守っていってもらわないといけないんだから当然だ。
「みなみ、どういう事だ?」
「……毎日楽しくなかったの。理由なんてない……」
みなみちゃんはどうしようもない虚無感を子どもの頃から持っていた。いつも笑顔で、さも楽しそうに毎日はしゃいでいたみなみちゃんは、どこかで大人のために演じられたものだった。
楽しいフリをして、無意味なことをしていると心の中でせせら笑っていた。
その世界の中で唯一異質なものが僕。明らかに普通と違う僕が生まれ、始めは軽蔑の目でいたけど、親の目が僕に注がれていることで少し安堵感を覚えていた。それでもその虚無感が消えることはなく、僕が一切意識を読むのを止めてからも、それを無意識に感じることがたまにあった。
「何をしていても楽しいなんて感じた事なかったのに、碧君と一緒にいる時はそれが少し楽になって…上手く言えないけど……そういう感じで」
「今でもそうなのか?」
「うーん、どうかな…最近はほとんど思わないかな」
みなみちゃんはそう言って微かに笑った。その表情に飛鳥は目を細めて真意を確かめようとしているようだった。
会話はそこで途切れたが、あっという間に校門の前まで着いていた。
そのまま学校にはあっさり入ることができた。
見つけたらケータイに連絡を入れるという事で三人ばらけ、僕はさっさと屋上に登りその姿を見つけた。
柵は付けてあるけど、当然のようにその外側にいる。でも幸いなことに柵を越えでもしばらく校舎の屋根があるため、思いっきり側転しても一回転くらいなら優にできそうなスペースの中央でベマは座っていた。
少しその様子を観察し、声を掛ける前にケータイで連絡を取った。一刻を争うような状況なら強硬手段に出ようと敢えて一人で来てみたが今のところその必要はなさそうだ。
少しして二人が来たことで、存在がばれ、ベマは驚いたようだった。
三人して柵を乗り越えると、近づいた分だけ距離を取られ、校舎の縁へと足をかけようとする。
それを見て、身動きが取れなくなる。無言で彼女の背中を眺める。
さすがの飛鳥でも緊迫した空気の一部になっているが、逆にここにきて急に僕のやる気は下がっていた。
話し出したのは飛鳥だった。
「死にたいって本当?」
彼女は振り向きもしない。
「どうしてそんな事思うかなあ。世界は毎日とても楽しいのに」
「それはほんの一部の人だけ」
抑揚もなくこの場所でなければ聞き取れないくらい小さな声。
「そう思うならその一部に君も入ればいい、そうしたら毎日楽しくて死ぬ事なんて考えないさ」
「そんなの無理です」
「どうして無理なんて決めつける、やってみないと分からないのがここのルールだ」
「何も知らないから」
本当に微かな声だった。偶然吹いた風に乗って何とか僕らの元まで届いた呟きだった。
『ねぇ? 何か偶然って事にしようとか思ってないよね?』
…………。
実を言うと彼女の声を僕らの所に届けているのはケイコだ。おそらく一般的な人には見えないであろう拡声器や大きなうちわでかなり頑張っている。もし見えていたとするなら絶対に笑ってしまうような光景だ。それを真面目な顔して、さも見えてない風を装う僕の方が実は笑われる存在なのかもしれない。当然学校のセキュリティーを解除したのもケイコだった。
思わず自分を哀れみそうになっている間も飛鳥は話かけ続けている。
「知らない? じゃあそれを教えてよ。一緒に考えてあげる」
「無理よ。私にはそんな事してもらう価値ない。生きてる意味なんてないの……」
この返事に飛鳥はムッとしたようだった。日頃から生きることに自然以外の理由を付けようとする人間が嫌いだ。
「生きる意味? そんなもの誰にだってありはしない。それにな価値なんて生きることでしか生まれない。それを死にたがっている君に分かるはずないだろ」
飛鳥の冷めた声で本当に空気が凍りついてしまったようだった。
ケイコが一番固まっている。ケイコは僕以外の人に触れられない。だから彼女が飛び降りたら助けることはできないのだろう。
でも彼女が行動を起こす前に反論したのはみなみちゃんだった。
「あーちゃんにはきっと分からないよ…、世界が真っ黒の人の気持ち。つまらない毎日が続く事がどれだけ絶望的なのか……あーちゃんには分からない……」
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