CASTエソラ〜異世界で出会ったのは大きなペンギンでした〜

nano ひにゃ

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第二章

第九幕 シンソウ1

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 目を開けると家の庭。太陽はすでにどっぷり暮れている。一体あれからどれくらい経ってるんだ。てか寒いし…、コートは向こうの世界に置いて来ちゃっただろ! っていうかどうなってんだよ!!

「ケイコッ!」
『……はい』
「最後まで見てろって言ったのはお前だろ! どう考えても途中だったじゃないか、どうなってるのかちゃんと説明しろ!」

 傍で浮かんでいるケイコもこれ以上ないくらい困った顔をしている。いや、困っているというよりはどこか苦しそうな感じにも取れる。

「ケイコ?」
『……もう時間が無いみたい…どうしよう…碧、助けて』
「え?」

 ケイコが僕の腕にしがみ付いた瞬間だった。みなみちゃんが家から飛び出してきていた。

「碧くーーーん!」

 涙に濡れた顔。
 やっぱり泣かせちゃってた…。それを思うと帰って来れたことを喜ぶべきなのか。

 瞬間、頭を掠めたのはそんなことだった。自分でも呆れるほどみなみちゃんの姿を見たとたん冷めてしまった。

 元々向こうの世界は僕とは関係ないのだから、僕がいなくなったところできっと何も変わらない。物凄く中途半端に突然帰ってきてしまったけど、夢だったと思えばいいのかもしれない。

 夢の終わりなんかいつだって唐突なんだから、忘れてしまえばいいんだ。

 そう……いつだって別れは突然来るものなんだから…。あいつの言葉はそれを言っている姿まで安易に想像できる。あいつの言うままにそれを言い訳に楽できてしまう。
 僕の望みは叶えられたのだからケイコに関わる用はもうない。
 ふと飛鳥の姿が見えた。

「お前今までどこに行ってて、どうやって帰ってきた?」

 飛鳥は普段と変わらない様子で窓に寄りかかって立っている。

 状況から察するに、みなみちゃんはいつもの如く飛鳥に助けを求めたということだろう。だから僕の家にいて、僕が消えていたことも知っているというところか。

 ……僕が消えていたことは現実か。

 夢でも見ていたと自分を誤魔化し続けるのは簡単だ。関係ないってのも間違っていないさ。でも自分にとってはどうだ? オードリー達にはもう必要ないから行動しなかったことを後悔する日がこないか? 自分の感情だけで行動するのは全部無駄なことなのか?

 …………せめてこの物語のエンディングまでは僕もキャストの一人じゃないのか。

 いや、関係ないと言う諦めてしまうのはまだ早いかな。なによりアイツの言いなりになるのが癪に触る。
ケイコも縋ってきてることだし、もう少し付き合ってやろうじゃないか!

「ねぇ、みなみちゃん。シンって名前の女の人いない? もしくはベマってあだ名が付いてる人でもいいんだけど」
「お前、俺の声聞こえているのか?」
「いや、聞こえない」

 飛鳥は僕に引っ付いて泣いているみなみちゃんを、そっと自分の方に抱き寄せ、泣き止むように宥めながら、その片手間、面倒臭そうに僕と話をした。

 そのいつも通りの飛鳥の横で、いつも通りの口調で話す僕はちょっと焦っている。僕に縋る様にメソメソ泣いてケイコがいるからだ。

「みなみちゃん、絶対みなみちゃんの近くにいる人なんだ。ついでに飛鳥の事も知ってるみたいだから、高校にいると思うんだけど。思い当たる人いない?」

 飛鳥とみなみちゃんは同じ高校に通ってるが、僕は違う。県内有数の進学校に僕が入れるわけも無く、僕の毎日の勉学の場は中学の同級生も多く通う近くの平均レベルの公立高校だ。ちなみに中学の時から飛鳥はその進学校の中等部に通っていたが、みなみちゃんは僕と同じ地元の中学に通っていた。見目麗しい姉が同じ学校というのはそれで大変だったから、今の方が平和なスクールライフと言えよう。

「どっちも聞いたことないよ」

 潤んだ瞳のみなみちゃんは、それでも質問に答えてくれる。そんなに泣かせちゃって僕の方も心苦しいけど、ケイコの仕事も終わらせなければならない。

「飛鳥は聞いたことないか?」
「俺の声は聞こえないんだろ」

 ちっ、飛鳥め。この反応、知ってやがるな。
 不適な笑みとともにかなり訝しげな顔をしている飛鳥だが、みなみちゃんが幼気な瞳が後押ししてくれた。

「あーちゃん……」

 見上げるみなみちゃんの瞳にさすがの飛鳥も一瞬息を飲み、渋々ながら答えをくれた。

「ベマってのなら一人知ってる。みなみのクラスにいる人間が中学の時そんな名で呼ばれてた」
「中等部からの人だったら、戸部さんかな。後は男の人ばっかりだよ」
「その人の家とか分からない?」

 教えようと口を開きかけたみなみちゃんを飛鳥が止めた。

「調べようと思えば何とでもなる。でもな、事情も分からないのに協力はできない」
「その人が死にそうでもか?」

 背中に張り付いているケイコがびくっと震えた。

「碧君、どういう事?」

 襟元に張り付いてる青いサンタに視線を流しながら、癪だが飛鳥にも頼った方が解決は早いと腹をくくった。

「どうしたら教えてくれるんだ?」
「何がどうなっているのか俺に解るように説明しろ」

 飛鳥に解るようにってのが一番難しいんじゃないか…。非科学的だからって理由で切り捨てたりはしないだろうけど、嘘じゃないという証明ができない。
 みなみちゃんの言うことは無条件で納得する飛鳥だけど、僕に対してはそうはいかない。さてどうしたもんか。

「わかった。ちゃんと説明するから、取りあえずその人の居場所を探しながらにしよ。今は本当に時間がないみたいだからさ」

 下手に言い訳しても徒労に終わりそうだから、時間稼ぎをしながら掻い摘んで説明するのが一番簡単な気がした。

 飛鳥は案の定納得はしていなかったが、住所を調べてくれるらしく、取りあえず家に入るように促した。

 するとみなみちゃんの部屋から、近辺の地図を取り出すと、ここだと指を指した。

「飛鳥、それって例の記憶術か?」
「術じゃない。中学の時に住所確認のための一覧プリントを見たことがあるだけだ」

 見たのなんかホンの一瞬だったに違いない。普通はそんなの覚えてないつーの。
 でも今はそんな所に一々ツッコミをいれてる場合じゃないので、その家へ向かうことにした。
 道すがら飛鳥の要望に応える為、話をした。

 飛鳥の記憶術ではないが、僕だって自分の能力を踏まえれば、どこに飛んだかくらい分かるんだぞ、ケイコ。

「僕が今までいたのは そのベマ、つまり戸辺さんって人の意識の中だと思う」
「意識?」
「そう、それもかなりファンタジックに作られた意識の中。現実を認識している意識とは別物、謂わば夢の中みたいなもんかな」

 やはり飛鳥は眉間にシワを寄せて、渋い顔をしている。あまりに予想通りだったので、吹き出しそうになりながらも、平静を装ってなぜ僕がそう思ったのかを話す。

「みなみちゃんの知り合いだと思ったのは、まんまみなみちゃんそっくりな人に出会ったから。飛鳥も知ってると思ったのは、リューってのが飛鳥っぽかったから」

 飛鳥は字のごとく飛ぶ鳥だ。リューの姿が鷺だったことと、性格に関しては普段の優しい飛鳥と僕と居る時の飛鳥を足して二で割ったようなものだった。完璧に裏の性格だったら意識の持ち主はもっと身近な人だと考えるけど、飛鳥は僕にあんなに優しくない! 

「リューは飛鳥のことだ。性格は裏のだったけどそっくりだったし、トリだったし」
「裏とか言わないで欲しいな」
「完璧な二重人格のくせによく言う」
「お前だって結構な二重人格だろう」
「何処をみたらそう見えるんだ」
「何処をみてもそう見える」

 ダメだ……飛鳥のペースに乗せられてたら時間がなくなる。いつもだったら食って掛かるところだけど、今はグッと堪える。

「そんなことはどうでもいい、それで、えっと、みなみちゃんにそっくりだったのがベマって名前で、もしかしたらって考えたんだ」

 僕の中での本命はシンだった。意識が読めなかったのがシンだけだったし、何より主人公が主体だと考えるのが妥当だと思ったから。でも、シンはベマを特別視している感じがしたのだ。傾倒していると感じられるほどだった。だから、傍観者の立場を取っているのかもしれないと考えると思い当たるのはベマだったのだ。みなみちゃんの容姿をしているのは、もちろん可愛いから当然誰でも憧れるだろうという安易な発想だった。

「でも本人に会ってみないと解らない。偶然ってこともあるし、そのベマって名前だってその戸辺さんのあだ名を別の誰かが使ってるだけかもしれない」
「そんな曖昧な情報だけで、そいつが死にそうだとか言うのか?」

 僕には確信があった。なぜならケイコがあから様に安堵の表情を見せたからだ。それだけで十分な理由になるが、飛鳥やみなみちゃんにケイコの存在を知らせるのは余計に面倒そうだから、別の言い訳が必要だ。

「だから、向こうの世界…意識の中にいる時にそうだったんだよ」
「そうだったというのは、死にそうだったという事か?」

 彼女達は死ぬどころか世界を救うことに一生懸命だったが、一々説明してやる事はない。

「そうだよ」
「信じられん。大体意識の中に入り込めると言うお前が信じられん」

 やっぱし? 普通そうだよねー。

「別に完全に理解してもらおうとは思ってないから。でも、例え夢だったとしても会って確かめるくらい良いだろう? 万が一でも正夢ってこともあるんだから」

 飛鳥の顔に納得の表情が浮かぶことはなかったが、静かに聞いていたみなみちゃんが諫めてくれたおかげでやむを得ずという具合にそれ以上そのことについて何か言うことはなかった。

 それからは、その戸辺という彼女の話になった。

 戸辺眞美という名で、大人しく特別変わったことはない人。みなみちゃんとも特別親しいと言うこともなく、普通のクラスメイトとしての関わりがあるくらいで、日常会話程度しか話したことはないらしい。

「中学の頃からそんな感じだ」
「うーん、思い悩んでる感じはしなかったよ。でもそういうのは普段からは分からないから、もしかしたら何か遭ったのかもしれないね」

 そうみなみちゃんが見上げた家がその彼女の家だった。







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