CASTエソラ〜異世界で出会ったのは大きなペンギンでした〜

nano ひにゃ

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第二章

第六幕 ソノコロ

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 宮本飛鳥が気配を感じてベランダに目を向けると、日常であり異常でもある光景がそこにあった。それは碧がみなみの目の前から消えて間もなくのこと。

「あーちゃん……」

 みなみがポロポロと泣きながら立っていた。

「どうした?!」

 あーちゃんと呼ばれた彼はみなみのそんな姿に驚きを隠せないようで、慌ててベッドから飛び起きると、みなみをそっとソファに座らせた。

「あーちゃん、碧くんがいなくなっちゃった」
「なんだ! ついにみなみに愛想尽かして出て行ったのか?!」

 宮本飛鳥はみなみと碧の幼なじみ。碧が言うところの兄貴の方で碧曰く、容姿はいいが最悪の性格を併せ持った男でもある。しかし、みなみはそうは思っていない。

 いつだって泣いたり怒ったりと感情の起伏に忙しいのは碧だけで、そして碧がそうした姿をみせるのは飛鳥だけであるということを飛鳥は分かってやっていた。

 その碧がいなくなったという話は、飛鳥にとっても面白いだけで終わらせられる話ではなかった。
 みなみはゆっくりと首を振り、事の顛末を飛鳥に話して聞かせた。話しているうちに少しずつ落ち着きを取り戻していったが、飛鳥が最後に疑うように「事実か?」と確認すると、再び涙を溢れさせコクッと頷いた。

「ついに成功したわけだ」
「…………………うん」
「それで、どうするつもりだ? 泣いたって碧は戻って来ない」
「…………うん」
「碧のことだ、どんなになったって当たり前のように戻る努力をしているはずだ。でもな、みなみが発端であるなら、みなみが何もしないで元に戻るっていうのは可能性として低いと思わないか?」
「うん」
「だったら今からする事は一つだ。碧がどうして消失したのかを解明して、元に戻す方法を探る。幸いな事に俺もみなみも“天才”って奴だからな、ちょっと真面目にやれば碧如きすぐ元通りだろうさ」

 もしこの場に碧がいたならば、飛鳥に嫌味の一つや二つや三つは言っただろうが、残念な事にこの場には“天才”二人だけ。

 何を示し合わせたわけでもないが、二人は黙ってみなみの部屋に行き、みなみは本棚から数冊の本を取り出し、飛鳥は床に一枚の大きな紙を広げた。

 二人は本物の天才である。しかしタイプが違う。

 みなみは思考型であり、考えれば考えるほど物事の真理を獲得していく。
 飛鳥は記憶型で、一度見た文章や映像は決して忘れることがない。その無数に蓄積された情報を組み合わせて結論を得る。だから知らないことは全く知らない。

 だからみなみは理由も無く勉強することはできないし、飛鳥は勉強そのものをした事がない。

 二人の一番大きく違うのは、何故、と思う感情だろう。
その二人はある意味無敵のタッグだった。

「あいつは猫に変化するはずだった。それが突然目の前から消えたと。結果からみれば成功したとは言い難いな。しかし、今までは何も起こらないと言うのが当然だったにも関わらず、今回に限り現代の物理現象を無視した事が起こったわけだ」

 サラサラと広げた紙に起こったことを書いていく。さっきみなみが語った碧消失の瞬間までの流れ、碧の様子、服装、本番との相違点、事細かに書き出した。

「みなみ、碧が消えた後、何か生物もしくは無機物でもいいから、現れなかったか?」
「何にも無かったの……。本当に何にも残ってなかったの。猫とは違うものになったのかもって探したけど本当に碧君だけいなくなっちゃった……」

 みなみの涙は止まることを忘れ、そっと流れ続けている。泣きじゃくるような仕草もなく朝露が零れ落ちるように瞳に留めておけなくなった雫が時折頬を掠めていく。

 その様子を碧がいなくなったという現実を取り除いて、ただ映画でも観ているように見ていたならば、それは息を飲むほど美しい光景だった。飛鳥でさえその姿に儚さを抱いてしまうほど、幻のようなみなみ。

 その横にしてまさに映画に仕立てられるのは飛鳥という存在だからこそでもある。飛鳥の場合はそれに自覚がある。もちろんそれを鼻に掛けるような事はしないが、他人から羨望の眼差しを向けられる事実を自分の利用価値の一つだとしっかり認識している。

 だからこそ、碧に二重人格だなどと言われてしまうのだが、そうやって本人に面と向かって言ってのける碧だから、飛鳥が何か考える必要もなく隣に立っていられる存在でもある。

 そうして、現実離れしているみなみと飛鳥を現実に留めている碧。何か特別であるという事もない。

 みなみも飛鳥も今はそれぞれの世界と人間関係を築いていて、その中には二人を特別扱いせず普通に接してくれる友人もいる。碧が言うようなことも、そうした友人達に指摘されこともあるが、だからといって関係が壊れることもなく過ごしている。碧だけ特別ということは今は無い。

 人間関係にはある程度は利害がなければ成り立たないと飛鳥は思っている。普通に接してくれるから友達。だが、それだけだとすれば、碧という人間の傍にいることに理由はない。

 理由。

 何も思い付かない。
 けど、一緒にいる。
 例えば、碧が蛇や蜘蛛として誕生したとしても飛鳥は傍にいただろう。

 と、碧に言って蹴られた経験が飛鳥にはあった。

 あの時は「人間で悪かったな」と冷めた顔だった碧は、今まさにそうなっているのかもしれない。

 特別なみなみと飛鳥。普通な碧。一緒にいて辛いのは碧の方だったはずが、愚痴を溢しながらも今でも近くにいるのは何故なのか。

 帰ってきたらそれを聞いてみようと飛鳥は思った。

 例え蛇や蜘蛛になって話せないとしても、きっと碧が思っていることは分かるはずだと、飛鳥にある妙な自信。
でもみなみを泣かせたことは碧に非が無くとも叱ってやろうとも思っていた。

 その横で止まることのない涙を流しながらも、みなみの頭はしっかり働いていた。必死にあの時の状況を思い出している。

「月かな。今日は下弦の月のはずなのに、あの時だけは満月になってた」
「月か……あいつ月に行ったのかもしれないな。だとしたらもう生きてないか」

 みなみの思考が一瞬止まりそうになり、見つめる飛鳥の視線がそれを阻止する。

 飛鳥は敢えて口にする。みなみの頭の中だけで悲劇がくり返さないように、飛鳥が言葉にすることでみなみはそれを全力で否定できる。

「それはないよ。物質を変化させるための方法だから、違う場所に飛ばそうとするなら、行く先にも仕掛けがいるはず。まして宇宙に行けるほどのエネルギーは生まれない」
「何でもできるわけじゃないのか」
「魔法にだって秩序はあるの。地球という環境があるから成り立つ現象だから、宇宙ではまた違う法則が絶対必要」
「だとするとやっぱり何か違うものになったと考える方が妥当か」

 一瞬何か考えた飛鳥は、不意に立ち上がると、みなみが貯蔵する本の中から迷うことなく一冊を取り出し、あるページを開いて見せた。

「視覚で捉えられるものでは無いのかもしれない」
「それもないよ、どこかに存在してるなら何か合図してくれるはずだもの」
「まあな、でも意外にのぞきとか行ってるかもしれないぞ。二度と無いチャンスだろうから理性が飛んでるかもしれないな」
「それでも、碧君なら何か言っててくれると思うの」
「男の欲望を甘く見ない方がいいぞ。でもまあ、それは無いと考えてやるか」

 飛鳥が開いたページの見出しは透明人間の作り方が記されていた。
 碧がいたならば名誉毀損で訴える所だが、やはり飛鳥は気にしていなかった。

「とすると月は何らかの意味を持つのか」
「月は特殊な存在なんだよ」
「月だって地球の衛星でしかないただの星だ、月自身には何もない」
「でも地球に住んでる人間にとって満ちたり欠けたり月は象徴的なの。時には恐怖の対象だったこともあるほどだよ」
「それにしたって、問題は人間の意識だ。人間が考えることで、何もないはずのものに意味や価値が生まれてくることと一緒だ。本来なら存在することに意味も理由もないのにだ。月が満ち欠けするのは、月が月だからだ。それに意味を求めるのは人間だけだ」

 ふとみなみの表情が曇ったが、以前涙が止まらないままでいたため飛鳥はそのことには気付かなかった。

「そうだね、じゃああの時の月は関係ないのかも」

 二人はなおも考え続けたが結論がでてくるような気配はなかった。








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