CASTエソラ〜異世界で出会ったのは大きなペンギンでした〜

nano ひにゃ

文字の大きさ
上 下
14 / 26
第一章

5−2

しおりを挟む
 それらしい記憶にたどり着きそうになった瞬間、その声は聞こえ、ケイコの記憶にプロテクトが掛かっていることが判った。

「この声…聞いたことある……」

 プロテクトを解くことも出来そうだったが、時間がかかる。焦って下手をするとケイコの意識が危ない。人間もそうだが、肉体がない分、ケイコのような存在は心が壊れるとどうなるか…。暴走するならまだしもそのまま消滅してしまう事もあるはずだ。

「面倒だなー。お前、なんか術かけられてるけど、知ってた?」

(ううん、知らない)

 思わずため息が漏れる。

(碧?)

「帰り方知ってんの?」

(知ってる、知ってる。だってボクがここの送ったんだもん、だからボクが帰せる)

「やっぱり。じゃあ今すぐ帰せ」

(それは……まだ出来ないよ)

「なんで?」

(だってこのまま帰ったらオードリー達いなくなっちゃう)

 いなくなる? どういう意味だろう。

「さっき来た変な奴らにやられるって事か?」

(違う…あれはあれで正しいの。でも碧がいなくちゃオードリー達はいなくなっちゃう)

「すっごく解りづらい言い方するんだな」

(…だってあんまりしゃべっちゃダメだって言われてるんだもん)
「ほぉ、あれか、お前の上司って奴か、そいつに言われてんのか」

(うん……本当は姿見せるのもダメだって…)

「すでに言いつけ破ってるんだから、いまさらだろ。全部しゃべればいい」

(できないよ…担当外されちゃう…そんなの嫌だもん、碧のそばにいたいもん)

 音になっていない心の声はだんだん弱弱しくなって泣き声に変わっていった。

 ケイコの記憶にプロテクトを掛けてるのもその上司であろう事はわかる。そしてその上司とやらとは一度会ったことがある奴……。僕が過去一度だけポリシーを破るきっかけになった厄介な奴だ。僕がケイコに何するか早々に見抜いてあんなメッセージ付きのガードを掛けたんだ。

 やっぱり僕に全く関係ない話ではないって事か…、予想が確信に変わったわけだ。

 面倒だけど、向こうに帰るためにケイコに協力するのもやむを得ない。というか、ここでケイコに無理強いして帰ることもできるが、そうしたら最後、ケイコの上司にケイコのみならず僕まで酷い目に遭うに違いない。いや、絶対に遭う。あいつはそういう奴だ。

 悪いがなんて言ってたけど、これっぽっちも思ってやしないだろう。あんな奴が上司だなんて、本気でケイコに同情するよ。

 そう哀れむ気持ちから、ケイコに掛けていた束縛を解いてやった。実際に涙を流しながらメソメソ泣いていたケイコは、それを解いてやるとぴたっと泣き止み、ぺたりと座り込んだまま立っている僕を見上げていた。

 完全に自由にしたのだからわざわざ心を覗く必要もないので、ケイコが何か言い出すのを待ってみたが、黙ったまま動かない。

「自由にしてやったんだから、何か言うことはないのか?」
「……」

 西洋の石膏像のような顔をした男は、黙っていれば、かなり男前だ。綺麗だと表現できるほどの容姿を持っていて、浮いていなくても普通に立っているだけで余裕で僕を見下ろすほどの身長。女性のように見えるのは長い黒髪のせいだろう。光に透けると海の中から太陽を見上げたような深い群青色に輝くその髪を結わえることなくいることで、妙に艶っぽい雰囲気まで出している。

 それなのに。

 それなのに、少年のような声をして、変な服装でいて、いじけやすい性格で、ホント勿体ない。

「そのまま黙ってるつもりなら、それでもいいよ。お前は静かな方が断然いいからな」
「……酷い」

 またもや涙を浮かべるケイコに辟易しながらも、話すつもりがあるらしい事は分かった。

「ケイコ、昼間また違う空間に飛ばしたのもお前か?」
「うん…」

 白黒の渦だけの世界はこの世界とは関係ないものだと思ったのは間違いなかったようだ。

「オードリー達からこの世界の事を聞かせないためか?」
「そう…」
「それも上司の命令か?」

 そうだ、という返答が当然くると思っての質問だったのに、予想に反して否という。

「あのー、あれはね、ああいう風にしたら碧がボクと話してくれると思って……あぅ、イタイ、イタイ! ごめんなさいー、えーん、ごめんなさぁーいー」

 解いてやったのに…でも一回やったおかげで力の加減が出来るようになった。ケイコを傷付けない程度に、胸の辺りだけを縛り付ける。

「西遊記の悟空みたいに頭に輪っかでも着けようかな」
「うぅー、嫌だけど、碧と繋がってるって実感できるかな、ちょっと嬉しいかも…うん、嬉しい! 着けてよ! 碧!」

 ダメだ…ケイコに付き合ってたらこっちの方の頭痛が酷くなるばっかりだ。
 嬉々として僕の周りを飛び回るそれを見てるだけで、目眩まで起こしそうになるのをぐっと堪えて、話をする。頭を抑えながら。

「じゃあ、もう聞いても良い訳だ。お前に聞いても分かるのか?」
「うん、大丈夫」

 話を聞くと、意外に深い話だった。
 シンは世界を救うために旅をしてきた。旅の目的地はこの国の中心にある王がいる城。そしてその城の下に埋められた石を取り返し、シンの生まれた谷に持って帰ると世界を救えるということらしい。

 でも、その石を城から持ち出すと平和と謳ってきたこの国は崩れることになる。今までも、その石を巡って精霊達と戦ってきていたし、真実に気が付いた一部の人間達との争いも絶えていない。その事実を国が見事に隠蔽してきたことで、この国には偽りの平和がもたらされていた訳だ。

 戦いの術を身につけるのも、それを学校で教えるのも秘密裏に組織されている部隊への人選をするのに打って付けだったから。

「なるほどね、スパイ行為もその石を奪おうとしている誰かにしてるわけか」
「そうだよ、でね、シンじゃないと石は取れないの」

 石はとある儀式をしないと取り出せないようになっている。その儀式を成功させることができるのはシンだけ。そのシンが仲間として出会ったのがオードリー達で、これから彼らは城に向かおうとしている。

「分かったけど、その石を取り返すのに僕は必要なのか?」
「本来なら碧がいなくても大丈夫なんだ、むしろ大丈夫じゃないから碧をこの世界に連れてきたんだよ」

 そりゃそうか。

「じゃあシンに協力すればいいんだな」
「ううん、碧は何もしなくてもいい」
「は? 言ってること矛盾してない?」
「シンの仲間はオードリー達でちゃんと足りてるから。でもシン達がちゃんと目標を達成できるのを見てる人がいないとダメなの。それが碧のすること。ちゃんと見ててあげて。それでシンが動かなくなった時だけ碧が動けばいいよ。それをあっちに帰ってから伝えてあげて」
「誰に?」
「それは言えないの、探してあげるのも碧のお仕事」

 向こうに帰ってからもすることがあるのか。全く面倒だな。

「とにかくこの世界をシンが見事救ったら、僕も向こうに返してもらえるんだな? みなみちゃんが心配してるだろうから早く帰りたいんだけど」
「大丈夫だよ、碧だからそんなに長い時間にならないと思う」
「相変わらず意味深な言い方だな」

 もう深く追求しても無駄なことは分かっているが、ケイコの曖昧な笑顔にムカつく気持ちも隠すつもりもない。
 それでもやることだけはやる。無理やり押し付けられた役目でも、帰るために。

 






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...