CASTエソラ〜異世界で出会ったのは大きなペンギンでした〜

nano ひにゃ

文字の大きさ
上 下
8 / 26
第一章

第三幕 トウコウ1

しおりを挟む
「ツル?」

 受付で言われた部屋で指定された机の前に立った時、思わず聞いてしまった。

「サギです」

 そこに待っていたのは足が長くて白い翼の大型の鳥。鶴かと思ったけど鷺らしい。

「ああー、…………サギね」
「ホントにわかってる?」 

 そのサギさんは読んでる本から視線を移すことなく、冷たい声を出す。
 その反応に、ちょっと連想させる知り合いがいた。親しみを感じてしまうくらいの人物だが、それを悟られるのは、本人でないとしてもシャクなので自然と平静を装う。

 もう人間以外の生き物がいることには慣れたから、なんてことない。

「まぁ、なんとなく」
 
 僕がそう言いつつイスに腰掛けると、その僕の顔を訝しそうに見つめるサギさん。

「ホントに?」
「うーーん、ツルの親戚みたいなぁ」

 なんだか語尾が上がっちゃった。だって実物見たことないし。

 この世界の困ったことは、動物の種類がどうもマニアックな気がすることだ。象とかキリンとかライオンとか、もっとメジャーな生き物なら良いのに、アルマジロだのワラビーぐらいは辛うじてって感じだったけど、後はもう一目で名前が分からないのが多すぎる。こんなことなら遠足で行った動物園でもっと真面目に観察しとけばよかった。

 そしてまた一人、クチバシも足も細長い白い鳥が自分の品種を訴えている。

「……あんな赤頭と血縁関係はない」
「赤頭って……辛口ですねー」

 ツルとサギは違う種類なの!? って感じだよ。おかげでどうやら第一印象は最悪なものとなってしまった。これから彼から社会の授業を受けないとなんないのに、いきなり不機嫌そうだ。

「勉強しに来てるだよね、する気あるのか?」
「ありますよー、やる気満々」
「なんか信用できないのだけど」

 そう言いながらも翼で器用に教科書をめくりだした。
 僕もリュックからノートとペンケースを出しながら周りを見渡した。ちなみに道具一式はオードリーから借りたもの。

 まわりにはここと同じ丸いテーブルに3、4人が集まって勉強している。黙々とやっているグループもあれば、楽しそうに雑談しているようなグループもある。そんなグループでもテーブルにはしっかり資料のようなものが広げられてるから、ただ談笑している訳でもなさそうだ。

 なんと言ってもここは社会科室。そういうだけあって、でっかい地図とか、妙に古そうな農機具やら武器やらが展示してあったり、膨大な書物が部屋の半分を占めている。

 もとの世界でもそんな教室あったけど、実際にその部屋を使って勉強するのは初めてだな。でもあの独特の雰囲気は先生に頼まれて資料をとりに行ったときのものそのまま。ヒトが溢れている分、こっちの方が生き生きとしてるような感じはする。
 こうやって毎日いろいろなことを観察するのがすでに習慣になった。

 この世界に来て一週間が過ぎているが、思っていた以上に機能はあっちの世界と変わらない。目にするものは不思議なものばっかりだったけど、見慣れてしまえばそっちの方が当たり前になった。

 ただ一週間もの間何をしていたかと言えば、朝から晩までテストを受けさせられていた。学校に行くためにはどうしても必要だと言うので仕方がない。
 それはもう朝から晩まで、国数理社、体育に美術に料理に裁縫、武術に演劇までさせられた。ついでに適正検査と身体測定もした。
 ほとんど問題なくできたんだけど、唯一さっぱりできない科目があった。

 それが社会。
 っていうか分かる訳ないつーに。この世界の歴史も知らなければ社会情勢も分からない。テストの問題から、王制をとっているのを知ったくらいで、それを名前やら何代目やら知るよしもなく、9代目の王が成した偉業も72代目がめとった妃がどこの偉い貴族様なのかも分かるかーーーいってなもんだった。それでも問題文でも情報だと思い、しっかり熟読したし、試験の鉄則として解らなくても勘で回答欄を埋めたやった。

 おかげで暇をもて余すようなこともなく、山のようなテストをこなすことで余計な事を考えずに済んだ。毎日テストを受けて、オードリーの家に帰って、ご飯を食べて風呂に入って寝るだけの生活。

 帰る方法を探すのが先決かもしれないけど、正直なところ何も思いつかなかったのだから仕方ない。けれど代わりにオードリーが色々と調べてくれていた。オードリーも学校に通っているのに、暇を見つけてはあれこれとやってくれている。

 それでも結局一週間経った今も何も分かっていない。それでも焦る気持ちはほとんど生まれなかった。どうしてだか分からないけど、このまま行けば何か起こる気がする。
 
 僕の勘はほぼ100%当たる。人に言ったことは無いけど、思ったことは必ず起こるから、今回もきっと元の世界に戻れる。

 ということで今、初授業でサギさんに出会ったところなのです。

「あの、サギさん? 一応説明は受けてきたので、先生はサギさんなんですよね?」
「……サギだけど、僕にだって名前くらいある」

 ちょっと躊躇いがちにそう返事が返ってきた。そうそう、オードリーの時もそうだったように、まずは自分から名乗らなくては。

「じゃあ先に自己紹介しますね、僕は佐野碧。十五歳です。社会の知識は全くありませんので基礎の基礎から教えていただけると助かります」
「僕は……、リュー。十七だ」
「リューさん。これからよろしくお願いします」
「う、うん。よろしく」

 そんなに悪い名前には思えなかったけど、どういう訳か、名前を言うのに躊躇いがあるようだ。

「それから、僕は先生じゃないから」
「あ、はい。聞いてます、学生さんなんですよね」 

 十年以上学習を積んでいて尚かつ優秀な生徒が、初歩の授業を行うのが恒例だと説明があった。ただ、先生役は二人一組だとも言っていた。間違った知識を教えないようにと言う配慮かららしい。

「もう1人の方は?」
「あいつは―――」
「やあ! リュー。今日から指導側なんだって? あたしに補助頼むなんて、なかなか見る目あるじゃない」

 軽快な歩きで近づいてきて、はつらつと話し出したその人は、ダックスフントのような耳を生やした栗色ボブヘアーのメガネの女の子だった。
 なぜ性別が分かるのかと言えば、耳以外は人の形をしているから。背が低くて、メガネを掛けているレンズの奥の目もクリッと丸くて可愛らしい。服装こそボーイッシュだけど、さすがに女の子だと分かる。

 そして彼女はこっちを向くと、僕にも声を掛けていきた。

「ふーん、彼が噂の完全人型タイプのサノアオイくんって訳ね」

 一週間もいれば、それなりに分かることもある。この世界では、純粋に人の形をしている方が稀だと言う事。全くいないわけじゃないとは聞いたけど、噂になるくらいには珍しいものみたいだ。

「どんな噂か教えてもらえますか?」
「いいわよ」

 空いているイスに座りながら、あっさりと答えてくれた。

「天才かバカか全くわからん変わり者って聞いた」
「そうですか」
「何? そのあっさりした返しは? もっと何かないの!?」
「何かってどんなのがお望みですか?」
「そうね。バカやろう、オレはそんなんじゃねー。とかかな」

 それじゃオードリーみたいだな。

「バカヤロウオレハソンナンジャネー」
「うざいぞ、そういうの」

 そう言ったのはリューだった。またもほんの少しもこっちを見ずに、しれっとそんなこと言えてしまうなんて本当にあいつによく似てる。幼なじみのそいつであれば、ここは食って掛かるところだけど、初対面の相手にまでそう言うわけにはいかない。
 そう思って黙っていると、犬耳の彼女が代わりに話し出した。

「あんたってホント嫌みな奴だよね。あたしとかは慣れてるからいいけど、他の人にはもう少し優しくした方がいいよ。ただでさえ友達少ないんだから」
「余計なお世話だ」
「なに、それ。人がせっかく忠告してやってるんだから、もっと真面目に聞けないのか」
「それが余計だと言ってるんだよ」
「はぁ? あんたちゃんと耳付いてるの!? あたしの声聞こえてる? そういうのを止めた方が良いって言ってんの」
「耳ならちゃんとある」
「揚げ足でも取ろうっての? 大体鳥の耳なんてどこについてんのかわかんないですけど」
「そうだな。ノサのようにデカデカとは付いてないな」
「なっ…」

 そこで一瞬言葉の往来はとまってしまった。
 僕としては止めるつもりもなかったから、もらった教科書に目を通してたんだけど、ふと言葉が止んだ弾みで二人の方に目を向けると、犬耳の彼女の方が両手で自分の耳を握って目に涙を溜めていた。

 どうも彼女は自分の耳にコンプレックスをもっているようだ。フワフワしてて可愛いのにな。

「あたしの耳は別にデカくないっ」

 泣きそうにはなっているものの負けん気は強いらしくバトルは再開された。

「そうか? それ、犬の耳みたいだぞ」
「イ…ヌ、言ったな! あたしのはウサギだって何回も言ったじゃん!」

 危なかったー、そう言えば耳の垂れた種類のウサギもいたなあ、僕も危うく泣かせちゃうとこだった。
そう本当はウサギの耳だった彼女はもうすっかり泣き出している。それでも口げんかを止めるつもりはないみたい。

「じぶっ、自分だってさあ、サギのくせして“ツルー”なんて名前してるくせにさあ、人のこと言えないでしょっ」
「お…まえ。言って良い事と悪いことがあるだろッ」
「あたしの耳は良くて、あんたの名前がダメなんて言わせないもん」
「僕の場合は親が再婚したせいだろ、最初からこんな名前だった訳じゃない。それに、ツルじゃない。ツ・リューだ!」
「そっちの方がもっと面白いもん…」

 親の事情で振り回されるのはどこの世界でも変わらないんだな。鶴に対してあんなに嫌悪感を示したのは名前の事も大きいのかもしれない。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...