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第一章
第一幕 サイフル1
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十二月二十三日 午後四時二分
寒い。
ああ寒い。
ニュースによると今年は暖冬らしい。暖冬だって、外でじっとしてるとやっぱり寒い。いくら“暖”って文字が付いてたって冬は冬なんだって。
あぁー、いっそ『秋の次は春です!』ってくらいに言ってくれればいいのに…………。
いや、それはそれで寂しいか。冬、結構好きなんだった。嫌だけど、寒い冬がなくなったらちょっと寂しい…………。
なーんて。
空に向かってハァーと息を吐くとそれは白い靄になって、あっという間に溶けてった。その先に視線を移すと、白い三日月が見える。
あー、なんか僕が白くしたみたい。
日没手前の空は薄紫色で、その中に太陽を追いかけるように早くも沈む気配をみせる月がぼんやりと白く浮かんでいる。もう一度、今度はその月に向かって“ハァー”と白い息を吹きかけた……。
「できたっ! できたよ、碧くん」
その声に思わず固まった。ってか呼吸困難。危うく心肺停止。
いきなり目の前に出現したのは、佐野みなみ。
今まで僕の足下でクルクルと地面に何かを描いてたはずが、いきなり目の前でスクッと立ち上がり、満面のフルスマイルで話しかけてきた我が姉だ。
完全に妄想フィールド内にいたおかげで、みなみちゃんの出現は僕を凍らせるには充分な効力だった。
5秒の停止後、緊急再起動をして何とか返事を返すことに成功。
「……う、うん。そっか」
所詮この程度だけど。
みなみちゃんに僕の心を読む能力はないはずだけど、気恥ずかしさはやむを得ない。我ながらなんと恥ずかしい想像をしていたのやら。
でも、彼女はそんな僕を全く気にする様子もなく、そそくさと次の行動に移り、家の中から何やらいそいそと運んできている。
僕が今立っている場所は自宅の駐車場。車三台分はあるが今は一台も駐まっていない。我が家が所有している車は二台だが、どちらも持ち主の勤める会社の駐車場にあるはずだ。
年末のこの時期は、お忙しいとのことで昨日の朝から……というか年末とか関係なしに両親はいつも忙しく働いている。父さんも母さんもそれぞれ幼少からの自分の夢を叶え今の職業に就いたらしく、一切の妥協なく仕事にのめり込んでいる。それが子どもの目から見ても分かるし、その姿が僕は好きでそして羨ましいと思っている。
まぁ、のめり込みすぎて、我が子の存在を忘れるという特技をどちらも持ち合わせていて、その特技を今現在発揮中。きっと今年中に両親の顔を見ることはないだろう。
そんな一心不乱な性格を僕の姉が見事に引き継いでいたりもする。現に今、僕を寒空の下突っ立たせていても差ほど気にしていない。
でも、そんなことに動じるほど伊達に彼女と一緒に成長してきていない。
僕が生まれて物心付く頃には姉はすでに今の性格を形成していたから、僕の記憶の中にある姉の姿は今とさして変わらない。さすがに小さい頃は人並みに戸惑っていたけど、今となっては大抵のことはすんなり受け入れられる。
そのせいなのか、人からはクールだとか冷静だとか言われることも多い。そしてそれが事実と違うと分かっていながらも『そうですか』と流せてしまえるくらい面倒くさがりだったりもする。
何にせよ、姉に振り回され、いろいろな出来事に遭遇することはもう日常であって、それをいちいち取り立てていたらほぼ二人っきりのこの家では生きていけないし、それが当たり前になっているから今更害があるなんて言ってられないのが現実だ。
でも…唯一の害と言えば、さっきみたいに妄想フィールドに自分を転送してしまうことだ。
幼い頃の『えっ、マジ!!』ってことの連発から自分を解放する手段として現実逃避という方法を身に付け、それが今や妄想へと変換されて他人には絶対知られたくない、恥ずかし思想に発展してしまっている。
今はまだロマンチョックにさむーい感じの想像ですんでるけど、高一にもなった僕はいつエッチな妄想に進化してもおかしくないお年頃なんだ。
自分で言ってて虚しくもなるが、ただでさえ人目にはクールガイに見えるのに、その進化を遂げた日にはムッツリスケベの道まっしぐらですよ、お姉さん!!
さて、そのお姉さんは今何を為されているのか。クリスマス直前のこんな時に…そう、クリスマスに約束の一つでもないんだろうか。
彼女だって華の高校二年生。彼氏がいるってのは聞いたことはないが、さすがに友達同士くらいでは―――。
「ねぇ、みなみちゃん? 一つ聞いてもイイ?」
なんか、ちょっと心配になってきた。学校ではヤマトナデシコも真っ青の美少女優等生のはずなのに、もしや真の正体がバレてしまってるのか? そしてそれが原因で……。
でもそんな心配されているとはこれっぽっちも思ってないみなみちゃんは眩しいほどの目の煌めきを僕に振りまいて見せた。
「ん? なぁーに?」
ニコニコとキュートな微笑みとおっとりとした口調。我が姉ながら、男殺しの異名を持っているだけの美貌の持ち主。陶器のような白い肌にまっすぐ綺麗な黒髪。瞳もちょっと切れ長でくっきり大きくて唇なんか何もしなくても桃色だし、身内でも美人ですと言えちゃうような容姿。
僕にとっては日常だからいちいちトキメくわけもないけど、一般の人にとって見れば華でも舞ってるように見えるらしい。
しかーし、彼女にも僕の妄想フィールド以上にイタイところがある。
それは……。
「質問というのは今回の儀式に関することかしら? この魔法陣の意味はちょっと難しいんだけど、それともこの聖水の精製方法? これは簡単だよ、前にも説明したと思うけど――」
「ちょっと待った! 僕が聞きたいのはちょっと違う」
「違うの?」
「違います。だいいち聖水の作り方はもう教えてもらいました」
そして一緒に作ったでしょう、まったく。
「じゃあなーに?」
「明日のクリスマス・イヴに予定はないの?」
「明日は儀式本番という一大イベントがあるよ」
「それは知ってる。でもその前とかその後とか、ね?」
「前には準備があるし、後は儀式が成功したら次の実験に進まなくちゃ。予定では、一晩しか持たないんだから、一秒だって無駄にはできないよぉ」
成功ねぇ…。
みなみちゃんはしばらく不思議そうな表情をしていたが、僕がそれ以上質問しないと分かるとまた“儀式”の準備を再開していった。
寒い。
ああ寒い。
ニュースによると今年は暖冬らしい。暖冬だって、外でじっとしてるとやっぱり寒い。いくら“暖”って文字が付いてたって冬は冬なんだって。
あぁー、いっそ『秋の次は春です!』ってくらいに言ってくれればいいのに…………。
いや、それはそれで寂しいか。冬、結構好きなんだった。嫌だけど、寒い冬がなくなったらちょっと寂しい…………。
なーんて。
空に向かってハァーと息を吐くとそれは白い靄になって、あっという間に溶けてった。その先に視線を移すと、白い三日月が見える。
あー、なんか僕が白くしたみたい。
日没手前の空は薄紫色で、その中に太陽を追いかけるように早くも沈む気配をみせる月がぼんやりと白く浮かんでいる。もう一度、今度はその月に向かって“ハァー”と白い息を吹きかけた……。
「できたっ! できたよ、碧くん」
その声に思わず固まった。ってか呼吸困難。危うく心肺停止。
いきなり目の前に出現したのは、佐野みなみ。
今まで僕の足下でクルクルと地面に何かを描いてたはずが、いきなり目の前でスクッと立ち上がり、満面のフルスマイルで話しかけてきた我が姉だ。
完全に妄想フィールド内にいたおかげで、みなみちゃんの出現は僕を凍らせるには充分な効力だった。
5秒の停止後、緊急再起動をして何とか返事を返すことに成功。
「……う、うん。そっか」
所詮この程度だけど。
みなみちゃんに僕の心を読む能力はないはずだけど、気恥ずかしさはやむを得ない。我ながらなんと恥ずかしい想像をしていたのやら。
でも、彼女はそんな僕を全く気にする様子もなく、そそくさと次の行動に移り、家の中から何やらいそいそと運んできている。
僕が今立っている場所は自宅の駐車場。車三台分はあるが今は一台も駐まっていない。我が家が所有している車は二台だが、どちらも持ち主の勤める会社の駐車場にあるはずだ。
年末のこの時期は、お忙しいとのことで昨日の朝から……というか年末とか関係なしに両親はいつも忙しく働いている。父さんも母さんもそれぞれ幼少からの自分の夢を叶え今の職業に就いたらしく、一切の妥協なく仕事にのめり込んでいる。それが子どもの目から見ても分かるし、その姿が僕は好きでそして羨ましいと思っている。
まぁ、のめり込みすぎて、我が子の存在を忘れるという特技をどちらも持ち合わせていて、その特技を今現在発揮中。きっと今年中に両親の顔を見ることはないだろう。
そんな一心不乱な性格を僕の姉が見事に引き継いでいたりもする。現に今、僕を寒空の下突っ立たせていても差ほど気にしていない。
でも、そんなことに動じるほど伊達に彼女と一緒に成長してきていない。
僕が生まれて物心付く頃には姉はすでに今の性格を形成していたから、僕の記憶の中にある姉の姿は今とさして変わらない。さすがに小さい頃は人並みに戸惑っていたけど、今となっては大抵のことはすんなり受け入れられる。
そのせいなのか、人からはクールだとか冷静だとか言われることも多い。そしてそれが事実と違うと分かっていながらも『そうですか』と流せてしまえるくらい面倒くさがりだったりもする。
何にせよ、姉に振り回され、いろいろな出来事に遭遇することはもう日常であって、それをいちいち取り立てていたらほぼ二人っきりのこの家では生きていけないし、それが当たり前になっているから今更害があるなんて言ってられないのが現実だ。
でも…唯一の害と言えば、さっきみたいに妄想フィールドに自分を転送してしまうことだ。
幼い頃の『えっ、マジ!!』ってことの連発から自分を解放する手段として現実逃避という方法を身に付け、それが今や妄想へと変換されて他人には絶対知られたくない、恥ずかし思想に発展してしまっている。
今はまだロマンチョックにさむーい感じの想像ですんでるけど、高一にもなった僕はいつエッチな妄想に進化してもおかしくないお年頃なんだ。
自分で言ってて虚しくもなるが、ただでさえ人目にはクールガイに見えるのに、その進化を遂げた日にはムッツリスケベの道まっしぐらですよ、お姉さん!!
さて、そのお姉さんは今何を為されているのか。クリスマス直前のこんな時に…そう、クリスマスに約束の一つでもないんだろうか。
彼女だって華の高校二年生。彼氏がいるってのは聞いたことはないが、さすがに友達同士くらいでは―――。
「ねぇ、みなみちゃん? 一つ聞いてもイイ?」
なんか、ちょっと心配になってきた。学校ではヤマトナデシコも真っ青の美少女優等生のはずなのに、もしや真の正体がバレてしまってるのか? そしてそれが原因で……。
でもそんな心配されているとはこれっぽっちも思ってないみなみちゃんは眩しいほどの目の煌めきを僕に振りまいて見せた。
「ん? なぁーに?」
ニコニコとキュートな微笑みとおっとりとした口調。我が姉ながら、男殺しの異名を持っているだけの美貌の持ち主。陶器のような白い肌にまっすぐ綺麗な黒髪。瞳もちょっと切れ長でくっきり大きくて唇なんか何もしなくても桃色だし、身内でも美人ですと言えちゃうような容姿。
僕にとっては日常だからいちいちトキメくわけもないけど、一般の人にとって見れば華でも舞ってるように見えるらしい。
しかーし、彼女にも僕の妄想フィールド以上にイタイところがある。
それは……。
「質問というのは今回の儀式に関することかしら? この魔法陣の意味はちょっと難しいんだけど、それともこの聖水の精製方法? これは簡単だよ、前にも説明したと思うけど――」
「ちょっと待った! 僕が聞きたいのはちょっと違う」
「違うの?」
「違います。だいいち聖水の作り方はもう教えてもらいました」
そして一緒に作ったでしょう、まったく。
「じゃあなーに?」
「明日のクリスマス・イヴに予定はないの?」
「明日は儀式本番という一大イベントがあるよ」
「それは知ってる。でもその前とかその後とか、ね?」
「前には準備があるし、後は儀式が成功したら次の実験に進まなくちゃ。予定では、一晩しか持たないんだから、一秒だって無駄にはできないよぉ」
成功ねぇ…。
みなみちゃんはしばらく不思議そうな表情をしていたが、僕がそれ以上質問しないと分かるとまた“儀式”の準備を再開していった。
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