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エピソード0 政常、告白までの道程(中編) もう必要ない、そう思っていたのに

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数日後。
賑わう居酒屋の半個室で政常は友人に事の顛末を話していた。

「そこまでか?」

実家で絶縁宣言までしたことに友人は呆れていた。

「労力に結果が見合わな過ぎる」
「色恋にそんなもの求めるなよ」

さらに呆れて笑っている友人に、ため息を吐いた政常はその理由を分かっているはずだろうと軽く睨む。

「俺の恋愛に純粋さだけ求めるなんてお前も花畑の住人か」
「好きって気持ちだけで乗り越えられるものあるだろ」

そうだったならと一番思っているのは政常の方で、それだけではどうにもならないと二人とも分かってはいた。

「好きという気持ちだけでない人間が多すぎるんだよ。例え最初がそうだっとしても、俺の色々を知れば目が濁る」
「まあな、お前いろいろ持ちすぎてるもんな」

何の妬みもなく笑うだけなのはこの友人だけ。そしてその苦労を話してきたのも彼だけだった。

「だから捨ててやるって言ってるんだ」

そうすればいいなんて友人は言わなかった。

「それも……各方面、手放しがたいよな」

知っているからこそ容易いことではないとやはり笑う。今度は苦笑いだ。

「有り難がるべきなんだってことくらいは分かってるよ、その分の面倒は引き受けてるつもりだ。だけどな、それ以上俺が耐えることでもないだろ」

恵まれている自覚はある。その分社会に還元しようと努めているし、害になる様なことは決してしないように律してもいる。
環境だけに胡坐をかかないようにもしていた。

けれど友人は恋愛に関してはそんな政常にも原因はあると言う。

「お前が狂わせてる部分もあるけどなー」

言いたいことは分かっていたが、反論せずにはいられなかった。

「なんで普通に優しくしただけで狂うんだ?」
「それだけのハイスペックで性格まで良かったらダメだろ」

性格が良いとは政常は本気で思っていなかった。悪くはないが、欠点も分かっているし、だからこそまともな相手と付き合えていないのだとも感じている。
それだから優しさを持ち合わせていて何が悪いのかと思う。

「は? 俺は世間一般で当たり前とされてることをしてるだけで、過度に何かしてるわけじゃない。それすらしたらダメなのか?」
「初期値がすでにプラスだからな、そこから加点されたらすぐに上限は突破する」
「じゃあ冷たくしろって? 普通の親切心すら持てないのかよ」
「実際そうだっただろ。何人勘違いさせて、何人お前の恋人だからって傲慢にさせた?」

頬杖をついた友人は、そう政常に問うた。

「それ、俺のせいか?」
「どれもお前は本気じゃなかったにしてもだ、いや、本気じゃなかったから相手が潰れなかったのかな」

可愛い、いい子だなと付き合った相手に本気でのめり込む手前で幻滅させてくれる。
軽い気持ちで付き合うからなのかと、本気になれるまでと探し始めてからは付き合う相手はいなかった。
友人たちにそれを話せば、やはり付き合ってみてからの方が良いと言われ、母親からの見合いの圧力が強かったこともあり、意外と他薦の方が良いかもしれないと考えたが結局同じだった。

「潰れるってなんだよ」
「お前が本気になるとどうなるのか分らんけど、サドスティックになる可能性は少ないんじゃないか?」

本命はいじめたくなるなんて小学生男子でも問題だと思っているのだから、自分がそんな風になるとはとても思えない。

「この年から新たな性癖発見したくないな」
「じゃあさ、自分ではどうなると思う?」

軽く考えて口にする。

「うーん、そりゃあ、甘やかして俺以外見向きもしないようにして、後はそうだな」

友人はすぐさま政常を静止させた。

「待て待て待て、それ、何もしなくてもそうだから」
「そんなことないだろ、いや、甘やかさせてくれる相手が良いってことだ。それで自分を見失わない人が理想」

友人は首を振った。

「おらんな、そんな奴」
「……まあ、甘やかさせてくれたらいい。最悪溺れられても依存されてもいいと思える相手ならいい」
「ああ、それならいるかもな。いや、いないか。お前がそれを認められる人間ってどんなだよ」
「俺の本質をみて好きになってくれる相手ならな」

だからこれまで付き合ってきた相手は浮気をしたり、政常を思い通りにしようとしたりするのだと感じていた。

「本質って? 家柄とか仕事とか、顔だけじゃないってことか?」
「手料理食べさせるのが好きだとか、貢ぎ癖があるとか、ロマンティストなところとか、嫉妬深くて、独占欲が強くて、ドロドロに甘やかして俺なしで生きられなくなったらいい」
「どんどん怖くなるのはわざとか? あとそれはいつどうやって自覚したんだ?」

政常が実際経験する機会には恵まれなかったが、だからこそ自分の本心を知ることはできた。

「そうしたいと思った相手はいなかったが、散々理想を聞かれてきたから考えただけだ」
「それが本質なら別に大丈夫そうだな、依存させるのなんか簡単だ」

依存は万が一の結果そうなっても仕方ないというだけで、前提条件ではない。

「いや、そうじゃない。俺も普通のただの男だってこと。エロいし馬鹿だし、可愛い子がいたら見るし、優しくされたら嬉しいし。もし好きな人ができたら気に入られたいから料理もできるようになったし、折角稼いでるんだから俺が買った物身に付けて欲しいし、やっぱりカッコよく思われたいから運動も筋トレもして、後は言わずもがなだろ」

理想の相手に出会えないのは、自分に何か足りないからだと政常はよく目にするモテ条件というのを習得してしまっていた。

「あー、思春期男子の努力の方向性をそのままにって感じだな。それをすべて手に入れられるとこが凄いけど、それさえお前の努力の賜物だもんな。それを当たり前じゃなく見てくれる相手が現れてくれるといいな」
「そういうこと。俺だって生まれた時から何もかも持ってるわけじゃないって分かってもらわないと悲しくなる」
「そうだな」

学生時代からの友人はその政常の感覚を認めてくれた。
それだけで報われたような気がしている。
恋で幸せにならなくても、そんな友人がいてくれる自分を誇って生きていくのも良いと思った。

「もう諦めたけどな。探すのもめんどいし、相手を知っていくのもすでに手間だと思ってるんだから、出会ったとしても違う違うって幻滅してくことこそ失礼だろ」
「お前の場合じゃお互い一目惚れは意味をなさないからな。相手が惚れてくれる可能性が高いのは良いけど、お前がその子の内面知らないと無理だからな」
「そういうこと」

そんな話をした数カ月後だった。
同じ居酒屋で真逆の話をしていた。

「たぶん一目惚れだったんだ」
「お前が?」

友人のあからさまな驚きに政常自身さえ同じような心境だった。

それはまさかの二年前に遡ることになった。
入社式で見かけた姿は黙って立っていると冷たそうな印象を受ける少しキツめな目元をしていたが、それが笑うと途端に印象が変わった。
絵にかいたように上がる口角と細くなる目。笑顔以外の何者でもない、その言葉のままの表情に惹きつけられた。

「だからがっかりしたんだと思う。この容姿にしか興味ないのかって」
「違ったんだ」
「社内研修で見かけた時も可愛いとは思った、その時、俺の事カッコいいですねって」
「まあ、普通の反応だな」

別に悪いことは何も無い、本来ならば褒め言葉の部類なのに。

「それで俺は勝手にガッカリして、彼女のことはもう気にしないようにしてた。社内で見かけると目には止まってたけど、向こうは仕事に夢中で全然気が付いてない感じで」
「新入社員なんだからそんなもんだ」

初めて会った時はただの笑顔だったのだ、社内で同僚と楽し気に話している時、大きな口で歯を見せて笑っている姿に尊ささえ感じてしまっていた。決して下品でも大きな声を上げているわけでもなく、楽し気だとただただ全身が表現しているようで、通りかかっただけの政常さえ楽しい気分になってしまった。

ただそれだけ。
それ以上の感情にはなっていないつもりだった。

「この前、社食で四人くらいでランチしててそこで俺の話題になってた」
「またあることないこと言われてた?」
「そう、いつもの噂話」

政常にはもう気にすることもない日常だった。
社員食堂では僅かな憩いを求めて普段から死角になる様な席にわざと座っていたから、政常の存在は全く気付かれていなかった。

「彼女はお前の肩を持ってくれたわけだ」

政常はにやける友人に反応することなくただ事実を述べる。

「いいや、ただ聞いてた。へーとか、言って」
「え、お前が惚れる要素はそこ?」

驚いたような呆れた様な顔をされる。

「違う。ただ興味ありそうでもなさそうでもなかった。でな、そこで俺のモテる要素に料理もできるところだって話になったところで、彼女の眼の色が変わったんだ。どんな料理作るんだろうって、初めて自分から話題を広げだして。楽しそうに俺がどんな料理作るか予想合戦してた」

友人の顔には徐々に困惑が混じり始める。

「いや、まだお前の惚れポイント分かんないんだけど」
「可愛いだろ?」
「……詳細をくれ」

頭痛でもするように片手で頭を支えながら聞かれた。

「彼女どうやら料理は苦手らしい。それで料理ができるだけで尊敬するって。これは俺だからじゃなくて、彼女がそうなのは周知の事実らしい」

あくまでその会話の中で得た情報だったが、どうやら親しい間柄ではもう当然らしくそこは軽く茶化されるだけで、話の焦点にはなっていなかった。

そう話すと友人は一つ頷いていた。

「自分ができないことをできるってのが尊敬になるんだな」

彼女にとってそのスキルは、まるで魔法を使えるかのような摩訶不思議な力を操る人間。そんな印象でトキメイているのとはまた違った関心事のようだった。

「イケメンが料理するだけでポイント高いっていう周りの意見を置いておいて、洋食か和食かでまず盛り上がってた」
「お前がどっち作るかってことか?」
「そう、彼女は特にどっちとかは言ってなかったが、周りがお洒落パスタがイメージだとか意外と純和食がギャップで良いとか、パンも捏ねてるかもとか、じゃあパスタも麺から手作りかもとか」
「全部外れてないな」

感心したのはあくまでそんな推測を立てられるところで、政常ができることにはどこか呆れが混ざっているのを的確に悟っていた。

「なんでもできた方がいいだろ」
「はいはい、それで?」
「その時はそれだけ」

グラスを持ち上げていた友人の眉間には皺が寄る。

「いや、まだ分からん」

それだけだったが、もし食べてくれたらどんな反応を見せてくれるのだろうと、そんな風に政常は思ってしまった。

「それは切っ掛け。俺の作る料理に興味あるのかなって。まあただの世間話で俺に全く興味はないみたいだけど」
「あ、そうなの?」

てっきりその子の方も政常に関心を持つきっかけだったのかと友人は勝手に思い込んでいたが、あくまでも料理の方だったと政常は感じていた。

「違う日に近場に美味しいランチの店ができたって楽しそうにしてたし、別の場所でまた俺の噂話してるところではやっぱりただ聞いてるだけだった」
「社内にはお前の噂しかないのか話題」
「俺の耳に付くだけだろ。他にもいろいろ話してるのを見かけるよ」
「それって仕事してるのか?」
「してるしてる。挨拶に一言付けるっていうのかな、だから短い時間でも誰とでもちょっと会話するんだよ。本当に些細なことだけど、それこそ髪切った? とかそんな感じの」

逆に政常の方が彼女のことをよく見ているのだと分かった友人だったが、それには自覚があるのかないのか分からないが、触れないでいた。

「あー、コミュニケーション力が高いんだな」
「あと記憶力が良いんだと思う。前回話したことをよく覚えてるみたいだ」
「そうだな、それが惚れポイント?」

その明確な答えはこの時の政常にはなかった。
ただもっと自分とも話をしてほしいと見かけるたびにその想いは強くなっている。

「そうかもしれないし、違うのかも。ただ前提にその能力がある人は俺みたいなのには寄ってこないことが分かった」

友人は膝を打った。

「確かに! 政常って優良物件であると同時に事故物件だもんな」
「ひでぇな。否定できないけど」
「それなのに思考が普通だから大変なんだよな」

相手の変化や機微に聡い人は、絶対に政常の周りの人間がどんなだか知らないはずはなく、端的に言えば政常がどんな人間だろうとも面倒の一言に尽きると自分が一番理解させられていた。
そんな火の中に飛び込む様な愚行は余程のメリットがないとする意味がない。
見目が良い男を近くに置きたい。稼ぎのある男に貢がせたい。他人に自慢できるような相手と付き合いたい。実家に資産や権力がある家の男と結婚したい。
政常はそれらが悪いとは思っていなかった。どんなところでも価値を見てくれるなら、そこに誠実ささえ持ってくれていたら、自分にも真心を持って接してくれるなら、互いに尊敬し尊重し合えるなら。

そう思うからこそ、付き合う相手にはそう接してきたはずだった。

それでも出回っている噂は、そうとは取られない。寧ろ軽い男だと噂をそのまま鵜吞みにしない人間にも多少は思われている現状もあった。
それは政常の失策で、余計な人間が寄ってこないから良いかと面倒がらずに事あるごとに訂正していれば良かったと今更ながらに思っていた。

「……本当によく分かってる」

知らぬ間に心に住んでいた彼女は、外側から分かる様なことをメリットとは捉えてくれていない様子で、さらには噂をそれなりに聞いているのも見てしまっている。
今のところ政常の強みは料理ができる一点のみ。それも実際食べさせたわけでもないから、心に残っているとも思えない。さらに実力を発揮する場面も簡単には難しかった。

「常識的で一途な子なら良いってだけなのに、そういう子はお前には寄ってこないってことか。地道にコツコツなのにな、お前ってば。来る者拒まずなんて擦れた時期さえない、ただの真人間こそ、選ばれてもいいものを」
「俺が真っ当でも、場外乱闘してたら寄ってこないのが普通だよ」

自分で言って空しくなった。
友人も笑ってはいるが、それを冗談で流せないのは誰よりも知っている。

「付き合ってもいない人間同士でお前の事取り合ってたりしたもんな。今も水面下ではバチバチだし」
「俺っていう人間の価値はその程度ってことだろ」
「自信過剰なのが多いんだろ、そうじゃないとやってられない世界にいるっていうか」
「否定できない」

実家関係はもう魑魅魍魎が跋扈していると言っても、納得されることも多い世界だ。そんなところに飛び込もうなんて、自惚れが多少でもなければやってられないのも確かだった。

「じゃあやっぱりお前と付き合うなら多少傲慢な方が良いのかも。金持ちの世界で生き抜けないだろ」
「……やっぱり俺がそこから抜ければ」
「完全には不可能だろ、一時のことなら誤魔化せるかもしれないが、必ず将来お前を探し出して引きずり出されるぞ」

そうされないほど遠くに逃げることもできないこともないが、それを相手が望まない可能性もある。
新類縁者全てと絶縁に等しい行動をさせるのだから、まさにデメリットとしか言えない。

「逃げ回る様な暮らしはさせたくないしな」

あなたさえいてくれたら良いなんて、恋愛に余程溺れない限り言われはしないだろうし、その望みはゼロに近いと思われる。

政常もそんな環境を選ばせたくはなかった。

「だったらお前が監視なりコントロールできる場所にいる方がまだ平穏かもしれない」
「力を付けるしかないか」

あらゆる外野からの余計な攻撃を避けたり守ったりするには政常がそれらを防げるだけの発言力や影響力等が必要で、今はまだ政常自ら遠ざけていた部分もあり足りていなかった。

だからそこへ飛び込む決意をした矢先。

「そうなったお前をその子が好きになってくれるかは別問題だけどな」

痛すぎる指摘に、つい項垂れる。

「……怒ってやりたいが、その通りだ」
「まあ、その子が本当にお前の理想かどうかはまだ分からんし、結局付き合ったら他と同じなんてことも全然あるからな、少し仲良くなるくらいで様子見したら?」
「そうだな、害がない相手ってくらいは認識してほしい」

まずはきちんと知り合うところからスタートだと、政常はなんとか気持ちを立て直し、この日は解散になった。



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