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結局いつまでしてたのかよく分からないけど、起きたら昼近かった。
そして珍しく政常さんより私の方が先に目が覚めたようだ。
何も身につけずに寝るなんて初めてかもしれない。
相当汗をかいたはずなんだけど、やけにさっぱりしている。そういえばもう寝たいと言った私を政常さんがホットタオルであちこち拭いてくれたんだった。
横で寝ている政常さんはどうだろうかと、少しだけ布団を持ち上げて伺ってみたら、同じ状態だ。
そういうもんだよね、たぶん。その辺の常識があまりないからよく分からないけど。
でも少し落ち着かないから何か着たい。
これ以上動いたら起きるかな。
すべてはベッドの外だろうから、ベッドから出なければ何も手に入らない。でもベッドから出られるならもういっそシャワーも浴びたい。
幸いというべきなのか抱き込まれていないし、そっと起きよう。
ゆっくり背中を向けた。
「……ひかり?」
上半身を起こす前に気付かれた。まだ全然布団で横になったままだ。
あえて振り向かなかった。
「……寝ててくださいね」
寝ぼけた声を聞くこともあまりなかったので、一瞬色んな意味でドキッとしたけどそっと声を掛けた。
いつも私より早く起きて家事をしてくれているのだ。
最初だけかと思ったら、帰りが遅いから日常なのだと言われ、頑張って合わせようとしたが朝が弱い私には無理な努力だった。
見事に生活サイクルがつかめず体調を崩して看病させてしまった。
その上無理をさせたと反省までさせて、私の自業自得なのにそれはそれは手厚く世話をさせ、回復後は朝はギリギリまで寝ていることを義務付けられている。
変わりに私の方が定時帰りが多いので、料理以外の家事は帰ってからしている。
料理は本当に無理なので、抗うこともせず任せている。
そんな私に激甘な政常さんがなんと私の背中に抱きついて甘えてくる。
「やだ、ひかりも……」
素肌の密着に固まりながら、今までとは違うその態度に戸惑った。
「やだって……すると性格変わるんですか?」
「そう……いや?」
「嫌……ではないですけど、可愛いですけど……」
可愛いのよこれが。寝起きでいつもより気の抜けた雰囲気と声が、乙女心に響く。
あったよ私にも乙女な部分。
可愛いからこそ、振り向けないし、でもシャワーは行きたいし、もしかしたら誘われてるのかもと思わなくもないが、私はちょっと今する気力はない。
だからどうして良いか分からない。
ただ下手に動けず微動だにしなかったのが、面白かったらしく背中に微かな振動とクスクスと笑う声がした。
「……うん、冗談だよ」
一瞬で通常モードになった政常さんは私の頭を撫でた後、項あたりにキスをしてから起き上がった。
ベッドから出ながら私に布団を掛けてくれる。
私の方が先に起きるつもりだったのにすっかり逆だ。
のんびりできる休みの日だからこそまだベッドにいて欲しかったのに。
「休みですから寝ててください」
布団の中で振り返りダメもとで言ってみたけど、もう起きるよと予想通りの答えが返ってきてしまった。
Tシャツを着ながら、もうすっかりいつものキラキラ笑顔になっている
「光莉はもう起きる?」
明るい中で素っ裸を晒すのは私でも抵抗はあるので首まで毛布でしっかり被ったままで、自分の予定を伝える。
「シャワー浴びてきます」
「一緒に浴びようか」
「えっ」
ベッド脇に座った政常さんは目を丸くした私の髪を撫でる。
「もう存分に甘やかせるんだからさ」
「もうずっと十分甘やかされてると思いますよ」
「まだ足りない」
泉のように溢れ出ているのだろうか。
私のキャパは精々コップ一杯くらいだから、すぐさま受け止めきれなくなる。
ついアワアワと動揺しているのが面白いのか、クスリと笑われた。
「可愛いな」
「そんな……まじまじと……」
兎に角起き上がり隠しながら脱いだものを探そうとすると、すぐさま政常さんが手渡してくれる。
有り難く受け取り、背を向けながらパンツとパジャマだけは着る。
政常さんは立ったままこちらを眺めて微笑んでいる。見られて困るものではないが、気恥ずかしい。
「光莉はすぐ照れて私なんかって思ってるんだって知ってるけど、本当に卑屈じゃないね」
「ん? それはどういう?」
全部着終えたくらいでそんな風に言われて首をひねる。
「光莉は自分の事が本当に好きなんだなってこと」
唐突な話の気がすごくするけど、政常さんは何か思うことがあるのだろう。
「そんなナルシストだと思われてるんですね」
立ち上がり政常さんの前に立ち、顔を見上げる。
「ちょっと違うかな。光莉は自分の内側から湧き上がるものに従順だなと思ってるんだ。だから意外にもしっかり自分の意見を持ってるし主張もする。それを押し付けたりしないで相手を尊重する」
「私、そんな場面政常さんに見られたことありましたか?」
「入社したときが初めてかな」
入社直後は我が社の方針で新人は配属先はなくすべての部署を回って仕事をする三ヶ月がある。
その後正式な配属先が決まるのだ。
私はもとから事務関連を希望してたからそれが叶った形だけど、ただの雑用でも営業や開発もその他の部署も面白くていい体験だった。
確かに初めて顔を合わせたのはその時期だ。
前から噂だけは聞いていたイケメン社員に会えると周りはソワソワしていた。
でも特別なことは何もなかった気がする。
心当たりがなさすぎて変な顔をしているであろう私にキラキラ笑顔を向けて肩に手を置かれる。
「いかに自分が自惚れていたか教えてくれたんだよ」
戦力とはほど遠いどころか足手まといもいいところの人間がそんな事できるはずがない。
首をひねり続ける私に政常さんは微笑みながら取り敢えずシャワーを勧めてくれた。
勧められるままに希望を叶えて一人シャワーから出てくるとソファーに促され、政常さんは温かいコーヒーを差し出して隣に座ってさっきの続きを話してくれる。
「光莉は大勢の中の一人で、誰かに同意を求められるように聞かれて、俺のことを格好いいですねって言ったんだ。それで俺はこの子も一緒かって勝手に軽く失望したんだ」
初対面のときだろう。
バリヤを張ってると思っていたのは間違いじゃなかったようだ。
「確かに言ったと思いますし、本心ですし、その他の方々と一緒ですから、容姿で判断するのかと失望されても仕方ないと思います」
私も政常さんのその感覚は納得できたが、政常さんは間違っていたのは俺の方だと否定した。
「光莉は判断したんじゃなくて、容姿も評価してくれたんだよ」
「今の時代、それこそ駄目なのでは?」
「誰かに美しいと思われたり、格好いいと思われることは悪いことではないだろ? 他よりそう思ってくれる人間が多くいることも悪ではない。それも才能や努力による資質の一つだ」
そう思えるようになったんだと、政常さんは微笑む。
政常さんが言えばとてもうぬぼれには聞こえない。
「確かに。囚われることはないとは思いますが、私もやっぱり可愛くはなりたいとは思っちゃいますね」
「他人を批判するものではないけど、素晴らしいと評価することは間違いじゃないと思うようになったのも光莉おかげ」
そんな心当たりがない。
「私なにかしたり、言ったりしましたっけ? 覚えがないんです」
「光莉はその態度で示してくれたんだよ」
「態度?」
どんなか分からない。
「多くはね、仕事ができて当たり前とか、もしくはできないんだろうと侮られたり、やっかまれたり、仕事場に私情持ち込まれたり、モテるやつには気持ちはわからないとか男女問わず言われたりね」
「マンガの中だけじゃないんですね」
そしてそれは見事に自分にも当てはまってると思われた。
告白された時まさにこんなイケメンが私なんかに告白するはずがないと決めてかかっていたからだ。
それは政常さんにも伝わっていたはずだ。
イケメンの苦労を知ろうともしなかった私がなぜ?
その疑問もちゃんと伝わったようでマグカップを持ったままの私の髪をそっと撫でて、微笑みながら取り敢えず話を続けるようだ。
「俺だからって他の社員と態度を変えることは全くない」
「そうでしたっけ?」
慣れてしまったその距離に私が慌てふためくことはもうなくなった。
当初は心臓破裂するんじゃないかってくらいドキドキしたものだ。
「媚を売ることはもちろんだけど、緊張することもない、平常心を装ってるわけでもない」
「でも、私、度々カッコいいなって思ってましたよ」
そしてそれは今も思っている。過度な動悸は克服したけど、変わりに近くにいてくれると嬉しくなるようになった。
それが伝わっているかは分からない。
そもそも誰の目も引く人だから仕方がない。
こんな関係になる以前も社の入口や近くのカフェで見かけた時、ふとした仕草が様になると自然に思っていた。
「それも素直に喜んでいいことだったし、後はなにかアクションを起こしたときだよ、誰かのフォローをした時とか、商談纏めて喜んでるときとか。俺がさり気なく手伝いをしたときとかも、これは既に少し恋心が芽生え始めてて、近づきたかったのもあったけど」
確かに会議室のセッティングや片付けとか、大量の備品や書類を運んでいるときとか手伝ってもらったことはあるが、それは私に限定されたものではなかったはずだ。他でもよく目にしたし。
「……それは全然特別なことじゃないですけど」
政常さんは珍しく困ったような表情をした。
「光莉のそれも俺限定じゃないでしょ?」
「え?」
「男女も関係ないよね、係長にもだし、秘書課の日高さんもだし、後輩の溜池にも、他にもいるだろうし、光莉は一生懸命頑張ってる人間が好きで、だからそういう人をよく見てるし、その頑張りが実ったら一緒に喜ぶし、心遣いに感謝するし、気が利くことにも尊敬の念を抱く」
そんな風に自分を分析したことはないからそうなんですとはとても言えないけど、挙げられた人たちは確かに人としてとても好きな人たちだ。
「そこまではっきりとはしてないですけど、目指す人は何人かいます」
「そう、だから光莉は自分もそうあろうと頑張っていて、でもそれが焦りにもなってないし、無茶もしてなくて、自分にできる方法で着実に成果を出すんだよね」
「そうですか?」
政常さんはにっこり笑った。
「ドレスのために地道に筋トレして、それがちゃんと見てわかるくらいになってることが一つの証明だと思うけど」
「……それって」
昨日の今日だからつい裸なんて見られたのは昨日が初めてのはずなのにと思ってしまった。
それが伝わらない政常さんではないので慌てた様子で、私の手からマグカップを取り上げテーブルに置くと、そのまま私の両手を握った。
「違う違う、昨日見たからじゃなくて、ドレスの試着。初めて見た日に着た印象と、決定するために着た日とではちゃんと違ってたよ。背中からウエストのライン、すごく綺麗だった、姿勢も良くなった感じあったよ」
そうだよね、元を知らないんだから裸を見たところで分かるわけがない。分かったら流石に恐いなと思ったら、試着の印象で良かった。
恐くなったからって何も変わらないんだけど、いや、警戒心が芽生えるか。どこからか覗かれてるのかも……結婚相手だったら覗かれても良いのか。そこは個人の感覚の違いか。私はちょっと嫌かな、だったら堂々と見られた方がいい。
「光莉、俺覗きの趣味はないから」
じっと見つめられて、なぜだがいつも以上にはっきりとした口調だった。
「すみません。褒められたのは嬉しいです……」
後ろにとてもデザインがあるドレスで背中はそんなに腰まで開いてるとかではないけど肩甲骨は見えてて、その下にコルセットの様な絞りがあって、大きなリボンがあって、そこからフリルが何段にもなったようなスカート部分のふんわり具合がウエストが細いほうがより際立つんだけど、それよりも正面がシンプルが故にぽっこりお腹だとちとそこが強調されるなと思って、即決できなかったんだよね。
でもそのシンプルさと所々のレースの華やかさと背面のボリューム感のバランスが可愛くて、綺麗に着こなせるなら着てみたいと思っちゃたんだよね。
だから最終決定までちょっと頑張ってみて、もしもう一回着て納得できたらそれにして、駄目でも他にも可愛いドレスはあるしってなもんだったんだけど。
「本当に綺麗だったよ、すごく似合ってた。結婚式が楽しみだ」
「こちらこそ、式の事たくさん考えてくれてありがとうございます」
政常さんの意向でオーダードレスの可能性もあったので早くから見て回っていたんだけど結局の所レンタルにした。
それでも人気のドレスらしく早めに予約しなければならなかったからウエディングドレスは決定したけど、まだお色直しの方は決まってなくてこれからだ。
政常さんがあれこれ着せたがるので、そちらはまだ候補も絞れていない。
お色直しは一度で十分な私と迷うならいっそ回数を増やそうとする政常さんとの攻防が続いている。
写真に残すだけでなんとか決着するとは思うけど。
友人たちの話では、男性はあまり積極的に式の準備をしない人も多いらしい。
花嫁に好きなようにしたらいいという優しさの場合もあれば面倒だと思っている場合もあって、結婚式の準備は結婚への試練と言えるほどなかなか大変なんだと思っていた。
だからというわけではないけど、私はしてもしなくてもどっちでもいいって感じだった。
いうなればちょっと面倒くさい寄りだった。
わざわざ美形の横で着飾るのもどうなろうという気もしていたし、そういう卑屈さこそ政常さんが嫌がりそうなことだけど、政常さんはどんな形でも良いから式をすることに拘っていた。
どうしてもしたくない理由もなかったから快諾したけど、その時は思い出を作るためと言っていたっけ。
「二人のことなんだから考えるのは当然だ、光莉もいろいろ調べてくれたりしただろ。するとなれば張り切ってくれるところも好きなところだよ」
「そんな褒められるようなところでもないですって、そもそも結婚式に理想みたいなのがなかったのが発端ですよ」
式場を決める時も、プランナーさんと話をした時も、まず最初にそれを聞かれる。
花嫁の憧れをどれだけ具現化できるかが勝負みたいなところがあるらしく、壮大な夢を予算との兼ね合いで現実に落とし込むことにはいろんな提案があるみたいだとのちに分かるのだけど、そもそもそのイメージがないと何も始められなかった。
これは地味に終わらせたいというのもイメージの一つで理想だから、それさえも無いというのはお手上げらしい。
式場に見学に行けば、あんなことができる、こんなことができると、さまざまなパターンを紹介されていたし、プランナーさんはどんなものが好きなのかといろいろ聞き出してくれようとした。素直に夢を言えなかったり諦めている人の心を解きほぐすプロだなと違うところで感心してしまって、それが政常さんに気付かれて苦笑されてしまったのもいい思い出としておこう。
そんなところが乙女感の無さの象徴なのかもしれない。
ただ政常さんの選んだプランナーさんが相当できる人だった。
一般の式場では打ち合わせは思ったより少ないらしい。やることや決めることを告げられて、その進行状況の確認が殆どになるらしい。もちろんたくさんのアドバイスはしてくれるみたいだけど。
なんとか私の意欲やテンションを上げようとそれはもう多くの提案をしてもらった。
お陰でなんとか形になりそうだ。
そして珍しく政常さんより私の方が先に目が覚めたようだ。
何も身につけずに寝るなんて初めてかもしれない。
相当汗をかいたはずなんだけど、やけにさっぱりしている。そういえばもう寝たいと言った私を政常さんがホットタオルであちこち拭いてくれたんだった。
横で寝ている政常さんはどうだろうかと、少しだけ布団を持ち上げて伺ってみたら、同じ状態だ。
そういうもんだよね、たぶん。その辺の常識があまりないからよく分からないけど。
でも少し落ち着かないから何か着たい。
これ以上動いたら起きるかな。
すべてはベッドの外だろうから、ベッドから出なければ何も手に入らない。でもベッドから出られるならもういっそシャワーも浴びたい。
幸いというべきなのか抱き込まれていないし、そっと起きよう。
ゆっくり背中を向けた。
「……ひかり?」
上半身を起こす前に気付かれた。まだ全然布団で横になったままだ。
あえて振り向かなかった。
「……寝ててくださいね」
寝ぼけた声を聞くこともあまりなかったので、一瞬色んな意味でドキッとしたけどそっと声を掛けた。
いつも私より早く起きて家事をしてくれているのだ。
最初だけかと思ったら、帰りが遅いから日常なのだと言われ、頑張って合わせようとしたが朝が弱い私には無理な努力だった。
見事に生活サイクルがつかめず体調を崩して看病させてしまった。
その上無理をさせたと反省までさせて、私の自業自得なのにそれはそれは手厚く世話をさせ、回復後は朝はギリギリまで寝ていることを義務付けられている。
変わりに私の方が定時帰りが多いので、料理以外の家事は帰ってからしている。
料理は本当に無理なので、抗うこともせず任せている。
そんな私に激甘な政常さんがなんと私の背中に抱きついて甘えてくる。
「やだ、ひかりも……」
素肌の密着に固まりながら、今までとは違うその態度に戸惑った。
「やだって……すると性格変わるんですか?」
「そう……いや?」
「嫌……ではないですけど、可愛いですけど……」
可愛いのよこれが。寝起きでいつもより気の抜けた雰囲気と声が、乙女心に響く。
あったよ私にも乙女な部分。
可愛いからこそ、振り向けないし、でもシャワーは行きたいし、もしかしたら誘われてるのかもと思わなくもないが、私はちょっと今する気力はない。
だからどうして良いか分からない。
ただ下手に動けず微動だにしなかったのが、面白かったらしく背中に微かな振動とクスクスと笑う声がした。
「……うん、冗談だよ」
一瞬で通常モードになった政常さんは私の頭を撫でた後、項あたりにキスをしてから起き上がった。
ベッドから出ながら私に布団を掛けてくれる。
私の方が先に起きるつもりだったのにすっかり逆だ。
のんびりできる休みの日だからこそまだベッドにいて欲しかったのに。
「休みですから寝ててください」
布団の中で振り返りダメもとで言ってみたけど、もう起きるよと予想通りの答えが返ってきてしまった。
Tシャツを着ながら、もうすっかりいつものキラキラ笑顔になっている
「光莉はもう起きる?」
明るい中で素っ裸を晒すのは私でも抵抗はあるので首まで毛布でしっかり被ったままで、自分の予定を伝える。
「シャワー浴びてきます」
「一緒に浴びようか」
「えっ」
ベッド脇に座った政常さんは目を丸くした私の髪を撫でる。
「もう存分に甘やかせるんだからさ」
「もうずっと十分甘やかされてると思いますよ」
「まだ足りない」
泉のように溢れ出ているのだろうか。
私のキャパは精々コップ一杯くらいだから、すぐさま受け止めきれなくなる。
ついアワアワと動揺しているのが面白いのか、クスリと笑われた。
「可愛いな」
「そんな……まじまじと……」
兎に角起き上がり隠しながら脱いだものを探そうとすると、すぐさま政常さんが手渡してくれる。
有り難く受け取り、背を向けながらパンツとパジャマだけは着る。
政常さんは立ったままこちらを眺めて微笑んでいる。見られて困るものではないが、気恥ずかしい。
「光莉はすぐ照れて私なんかって思ってるんだって知ってるけど、本当に卑屈じゃないね」
「ん? それはどういう?」
全部着終えたくらいでそんな風に言われて首をひねる。
「光莉は自分の事が本当に好きなんだなってこと」
唐突な話の気がすごくするけど、政常さんは何か思うことがあるのだろう。
「そんなナルシストだと思われてるんですね」
立ち上がり政常さんの前に立ち、顔を見上げる。
「ちょっと違うかな。光莉は自分の内側から湧き上がるものに従順だなと思ってるんだ。だから意外にもしっかり自分の意見を持ってるし主張もする。それを押し付けたりしないで相手を尊重する」
「私、そんな場面政常さんに見られたことありましたか?」
「入社したときが初めてかな」
入社直後は我が社の方針で新人は配属先はなくすべての部署を回って仕事をする三ヶ月がある。
その後正式な配属先が決まるのだ。
私はもとから事務関連を希望してたからそれが叶った形だけど、ただの雑用でも営業や開発もその他の部署も面白くていい体験だった。
確かに初めて顔を合わせたのはその時期だ。
前から噂だけは聞いていたイケメン社員に会えると周りはソワソワしていた。
でも特別なことは何もなかった気がする。
心当たりがなさすぎて変な顔をしているであろう私にキラキラ笑顔を向けて肩に手を置かれる。
「いかに自分が自惚れていたか教えてくれたんだよ」
戦力とはほど遠いどころか足手まといもいいところの人間がそんな事できるはずがない。
首をひねり続ける私に政常さんは微笑みながら取り敢えずシャワーを勧めてくれた。
勧められるままに希望を叶えて一人シャワーから出てくるとソファーに促され、政常さんは温かいコーヒーを差し出して隣に座ってさっきの続きを話してくれる。
「光莉は大勢の中の一人で、誰かに同意を求められるように聞かれて、俺のことを格好いいですねって言ったんだ。それで俺はこの子も一緒かって勝手に軽く失望したんだ」
初対面のときだろう。
バリヤを張ってると思っていたのは間違いじゃなかったようだ。
「確かに言ったと思いますし、本心ですし、その他の方々と一緒ですから、容姿で判断するのかと失望されても仕方ないと思います」
私も政常さんのその感覚は納得できたが、政常さんは間違っていたのは俺の方だと否定した。
「光莉は判断したんじゃなくて、容姿も評価してくれたんだよ」
「今の時代、それこそ駄目なのでは?」
「誰かに美しいと思われたり、格好いいと思われることは悪いことではないだろ? 他よりそう思ってくれる人間が多くいることも悪ではない。それも才能や努力による資質の一つだ」
そう思えるようになったんだと、政常さんは微笑む。
政常さんが言えばとてもうぬぼれには聞こえない。
「確かに。囚われることはないとは思いますが、私もやっぱり可愛くはなりたいとは思っちゃいますね」
「他人を批判するものではないけど、素晴らしいと評価することは間違いじゃないと思うようになったのも光莉おかげ」
そんな心当たりがない。
「私なにかしたり、言ったりしましたっけ? 覚えがないんです」
「光莉はその態度で示してくれたんだよ」
「態度?」
どんなか分からない。
「多くはね、仕事ができて当たり前とか、もしくはできないんだろうと侮られたり、やっかまれたり、仕事場に私情持ち込まれたり、モテるやつには気持ちはわからないとか男女問わず言われたりね」
「マンガの中だけじゃないんですね」
そしてそれは見事に自分にも当てはまってると思われた。
告白された時まさにこんなイケメンが私なんかに告白するはずがないと決めてかかっていたからだ。
それは政常さんにも伝わっていたはずだ。
イケメンの苦労を知ろうともしなかった私がなぜ?
その疑問もちゃんと伝わったようでマグカップを持ったままの私の髪をそっと撫でて、微笑みながら取り敢えず話を続けるようだ。
「俺だからって他の社員と態度を変えることは全くない」
「そうでしたっけ?」
慣れてしまったその距離に私が慌てふためくことはもうなくなった。
当初は心臓破裂するんじゃないかってくらいドキドキしたものだ。
「媚を売ることはもちろんだけど、緊張することもない、平常心を装ってるわけでもない」
「でも、私、度々カッコいいなって思ってましたよ」
そしてそれは今も思っている。過度な動悸は克服したけど、変わりに近くにいてくれると嬉しくなるようになった。
それが伝わっているかは分からない。
そもそも誰の目も引く人だから仕方がない。
こんな関係になる以前も社の入口や近くのカフェで見かけた時、ふとした仕草が様になると自然に思っていた。
「それも素直に喜んでいいことだったし、後はなにかアクションを起こしたときだよ、誰かのフォローをした時とか、商談纏めて喜んでるときとか。俺がさり気なく手伝いをしたときとかも、これは既に少し恋心が芽生え始めてて、近づきたかったのもあったけど」
確かに会議室のセッティングや片付けとか、大量の備品や書類を運んでいるときとか手伝ってもらったことはあるが、それは私に限定されたものではなかったはずだ。他でもよく目にしたし。
「……それは全然特別なことじゃないですけど」
政常さんは珍しく困ったような表情をした。
「光莉のそれも俺限定じゃないでしょ?」
「え?」
「男女も関係ないよね、係長にもだし、秘書課の日高さんもだし、後輩の溜池にも、他にもいるだろうし、光莉は一生懸命頑張ってる人間が好きで、だからそういう人をよく見てるし、その頑張りが実ったら一緒に喜ぶし、心遣いに感謝するし、気が利くことにも尊敬の念を抱く」
そんな風に自分を分析したことはないからそうなんですとはとても言えないけど、挙げられた人たちは確かに人としてとても好きな人たちだ。
「そこまではっきりとはしてないですけど、目指す人は何人かいます」
「そう、だから光莉は自分もそうあろうと頑張っていて、でもそれが焦りにもなってないし、無茶もしてなくて、自分にできる方法で着実に成果を出すんだよね」
「そうですか?」
政常さんはにっこり笑った。
「ドレスのために地道に筋トレして、それがちゃんと見てわかるくらいになってることが一つの証明だと思うけど」
「……それって」
昨日の今日だからつい裸なんて見られたのは昨日が初めてのはずなのにと思ってしまった。
それが伝わらない政常さんではないので慌てた様子で、私の手からマグカップを取り上げテーブルに置くと、そのまま私の両手を握った。
「違う違う、昨日見たからじゃなくて、ドレスの試着。初めて見た日に着た印象と、決定するために着た日とではちゃんと違ってたよ。背中からウエストのライン、すごく綺麗だった、姿勢も良くなった感じあったよ」
そうだよね、元を知らないんだから裸を見たところで分かるわけがない。分かったら流石に恐いなと思ったら、試着の印象で良かった。
恐くなったからって何も変わらないんだけど、いや、警戒心が芽生えるか。どこからか覗かれてるのかも……結婚相手だったら覗かれても良いのか。そこは個人の感覚の違いか。私はちょっと嫌かな、だったら堂々と見られた方がいい。
「光莉、俺覗きの趣味はないから」
じっと見つめられて、なぜだがいつも以上にはっきりとした口調だった。
「すみません。褒められたのは嬉しいです……」
後ろにとてもデザインがあるドレスで背中はそんなに腰まで開いてるとかではないけど肩甲骨は見えてて、その下にコルセットの様な絞りがあって、大きなリボンがあって、そこからフリルが何段にもなったようなスカート部分のふんわり具合がウエストが細いほうがより際立つんだけど、それよりも正面がシンプルが故にぽっこりお腹だとちとそこが強調されるなと思って、即決できなかったんだよね。
でもそのシンプルさと所々のレースの華やかさと背面のボリューム感のバランスが可愛くて、綺麗に着こなせるなら着てみたいと思っちゃたんだよね。
だから最終決定までちょっと頑張ってみて、もしもう一回着て納得できたらそれにして、駄目でも他にも可愛いドレスはあるしってなもんだったんだけど。
「本当に綺麗だったよ、すごく似合ってた。結婚式が楽しみだ」
「こちらこそ、式の事たくさん考えてくれてありがとうございます」
政常さんの意向でオーダードレスの可能性もあったので早くから見て回っていたんだけど結局の所レンタルにした。
それでも人気のドレスらしく早めに予約しなければならなかったからウエディングドレスは決定したけど、まだお色直しの方は決まってなくてこれからだ。
政常さんがあれこれ着せたがるので、そちらはまだ候補も絞れていない。
お色直しは一度で十分な私と迷うならいっそ回数を増やそうとする政常さんとの攻防が続いている。
写真に残すだけでなんとか決着するとは思うけど。
友人たちの話では、男性はあまり積極的に式の準備をしない人も多いらしい。
花嫁に好きなようにしたらいいという優しさの場合もあれば面倒だと思っている場合もあって、結婚式の準備は結婚への試練と言えるほどなかなか大変なんだと思っていた。
だからというわけではないけど、私はしてもしなくてもどっちでもいいって感じだった。
いうなればちょっと面倒くさい寄りだった。
わざわざ美形の横で着飾るのもどうなろうという気もしていたし、そういう卑屈さこそ政常さんが嫌がりそうなことだけど、政常さんはどんな形でも良いから式をすることに拘っていた。
どうしてもしたくない理由もなかったから快諾したけど、その時は思い出を作るためと言っていたっけ。
「二人のことなんだから考えるのは当然だ、光莉もいろいろ調べてくれたりしただろ。するとなれば張り切ってくれるところも好きなところだよ」
「そんな褒められるようなところでもないですって、そもそも結婚式に理想みたいなのがなかったのが発端ですよ」
式場を決める時も、プランナーさんと話をした時も、まず最初にそれを聞かれる。
花嫁の憧れをどれだけ具現化できるかが勝負みたいなところがあるらしく、壮大な夢を予算との兼ね合いで現実に落とし込むことにはいろんな提案があるみたいだとのちに分かるのだけど、そもそもそのイメージがないと何も始められなかった。
これは地味に終わらせたいというのもイメージの一つで理想だから、それさえも無いというのはお手上げらしい。
式場に見学に行けば、あんなことができる、こんなことができると、さまざまなパターンを紹介されていたし、プランナーさんはどんなものが好きなのかといろいろ聞き出してくれようとした。素直に夢を言えなかったり諦めている人の心を解きほぐすプロだなと違うところで感心してしまって、それが政常さんに気付かれて苦笑されてしまったのもいい思い出としておこう。
そんなところが乙女感の無さの象徴なのかもしれない。
ただ政常さんの選んだプランナーさんが相当できる人だった。
一般の式場では打ち合わせは思ったより少ないらしい。やることや決めることを告げられて、その進行状況の確認が殆どになるらしい。もちろんたくさんのアドバイスはしてくれるみたいだけど。
なんとか私の意欲やテンションを上げようとそれはもう多くの提案をしてもらった。
お陰でなんとか形になりそうだ。
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☆☆☆
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ギャグ(一部シリアス)/女主人公/現代/日常/ハッピーエンド/オフィスラブ/社会人/オンラインゲーム/ヤンデレ
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