げに美しきその心

コロンパン

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7章

変わり者

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「シルヴィア!!」

庭の手入れをしていると後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると息が荒く、肩を大きく上下させているレイフォードが立っていた。

「レイフォード様!そんなに息を切らしてどうされましたか!?」

レイフォードの傍へ駆け寄るシルヴィアは、
談笑していた穏やかな表情から一変させ、不安気にレイフォードを見る。

「い、いいや、俺も何か手伝える事は無いかと思ったのだが・・・。」

「まぁ!まぁ!そうなのですか!?」

両手を合わせ嬉しそうにはしゃぐシルヴィア。
レイフォードはケビンとシルヴィアが仲が良さそうに話している所を目撃し、
居ても立っても居られず、何も考えずに飛び出した事を今更言う事が出来なかった。

そうとも知らずにシルヴィアがレイフォードにニコニコと話す。

「ああ!どうしましょうか!?
うふふ。レイフォード様と一緒にお庭の手入れが出来るなんて、とても嬉しいです!
でも、お洋服が汚れてしまうのは駄目ですね。」

シルヴィアのコロコロ変わる表情に、微笑むレイフォードは頬に触れ、
そこに付いた泥を優しく拭う。

「シルヴィアがこんなに頑張っている事を、俺だって一緒にやりたいよ。
何をしたらいい?」

余りにも優しく触れられて、たちまちシルヴィアの顔は真っ赤に染まる。
動きもぎこちなくなり、上手く話せなくなる。

「え、ええと・・・。じ、じゃあ・・・そうですね。
レッドチェリーの実を収穫しましょう!
丁度食べ頃ですよ!」


「分かった。」

レイフォードはシルヴィアの頬から名残惜しそうに手を離し、頷く。
シルヴィアも先程まで感じていた暖かさが無くなり、少しだけ寂しく感じた。

(何故、寂しいと感じるの?
駄目ね。私、最近欲張りになっているわ。)

戒めるように首を横に振り、
膝丈程の小さな木の側で蹲り、実る赤い果実を手でプチンと摘み取る。
そしてその実をレイフォードに差し出す。


「レイフォード様、これがレッドチェリーの実です。
この位の色の実を収穫していきましょう。
この実は、そのまま食べても美味しいですし、
ジャムにしてパンに塗って食べても美味しいのですよ!」

「この位赤いものだな、分かった。」

レイフォードはシルヴィアの横にしゃがみ「シルヴィア様、僕はあちらでこの苗を植えていきます。」

ケビンはそう言い、手に持つ苗をシルヴィアに見せて立ち去ろうとした。

「ちょっと待って。」

シルヴィアが引き止め、ケビンの元へ。

「駄目よ?この苗の場所は整地していないから、後で一緒に植えると話したでしょう?
一人で行うのは大変だから、少し待っていて貰えるかしら?」

「ですが・・・。」

優しく諭すシルヴィア。
ケビンはシルヴィアの後ろから無言の圧力をかけてくる男から離れたかった。

「なら、ケビンもレッドチェリーの実を収穫しましょう?
三人なら早く終わるし、そうしたらこの苗も直ぐに植える事が出来るもの。」


「「え?」」

ほぼ同時に前後から声がする。
レイフォードとケビンがまさか、と言う表情でシルヴィアを見る。

「え?」

(私、何か変な事を言ったのかしら?)

シルヴィアは首を傾げる。
二人が何故自分をそんなに見てくるのか分からない。

ケビンが堪り兼ねて口を開く。

「あの、僕が居たらお邪魔でしょうから、苗木はまた後日にしませんか?」

「お邪魔だなんて。」

「ああ、そうだな。そうしてくれ。」

「レイフォード様!?」

シルヴィアはぎょっとした。
清々しい程爽やかな顔で笑うレイフォードが、

「シルヴィア。この実はどうだ?もう収穫して良いか?」

何事もなかったかのようにシルヴィアに話しかける。

「え、ええ。大丈夫です。」

そう答えるしかなかった。

「では、シルヴィア様、僕はこれで。」

ケビンはシルヴィアにそう告げて立ち去っていった。

「あ・・・。」

ケビンの後ろ姿を見つめていた。
少し悲し気な表情のケビンが気になった。

「シルヴィア?」

レイフォードに声を掛けられ、シルヴィアはレイフォードの隣にしゃがみ込む。

「レイフォード様は、ケビンの事がお嫌いなのですか?」

ケビンへのレイフォードの態度がキツく感じた。
レイフォードは少し考え込んでから話す。

「・・・・嫌いとか、そういう次元ではないな。
譲れないという気持ち、かな?
こればかりはどうしてもな。」

「譲れない気持ち?」

ケビンと何かを取り合いしているのだろうか、
だがケビンは主であるレイフォードに歯向かう様な人間では無い。

どうにかしたいと思ったが、自分の力で出来るとも思えない。
もし、お互いが距離を縮めたくないのであれば、余計なお世話になる。

色々な思考が巡り、シルヴィアは黙々とレッドチェリーの実を摘んでいく。



シルヴィアが全く話さなくなったのに焦れたレイフォードが、
レッドチェリーの実を指で転がしながら切り出す。


「あー。シルヴィア?」

「はい、レイフォード様。」

「あの、な。シルヴィアが周りに配っているハンカチなんだが・・・。」

「?」

言葉が途切れ、言いにくそうにしているレイフォードを不思議に思い、様子を窺う。

「俺は「おーい!レイフォード。」

遮る様に大声でレイフォードを呼ぶ声。

ミケルが満面の笑みを浮かべてレイフォード達の元へやって来る。

「チッ!」

レイフォードは思わず舌打ちを打つ。
それにシルヴィアが反応する。

「レイフォード様・・・?」

「違うぞ。シルヴィアにでは無いからな。」

レイフォードが慌ててシルヴィアに言い募る。

「あん?何やってんだ?お前達。」

ミゲルがしゃがみ込んだ二人を見下ろす。
レイフォードは立ち上がり、忌々し気にミゲルを見据える。

「何だ?まだ居たのか。」

「ひでぇな!挨拶も無しに帰る訳無いだろ。
で、何してんだ?」

お道化て笑うミゲル。
シルヴィアも立ち上がり、ミゲルに笑顔を向ける。

「レッドチェリーの実を収穫していましたの。
レイフォード様がお手伝いしてくださると仰られたので、
二人で行っていた所なのです。」

「貴族の女が?汚れるのが嫌ではないのか?」

ミゲルは驚き、シルヴィアに尋ねる。
シルヴィアの服は泥で汚れていた。
自分の周りに居る貴族の女達は絶対にそんな事はしない。
そもそも、使用人の仕事である事を自らがする理由が分からなかった。


シルヴィアは自分の服の汚れを手で払いながら、気にしない様子で笑う。

「汚れなんて、洗えば落ちますわ。」

「いや、それはそうなんだが。」

「私、土いじり大好きなのです。
愛情を込めてお手入れすれば、それに応えて大きく育つこの子達が大好きなのです。」

レッドチェリーの葉を優しく撫でるシルヴィアからは、
偽りの無い植物に対する深い愛情が見て取れた。

ミゲルは信じられないのか、呆けた表情になる。

「変わってるな、シルヴィア嬢は。」

(まぁ、それがレイフォードに合っていたのかもしれないな。)

ミゲルにそう言われて、シルヴィアは苦笑する。

「よく、言われます。貴族らしからぬ振る舞いで、周りの方からご注意頂くのですが、
私はどうしても上手く出来なくて。
レイフォード様にもご迷惑をお掛けしているのが、とても心苦しいのです。」


シルヴィアの瞳に青が差す。
レイフォードは反射的にシルヴィアの頬に触れる。

「迷惑になど思っていない。本当に思っていないからそんな顔をしないでくれ。
俺はシルヴィアの事が・・・・・・。」

思わず、口から出そうになった言葉を引っ込める。
横にニヤニヤと笑うミゲルが居る所で、自分の気持ちを伝えたくないとレイフォードは思った。

(コイツの前で絶対に言うものか。確実に笑い話のネタにされる。)

「あ、あの、分かりました。レイフォード様。」

シルヴィアを見ると頬が赤く染まるのと同時に瞳も仄かに赤みがかった色に変化していた。


シルヴィアはレイフォードに触れられて、
胸が早鐘を打つ。

(駄目よ!勘違いしては駄目。
レイフォード様は私に気を使って下さっているだけよ。
ご迷惑をお掛けしていたのは確かなんだから。)

高鳴る胸を落ち着かせようと冷静に考える。

そこへミゲルがレイフォードの横からひょいと顔を覗かせる。

「本当に瞳の色が変わるんだな。」

シルヴィアは先程とは違う意味で胸が鳴る。
今まで自分の瞳の変化で好意的に見られた事は少ない。
レイフォードの友人に気味悪がられたら、
またレイフォードの自分への心証が悪くなるのではないか、
背中に嫌な汗が伝う。

「面白いな。まるでアレキサンドライトの様じゃないか。」

「へ?」

予想外の言葉に間抜けな声が出るシルヴィア。
ミゲルはその声に吹き出す。

「ははっ!何て言う声を出してるんだよ。
本当に面白いな、シルヴィア嬢は。」

「え、ええ?ミゲル様、私の瞳・・・気味悪く無いのですか?」

「何故?俺は好きだぞ。シルヴィア嬢の瞳。」

「え!?」

シルヴィアの瞳が赤く色づく。

「へぇ、また色が変わった。」

「お父様達以外で、そのような事を言って下さる方があまりいらっしゃらなくて・・・。
その・・・とても、嬉しいです。」

はにかみながら、微笑むシルヴィアにミゲルはゴクリと唾を呑み込む。
その様子を剣呑な眼差しで見ているレイフォード。

「ミゲル・・・、前も言った筈だが、良からぬ事を考えているようなら、」

「分かってるって!そこまで馬鹿じゃあない。」

ミゲルはレイフォードの睨みに肩を竦める。

「まぁ、親しくなりたい気はあるがな。疚しい気持ちで無く、レイフォードの友人として。」

「・・・・・・。」

押し黙るレイフォードにミゲルは深く溜息を吐く。
そして助言とばかりに、レイフォードと肩を組み、シルヴィアに背を向ける形で耳打ちをする。

「狭量過ぎると、シルヴィア嬢も息が詰まるのではないか?
重過ぎる愛情は相手の重荷になるぞ。」

「・・・・放っておいてくれ。
そもそも愛情すら伝わっていないのに、詰まるも何も無いだろう。」

「・・・・・は?」

ミゲルは言葉を失う。

「伝わっていないって、何だ?」

「そのままの意味だ。」

「まさかと思うが、お前がシルヴィア嬢を、「言うな。」

「まだ、俺は彼女に何も伝えていないのに、お前が言うな。」

「う、そだろ・・・。」

それ以上、ミゲルは何も言えなかった。
後ろを振り返ると、シルヴィアが何も言わず、
ニコニコして立っている。


大丈夫なのか?この二人。
そう、思わざる終えないミゲルであった。

























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