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いつの頃からでしょうか。
「おねえさま、そのぬいぐるみ可愛い。」
そう言ってアンリエッタはうっとりとした瞳で私のぬいぐるみを見つめるのです。その瞳が余りにも熱く、私が
「アンリエッタ、もし良ければこのぬいぐるみ貰ってくれないかしら?」
そう言うと、
「ええ!?私、そんなつもりでは無くって!本当に可愛いと思っただけなんです!!」
アンリエッタは必死な様子で首を大きく横に振りました。そう言いながらもぬいぐるみから視線が外れないのを私は気付き、アンリエッタの手を引き、ぬいぐるみを彼女の前に差し出しました。
「いいの。このぬいぐるみは私のお気に入りなの。それを貴女が可愛いと言ってくれたのがとても嬉しい。貴女ならこの子を大事にしてくれると思うわ。」
「で、でも・・・。」
「私も一人のレディとしてこの子を抱いて眠るのは卒業しないと。この子が手元に居たら、甘えてしまうかもしれないしね?」
少し無理がありましたが、私はアンリエッタの喜ぶ顔が見たくて半ば強引にぬいぐるみを彼女に手渡しました。するとアンリエッタはそのぬいぐるみをとても大切な宝物の様にギュウと抱き締め、私に輝く笑顔を見せてくれたのです。
「おねえさま・・・・。ありがとうございます!!とても大切にします!!」
その笑顔は本当に可愛くて、この子の姉になれて本当に良かったと感じました。ぬいぐるみを大事に抱えて私の手を握るアンリエッタは、
「おねえさま、だぁいすき!!」
私はもう舞い上がってしまい、この後もこの言葉を聞きたくて、アンリエッタが興味を持った私の私物を次々に譲っていったのです。
そしてその度にアンリエッタは私を大好きだと言ってくれるようになりました。
それを見咎めたのは兄でした。
「ミラベル、お前アンリエッタに自分の物をやっているそうだな。」
「え、ええ。それが?」
「アイツも物を買い与えられているのだから、お前の物をやる必要はなかろう。」
勿論、その通りです。両親は私達三人を分け隔てなく愛情を注いでくれていて、お祝い事には必ず贈り物を下さる。三人共にです。そこに不公平さは微塵もありません。だから、アンリエッタも不自由さは感じてはいないのです。
ですが、何故か私の物にだけ執拗に興味を示すのは私には分かりませんでした。
兄はあまり妹を良く思っていません。ですので妹の事で幾度か忠告を受けていました。この事もその忠告の内の一つです。兄のいう事も分かりますが、
「別に全てを譲っている訳ではありませんし、アンリエッタも催促していませんわ。私が勝手にしている事です。」
前提としてアンリエッタは欲しいと強請ってはいません。私がただアンリエッタに譲っているだけ。
そう、私があの子に喜んで欲しいだけ。
兄は私を無言のまま見据え、息を吐きます。
「・・・お前は見えなかったから、何も知らないだろうが・・・。」
「え?」
兄の呟きを問おうにも、兄は首を振り背を向け、去って行きました。
「甘やかす事はアイツの為にならんぞ。」
と、一言だけ残して。
見えなかった、とは。一体何が見えなかったのか。私がその場で兄の呟きを反芻させていると、
「お兄様は私の事が嫌いなのだわ。」
背後から、沈んだ声が聞こえました。振り向くと泣き出しそうな表情のアンリエッタが所在なさげに立っていました。アンリエッタの悲しい顔を見ると胸が痛みます。
「わ、私だけ、お兄様とお姉様と血が、繋がっていないからっ、本当の、家族じゃ、ないからっ!!」
大きな瞳から溢れる涙。私は駆け寄りアンリエッタを抱き締め、背中を撫でます。
「そんな悲しい事を言わないで。」
兄がアンリエッタを好意的で無い事を感じていた私はどう言えば良いのか分からず、アンリエッタを抱き締めるしか出来ませんでした。それを見越してかアンリエッタは更に泣きじゃくり、
「だって、本当の事だもの!!どう頑張ってもお姉様達とは本当の家族にはなれないもの!!」
私は息が詰まりそうになり、胸を抉られる様な痛みを感じました。しかし、私以上にアンリエッタは深く傷付いているのです。私は更に強くアンリエッタを抱き締め、伝わって欲しいと願いながら声を絞り出しました。
「血が繋がっていても、仲が悪い家族だって居るわ!たとえ!・・・たとえ、血が繋がっていなくても、私は貴女の事を妹だと思っているし、貴女の事が大好きよ!だから、だから!!家族じゃないなんて言わないで!!」
大きな声の私に驚いたのか、アンリエッタは泣き止み私は安堵しました。日頃、私は声を荒げたりしないからでしょう。目を大きく見開いてアンリエッタは私をジッと見つめていました。
「私は誰が何と言おうとも貴女の姉よ。アンリエッタ、貴女は私が姉では嫌?」
私の問いにアンリエッタは何回も首を横に振ります。
「嫌じゃない!!嫌じゃないわ!!」
「じゃあ、もうこんな悲しいお話はお終いね?私と貴女は血の繋がりが無くてもちゃんと家族よ。」
私はアンリエッタの涙をハンカチで優しく拭います。不安気な表情はまだ晴れていない様ですが、落ち着きは取り戻せたようです。
「お姉様・・・。」
ハンカチを持つ手がアンリエッタの両手に包まれました。私はもう片方の手を重ね、微笑みます。私の手を見つめ、ゆっくりとアンリエッタは顔を上げます。少しの間の後、恐る恐るといった態度でアンリエッタは口を開きました。
「・・・お姉様。ありがとう。」
そう言ったアンリエッタの笑顔は恐ろしい程に美しかったのです。
「おねえさま、そのぬいぐるみ可愛い。」
そう言ってアンリエッタはうっとりとした瞳で私のぬいぐるみを見つめるのです。その瞳が余りにも熱く、私が
「アンリエッタ、もし良ければこのぬいぐるみ貰ってくれないかしら?」
そう言うと、
「ええ!?私、そんなつもりでは無くって!本当に可愛いと思っただけなんです!!」
アンリエッタは必死な様子で首を大きく横に振りました。そう言いながらもぬいぐるみから視線が外れないのを私は気付き、アンリエッタの手を引き、ぬいぐるみを彼女の前に差し出しました。
「いいの。このぬいぐるみは私のお気に入りなの。それを貴女が可愛いと言ってくれたのがとても嬉しい。貴女ならこの子を大事にしてくれると思うわ。」
「で、でも・・・。」
「私も一人のレディとしてこの子を抱いて眠るのは卒業しないと。この子が手元に居たら、甘えてしまうかもしれないしね?」
少し無理がありましたが、私はアンリエッタの喜ぶ顔が見たくて半ば強引にぬいぐるみを彼女に手渡しました。するとアンリエッタはそのぬいぐるみをとても大切な宝物の様にギュウと抱き締め、私に輝く笑顔を見せてくれたのです。
「おねえさま・・・・。ありがとうございます!!とても大切にします!!」
その笑顔は本当に可愛くて、この子の姉になれて本当に良かったと感じました。ぬいぐるみを大事に抱えて私の手を握るアンリエッタは、
「おねえさま、だぁいすき!!」
私はもう舞い上がってしまい、この後もこの言葉を聞きたくて、アンリエッタが興味を持った私の私物を次々に譲っていったのです。
そしてその度にアンリエッタは私を大好きだと言ってくれるようになりました。
それを見咎めたのは兄でした。
「ミラベル、お前アンリエッタに自分の物をやっているそうだな。」
「え、ええ。それが?」
「アイツも物を買い与えられているのだから、お前の物をやる必要はなかろう。」
勿論、その通りです。両親は私達三人を分け隔てなく愛情を注いでくれていて、お祝い事には必ず贈り物を下さる。三人共にです。そこに不公平さは微塵もありません。だから、アンリエッタも不自由さは感じてはいないのです。
ですが、何故か私の物にだけ執拗に興味を示すのは私には分かりませんでした。
兄はあまり妹を良く思っていません。ですので妹の事で幾度か忠告を受けていました。この事もその忠告の内の一つです。兄のいう事も分かりますが、
「別に全てを譲っている訳ではありませんし、アンリエッタも催促していませんわ。私が勝手にしている事です。」
前提としてアンリエッタは欲しいと強請ってはいません。私がただアンリエッタに譲っているだけ。
そう、私があの子に喜んで欲しいだけ。
兄は私を無言のまま見据え、息を吐きます。
「・・・お前は見えなかったから、何も知らないだろうが・・・。」
「え?」
兄の呟きを問おうにも、兄は首を振り背を向け、去って行きました。
「甘やかす事はアイツの為にならんぞ。」
と、一言だけ残して。
見えなかった、とは。一体何が見えなかったのか。私がその場で兄の呟きを反芻させていると、
「お兄様は私の事が嫌いなのだわ。」
背後から、沈んだ声が聞こえました。振り向くと泣き出しそうな表情のアンリエッタが所在なさげに立っていました。アンリエッタの悲しい顔を見ると胸が痛みます。
「わ、私だけ、お兄様とお姉様と血が、繋がっていないからっ、本当の、家族じゃ、ないからっ!!」
大きな瞳から溢れる涙。私は駆け寄りアンリエッタを抱き締め、背中を撫でます。
「そんな悲しい事を言わないで。」
兄がアンリエッタを好意的で無い事を感じていた私はどう言えば良いのか分からず、アンリエッタを抱き締めるしか出来ませんでした。それを見越してかアンリエッタは更に泣きじゃくり、
「だって、本当の事だもの!!どう頑張ってもお姉様達とは本当の家族にはなれないもの!!」
私は息が詰まりそうになり、胸を抉られる様な痛みを感じました。しかし、私以上にアンリエッタは深く傷付いているのです。私は更に強くアンリエッタを抱き締め、伝わって欲しいと願いながら声を絞り出しました。
「血が繋がっていても、仲が悪い家族だって居るわ!たとえ!・・・たとえ、血が繋がっていなくても、私は貴女の事を妹だと思っているし、貴女の事が大好きよ!だから、だから!!家族じゃないなんて言わないで!!」
大きな声の私に驚いたのか、アンリエッタは泣き止み私は安堵しました。日頃、私は声を荒げたりしないからでしょう。目を大きく見開いてアンリエッタは私をジッと見つめていました。
「私は誰が何と言おうとも貴女の姉よ。アンリエッタ、貴女は私が姉では嫌?」
私の問いにアンリエッタは何回も首を横に振ります。
「嫌じゃない!!嫌じゃないわ!!」
「じゃあ、もうこんな悲しいお話はお終いね?私と貴女は血の繋がりが無くてもちゃんと家族よ。」
私はアンリエッタの涙をハンカチで優しく拭います。不安気な表情はまだ晴れていない様ですが、落ち着きは取り戻せたようです。
「お姉様・・・。」
ハンカチを持つ手がアンリエッタの両手に包まれました。私はもう片方の手を重ね、微笑みます。私の手を見つめ、ゆっくりとアンリエッタは顔を上げます。少しの間の後、恐る恐るといった態度でアンリエッタは口を開きました。
「・・・お姉様。ありがとう。」
そう言ったアンリエッタの笑顔は恐ろしい程に美しかったのです。
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