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はじまりの物語

お嬢様、本当は反対です

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生姜の騒動の後、しばし両者の睨み合いがあり、セシリアはジュセを強引に屋敷から連れ出した。

「まったく! すぐ喧嘩を始めないで」
「あいつが喧嘩をふっかけてくるのが悪い」
「ヒツジさんはなーんも悪くないよ、ジュセ」
「執事な。羊じゃねえから」
「セシリア、これからどこに行くの?」

ロノンはジュセのツッコミを全てスルーした。そしてセシリアも。

「教会よ」
「キョーカイ? 聖気がタップリあるところ?」
「そうよ。とりあえず今日は、地元の教会を案内してあげる。でも……いつもカルロスの車があるから問題ないのだけれど、今日は移動手段がないわね」
「それは問題ございません、お嬢様」

いつのまにか、不本意を顔に貼り付けた執事が近くに控えていた。音がないにもほどがある。ただ、そう思ったのはセシリアだけらしい。

「あっカルローさん、やっと出てきたー!」
「カルロスだろ。コソコソと後をつけるな、過保護執事が」
「過保護ではなく当然のことを実行しているだけです。お嬢様、お車をご用意しておりますので、こちらへ」
「いいの? あんなに協力に反対していたのに」
「反対であることは変わりません。しかし、お嬢様から離れるわけにも参りませんので」
「……ありがとう、カルロス」

なんだかんだと結局は自分の望みを聞いてくれる執事を、セシリアは誰よりも好きで信頼している。

「さあ、早速行きましょう!」

地面にいたロノンを両手で持ち上げ、お嬢様はゆったりと歩き出した。自分の目が離れた瞬間、執事と客人がバチバチとにらみ合っていたことには、気がつかないままに。


*****


高級車を走らせ、少しばかり。
最寄りの街に到着した四人は、自動車を教会の駐車場に停め、早速教会に入った。

「ここは、この地域では最も名のある教会なの。きっと良い聖気が得られるわ」
「たしかに、神聖な空気が満ちているな」

心なしか嬉しそうなジュセに、セシリアが「そうでしょう?」と笑みを深める。そんな二人を遠くから見つけ、教会の長がひょっこり顔を出した。

「おや、おはようございます、クレハートさん」
「ご機嫌よう、神父様」

令嬢らしく一礼し、尋ねられる前に簡単な事情を話す。機密と言われた部分は話さず、ただ「聖気を集めている」とだけ言ったものの、神父は少しも驚かなかった。なんというか、さすがとしか言いようがない。

「神は遍く恵みを与えられます。私が『いけない』と言う道理はありませんので、どうぞご自由に」

ただ一つ条件としたのは、神父も共に、ジュセ達の作業を見守ることだ。驚きこそしなかったが、興味はあるのだろう。

「こんな好奇心があっては、欲深くなって神に叱られてしまいますね」

はは、と苦笑するものの、だからといってその場を離れる様子はない。うん、余程気になっているに違いない。
神父には一旦教会を閉めてもらい、教会から部外者を締め出した。これで余計な目撃者は生じないだろう。
ジュセ以外は、彼の指示もあり、教会の出入り口付近で固まった。ここにいないと危ないのだとか。

「ジュセ、どうぞ始めて」
「ああ」

ジュセが神父に礼を言い、祭壇の近くに歩み寄る。そこで一つ息を吐き、それをきっかけに、ガラリと雰囲気を変えた。
神秘的な空気で満ちていた空間に、何か別の、重々しく厳かな空気が混ざったようだ。
ジュセは祭壇の前で何かを唱え、ゆっくりと片腕を掲げた。そしてそれを合図とするように、教会の至る所で光の塊が姿を現し始めた。
ステンドグラスから差し込む光に、薄暗さの中に漂う神秘の光。それは宛ら、太陽の下で輝く、夜空の星のよう。その非現実的な光景を前に、セシリア達はただ言葉を失っていた。
しばらくして光が出尽くしたのを察し、ジュセが腕を下ろす。

「……ロノン」

いつもよりも低い声で名を呼べば、ロノンは何も言わず軽やかに宙を飛び回り、光を悉く呑み込んでいった。なるほど、危険とはこのことか、とセシリアは一人頷いてしまった。たしかに、この速度で飛び回るロノンの動線にいては、邪魔であるばかりか当たると痛いだろう。
それから、ロノンが光を呑み尽くすのにしばし。
それが全て終わると、重々しい空気は嘘のように綺麗さっぱり消えた。
ジュセがこちらを向き、ニヤリといつもの笑みを浮かべる。そこでようやく、セシリア達は深く息をついた。

「……なんだか、夢を見ていたみたい」
「神に使えて早三十年になりますが、ここまでの神秘を目の当たりにしたのは初めてです」

セシリアと神父の感想に、ジュセはロノンを抱きながら憎たらしい笑みを深めた。

「この魔法は、国の人間でも滅多に見られないものだからな。神父殿、ここの聖気の純度はかなりのものだ。感謝する」

神父に対しては穏やかな微笑みになるのが、セシリアには少し気にくわない。しかし、そのことに突っ込むよりもきになることがあった。

「ジュセ、ロノンが喋らないのだけど、大丈夫?」
「問題ない。聖気で口がいっぱいになっているだけだ」
「えっ、そういうものなの?」
「これからロノンの中で、聖気を結晶化するんだ。突然車内でえずくかもしれないが、許してやってくれ」
「それは、別に平気だけれど……」

聖気を得る、という行為は、実はかなり過酷な作業なのかもしれない。

「一日一箇所、の方がいいかしら……」
「いや、言うほど大変なものではないから大丈夫だ。な、ロノン」

ジュセに声をかけられ、ロノンは無言ながら、満面の笑みで頷いた。目が少し眠そうだ。

「ロノンが大丈夫なら、早速次に行きましょうか。ありがとう、神父様」
「いいえ、こちらこそ。お気をつけて」

心優しい神父の見送りで、来た時のように自動車に乗り込む。自動車はそのまま、次の教会に向け、走り出した。
この後車内では、次の目的地までの数分で爆睡したロノンが欠伸とともに吐き出した結晶の眩さによって、事故を起こしかける騒ぎが、あったりなかったり。
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