天使のナースコール

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病棟オリエンテーション

　「青葉看護専門学校卒業、望月さくらです。よろしくお願いします！」
「同じく青葉看護専門学校卒業の鈴木ひかりです。よろしくお願いします。」
「私は師長の木村。じゃ、プリさん、後はよろしく。」
看護師長は目が切れ長でショートカットの如何にも〝デキる女〟と言う感じの人だった。
「プリセプターの森山です、よろしくね。」
プリセプターの森山さんは朗らかで優しい感じの看護師さんだった。
「じゃ、案内するね。ついてきて。」

　「ここはデイルーム、こっちが病室で、ここがトイレ。ここは談話室ね。」
「あの…」
「はい？質問？いいよ！」
「この病棟の患者さんってもうその…亡くなってらっしゃるんですよね…。だったらなんで…その…」
「ここに来る患者さんたちはね、自分がもう死んでるって気づいてなかったり、この世に未練を残して成仏できない方たちなんだよ。」
「はぁ…」
「ここの病棟の看護師の仕事は、そんな方達に成仏…満足して退院してもらうことなんだよ。一応、投薬とかもあるし。」
「投薬！？」

　2人は一通り病棟内を見学した後、ナースステーションに戻って来た。
「これが薬。」
「森山さん、あの…これは何と言う薬ですか？」
コミュ障の望月が顔を真っ赤にして質問した。
「中身はお清めの塩だよ。」
「お清めの塩…と。」
彼女はご丁寧にメモを取っている。
「なぜ塩なんですか？お祓い？」
何だか馬鹿馬鹿しくなって来たひかりは適当に聞いた。
「ううん、長い間霊体となった患者さんがこの世に留まっているとね、怨霊化してしまう事もあるの。そうすると、スタッフが取り憑かれる事もあるし。だから、これを在院日数と個人に合わせた量で投薬するんだ。」
「怨霊化しちゃうなら、さっさと祈祷師でも霊媒師でも呼んでお祓いとかしてもらわないんですか？」
「…アハハ、元も子もないね。確かにその方が簡単だけど、あの人たちは魂ごと消しちゃうからね。」
「そんな事したらこの世の生物が減るんだよ。魂は輪廻するからね。覚えときなさい、新人。物事はそう簡単じゃないよ。」
ちょうど巡回から戻って来た師長が睨むように言った。
「…すみません」



　こうして、ひかりの看護師人生の初日は終わった。
「ひかりー！どうだった初日？ってか呼ばれてなかったけど、どこ配属なの？」
更衣室ではすっかりクタクタな様子のマリ、こと整形外科配属の科地麻理子が話しかけてきた。
「マリはいいね、第一希望で。で、いたの？イケメンの患者。」
「いないよー！高齢者ばっか！」
「私はエンゼルケア病棟だよ。」
「エンゼル…ケア？緩和ケアのこと？」
「え…ああ、そう。緩和ケア。」
ーあれ？あの病棟って知られてない？
「不謹慎だなぁ、もう！確かに他の病棟と比べて死後処置エンゼルケアは多いだろうけど、それはないわ！」
「あぁ、ごめんごめん。」
「救命行けなくて悔しいのはわかるけどさぁ。看護師としてどうなの？」
「だから、ごめんってば。」


　「エンゼルケア…か。」
ひかりは寮に帰って湯船に浸かりながら言った。
ーこんなことなら、大学病院じゃなくてよかったかな。