上 下
6 / 11

ウィールズ

しおりを挟む
 ウィールズに着いた頃にはすでに日は落ち、月明かりが煌々と海を照らしていた。
 バスの待合所は視界の開けた坂の上にあり、バスを降りると目の前に広がる海を背負った街並みは俺の足を止めるのに充分すぎた。
 語彙の乏しい俺には・・・いや、きっとどんな語彙を持ってしても、この光景の全てを伝える事はできないだろう。
 それでも、少しでもこの光景の素晴らしらを言い表すなら、海の輝きはもしかすると星空よりも綺麗だとも思えたし、この景色を見ながら老衰するのも良いかも知れないとまで考えた程に、神秘的な景色だった。

 嘗て軍港として使われていたとは思えない程に。

「怪談話と同じ月の出た夜か、丁度良いい噂の現場を見に行こうか」

 探偵も景色に見蕩れていたのだろうか、暫くの沈黙の後にそう言った。

 月夜の空に舞う人影を見た、あの噂はそうして始まった。ならば調査を夜にするのは当たり前だろう。
 それにしても、それを見た日もこんな景色が見えていたのかと思うと少し羨ましい。
 いや、もしかするとこれだけの景色でも地元の人間なら、そこに感動は無いのだろうか。

 あまりの景色に思考が占領されてしまっている。
 今問題なのは、この感動も日常に溶けてしまいかねない虚しさじゃない。今問題なのは、噂の現場までの道のりが土地勘の無い、あの景色が日常に溶けていない二人には危険すぎると言うことだ。

「今からじゃ危ないだろ」

「確かに・・・君の言う通りだね」

 何故か嬉しそうな笑みを探偵は浮かべた。

「そうだな、ならば依頼人に話を聞きに行こうか。夜になってしまっているが、宿の場所は聞いているし、序でに食事もご一緒してもらおう」

 食費を浮かそうと言う魂胆が見え透いている。
 透過率100%じゃないか。

「食費は勿論、依頼者持ちでね」

 透いているのでは無く隠す気が無かった、そこに遮るものは無かった。
 探偵の図々しさに溜息を漏らす。

「それにしても、助手らしいじゃないかその発言。探偵の謎の解明に対する暴走を静止するのはやはり助手の仕事だからね。嬉しいよ」

 探偵は立て続けにそんな事を言い放った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

星の記憶

鳳聖院 雀羅
ファンタジー
宇宙の精神とは、そして星の意思とは… 日本神話 、北欧神話、ギリシャ神話、 エジプト神話、 旧新聖書創世記 など世界中の神話や伝承等を、融合させ、独特な世界観で、謎が謎を呼ぶSFファンタジーです 人類が抱える大きな課題と試練 【神】=【『人』】=【魔】 の複雑に絡み合う壮大なるギャラクシーファンタジーです

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

処理中です...