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魔法の世界の探偵

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「古い時代、まだ龍と呼ばれる生物が空を跋扈し、天使が人の前に姿を現していた時代、魔法とは神の奇跡を解く物だとされていた。それに擬えるなら、探偵とは犯人の軌跡を解き、謎を解く生き物だ」

 いつだったかはよく覚えてないが、彼女がそう言った事はよく覚えている。
 そして言葉通りに彼女は、その軌跡を解いて怪物や怪獣と対峙し、謎を解いて怪談や怪盗を退治した。
 そうして彼女は、いつしか名探偵と呼ばれるようになったが、今日の話の時点での彼女は迷探偵と密かに呼ばれていた。
 名の知れている探偵では無く、迷惑だと知られている探偵だった。
 彼女は『シャルロット・ランベル』

 そして、これは彼女と俺のなんて事のない出会いの話である。


ーーー


「本当に頼んだぞ」

 白髪が目立つ壮年の男性が、俺の肩を両手で掴みながら言ってくる。肩にかけられる力の加減からは事の重みが伺える。
 この人は自警団に所属している俺の先輩で、今日は腰を痛めた先輩の代役としてアイリンゼ卿の別邸に行く事になっているが、それは立場としての先輩の代理ではなく、ある人物の監督役を半ば強引に押し付けられたのだ。
 その目から察するに、かの迷探偵は余程の危うさなのだろう。

「そんなに心配なら自分で行ってくださいよ。鍛練で剣を振り過ぎて腰を痛めただなんて、良い歳して」

「お前はもう少し剣を振れ、新米」

 俺の生意気な小言に、先輩は呆れた様に返した。
 俺が自警団に入ってから3年経つが、先輩だけが未だに俺のことを新米と呼んでくる。
 何度注意しても「一人前になったら」とはぐらかされるばかりなので、最近は訂正すらしていない。

「今日同行する迷惑探偵はそんなにやばいんですか?噂には聞いた事ありますけど・・・」

 探偵『シャルロット・ランベル』に関する迷惑譚はいくつかある。
 最も有名な話だと、迷子の猫を探した末に猫ではなくサーベルパンサーを連れて帰って来たと言う話だ。
 全長は最大で大人二人分を上回る事もあり、その名前の通り子供の頚椎程はありそうな歯を生やしているサーベルパンサーを、子供でも猫とは見間違い様が無いサーベルパンサーを・・・

「全くこれだから新聞屋は好きじゃないんだ。まるで彫刻を削り取って、粘土で新しく造形した様な記事ばかりだ。その話にしても、正しくは猫を食べたサーベルパンサーを連れて来たんだ」

 俺ほどでは無いにしても、脳まで筋肉で構成されていそうな先輩の口から芸術を思わせる発言があった事は置いておくとして、『サーベルパンサーを連れてきた』と『捜索中の猫を食べたサーベルパンサーを連れてきた』この二つにどんな差があるって言うんだ。
 同じ事にしか思えない。

「大きな差があるだろ」

 そう言って先輩は俺の答えを待っている様だった。
 しかし、自警団としては恥ずかしいが俺は推理が苦手だ。
 当然なんの答えも出せず、先輩の期待にも応えられない。
 暫く悩んでいるふりをしていると、痺れを切らした先輩が溜息混じりに口を開いた。

「謎が解けたかどうかだ。探偵にとっては名誉みたいなもんだろ。それの上からなら羽をつけても尻尾をつけても良いだろうが、それを差し置いたんじゃ、彫刻から胸を削り落としている様な物じゃないか」

 それが目当てだったか、二度と芸術を口にしないでほしい。

 それはそうと、確かに探偵にとっては大切なことなのかも知れないが、話の肝はそこにない、謎を解いていようがいなかろうが、街中にあの大きな獣を誘導するのは迷惑だろ。

「まぁ、そう言うな。彼女は探偵で、そう言う生き物なんだ」

 そう語る先輩の表情はどこか優しげで、親の様だった。

 それから、迷探偵が街中でサーベルパンサーを自警団に討伐させ、腹を割いては臓腑の中から子猫の頭蓋を引き摺り出したと言う聞きたくも無かったエピソードを追加してきたが、聞けば聞くほど心配になる。

「心配なのは分かるが、そう言わずに会ってみろ。と言うか時間は大丈夫か?」

 先輩に言われて時計を確認してみると、確かに少し怪しい時間になってきた。
 バスの予定時刻まで余裕はあるが、この予定時刻があてにならない物で、早着して満員になれば定時を待たずに出発してしまう。
 それを考えると、そろそろ此処を出ないと乗り過ごす可能性がある。
 それに、探偵ともそのバスの待合所で合流する予定だ。俺が遅れて先に行かれたんじゃ、何をしでかすか分からない。

 仕方がないと覚悟を決め、二日分の荷物を担ぎ待ち合わせ場所に指定されたバスの乗り合い所へ行くために、詰所の出口へと向かう。
 先輩からは、出掛けにもう一度、宜しく頼むと念押しされた。その瞳は、先までとは打って変わって真剣そのものだった。


ーーー


 乗り合い所には既に、何人もの人が待っていた。
 人が待っているって事はバスはまだ来てないみたいだ。

 少し急いだお陰で、予想よりも早く到着できたし、まだ探偵は付いてないと思うが・・・。
 そう言えば、探偵の特徴を聞いて来るのを忘れた。

「君が、今回私に同行する新米自警団員かい?」

 背後から、しかもかなり近くから、恐らく俺を指しているのであろう単語が聞こえた。しかしその声には一切の聞き覚えが無い。
 声の主を特定するために振り向くと、そこには可愛くドレスを着飾った、太々しい幼女が立っていた。

「なんだ、このガキは」

 幼女が立っているとは思いもしなかったので、内心に留めておけば良い感想を、思わず口から漏らしてしまう。

「ガキだと?確かに背丈だけ見ればそうかも知れないが、こう見えて私は淑女で、君よりも脳の皺も多いだろうさ」

 先の失言を申し訳なく思っていた事が、馬鹿馬鹿しく思える程のムカつく態度と、態度に見合って偉そうな口調に語彙。
 もしかして挑発されているのか?
 もしくは自警団員としての甲斐性を試されてる?
 色々考えたが、バスの待合所で幼女に馬鹿にされる理由は分からない、分からないのなら相手にするだけ無駄だ。

「確かに、見た目だけで判断してしまった。君が大人だと言うのなら、今の俺は待ち合わせをしていて君の相手をしている暇はない。どこへでも消えてくれ」

「はぁ・・・だから、君は脳の皺が少ないと言うのだ。新米自警団という単語に、前後の言葉を忘れてしまったのか?」

 溜息混じりの返答に、俺の頭の中には疑問符が浮かぶ。
 前後の言葉?

 何を言っているのか、よく思い出してみる。
 確か「君が、今回私に同行する新米自警団員かい」と言ったか?
 ん?本当にそう言ったか?
 とすると・・・

「お前が・・・シャルロット・ランベルなのか?」

「いかにも、私が探偵シャルロット・ランベルに違いない。此度は宜しく頼むぞ新米」

 想像していたのとはかなり異なる様子だが、確かに何とも言えない探偵感が滲み出ている気がする。
 それより何より、この先輩しか使っていない不服な呼び方を知っている。
 やはり迷探偵に違いない。

「ん?反応が悪いな。君がアイリンゼ卿の別邸に同行する新米自警団員に違いないはずだが」

 知ってしまった事実に、少し唖然としていると眉を顰めながら探偵が顔を覗き込んでくる。

「あぁ、俺が君に同行する『エルノルド・ワンズ』で間違い無い」

 俺の辿々しくなってしまった自己紹介を聞いて、何故か得意げな顔をする探偵は、やはり子供みたいだった。
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