【完結・R18】鉄道の恐怖

諦め

「兄弟…お…お兄さん、…ですか…」

男がコクリと頷く。
さっきまで笑っていた男の表情が、明らかに固くなった。

「そうです…私は真由の兄。だから…全て真由に聞いています。真由の日々の不安や悩み…違和感や清春に対する疑惑も…」

「だからこそ私は乗り出したんです。清春の身辺調査に…結果として、貴女の身辺調査にもなりましたが…。
それにしても貴女…本当に鈍感でしたね…。」男が突然、クスリと笑う。

「私が貴女の調査を始めてから、もう随分経ちますが…本当に貴女は見事に私の存在に気付かなかった。ご存じでしたか…朝もですが…貴女がお帰りの電車にも…私は何度も乗車していたんですよ…？まあ、往路ほどは…貴女には近づきませんでしたが…」

　　　…全く気付かなかった…。

男が私の自宅も把握していると話したことから、恐らくいつの時点かで帰り道を尾行されたのだろうとは思ってはいたものの…帰りの電車に複数回…男が乗り合わせていたとは…気付いていなかった。

後で知らされると、余計にゾッとする。

「ご主人も…逞しくて立派な方じゃないですか…確か、建築系のお仕事でしたかね…？いや～羨ましい限りですよ…あんなに素敵なイケメンの男を夫に持つなんて…なのにどうして…」
男が、言葉を切る。

「清春に…手を出したんですか…？おっ…、と、失礼、普通は男に言う言葉を女性である貴女につい、吐き出してしまった…　あんなに素敵な男性と結婚している貴女がなぜ…人のモノ夫を取ってしまったのですか…？」

男が私を横目で睨みつけるようにしながら、鋭い目つきで見る。
男の身体から発せられる、ピリピリとした憎悪の念を空気で感じ取る…
夫のことも…知られている。姿も見られたのか…仕事すらも…全て把握されている…
ああ、もう私には、逃げ場なんてないのだ…

ソファーの上…男との距離はわずか５０センチほどしかない…なんとなくこの距離感が恐ろしい。

「わ…私は…　」
…その後の言葉を続けることが出来ない…。
そもそも私と清春が不倫したことを説明できる正当な理由など、あるはずもないのだ…お互いに伴侶を裏切った…その事実しか、残されていない…。

「わたしは…？なんですか…？弁解や説明があるなら、遠慮なくどうぞ…？代理で聞きますよ…真由は今、意識不明のままですが。私の口から真由に説明しておきますから…ただ…何もないのなら…」男がまた、言葉を切る。

「私が真由の兄だと名乗ったうえで…私は今から貴女の脅迫に入ります。
もちろん、貴女は道を選ぶこともできます。選択肢はいくつか用意はしていますが…少なくとも、最初にお伝えしましたように…楽観視はやめてくださいね。ああ…でも、貴女は喜ぶのかもしれませんね…場合によっては…」

私は男を見た。男も私を見た‥‥顔に、少しの笑顔を張り付けた奇妙な表情で…。


男の脅迫がどんな内容かわからないが、楽しい話ではないのは、１００パーセント間違いない。

「話してください…」私はそう言葉を発した…

もう、聞き入れるよりほか、ないと思った。