【完結 R18】ほかに相手がいるのに

〜二人きり〜

帰路

「もう…そろそろいいかな…水無月さん、そんなに見られると…さすがに恥ずかしい…かも…」
杉崎さんが私の目を見て、少し気恥ずかしそうに尋ねる。

「はい…ありがとうございました。すみません、もう十分です…」
私が笑ってそう言うと杉崎さんがほっとしたように微笑み、浴衣を簡単に羽織る。
綺麗な身体が、途端に見えなくなった…

「じゃあ俺、もう洋服に着替えてくるね。水無月さんお茶でも飲んでゆっくりしてて。その後にプラン決めて旅館側にざっくりと希望伝えて、それからゆっくりドライブがてら、帰ろうか…、ね？」

「あ…それと水無月さん。部屋の露天にもし入りたいようならまだ時間あるし、俺今から館内のカフェにでも行ってくるけど、いかない？」杉崎さんが振り返り、そう、付け加える。

「あ…いえ、私はもう大丈夫です…逆に杉崎さんは？」そう聞くと、
「うん、俺もいいよ、外の温泉堪能したし…じゃ、やっぱりこのまま打ち合わせに入るか…」と杉崎さん。

「はい。ではそうしましょう。」
私はそう答え、食事をしていた座卓の方にゆっくりと場所を移す。

今度こそ、お茶を上手に淹れて杉崎さんに差し出そう…そう、思った。

この後宿泊の仮契約みたいなものをして、その後は帰る…
もう…杉崎さんとのデートのような旅が終わりに近付いてきているような気がして正直なところ、残念に思う。

これが、普通の恋人同士なら、部屋を急遽一つとって近くに車で観光に行ったり、部屋でまったりと過ごしたりゆっくりできるのに…でも、数秒後にはそんな考えをただちに打ち消す。

私と杉崎さんは単なる仕事の同僚なのだ…そんなことはできるはずもなく、まっすぐに家に帰る…当たり前だ。

杉崎さんが身支度をして部屋に戻った後、私たちは女将さんとともに、宿泊予約の手配を進めた。

まだ先の予定ではあるので人数の増減は十分にありえることを伝え、部屋のグレードや料理、宴会場の手配等を済ませて、その旅館を後にした。

「は～　…いい旅館だったね…温泉も料理もほんと言うことなしだ…女将さんは綺麗でとても親切だったし…」
杉崎さんが車に乗り込んだ後に、そんな言葉をさらっと口にする。

「…そう、ですね…すごく良かったですね。」私はそう答え、助手席に乗り込む。

綺麗で親切…その言葉に、チクリと女の自尊心を刺激される。あの女将さんに比べたら、私はちんちくりんで…まだまだ子供だ…。
そんな感情を表に出すほど、子どもではないけど…

「帰り道、すみませんがまた、よろしくお願いします」私が横を向きペコリと頭を下げると杉崎さんが微笑む。

「承知しました！じゃあ、出ようか…」
車をゆっくりと発進すると、背後で例の女将さんがお辞儀をしているのが見えた。

こちらもお辞儀をして、旅館の敷地を出る。

「さ…帰ろっか…ん、まだ四時か…。どっか寄れる時間もあるから、帰り道行きたい店とかあったら、遠慮なく声かけてね…あ、眠いようなら寝てくれても全然構わないからね…」
杉崎さんがハンドルをスマートに回しながらそう、優しく私に声をかける。


もう、杉崎さんとの、このなんとなく心地よい時間が終わってしまう…

そんな、少しもの悲しい気持ちを抱きながら、私はゆっくりと目を閉じた。