【完結（番外編）】ほかに相手がいるのに

～日常～

大人の恋愛

「おはようございます。」

朝の挨拶が飛び交う中、細野さんと話し終えた杉崎さんがマグカップを手にして部屋に戻って来た。

「おお、おはよう」
主任と石田さんが、笑顔で答える。

「おはよう、ございます…」

「おはよう。」

給湯室で、既に朝の挨拶をしたものの、再び同じように挨拶をする。

隣にゆっくり座る杉崎さんを盗み見る…。
綺麗な横顔…。

さっきは、細野さんと何を話したのだろう…。

毎日のように、細野さんは杉崎さんに話しかけ、時には相談を持ち掛け、楽しそうに振舞う。
そして細野さんは毎回…まるで猫のように…じゃれるように、杉崎さんの身体にそれとなしに触れる。
セクハラ…　それに近い…　
私なら絶対にしない…　したくてもできない、杉崎さんへのボディタッチ…　

傍目から見ていても過剰なのに、それでも杉崎さんは細野さんが触れる手をはねのけることなく受け止めているようにも見える。もしかしたら…まんざらでもないのかもしれない。

年も若く、女性らしく可愛らしい女性にあんな風に体に触れられて、嫌がる男性がこの世にいるだろうか。

ううん、そんなことを言ったら…今の時代はセクハラは男女全てに共通するものだから、男性が女性に触れられて喜ぶなんていうのは、ひと昔前のイメージ、勝手な思い込みだと、即座に批判されてしまいそうだ…。

「…　…　…」

杉崎さんの顔を盗み見るどころか、じっと、見つめ過ぎたのかもしれない…

「…　ん　…？水無月さん　…どうしたの…？　」

いきなりこちらを向いた杉崎さんと、思い切り目が合う。

「あっ　…　いえ…　すみません、何も…　」慌てて下を向く…。

細野さんの過剰なボディタッチのことを考えて、もやもやしていた…。

そんな本心を杉崎さんに打ち分けるわけにはいかないし、そんなことを言うこと自体子供じみているのはわかっている。

主任も石田さんもいる今、おかしな態度を取るわけにはいかない。

「何もないです、仕事の件でちょっと…後でまた…」

「…　そう　…？　何かあったらいつでも聞いてね。」

「はい…」

杉崎さんと恋人同士になれた途端、このモヤモヤした気持ちは何だろう…。

林さんのことを考えても…　
細野さんのことを考えても、心の中に…すっきりとしない、嫌な感情が広がっていく。

ああ…　そうか…　この、負の感情…　　

これが…　嫉妬…　　　

「…　…　…」

初めて、こんな感情を持った気がして、不思議な気持ちになる…。

拓海と居た頃は…
そして、拓海にそんな人がいそうだと疑った時でさえ、こんな風に感じたことはないのに…。

心が狭いと言われたとしても…
やっぱりどうしても…あんな風に、杉崎さんの身体にべたべた触れてほしくない…　

「…　…　…　」

嫌だ…　自分自身が嫌だ…　　なんて、心が狭いのだろう…　

私がこんな感情を持っていることを、絶対杉崎さんには知られたくない…。
杉崎さんは私よりも一回りも年上で…大人の男性だ…。

子供ではなく、大人の恋愛はやっぱりすっきりドライに…そうでないと、杉崎さんに呆れられる…。

これからは普通に、気にしない…。　

私はそう決意したが、その意気込みは、週末に呆気なく崩れることになった…。