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~杉崎~

彼女

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「あ… … 」思わず、声が出た…。

いつもの給湯室に、彼女の後ろ姿が見えた。

「… … …」
なんと、声をかけよう…。

いつものように、背後から…
いつものように、普通に… 笑って、彼女に声をかけよう…

「水無月さん」小さく、声を発する。

出張の後…

俺の頭から、なかなか離れてくれなかった光景…。

あの男の、勝ち誇ったかのような笑顔…。

空港で、拓海に強引に腕を引かれ、よろめいて奴の胸に顔を埋めた彼女の、後ろ姿…。

彼女のサラサラの細い髪が…不安げに、少しだけ、揺らいだ…。

あの後、彼女と男が隣り合って… 
二人、並んで俺の前から去っていくのを眺めて… 何とも言えない気持ちになった。

「… … …」

彼女からの反応がない…いつものように笑って、こちらを振り向かない…。

どうやら、声が小さ過ぎたようだ…。


不意に、頭の中に流れ込んでくる感情…。

なぜ…いまだに… 彼女は奴の… 拓海の彼女なのだろうか…

なぜ、俺は… いまだに…智花との関係を、終わらせていないのだろうか……

ああ…もう、ダメだ…
このままでは、彼女の前で普通に、大人の男を…
紳士な男を演じることができない…。

あれから帰って、奴とどんな話をした…?

別れ話は、本当に出来たのか…?
できたとして、あの男は…承諾したのか…? 
そもそも彼女は、そんな話すら、切り出せなかったのではないか…。


今すぐに尋ねたいことは山ほどある…。
俺の心中はもはや、嫉妬と…
彼女に対する、得体の知れない男の欲望で、どろどろだった…。
だが、こんな理性的でなはい感情を…表に出すわけには、いかない…。

「水無月さん、おはよう。」

彼女の華奢な背中に向かって、
もう一度、先ほどよりは大きな声を出してみる…。

「あ…、おはよう、ございます… 」

彼女が振り返る。
相変わらず可愛らしい薄茶色の瞳が、俺を見上げる…。

「… おはよう。あの、週末の出張、お疲れ様でした…あの後、……」

      …大丈夫だった…?

そんな言葉が口をついて出そうになったが、なんとか止めた…。

「いや、その… 無事に終わって良かったね…」取り繕うように、言葉を続けた。

不意に、彼女の視線が、不安そうに左右に揺れ動いた、ような… 
そして俺の目から、そっと、視線を逸らされたような気がした…。
なんだ…どう、した… … ?

「あ…こちらこそ…大変、お世話になりました。」いつも以上に、か細い声…。

「うん… 今日も、頑張ろうね…まずは主任に報告かな…」

「はい…あの、…また…引き続き、ご指導…よろしくお願いします。」ペコリと頭を下げる彼女。
よそよそしいこと、この上ない…。

「うん…  じゃあ、また… 」

俺は彼女に背を向けて、ゆっくりと歩き出した。

いつもは、どちらかと言えば暖かな、給湯室で…
一瞬にして、冷たい空気が漂っているかのような感覚を覚えた…。

何か、おかしい…

彼女の様子がいつもと…あの夜と…俺と別れたあの夜と…明らかに、違っている…。

出張先のホテルで… あんなにも狂おしく…
彼女と身体を重ねて…彼女に、前よりも、より一層…近付けた気がしたのに…

今の彼女と、俺の間には…
何とも表現しようのない…距離が、あるのを感じた…。

「… … … 」

まさか…あの男との話が… おかしな方向に…?

彼女は… あの後、奴と、どんな話を…

そもそも、話だけで済んだのだろうか…?

ああ…想像すらしたくない…。


いずれにしろ、タイミングを見て…
彼女と、ゆっくり今後のことで話がしたい…。

俺は頭の中の嫌な想像を振り払うかのように、部屋のドアに手を掛けた…。







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