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5.待ち望んだもの
しおりを挟む同じ顔をしたわたし達が民の前に現れては混乱を招くだろうと、菫色の瞳のエクレールは秘密裏に王弟殿下のお屋敷に行く事になった。同時に王弟殿下の養女として身元を確かにされるらしい。聖なる力を宿しているのならその方がいいだろう。聖女というのは奇跡の存在で、信仰の対象なのだ。誰かの保護は必須で、王族が守るのが一番安全だ。
彼女がどう扱われるかは、今後のわたし次第と言える。わたしの聖なる力がどういったものか、それが分からなければ話にならないから。
だから成人の誕生日は特別な意味合いを持っていた。特に神託があったりしたわけじゃないけれど、成人したらさすがに聖なる力が発露するのだと、神殿も王家も期待したのだ。
あまりに周囲がそのつもりだから、きっと何か起きるに違いないと、わたしもいつしかそう考えるようになった。
けれど……実際には、菫色の瞳を持つ少女が現れただけ。しかもその少女は聖なる力を持っており、更にエクレールと名乗った。
これがどんな意味を持つか分かるだろうか。
普通なら、彼女の存在こそが奇跡なのではないかと、そう思う事だろう。
不安な気持ちに押し潰されそうになりながら、わたしがこれまでと同じ生活を送る中で、彼女はその力を如何なく使った。
最初は王弟殿下の治療だった。彼女は、会話の途中で聞くなり、その場で膝の不調を癒した。長く患っていたそれは事故の影響によるもので、治療は叶わないと医師に診断されていたのだ。
それが瞬く間に治っていくのだから、王弟殿下の驚きは如何ほどだったろう。報告にやって来た王弟殿下の興奮っぷりは凄まじかった。
一緒に連れられてきた彼女は、きょとんとした表情で養父を見ている。
「何の違和感もないんだ。これは素晴らしい力だ!」
「聖なる力はこんな事もできるのか」
報告を受ける国王陛下は、彼女を振り返った。
「エクレールよ、そなた、他になにができる?」
「なにが……と言いましても、説明が難しいのですが」
「どういう意味だ?」
彼女は白魚のような指を白い頰に添えている。
「わたくしが望んだ事が実現するのです。お義父様の膝は、痛みが無くなればいいと願ったらその通りになりました。わたくしの使える聖なる力は、そういうものですわ」
「それは素晴らしい!」
国王陛下が叫ぶのに、彼女は肩をびくりと揺らした。その気持ちは分かる。わたしもちょっと驚いたもの。
けど、それ以上に彼女の言葉に驚いていた。
聖なる力がどんなものなのか、詳しく書かれた書物などが残っていなかったのだ。神託もそこまでを告げたわけではない。それがまさか、そんなものだったとは。
「繁栄をもたらすと言われるわけだ。それほどの力であれば、この国の将来は約束されたようなものではないか」
国王陛下はそう捲し立てる。そうして視線をわたしへ向けた。
聖なる力を宿した乙女が、この場には二人居る。
すごく単純に言えば、奇跡が二倍起こせるわけだ。施政者としては見逃せないだろう。
同時にこれは危険を孕んでいる。彼女は「望んだ事が実現する」と言った。問われるまま答える彼女によると、天候はほぼ自在なのだそうだ。地形を変えるのはできないが、崩れた橋の上にいた人が助かるようにと祈ると、瓦礫の中から無傷で救出されたのだという。
橋の崩壊は防げないが、人命は救える。それだけでも大きな奇跡だ。
国王陛下も王弟殿下も、そして呼び出された殿下も大いに喜んだ。これで今後起こり得る災難から、我が国はほぼ守られる事だろう。彼らはそう言って、女神の奇跡に感謝を述べる。
わたしはその中で、震える手を握り締めていた。内臓が冷えていくような寒気を覚える。
彼らは二人の聖女がもたらす奇跡を望んでいる。……じゃあ、それが一人のままだったら?
もしも彼女が聖女のまま、わたしがそう成れなかったら。わたしはどうなるのだろう。彼らはわたしをどうするのだろう?
それに、彼女の居なくなった世界は、聖女を失った事になる。それはいいの? 聖女を失った世界はどうなってしまうの?
誰も思い到っていないように見えるその考えを、わたしはどうしても振り払えなかった。
(女神様。あとどのくらい祈ればいいのですか)
手を組んでいたからか、自然わたしは祈りの言葉を心の中で唱えていた。今日これまで幾度唱えたかわからない言葉はすらすらと出てくる。
それに対する言葉は返ってこない。
いつまで待っても、望む言葉が返ってくる事はなかった。
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