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3.奇跡

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 あと何年、こうしていればいいのだろう? このところわたしはそればかり考えている。
 聖なる力が宿らないのは真剣ではないせいだと、殿下はそれを繰り返しわたしに言った。……それは確かにそうかも。でも、聖なる力を望むわたしの心は真剣なんだけどな。
 わたしに宿るという聖なる力。それは、女神様がもたらす奇跡の力。女神達を束ねる主神からの恩恵、その祝福の光。人の世界に発露すると、光となって大地を癒すのだという。

 わたしの運命はともかく、この大地に生きる命への祝福は願ってもない事だ。わたしの犠牲だけで、王国に富がもたらされるのならそれでいい。

 ……本当にそう?

 内側からなにかにまれるような、そんな感覚がわたしを蝕んでいく。
 わたしはそれを押し込めて、日々を過ごしていた。

 殿下達は相変わらずだ。でもわたしは気にしなかった。いちいち気にしていたら心がもたないから。そんな風だから、学友も付かず離れずで、わたしには親しい友人というのはいなかった。常に従う令嬢がいたが、それはわたしの世話係で、王家がつけた護衛のようなもの。心を許せる人というのはいなかった。
 それでも構わない。わたしが信じるのは、祝福を願うわたしの心だけ。それだけがわたしを支えていた。

 そんな中、わたしは十六歳の誕生日を迎えた。
 十六歳は成人となる年齢だ。その為、お祝いは盛大に行われた。まだ聖女の力は発現していなかったけれど、神託にあった聖女の成人とあって、国民の期待は大きい。それに応えた形だ。
 いつも静かな神殿の廊下には正装をした神官達が並んでいる。着飾った王家の人々が大聖堂に集まり、その中でわたしは女神様に祈りを捧げた。
 これが終わったら、大通りを馬車に乗ってお城まで戻る。人々に聖女の姿を見せるためのパレードだ。裾を引き摺る白いローブはいかにも高潔そうで、聖女をどう扱おうとしているかが見て取れるというもの。
 そんな思惑だってどうでもいい。この時も、わたしは心の底から祈った。
 この地に祝福をくださいますように。もうそれだけでいいから、早く、早く……。

 その祈りが通じたのか、突然光が大聖堂に溢れた。とても強い光だったようで、辺りから悲鳴に似た声が上がる。
 目を閉じていたわたしも、瞼の上から光を感じた。こんなの、今まで祈っていて初めてだった。
 もしや、ようやくその時が来たのだろうか。どきんと心臓が跳ねる。
 けど、直後に湧いたどよめきで、なにかが起きたのだと分かった。一体どうしたのか、と瞼を開けると、そこには——一人の少女が、戸惑うように目を瞬かせている。
 その少女はおかしかった。様子が、というより、見た目が。
 ミルクティー色の髪、菫色の瞳。そしてなにより、わたしにそっくりな顔立ち。
 また、心臓が跳ねる。さっきとは違う鼓動は痛いくらいで、妙に不安を感じたのを覚えている。
 彼女は何者なのだろう。違うのは瞳の色だけ、のように見えるけれど、わたしの親族に同じ年頃の女の子はいない。そもそも、こんなにそっくりな顔は、例え姉妹でもあり得ないだろう。双子ならあり得たかもしれないけれど、わたしは正真正銘一人っ子だ。産まれた時に離れ離れになった双子とか、そういうのもない。それは届け出を受けた神殿が証明できる。

「エクレール。お前、姉妹が居たのか?」
「いいえ、りません」

 わたしの様子を訝しんだ殿下が尋ねてきて、わたしはすぐさま否定した。わたしに姉妹が居ないのは殿下も知っているから、「そうだよな」と納得した様子だった。
 けど、けれど、だったらこの人は——?

「娘よ。お前、名はなんと言う?」

 殿下は今度は、まだ床に座り込んでいる少女を向いて聞いた。
 祭事に参加している神官長様も国王陛下も、わたしの家族達も、誰もが固唾を飲んで少女の返答を待った。
 少女は、震えながら答える。

「わたくしはエクレール。エクレール・サレバントーレ」

 光の中から現れた彼女は、あろう事かわたしの名を名乗ったのだ。
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