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11.かわいい子には旅も無理もさせるな②

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「……急に何をしに来た?」

 無表情でアルベルトを迎えたのは、アズール公爵、シュナイダーだ。アポ無しで突撃してきたアルベルトを追い返す事なく、とりあえず応接間に通した。土産に持ってきたティーメル牛の肉がここでも役に立った。
 アルベルトはどかっとソファに腰を下ろし、長い足を組む。こやつの尊大な態度に腹を立てても仕方ないと、シュナイダーはそれには目を瞑った。ただ、要件もなにも無しにやって来たので、なにを要求されるかと気が気でない。怪訝そうな顔になるのは止められなかった。

「リリアンがコルセットを嫌がってるんだが、コルセット無しで着られるドレスはないのか?」

 だが、続いたアルベルトの言葉に「は?」と低く声を漏らした。

「あると思うか?」
「なぜ無いんだ」
「阿呆か、お前は」

 シュナイダーは心からの本音を溢す。
 主に貴族女性がドレスの下に着込んでいるコルセットは、ドレスを着た時のシルエットを美しいものにする為の下着だ。更に言えば、体型を保持するのと同時に、繊細な生地のドレスを汗や皮脂から守るものでもある。ドレスを着る事と、コルセットを着る事は、切っても切れないものなのだ。

「コルセットが必要な世の中が間違ってると思わんか」

 だと言うのに、この男はそんなことを言う。胡乱うろんな目でシュナイダーがアルベルトを見るのも仕方のないことであった。

「別に世の中は間違っているとは思わないが、とりあえずそんなドレスは無いと言い切れる」
「なぜ?」
「な、なぜ?」

 シュナイダーは瞬く。

「いやだからだな、今の世の中のドレスは、コルセットを着けることが基準になっているから、それで」
「それで、コルセットを必要としないものが出来ていないと、そういうことか」
「う、うむ。そうだな」

 頷くシュナイダーに、ふうん、とアルベルトは腕を組んで、真っ直ぐに見返している。

「本当に?」
「本当だが」
「それは確かか」
「た、確かだが……」

 そんなアルベルトの態度に、なんだか自信が無くなってきた。シュナイダーの知る限り、女性のドレスというのはコルセットありきの設計となっている。それは間違いないはずだ。だから、そもそもコルセットを使わず着るドレス、というのは存在しない。あるとすれば、庶民やメイドが着るワンピースだろう。あれはコルセットは使わない。だが、街では、革素材のコルセットに近い帯でウエストを締める女性が多いのだそうだ。少しでも貴族のものを真似ようと、そうなったと聞いている。

「だが、生地にゆとりのあるワンピースでそれをしたところで、大した効果はなかろう」
「そうなのだがな。女性にとって流行と貴族の装いというのは、特別な憧れなのだろう」
「ふうん?」

 アルベルトはまったく意味がわからない、という顔をしている。それもそうだろう、シュナイダーもだが、生まれながらにして全てのものを手にしていれば、それを持たない人間の心情など想像できても実感できるものではない。ましてやこの男の元には、世の女性の憧れそのものとも言える存在が顕現している。
 シュナイダーだって、自分の娘がいちばん可愛い。自分に課せられたもの、果たすべきこと、忘れてはいけないことを拙いながら把握して、自分の役割を果たそうとしている。頑張りすぎてそれに縛られそうになっているのが心配の種であるが、成長すればそれも理解してうまくこなすだろう。
 だが、アルベルトの娘、リリアンは、シュナイダーの娘より格段にそれを理解した令嬢だった。
 慈愛に満ち、まっすぐに姿勢を正す姿は、王家に連なる身であることを体現していた。それはまさしく気高い貴族の在り方そのもの。それをあの年齢で自覚する、それが恐ろしいとすら感じる。十四歳であれなのか、と思わずにいられない。

(で、そのリリアン嬢がから生まれたというのが、本当に信じられん)

 シュナイダーは目を細める。リリアンの事はもう、手放しに素晴らしいと言えるが、その父親がこのちゃらんぽらんで破茶滅茶な男というのが、なにかの冗談としか思えない。娘が素晴らしい分、この男の残念さが際立つ。娘の爪の垢でも煎じて貰え、と嫌味を言っても、喜び勇んで実行しそうで気分が悪くなる。なのでそれすら言えなかった。

「聞いているかね、シュナイダー君」

 そんなことを考えていると、そんな不機嫌そうなアルベルトの声がして、シュナイダーは意識を戻した。

「これでも一応、知識はあるつもりだが、私はこれ以上のことはわからん」
「なんだ、わざわざ来たのに」

 突然押しかけて来て、役立たずとでも言いたげなアルベルトに、ぴきりと青筋が浮かぶ。うっかり血管が切れそうになったが、シュナイダーは深呼吸してそれを堪えた。なんとなく、このまま帰すのはシュナイダーのプライドが許さない。シュナイダーは自らの執事を呼びつけた。執事に、娘をここへ呼ぶようにと言いつける。
 しばらくして応接間に娘のセレストがやって来た。

「お父様、お呼びでしょうか」
「ああ、すまんな、セレスト」

 いえ、と溢すセレストは、客人と会っているはずの父親に呼ばれ驚いた。そして、そこで〝客人〟を見て更にそれを深める。そこにはセレストの父親と不仲と評判の、ヴァーミリオン公の姿があったからだ。

「ヴァーミリオン公にはご機嫌麗しく」
「ああ」

 さしてセレストに興味の無さそうなアルベルトはそっとしておいて、セレストは自らの父親に視線を向けた。父は、なんとも苦々しい顔でアルベルトを見ている。セレストの視線に気付くと肩を竦め、んん、と咳払いをする。

「セレスト。ドレスの事で、このあほ……ヴァーミリオン公が困ってるそうだ」
「ドレス、ですか」

 シュナイダーがなんだか不穏な単語を言ったような気がしたが、それよりもセレストは内容が気になった。
 シュナイダーが当主を務めるアズール家は、王国内で服飾を統括する役割を担っている。それは販売だけでなくまったく新しい製品の開発であったり、生地の生産だったりも含まれる。なにも生地を織るだけでなく、絹なら蚕を飼うところからであり、羊毛なら育成に向いた品種の交配であったりと様々だ。新製品の開発と言えばヴァーミリオン家が国内では最大規模で行なっているので、アズール家はその開発された新製品を量産する体制を整える、といった具合に、なんだかんだと両家は無関係ではなかった。シュナイダーがそれを不本意に思っていることは、セレストも知っている。
 だが、そんなヴァーミリオン家の規格外の御当主様が、アズール家の娘であるセレストになんの話があると言うのか。

「こいつがな、コルセットを使わず着るドレスは無いのかと、そう言うんだ」

 セレストは父親の言葉に目を瞬いた。

「コルセットを使わないドレス、ですか?」
「そんなものは無いと言ったんだがな。この阿呆は譲らんのだ」

 ばっちりしっかりアルベルトを阿呆と言い放って、シュナイダーは腕を組む。とりあえずその部分は聞こえなかった事にして、セレストは考えた。

「そうですね……少なくとも今は、そんなドレスは存在しませんわ」

 だがそう言うと、アルベルトがシュナイダーに向けていた視線をセレストに移した。やや口角が上がっているのは喜びとかの感情ではなく、シュナイダーの発言を受けてのものだろう。正直なところ、どうしようもない大人達だなと、セレストは思った。
 まるで屋敷の主人のような態度で、アルベルトはセレストに言う。

「セレスト・アズール。コルセットの役割とは何だ?」
「美しいウエストのラインを作ること。バストを形良く支えることですわ、ヴァーミリオン公」
「では、コルセットが無くても美しいウエストラインとバストを支えることが出来れば、コルセットは不要と言えるのではないかね」

 その言葉にセレストは息を呑んだ。

「それは……確かに」

 簡単に言えばそういう事だ。形良くシルエットを出す事が出来るのなら、必要ないのだろう。それが難しいから使っているわけで。セレストだって、着けなくていいのであれば着けたくない。着けているとやはり苦しいのだ。
 だが、だからと言って簡単に手放すことはできなかった。

「ですが、その……わたくし達は長年コルセットを着用しています。それが無いのは、その、抵抗がありますわ。せめて代わりのものが必要かと」

 締め付けられなくなるのはいいが、コルセットを着けない場合というのは部屋着になる。部屋着のまま外出したり、他人と会う事はしないのが貴族女性だ。コルセットが無くても着られるドレスというのは、セレストからするとそれに近い感覚になる。せめてそれをカバーする別のものを着けたいところだ。
 そう言うと、ふむ、とアルベルトは腕を組む。

「なら、それを作ればいいんだな?」

 セレストはぱちくりと瞬いた。

「そうですが、世間一般には、とてもではありませんが受け入れられないと思いますわ」
「いや世の中のことは知らん。リリアンがどれだけ不便しないか、綺麗に見えるかだ」
「お前な……」

 きっぱりと言い切るアルベルトに、シュナイダーは呆れを隠さない。たっぷりとため息を吐いて項垂れている。
 セレストはそんな父には構わずに、アルベルトに向いた。

「あの子のドレスを作るのですか」
「まあな」
「コルセットを使わない、まったく新しいものを?」
「そうだ」

 セレストは眉を寄せた。リリアンのことは、色々あって現在ではそこまで遺恨はない。だがそれでも引っかかるものはある。ただ、それ以上に興味があった。いつも知らない所で始まるリリアンの為の最新製品の開発、それが今まさにセレストの目の前で始まろうとしている。
 リリアンが纏うドレスはどれも目を見張るほど洗練されたものだ。伝統的な形状でありながらもひとつひとつの細工が素晴らしく、職人の技術力を感じるもの。それとは真逆の、過去に例のない技術を用いて作られた画期的なもの。そのどれもが素晴らしく、アズール家の長子として生まれたセレストにとっては、全てが見逃せないものだった。だが、それはリリアンのものだ。セレストの婚約者ルーファスのこともあって、セレストがリリアンに対してドレスの詳細を尋ねる事は出来なかった。セレストがそれを知るのは、後日になってヴァーミリオン家から技術がもたらされたその時だった。
 だが、今はどうだろう。まさにこれから、開発が始まろうとしている。
 セレストは己の好奇心がうずうずと騒ぎ出すのを感じていた。

「ちなみにですが、どういったドレスになる予定なのでしょう」

 珍しくアルベルトはそれに素直に答えた。

「コルセットが無くても済む、リリアンの美しさを表現できるものだな」

 思った通りの返答にセレストは考える。

「美しさを表現……ならばやはり、コルセットを使わずにボディラインを出せるようなものかしら」
「そのアイディアは悪くないな」

 思いがけず肯定されて、セレストは視線を上げた。

「コルセットを使わずに、どうウエストラインを出すおつもりですか」
「例えばだが、ドレス自体がコルセットのような役割をすればいいんじゃないのか」
「……ドレス自体が?」

 アルベルトは頷く。

「ドレスで締める。というより、伸縮性のある素材で、ウエストを引き締めるんだ。ちょうどそういう素材を職人が見つけた。うまく使えば、可能かもしれん」
「まあ……」

 セレストが想像している以上に、ヴァーミリオン家の職人は研究熱心のようだ。こういう新しい概念の製品を作るには、まず素材の開発から始めねばならないが、もうすでにそれは済んでいるらしい。そもそもそれがあるから、アルベルトはこう言い出したのだろうが、ともあれそれが済んでいるのなら話は早い。アルベルトも珍しくにこやかに、にやりと口角を上げた。

「苦しくない程度の強さにすれば、きっとうまくいく」

 そのアルベルトの勝ち気な態度と表情に、セレストは胸が高鳴るのを感じた。どくん、と鼓動が跳ねる。それは、今まで感じた事のないものだった。
 未知の物が形になろうとしている。セレストの目の前で。その片鱗を目の当たりにしたことで、セレストの中の何かに火が点いた。それが燻っている。頰に熱が集まるのを実感していた。
 シュナイダーはそのセレストの姿が、アルベルトに見惚れているのだと勘違いしたのだが、気のせいに違いないと激しく首を振る。突然の当主の行動に執事はびくりと肩を揺らした。
 セレストは、そうだわ、と呟いて、執事にセレストの自室からスケッチブックを持ってくるように伝えた。驚いた表情の執事はややあって、指定したスケッチブックを手に戻ってくる。セレストはそれを開いてアルベルトの前に差し出した。

「これは、当家で考案したドレスのデザイン画です。適した素材がないために、作ることが叶わなかったのですが」
「……これは」

 アルベルトはまじまじとそれを眺める。

「なるほど。美しいラインが出せれば、これはきっとリリアンに似合う」
「ですが、肝心の生地が、非常に難しくて。ドレスの下、下着も同様に薄手のものでなければなりません」
「構わん。どちらも新たに作れば済む話だ」

 ごく当たり前のように言うアルベルトに、セレストは一瞬息が止まった。既存のものは全て試して、実現できない事を確認している。それだけでも大変だったのに、この御仁は言うのだ、作ればいいとそれだけを。そこにどんな苦労があるのか、セレストに考えつかなかった。

「ここをこちらのデザインと入れ替えたい」
「なるほど。上体との対比が良く出ますね」

 はっとしたセレストはそう言って、スケッチブックの新しいページを破った。そこに新たにデザイン画を描く。
 極力身体のラインを生かすドレスだ。ドレープも作らず、パニエは着ない。ペチコートもごく薄手のものでなければならない。

「上体の装飾は最小限にして、首元のアクセサリーで存在感を出します。シンプルである事が最大の特徴ですので」
「良いな。昨年作ったサファイアのネックレスが映える」
「サファイアであれば、ドレスは紺なんかが良さそうですね」
「紺のドレスは昨年作ったばかりだな」
「ああ、あの夜空のようなドレスですか」

 それは、いつぞやセレストが右手を氷漬けにされたパーティーで、リリアンが着ていたものだ。紺青は夜中には無い明るさを湛えた紺で、あれは確かに美しかった。

「色味を変えれば、似たもののようにはなりませんが……そうだわ!」

 ぱちん、とセレストは両手を打ちつける。

「美しい青の生地が新しくできたのです。そちらを使いませんか」
「だが、それではシルエットが美しく出ないのではないか。適切な生地が無い為に、このドレスは作れなかったのだろう」
「あ、そ、そうでしたわ」
「新たな生地に、その染め方が適応できないか試すのがいいだろうな」

 なるほどと頷いたセレストに、シュナイダーはひくりと頰を引き攣らせた。

「セレスト、それは……」
「ええ、お父様。先月方法が確立したばかりの、魔石ませきめですわ」
「そ、そう、だよな……」

 はあ、とため息をついたシュナイダーは肩を落とす。
 その様子を眺めていたアルベルトは、首を傾げた。

「魔石で糸が染まるのか?」
「いや、染料を使う。染料は希少ではあるが通常の素材だ。定着に砕いた魔石を使うんだが……」
「が?」
「……上一級じょういっきゅうでないと綺麗に発色しない」
「なるほどな」

 上一級、というのは魔石の等級だ。それの最上級にあたる。そもそも魔石は数が少ない。尚且つ豊富な魔力を宿した上一級ともなれば、一年の間に数個見つかればましな方だった。シュナイダーが視線を逸らしたのも頷ける。そんな物を新たな素材に使うとなれば、いくらあっても足りない。主に予算が。
 だが、アルベルトは一切表情を変えなかった。

「ならば問題ない。うちの倉庫にたくさんある」
「は?」
「木箱に二つほどあるからな。それを使おう」
「おま……貴様それ……市場に流せ!」
「断る。色々使い出があることだし」

 思わぬところで思わぬ在庫情報を得たシュナイダーは、ギリギリと奥歯を鳴らす。それを向けられるアルベルトはどこ吹く風だ。シュナイダーのことは視界にも入れず、デザイン画を見ている。

「ただの青では面白味が無いな」
「生地をグラデーションにされてみては?」
「それはそれでありきたりだな」

 ドレスの形状と、サファイアのネックレスを合わせると、生地をグラデーションにしたところで華やかさもまとまりも無さそうだ。

「うん? 魔石……」

 アルベルトの脳裏にとあるものが浮かぶ。

「そうだ、それがいい!」
「閣下?」

 急に叫んだアルベルトにセレストは首を傾げた。

「なにかアイディアが?」

 アルベルトはうむ、と頷く。

「魔石は魔力を通すと、その属性に光るのを知っているか」
「ええ、そういった物もありますわね」
「魔石の属性が色に現れる物もあるが、通した魔力によって色を変える物もある」
「そんなものがあるのですか」
「極めて純度の高い、一部の物だがな」
「それを用いると?」
「ああ」

 ということは、とセレストは考える。通した魔力によって色を変えるということは、火属性なら赤やオレンジ、風属性なら緑などになる、ということだろう。青いドレスにそれを使い、リリアンが魔石に魔力を通す。リリアンの属性は水だそうだから、青に色が変化するはずだ。だが、ドレスの色は青。青のドレスに青の石、悪くはなさそうだが見栄えがするだろうか。

「純度によって、魔力を通した際の色味が変わる」
「えっ? そ、それは」
「ドレスに縫い付ける魔石を変えていき、グラデーションになるように調整すればいい」
「まあ……! それは、素晴らしいアイディアです!」

 今までも、ドレスに縫い付ける宝石を工夫することで図案を描いたものがあったりしたが、これは色を調整するだけでなく光を放つという。だったらもう、それだけで存在感は抜群だ。
 それに、色味の異なる魔石を集めた宝飾品というのはそもそも作られていないと思う。あまりにも高価になるからだ。だったら宝石を散りばめてランプの前に居た方が安価だし華やかになる。それを、わざわざ魔石を使うというのは、魔法に精通したアルベルトらしいと言えるだろう。資産が豊富なヴァーミリオン家にも相応しい。
 ヴァーミリオン家らしく、アルベルトの発想らしい。しかも過去に例が無い。なるほどそれは、ヴァーミリオン家の至宝たるリリアンに相応しいだろう。
 未だかつてない、斬新なアイディアに、セレストは興奮が収まらなかった。

「ここ、レースにしてもいいですわね」
「レースを付けないデザインで作ってみて、合わせるのがいいだろうな。リリアンならばどちらも可憐に着こなすから悩ましいな……」
「ドレス本体の装飾は、全て取り払いましょう。リボンも不要ね……」
「露出は最小限にな」
「ええ、心得てますわ」

 セレストはさらさらとデザイン画を更新していく。

「如何でしょう、ここをこうして、内側はこうして……」
「悪くないな。歩きやすそうでもある」
「そうすると、この辺りに刺繍が欲しいところですわね。色は……やはり銀かしら」
「魔銀糸でも使うか」
「ですが、魔石を散りばめますでしょう? 重たくなりすぎるのでは」
「むっ、そうか。それはまずい。リリアンの負担になる」

 ああでもない、こうでもないと白熱するセレストとアルベルトを前に、シュナイダーはお茶の入ったカップを手に黙りこくっていた。とてもではないが勢いが凄くて口を挟めない。
 アルベルトが言っていた色の変わる魔石は、確かにある。不純物が無い為に透明度も高く、その分滅多に見つからない。そもそも、上一級の魔石の中で透明度の高いものが一部そういう特性を持っているのだ。それを小さく砕いてドレスに縫い付けるとなると、その貴重な魔石をいくつ使うのか。
 セレストが言う魔石染め。それに使う魔石は粉末状にしたものだ。一度に使う量はそんなに多くない。それでさえ、普通に染めたものより桁が違う。
 それに、そういう魔石は使い方によっては非常に便利な魔道具の動力となる。染色に使うのは加工の際に出た廃材だからそうでもないが、石そのものを使用した場合、そもそもそのドレスが強力な魔道具になり得る。
 シュナイダーはお茶を啜った。恐ろしい。一体なにが出来上がろうとしているのか。
 そうこうしているうちに、どうやら大まかな仕様が決まったらしい。よし、というアルベルトの声がして、シュナイダーは視線を上げた。

「早速領地に戻り手配を……」
「お待ち下さい」

 すでに立ち上がり、今にも飛び出しそうなアルベルトをセレストが静止した。どうしたことかとアルベルトもシュナイダーも眉を上げる。

「その、厚かましくて申し訳ありませんが、是非わたくしにも協力させて頂けないでしょうか」
「はっ? セレスト、一体なにを」

 シュナイダーは思わず声を上げた。アルベルトは意外な事に、おや、と首を傾げる。

「君をか」

 セレストがそれに頷いた。
 アルベルトは目を細める。リリアンの方はセレストの事を友人だと思っている節があるが、セレストの方はそうではないようにアルベルトには見えた。それはもちろん、ルーファスの事があるからなのだが、それ以上に確執があるように思う。

「これは、リリアンの為のドレスだぞ。分かっているのか」
「ええ、もちろん。それでもです」

 だがセレストはその様に答えた。その瞳には、力強いものが宿っていた。見覚えのあるそれに、アルベルトは面白い、と口角を上げた。自領の工房なんかで良く見るものだ。自らの発想を形にする、それが楽しみで仕方ないというそういうもの。職人の目だ。彼女は紛れもなく公爵家の令嬢だが。
 アルベルトはにぃっと更に笑みを深める。彼女の発想は、リリアンの更なる美に役立つに違いない。

「いいだろう」
「あ、ありがとうございます! 精一杯努めますわ」
「うむ」

 頷くアルベルト、頬に朱を昇らせるセレスト。セレストはどう見てもやる気に満ち溢れている。こんなセレストを見るのはずいぶん久しぶりだ。それ自体は喜ばしい。
 しかし、娘が単身ヴァーミリオン領に行くと、勝手に決められてしまった。セレストの様子から止めるのは難しいと判断し、シュナイダーは呆然とその様子を眺めている。

「な、なぜこんなことに」

 シュナイダーは一人、そう呟いた。
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