Story From The Lethe

鳴世 響

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第一章

3.謎の少女(2)

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 ローリスは道路を引き返しながら、ある場所を目指した。
 街中は、石造りの建物が並び、軒を連ねる店のネオンが色鮮やかに光っている。
 後ろを歩く少女の興味深そうに見開いた瞳が、街の光で輝いている。

 二人が歩く間にも道路の上を、水陸両用の乗り物が浮遊して通り過ぎていく。
 中央塔を中心に構築されたこの都市は、中央に近づくにつれて、街並みに高層の建造物が多くなっていく。

 その近代的な街並みに一つ、前時代的な白いレンガ壁の建物がある。かつて、地上にあったものをそのまま持ってきたのだとか言うが、真偽の程は定かではない。
 それが、この地域の治安軍の本部となっている。中は大きな広間となっており、木のフロア上を、兵士たちが慌ただしく行き交っている。

 カウンター越しに仕切られた部屋の半分より向こうには個人用デスクがずらりと島を作りながら並び、そちらは兵装ではなく、制服を着た司令官やオペレーターと思しき者たちが慌ただしく動いている。

 そのカウンターの前に、兵士たちとしきりに何か話す大柄な白銀の鎧の男が居た。
「ゼノン隊長!」
 ローリスが名前を呼ぶと、その男はこちらを見て屈託ない笑みを浮かべる。
「おお、ローリス。どうかしたか?」
とローリスの背後に目を遣ると、こちらを見ている少女が目に入った。

「ん? 誰だ、その少女は……」
 言いかけてはっとした顔をする。
「お前、まさか……」
 震える指で少女を指差す。


「違いますよ」
 長い付き合いで、大体ゼノンの言わんとすることを察したローリスは呆れ顔で言った。
 ゼノンは咳払いをする。
「……そうか、それなら良いんだが」

 彼の言葉にローリスは苦笑いを浮かべる。
 少女は後ろで二人のやりとりをぼんやりと見つめている。
「なら、その子はなんだ?」
 彼は改めてローリスに聞いた。

「アクアリウムの外に投げ出されていたのを救助したんです」
「何だって?」
 信じられない、とゼノンの表情が言ってる。


「よく、無事だったな。ビークルの故障でもあったか?」
 ゼノンは少女の方を向く。
「ビークル……?」
 少女は首を傾げた。
「それは何?」

 ゼノンは眉間の皺をますます深くする。元々厳つい顔がより険しく見える。
 彼は少し屈んで、隣のローリスの耳元に顔を近づけた。
「この子、大丈夫なのか?」

 ゼノンは小声で言う。
「事故のショックなのかわかりませんが、会った時からこんな感じです」
 ローリスも小声で返す。

 先ほど、ローリスとこの少女が街中を歩く時、脇の道路を何度も通り過ぎて行ったのがそれである。正式名称は「半生体型水陸両用ビークル」だが、たいていは略して単に「ビークル」と呼ばれる。

 水棲生物の生体運動を取り入れた水陸両用の乗り物を総称してそう呼ぶ。アクアリウム間の海底を移動するために日常的に用いられる。
 普通、この単語を知らないものは海底都市には居ない。

「家や家族のことは?」
 ゼノンは聞く。
「それも、分からないみたいです。それどころか名前も……」
 ローリスの言葉に、ゼノンは押し黙って、少女の方をちらりと見た。

 少女は慌ただしい部屋に目を向けて、それを何か楽しそうに見ている。
「……どうすれば、良いでしょうか?」
「ひとまず、少女の顔がデータベースにないか照合してみるとしよう。ついて来い」
 ゼノンは振り返って、木のカウンターの中へと入った。

 二人は後ろに続く。
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