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第一章
2.謎の少女
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アクアリウムの外縁は、中央に聳える塔の中腹からドーム状に発せられた耐水性魔力シールドの境目を言う。その境目の外には深海の世界が広がっている。
薄く透き通っており、外を見通すこともできる。
九つのアクアリウムが集合して形成されるこの都市は、数キロの間隔を空けてアクアリウムが隣接している。そのアクアリウム同士を繋ぐように海底に打ち込まれた合金の道路が、ドームの中から四方八方へと飛び出ており、道路に沿って海中照明がいくつも並んでいる。
アクアリウムに内包する街自体の明かりと海底道路に無数に点在する照明のおかげで、深海といえども賑やかな風景が広がっている。
その海底につながる道路に沿って歩いていた二人は、ドームの端に突き当たった。
「引き返すか」
異常は無いと見たマルティンがシールドに背をむけて言った。
ローリスは何気なく障壁の外を見ていた。先には海底道路がうねりながら海底を走って、その先のアクアリウムへと伸びている。
道路の上を大小形も様々な種類の魚が泳いで横断していく。
何かに気がついて、ローリスが足を止めた。
「おい、ローリス、戻るぞ」
ローリスがなかなか来ないのでマルティンは振り返った。
「マルティン副長……」
ローリスは何かを見つけて呆然とそれを見ている。
「なんだ、どうした?」
マルティンはローリスの視線の先を辿った。
青く澄んだ双眸が、こちらを見返していた。よく見るとアクアリウムの壁の外側、海底道路の真ん中に少女が立っている。
ローリスは海中に居る少女の、その美しい瞳に見惚れていたーーのも束の間。
「た、大変だ! 人が……! 外に人が居るぞ!」
マルティンが仰天した声で、ローリスは我に返った。
深海で水中に身一つで投げ出される、というのは死を意味する。水圧が人の臓器を潰してしまうからだ。
耐水性魔力シールドは水分を多く含む人体も通さない。よって、事故の場合を除いて人が海中に投げ出されるような事態は起きない。
二人は急いで、シールドの前を離れたかと思うと、道路脇からある器具を持って戻った。
レンズのない大きなルーペのような形状の金属。魔法を使わずに一時的に障壁に穴を開けることのできる唯一の器具である。
古い器具で、少なくともローリスが兵士になってから、一度も使っているところを見たことがない。
マルティンとローリスは器具の円形になった頭の部分を、少女がいる近くのシールドへとつける。
大量の水が流れ込み、飛沫をあげる。
二人が持った器具は数秒と保たずに吹き飛ばされてしまった。
街の方で悲鳴が上がったのが聞こえた。
「大丈夫だ! 一時的に穴を開けただけだ!」
とマルティンが街の方に向かって叫ぶ。
ローリスは大量に流れ込んだ水の方を見た。水浸しになった道路の上で、少女は座り込んでいる。
「おい! あんた、大丈夫か?」
駆け寄ると、ローリスは聞いた。
「え? う、うん……」
少女はキョトンとした顔でこちらを見上げた。
「本当に、何ともないのか? 怪我は?」
背後からマルティンが聞く。
「大丈夫。」
少女は頷く。
「信じられない……。いや、無事なら良いんだが……」
マルティンは街の方を見た。気がつくと、道路を通ろうとしていた海底都市の主な交通手段、「ビークル」が渋滞を起こしていた。急に停止したことで事故も発生しているようだ。
「ローリス、俺は騒ぎを収めてくる。その少女は、お前が保護しろ。いいな」
マルティンは言うと、立ち往生しているビークルの列へと向かっていった。
ローリスはその場に少女と二人で残された。
「……あんた、立てるか?」
ローリスは、座り込んでいる少女の腕を取る。
少女は立ち上がった。
「うん、平気」
「それにしても、よく無事だったな。あんた、どんな身体してんだ?」
ローリスは自分と同年齢くらいの少女を、上から下まで、まじまじと見る。
頭の上に載っている金の大きな頭飾り、両の手首には大きな腕輪、真っ白なレースの服はどこか、神聖さを感じさせた。それにしてはスカートは短く、細い脚は太もも近くまで露わになっているところを見ると教会の人ではなさそうだ。そして、足元は編み上げのサンダル。
(変な格好だな……。歓楽街の劇団かなんかの人か?)
ローリスは首を捻った。
「あんた、家はどこだ? この辺の人じゃないな? 見かけない顔だし」
少女の顔を見る。
背は小柄で、澄んだ青い瞳に、えんじ色の長い髪がうしろに束ねられている。
濡れた髪からは、まだ水が滴っていた。
「家……?」
少女はつぶやいて首を傾げる。
「住所が分からないのか? なら名前は?」
「名前、そういえば……」
少女は人差し指を顎に当てて、視線を宙に泳がせた。
「……」
ローリスは訝しげな顔をして少女を見た。
(記憶喪失か何かか?)
海中に身一つで居たことも普通のことではない。何かの事故に巻き込まれ、ショックで記憶を失ったのかもしれない。それくらいにしか想像ができなかった。
「とにかく、あんたを隊長のところへ連れて行くよ。隊長なら、どうすれば良いかわかるかも。ほら、行こう」
ローリスは先行して歩き出した。少女は言われるがまま、彼の後ろに続いた。
薄く透き通っており、外を見通すこともできる。
九つのアクアリウムが集合して形成されるこの都市は、数キロの間隔を空けてアクアリウムが隣接している。そのアクアリウム同士を繋ぐように海底に打ち込まれた合金の道路が、ドームの中から四方八方へと飛び出ており、道路に沿って海中照明がいくつも並んでいる。
アクアリウムに内包する街自体の明かりと海底道路に無数に点在する照明のおかげで、深海といえども賑やかな風景が広がっている。
その海底につながる道路に沿って歩いていた二人は、ドームの端に突き当たった。
「引き返すか」
異常は無いと見たマルティンがシールドに背をむけて言った。
ローリスは何気なく障壁の外を見ていた。先には海底道路がうねりながら海底を走って、その先のアクアリウムへと伸びている。
道路の上を大小形も様々な種類の魚が泳いで横断していく。
何かに気がついて、ローリスが足を止めた。
「おい、ローリス、戻るぞ」
ローリスがなかなか来ないのでマルティンは振り返った。
「マルティン副長……」
ローリスは何かを見つけて呆然とそれを見ている。
「なんだ、どうした?」
マルティンはローリスの視線の先を辿った。
青く澄んだ双眸が、こちらを見返していた。よく見るとアクアリウムの壁の外側、海底道路の真ん中に少女が立っている。
ローリスは海中に居る少女の、その美しい瞳に見惚れていたーーのも束の間。
「た、大変だ! 人が……! 外に人が居るぞ!」
マルティンが仰天した声で、ローリスは我に返った。
深海で水中に身一つで投げ出される、というのは死を意味する。水圧が人の臓器を潰してしまうからだ。
耐水性魔力シールドは水分を多く含む人体も通さない。よって、事故の場合を除いて人が海中に投げ出されるような事態は起きない。
二人は急いで、シールドの前を離れたかと思うと、道路脇からある器具を持って戻った。
レンズのない大きなルーペのような形状の金属。魔法を使わずに一時的に障壁に穴を開けることのできる唯一の器具である。
古い器具で、少なくともローリスが兵士になってから、一度も使っているところを見たことがない。
マルティンとローリスは器具の円形になった頭の部分を、少女がいる近くのシールドへとつける。
大量の水が流れ込み、飛沫をあげる。
二人が持った器具は数秒と保たずに吹き飛ばされてしまった。
街の方で悲鳴が上がったのが聞こえた。
「大丈夫だ! 一時的に穴を開けただけだ!」
とマルティンが街の方に向かって叫ぶ。
ローリスは大量に流れ込んだ水の方を見た。水浸しになった道路の上で、少女は座り込んでいる。
「おい! あんた、大丈夫か?」
駆け寄ると、ローリスは聞いた。
「え? う、うん……」
少女はキョトンとした顔でこちらを見上げた。
「本当に、何ともないのか? 怪我は?」
背後からマルティンが聞く。
「大丈夫。」
少女は頷く。
「信じられない……。いや、無事なら良いんだが……」
マルティンは街の方を見た。気がつくと、道路を通ろうとしていた海底都市の主な交通手段、「ビークル」が渋滞を起こしていた。急に停止したことで事故も発生しているようだ。
「ローリス、俺は騒ぎを収めてくる。その少女は、お前が保護しろ。いいな」
マルティンは言うと、立ち往生しているビークルの列へと向かっていった。
ローリスはその場に少女と二人で残された。
「……あんた、立てるか?」
ローリスは、座り込んでいる少女の腕を取る。
少女は立ち上がった。
「うん、平気」
「それにしても、よく無事だったな。あんた、どんな身体してんだ?」
ローリスは自分と同年齢くらいの少女を、上から下まで、まじまじと見る。
頭の上に載っている金の大きな頭飾り、両の手首には大きな腕輪、真っ白なレースの服はどこか、神聖さを感じさせた。それにしてはスカートは短く、細い脚は太もも近くまで露わになっているところを見ると教会の人ではなさそうだ。そして、足元は編み上げのサンダル。
(変な格好だな……。歓楽街の劇団かなんかの人か?)
ローリスは首を捻った。
「あんた、家はどこだ? この辺の人じゃないな? 見かけない顔だし」
少女の顔を見る。
背は小柄で、澄んだ青い瞳に、えんじ色の長い髪がうしろに束ねられている。
濡れた髪からは、まだ水が滴っていた。
「家……?」
少女はつぶやいて首を傾げる。
「住所が分からないのか? なら名前は?」
「名前、そういえば……」
少女は人差し指を顎に当てて、視線を宙に泳がせた。
「……」
ローリスは訝しげな顔をして少女を見た。
(記憶喪失か何かか?)
海中に身一つで居たことも普通のことではない。何かの事故に巻き込まれ、ショックで記憶を失ったのかもしれない。それくらいにしか想像ができなかった。
「とにかく、あんたを隊長のところへ連れて行くよ。隊長なら、どうすれば良いかわかるかも。ほら、行こう」
ローリスは先行して歩き出した。少女は言われるがまま、彼の後ろに続いた。
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