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第3章 Intervention in Corruption
第64話 エマの受難
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「エマ、彼らの気を引きなさい」
「ほ、本当にやるんですか……?」
ドミナとエマは、平民区画から奴隷区画へ至る検問所の手前の路地にまでやってきていた。
「嘘ついてどうするって言うのよ?」
「そ、そうですよね……。 でも、どうやって……?」
「それをあなたが知る必要は無いわ。 分かったらさっさと行きなさい」
圧に押され、エマはトボトボと歩き出した。 検問所を通る時はいつも気が重いが、特に今回はその比ではない。
(ど、どうしよう……。 このままじゃ、あたし、殺しの片棒を担いじゃう……。 でも、従わないとハジメさんに迷惑が掛かるし……。 やばいやばいやばい……もう着いちゃう……。 この人たちを殺さないでいい方法を考えないと……)
結局エマは短い時間で解決策など考えられることもなく、殺害予定現場にたどり着いてしまった。
「おいおい、今日は随分と仕事熱心だなァ?」
「あの、えっと……」
エマは本日すでに一度ここを通っている。 本来次に通るとすれば夕方になるのだが、今はまだ昼過ぎだ。 だからエマの登場は兵士たちに違和感しか抱かせない。
「チッ、なんか用かよ……?」
検問所の左右のボックス内にそれぞれ一人ずつ兵士がおり、その外で警備をしている者が三名。 計五名の警備体制だ。
おかしな様子を見せるエマに、苛立ちを隠せない外警備の兵士が一人ゆっくりとスタンバトンを手に歩み寄る。
「ひっ……! ここは……その……危ない、ので
……」
「あァ!? 俺らが危ない人間だとでも言いてェのか!?」
兵士は叫びと共に一切の躊躇なくスタンバトンを振るった。
被虐民たるエマは、謂わば公式のサンドバッグ。 彼女に気を遣う人間などいるはずもない。
「ぎゃっ……!」
エマは左腕あたりにモロに攻撃を受け、あまりの痛さに悲鳴をあげて地面に転がった。
スタンバトンは魔導具の類で、ヒットした際に痛みを増幅させる魔法が起動する。 中に込められた魔石がマナを代替してくれるため、非魔法使いでも使用できるという仕組みだ。
「ゔ……あァ……!」
涙を流しながら苦しむエマは、突如言い知れない不安を感じ取った。 恐ろしい何かが来るという感覚に、悲鳴が止まる。
「ひ……っ……あの、逃げて……」
「何言ってンだ? 新しい逃げの口上かァ!?」
なおも暴力がエマに降り注ぐ。
「あッ……! がっ! ちがッ──違うんですッ……!」
「違わねェよ! テメェは! 死ぬまで! こうやって! 捌け口になるンだよォ!!!」
だんだんヒートアップする攻撃に呻くしかなくなるエマだが、今回はいつものように耐えていればよいという話ではない。 ここで兵士たちを逃さなければ、ドミナによる制裁が降り注いでしまう。
「やめ──ッぐ……! じゃないと、みんな死んじゃ……」
「誰が死ぬってェええええ!?」
「おーい、あんまりやりすぎるなよ? 今日は珍しく所長が来るって言ってたんだからな」
「このッ! 被虐民が……チッ。 良いところで水を刺すんじゃねぇよ……!」
「そこの血とかはお前が掃除しとけよなー」
「うるっせぇ、分かってるよ! ……はぁーあ、興が逸れたぜ。 今回はこの辺で勘弁しといてやるよ」
兵士はエマに唾を吐きかけると、持ち場に戻ろうとする。
「や……やめ……やめて……」
エマはそれでも彼らに忠告すべく、声にならない声を何とか絞り出す。
「はぁ……? やめただろうが。 いつまで転がってやがる?」
「違……やめ、て……殺さ、ないで……」
「ついにぶっ壊れちまったのか? おいおい、まじかよ。 また新しいオモチャを探さないといけなくなるじゃねぇかよ」
兵士はやってしまった様子で彼の仲間たちを見た。 仲間たちも、やれやれといった視線をエマにぶつけている。
「逃げて……お願い……。 じゃないと、あなたたち殺されちゃう……」
「お前が死んだら、俺らが殺されるってか? ギャハハ、それはねぇから安心しな! つうかよ、死に損ないが聖人ぶったって、お前はお前のまま死んでいくだけだっての! ……おーい誰か、こいつを運ぶから手伝ってくれよ! こいつ壊れちまった!」
ズ、ァ……──。
何かが駆け抜けたのをエマは感じ取った。 その直後──。
「はぁ、まったく……。 お前が壊したんだからお前で処理を──がッ……」
「ぐふ……ッう……あ、が……」
(そん、な……。 間に合わなかった……)
──突如、兵士たちが苦しみ悶え始めた。
エマの付近にいた二人だけでなく、他の兵士──ボックス内にいる者でさえ、一様に喉を押さえながら地面に倒れ伏した。 彼らは痛みからなのか、全身のあらゆる部分を激しくまさぐりながら泡を吹いて蠢いている。
「エマ、ご苦労様。 良い立ち回りだったわ」
ドミナが魔導書を畳みながら軽く言う。
エマはドミナに驚きの視線を向けたのち、再び兵士たちの様子を見て絶望に叩き落とされた。 なにせ彼女は、ドミナに言われた通りに彼らの気を引いて殺しに加担してしまったのだから。
「なんで、殺すんですか……」
第一声としてエマはこれを聞くしかなかった。
暴力を振るわれたとはいえ、エマは兵士たちを殺すべき相手だとは思えなかった。 彼らを殺すべきだというのなら、この町の全ての人間がそこに含まれてしまうし、そもそもエマは他人を殺してまで生きたいなんて毛ほども思っていない。 暴力を受けるのはエマにとってもはや日常で、殺意を覚えるイベントなどエマには皆無なのだ。 だからドミナの行動に正当性を感じられず、殺すに至る動機が全くもって見えてこなかった。
「任務遂行をスムーズにするためよ」
「そんな理由で……?」
「十分な理由じゃない? 意味もなく殺すよりは、至極真っ当な殺しよね」
「殺す必要なんて、なかったはずです……」
兵士たちはもう動いていない。 ドミナが魔法を発動させた時点で、彼らが死ぬことを回避できない事象なのだとエマは理解していた。 そのため彼らが死ぬこと自体には驚きはないが、死に追いやったことには酷い罪悪感を感じてしまっていた。
「長い歴史で人間は、生きるために動物を殺し、他人を殺し、必要であれば家族も殺してきた。 私は任務に生きているし、殺し屋家系の私には殺すことが生きることなの。 私が生きるためには、彼らが死ぬのは必要なこと。 それをあなた如きに、とやかく言われるつもりはないわ」
「で、でも……! あなたのせいで、あたしまで……」
「そうよ。 よく見ておきなさい。 これはエマ、あなたがやったの」
ドミナはエマの頭を引っ掴むと、惨めに苦しんで死んだ兵士たちを見せつけた。
「殺すべきじゃないと考えるなら、あなたが彼らを救うべきだった」
「助けようと、しました……!」
「でも、できなかったでしょ? どう思うとか関係ないの。 正しさなんてものは、結果しか証明してくれないんだから」
「助けようとしたことすら間違ってるんですか!?」
「間違ってるわ。 何かを成そうとして出来なかったのなら、それは正しくなかったってことなの。 だから今回に於いては、助けようとして助けられなかったあなたは間違ってる。 そもそも、彼らの死を悔やむ心があるなら、どうして被虐民という立場に落ち着いていられるのかしら? 弱い自分を受け入れている時点で、あなたには何も言う権利はないのに。 今のあなたに許されているのは、現実に翻弄されて無力に漂うだけ」
「っ……」
「分かったら、御託を並べてないでこれを飲みなさい」
ドミナはエマにポーションを投げてよこした。
「飲めません……」
「弱いあなたに拒否権は無いわ。 私の手駒として動くことがあなたの仕事なの」
「あたしが動かなければ、ドミナさんは困りますよね……?」
「いいえ、困るのはあなたよ。 私は仕事をスムーズにするためにあなたを利用しているだけで、必要不可欠というわけではないわ」
「それの何があたしを困らせるって言うんですか……!?」
「だってあなた、この人たちを殺しちゃったじゃない」
「あ、あたしは本当に殺してなんて……!」
「あなたが懸命に働きかけてくれたおかげで、彼らは無事死んだわ。 あなたが助けていれば、彼らは死ななかったのにね。 だからつまり、今ここであなたが逃げ出せば、あなたに残るのは殺しの成果だけってこと。 そして自分を変えられないまま、これまで通り──いえ、これまで以上に哀れな人生を送るの。 ほら、困るでしょ? 低空飛行だったあなたの人生に、更なる汚点が加わるんだから」
エマの絶望がますます深くなった。
エマは無力さをひたすらに叩きつけられ、今こうやってゴネていることすら滑稽に見え始めた。
「そうやってあたしをいじめて、楽しいんですか……?」
「別に楽しくはないわよ。 必要だからやっているだけ。 あなたが従えばそちらにも利益は大きいし、断る手はないと思うんだけどね」
「あたしに利益なんて感じられないです……」
「あらそう? 不利益を消せるという点では利益は大きいはずだけど?」
「殺しの手伝いをした不利益を消せる利益なんて……」
「少なくとも、ここで逃げたっていう結末は消えるわ。 逃げれば、あなたに再起の可能性はもう芽吹かない。 ほら、聞こえる?」
「何が、ですか?」
「遠くの悲鳴」
エマが耳に意識を集中させてみれば、うっすらとだが叫び声のようなものが聞こえている。 これはリセスが生み出した混乱による悲鳴であり、エマは事情を知らないものの、絶望的な何かが行われていることは容易に想像できた。
「何、したんですか? 誰の声ですか……?」
「あれは私じゃないけどね。 あなたによく似た境遇の人たちの絶望の嘆きとでも受け取ってくれたら良いわ。 結局、弱い人間は抗うことすらできずに現実を受け入れるしかないからね。 そんな連中と同じ結末を迎えたくないなら動きなさい。 自分の意見を正しいものだと証明したいなら、結果が出るように足掻くことが必要なの」
「ドミナさんの駒として動くことが、あたしの最良の行動とでも言うんですか?」
「人生を豊かにするためには、良いものを取り入れることが必ずしも正解ではないの。 悪いものを回避したり取り除くことのほうが、案外重要なのよ」
「ここで動かないことが、悪いこと……」
「そ。 ハジメ君も、暗い人生を歩くあなたを見たくはないだろうしね」
「ど、どうしてここでハジメさんが……!?」
「私とハジメ君は、モルテヴァの支配体系を壊すという共通の名目で動いてるの。 だから私に従うことは、あなたに利益しかないわ」
(ハジメ君は被虐民を見捨てられないってことだから、間違ったことは言っていないはず。 ここで見捨てちゃうとハジメ君が悲しんじゃうだろうから引き込んでるけど、やっぱり面倒ね。 さっさと従ってくれないかしら)
「わ、分かりました……」
「じゃあさっさとポーションを飲みなさい。 現場を誰かに見られる前に動くわよ」
エマはポーションを呷り、痛む身体を押して立ち上がる。 するとすぐに奇妙なものが目に入って、エマは嘔吐感を抑えきれなかった。
「ゔっ……!?」
それは、紫色に変色してぐずぐずに溶解した兵士たちの死体──だったもの。 衣服さえも溶けて混じって不可思議な色合いを呈しているため、もはや人間の末路だとは誰も思わないだろう。
「効果が出る前にポーションを吐き出すのはやめてよね。 さぁ、案内しなさい」
「は、はい……」
エマは何度もえずきそうになりながら、空になった検問所を通過して目的地へ。
「ニナに取り次いで欲しいっす」
二人が向かったのは、外壁に立ち並ぶ何気ない住居の集まり。 エマはここで草臥れた老婆に話しかけると、近くにいた子供がどこかへ走って行った。
「随分と多くの人間を介するわね。 まるで何かあると言っているようなものね」
エマはドミナの呟きを聞きながら緊張した面持ちでニナを待つ。 もしドミナを連れてきたことが奴隷区画に悪い印象を与えてしまっていた場合、エマの身が危うい。 加えて、抗争が起きてしまった場合にドミナが何をしでかすか分からない。 エマは奴隷区画の立場でもドミナの手下の立場でも、どちらにせよ良くない結果を生む気しかしなかった。
暫くすると、男二人を伴ってニナが現れた。
ニナの表情は神妙なもので、やはり視線はドミナの腕輪に注がれている。
「私はニナ。 現在奴隷区画を纏めているわ。 商業区画のエリート様がこんな場所に何か用かしら?」
ニナの口調は挑発的なものだ。 それがさらにエマの心臓を締め付ける。
ドミナは飄々とした様子でニナの圧力を受け流す。
「ドミナ=トキスよ。 急にやってきてこう言うのも申し訳ないんだけど、エスナって人に合わせてもらえる?」
ニナは視線が鋭くなり、エマを睨みつけた。
エマは慌てて首を激しく横に振り、情報漏洩はしていないと伝える。 しかしすぐに、ドミナによって記憶を読まれたことを思い出した。
エスナという名前にエマは聞き覚えがある。 しかしそれも思い返してみればという程度で、言われなければ頭に浮かびすらしなかった名前だ。
ドミナは《記憶遡行》によってエマの記憶からニナたちの会話を拾っていた。 その中でニナがうっかり漏らしていた単語から、その名を出したわけだ。
「そんな人……」
「居ないわけないでしょ? とにかく急ぎなの。 さっさと案内してちょうだい」
ドミナはそう言うと、大量のマナを放出しながら魔導書を構えた。
一触即発の空気が生まれ、エマは慌てる。
「エマ、とんでもないのを連れてきたね……?」
「あ、あたしはそんなつもりじゃ……! で、でも、ニナには死んでほしくないから、従って欲しいっす……」
「この女は魔導書を出しただけでしょ? 魔法使いはハッタリも上手いって聞いたけど?」
「ドミナさんは、よ、容赦しないから……。 できれば穏便に……」
「私は別にどっちでもいいわよ。 邪魔するなら、検問所の兵士みたく全員殺すだけだから」
ニナと周囲の男性が目を見合わせる。 そのまま視線はエマへ。
「エマ、今の話本当なの?」
「そ、そうっす……! あそこの兵士はもう、ぐちゃぐちゃのドロドロに……」
「早くしてくれない? あなたたちを含めて、すでにここ一帯で20人は即座に攻撃可能よ。 被害を拡大させたくなかったら、どちらにせよ早く判断した方がいいわよ」
数秒の沈黙。
ニナはあらゆることを考えた。 しかしその時間はあまりにも短く、適切な判断を下すには不十分すぎる。
ニナは周囲を見渡した。 そこには苦楽を共にした者しかおらず、全て家族と呼べる存在だ。 ドミナがどのような魔法を使用するか分からない以上、下手な行動は家族の命を危険に晒すだけだ。
「……会わせたら、私たちにどんな利益が見込まれるって言うの?」
「話し合いの結果次第。 このままじゃ話し合いすら難しそうだけどね」
(この女、なにをいけしゃあしゃあと。 エスナ様の手を煩わせたら、私が殺されてしまう。 でもここでドミナを自由にさせたら、何人死ぬか分からない……。 もうすぐ動き出せるってタイミングだったのに、面倒な時にこの女は……)
「分かった、案内する。 だから魔導書を収めて」
「あら、そう。 あなたが愚かじゃなくて良かったわ」
ドミナは魔導書の実体化を解いた。 ただそれだけで、緊張していた空気の一部が弛緩した。 ニナを補佐する男どもは武器を握ったままだが、彼らが攻撃しようとする様子は見られなくなった。
(魔導書を非実体化させただけで安心するなんて、本当に何も知らないのね。 もしかして、エスナって言うのはお馬鹿さんなのかな? 馬鹿なら馬鹿で操りやすいからいいんだけどね)
ニナの案内の元、ドミナは複数の建物を経由して目的の一室に到着した。
「ドミナ、あなただけ入ってきて」
「じゃあエマ、そこで待ってなさい」
ニナはボディガードの男どもを部屋の前に置き、ドミナだけを連れて薄暗い部屋の中へ。
「お客さんね、いらっしゃい」
「あなたがエスナね?」
「ええ。 私の隣はフエン。 ドミナ=トキス、ハジメがお世話になってるわね」
「あなたのこともハジメ君から聞いていたわ。 彼はあなたがモルテヴァに居るとは思っていないようだけどね」
会って早々打ち解けている様子のエスナとドミナに、ニナは困惑する。
「ニナ、もういいわ。 出ていって大丈夫よ」
「で、ですがエスナ様……」
「邪魔だって言っているの」
「も、申し訳ありません……!」
急いで出ていくニナを見て、ドミナはある程度の関係性を推測できた。
「使い勝手が悪そうね」
「案外そうでもないけれど。 ……さて世間話はこのぐらいにして、要件を言ってもらえる?」
「話が早くて助かるわ」
▽
「見つけたぞ……!」
「わわっ!?」
魔物もどきに遭遇して以降、ハジメはひたすらに魔物の動きを木の上から追っていた。 そして散々飛び回って魔物が増えている方面へ進み続けた結果、魔物を生み出している存在を発見することに成功したのだ。
敵は随分と小さなシルエットで、頭から全身を覆う外套によって外見ははっきりとしない。 しかし、その声と垣間見える顔の丸みは子供のものにも思える。 そいつは魔物の背に身を預けながら疾走を続けており、その最中においてもポンポンと魔物を召喚しては駆け回らせていた。
「ハァッ……ハァッ……! そこのお前、待てッ!」
ハジメは疲れた身体を押して敵を追う。
すでにヘリオドと離れてから半刻ほどが経過しており、ここで敵を止めなければ彼から何をしていたのかと問い詰められるのは必至だろう。 また、元凶たる敵を無力化しない限り、拠点防衛の仕事を全うできているとも言えない。 少なくともハジメとヘリオドが倒れれば、他の面々を安全に帰還させることさえ困難になってしまう。 そういう考えもあって、ハジメは魔物が増え続ける元凶の捜索に躍起になっていた。
「《過重弾》!」
ハジメはポーションを適宜含みながら魔法を乱発する。
木々を縫うようにして走り回り、なおかつ障害物を吐き出し続ける敵に魔弾が着弾する気配はない。
(くっそ……! 出会った敵の対応しかしてないはずなのに、もうポーションの残数が少ない。 戦闘はなるべく避けて動いてたつもりだってのに、どうしてだ……!?)
持ち込んだポーションは試験管サイズにものが十本で、腰のバッグに残されたものは残り二本。 一本飲んでもマナの回復量は二、三割程度ということを考えると、もうすでに魔弾を無駄撃ちできる段階は終わっている。 なおかつ魔物連中と対等に渡り合うには強化魔法の存在が必須で、それを含めれば撃てる魔弾はあと二十発にも満たないだろう。
(恐らく疲れでマナの操作が覚束無いのか……? 自分なりにマナ効率が良くなるように小型の魔弾を作り出してたはずだが、むしろその手間のせいでマナを余計に使って他のかもしれねぇ……。 どうする、地上を追うか……!?)
木々の上は地上よりは比較的安全だが、いかんせん移動範囲が制限されすぎてスピードが出ない。 だからといって地上に降りれば、無駄な戦闘を受け入れることにもなってマナ消費は激増するだろう。
今でさえギリギリ敵の背を追いかけられている状況なので、少しでも動きを止める事態があっては取り逃がすことになる。
(魔弾を使った点での攻撃は駄目だ……。 せめて面での攻撃か、広範囲の──)
「そこの平民、止まらずに動き続けろ。 私は味方だ」
「なっ……!?」
突如背後から投げかけられた声。
ハジメは心臓が飛び上がりそうな驚きを隠さないまま一瞬だけ背後を確認した。 すると、ハジメと同様に木の上を軽々と飛ぶ赤髪男性の姿があった。
(だ、誰だ……? って、ああ……貴族区画の人間かよ)
男性の腕には赤い腕輪がチラリと見え、そこでようやくハジメは安心感を得た。
「ど、どちら様……ですか?」
「ユハンだ。 貴様を取り巻く状況を端的に説明せよ」
「え、えっとユハンさん、俺はハジメ=クロカワって言います。 ……自分は今、魔物を生み出している敵を追っているところです。 仲間の一人も魔物の対処に追われていて、その他二つのパーティがそれぞれ北東と北西へ探索に出ています」
「……爺の探査結果と一致するな。 貴様のもう一人の仲間はウルという名か?」
「あ、いえ……ヘリオドという名の槍術士です」
ハジメはユハンの素性が分からないため、なるべく失礼の無いように心掛ける。
「本命は別か……仕方が無い。 貴様は奴を屈服させられそうか?」
「すいません、マナが残り少なくて……」
「では私が奴を処理する。 貴様は可能な限り援護を行なえ」
「わ、分かりました……。 一応自分は強化魔法が使えますが、使用しても大丈夫ですか?」
「私の魔法発動後にせよ。 ──《君臨》」
「えっ……?」
ハジメは自身に魔法影響が及んだのを感じ取った。 黒い魔導書を取り出したユハンの魔法は、なぜかハジメにも作用している。
(闇属性か……。 効果が分からないけど、拒否して面倒事を起こすのも駄目だろうし仕方ないか……。 効果の分からない魔法を掛けられるのって、こんなに気持ち悪いんだな。 ヘリオドの気持ちがよく分かったよ)
「これより動く。 私に強化魔法を施せ」
「は、はい……《強化》」
ハジメは慌ててユハンに魔法を掛けた。 しかしここで気づく。
(この人、不用心に俺の魔法を受けて大丈夫なのか? 自分が掛けたから、掛けられるのも織り込み済みってこと?)
疑問を呈すハジメをよそに、ユハンは敵に向けて真っ直ぐに飛び出していった。
「ほ、本当にやるんですか……?」
ドミナとエマは、平民区画から奴隷区画へ至る検問所の手前の路地にまでやってきていた。
「嘘ついてどうするって言うのよ?」
「そ、そうですよね……。 でも、どうやって……?」
「それをあなたが知る必要は無いわ。 分かったらさっさと行きなさい」
圧に押され、エマはトボトボと歩き出した。 検問所を通る時はいつも気が重いが、特に今回はその比ではない。
(ど、どうしよう……。 このままじゃ、あたし、殺しの片棒を担いじゃう……。 でも、従わないとハジメさんに迷惑が掛かるし……。 やばいやばいやばい……もう着いちゃう……。 この人たちを殺さないでいい方法を考えないと……)
結局エマは短い時間で解決策など考えられることもなく、殺害予定現場にたどり着いてしまった。
「おいおい、今日は随分と仕事熱心だなァ?」
「あの、えっと……」
エマは本日すでに一度ここを通っている。 本来次に通るとすれば夕方になるのだが、今はまだ昼過ぎだ。 だからエマの登場は兵士たちに違和感しか抱かせない。
「チッ、なんか用かよ……?」
検問所の左右のボックス内にそれぞれ一人ずつ兵士がおり、その外で警備をしている者が三名。 計五名の警備体制だ。
おかしな様子を見せるエマに、苛立ちを隠せない外警備の兵士が一人ゆっくりとスタンバトンを手に歩み寄る。
「ひっ……! ここは……その……危ない、ので
……」
「あァ!? 俺らが危ない人間だとでも言いてェのか!?」
兵士は叫びと共に一切の躊躇なくスタンバトンを振るった。
被虐民たるエマは、謂わば公式のサンドバッグ。 彼女に気を遣う人間などいるはずもない。
「ぎゃっ……!」
エマは左腕あたりにモロに攻撃を受け、あまりの痛さに悲鳴をあげて地面に転がった。
スタンバトンは魔導具の類で、ヒットした際に痛みを増幅させる魔法が起動する。 中に込められた魔石がマナを代替してくれるため、非魔法使いでも使用できるという仕組みだ。
「ゔ……あァ……!」
涙を流しながら苦しむエマは、突如言い知れない不安を感じ取った。 恐ろしい何かが来るという感覚に、悲鳴が止まる。
「ひ……っ……あの、逃げて……」
「何言ってンだ? 新しい逃げの口上かァ!?」
なおも暴力がエマに降り注ぐ。
「あッ……! がっ! ちがッ──違うんですッ……!」
「違わねェよ! テメェは! 死ぬまで! こうやって! 捌け口になるンだよォ!!!」
だんだんヒートアップする攻撃に呻くしかなくなるエマだが、今回はいつものように耐えていればよいという話ではない。 ここで兵士たちを逃さなければ、ドミナによる制裁が降り注いでしまう。
「やめ──ッぐ……! じゃないと、みんな死んじゃ……」
「誰が死ぬってェええええ!?」
「おーい、あんまりやりすぎるなよ? 今日は珍しく所長が来るって言ってたんだからな」
「このッ! 被虐民が……チッ。 良いところで水を刺すんじゃねぇよ……!」
「そこの血とかはお前が掃除しとけよなー」
「うるっせぇ、分かってるよ! ……はぁーあ、興が逸れたぜ。 今回はこの辺で勘弁しといてやるよ」
兵士はエマに唾を吐きかけると、持ち場に戻ろうとする。
「や……やめ……やめて……」
エマはそれでも彼らに忠告すべく、声にならない声を何とか絞り出す。
「はぁ……? やめただろうが。 いつまで転がってやがる?」
「違……やめ、て……殺さ、ないで……」
「ついにぶっ壊れちまったのか? おいおい、まじかよ。 また新しいオモチャを探さないといけなくなるじゃねぇかよ」
兵士はやってしまった様子で彼の仲間たちを見た。 仲間たちも、やれやれといった視線をエマにぶつけている。
「逃げて……お願い……。 じゃないと、あなたたち殺されちゃう……」
「お前が死んだら、俺らが殺されるってか? ギャハハ、それはねぇから安心しな! つうかよ、死に損ないが聖人ぶったって、お前はお前のまま死んでいくだけだっての! ……おーい誰か、こいつを運ぶから手伝ってくれよ! こいつ壊れちまった!」
ズ、ァ……──。
何かが駆け抜けたのをエマは感じ取った。 その直後──。
「はぁ、まったく……。 お前が壊したんだからお前で処理を──がッ……」
「ぐふ……ッう……あ、が……」
(そん、な……。 間に合わなかった……)
──突如、兵士たちが苦しみ悶え始めた。
エマの付近にいた二人だけでなく、他の兵士──ボックス内にいる者でさえ、一様に喉を押さえながら地面に倒れ伏した。 彼らは痛みからなのか、全身のあらゆる部分を激しくまさぐりながら泡を吹いて蠢いている。
「エマ、ご苦労様。 良い立ち回りだったわ」
ドミナが魔導書を畳みながら軽く言う。
エマはドミナに驚きの視線を向けたのち、再び兵士たちの様子を見て絶望に叩き落とされた。 なにせ彼女は、ドミナに言われた通りに彼らの気を引いて殺しに加担してしまったのだから。
「なんで、殺すんですか……」
第一声としてエマはこれを聞くしかなかった。
暴力を振るわれたとはいえ、エマは兵士たちを殺すべき相手だとは思えなかった。 彼らを殺すべきだというのなら、この町の全ての人間がそこに含まれてしまうし、そもそもエマは他人を殺してまで生きたいなんて毛ほども思っていない。 暴力を受けるのはエマにとってもはや日常で、殺意を覚えるイベントなどエマには皆無なのだ。 だからドミナの行動に正当性を感じられず、殺すに至る動機が全くもって見えてこなかった。
「任務遂行をスムーズにするためよ」
「そんな理由で……?」
「十分な理由じゃない? 意味もなく殺すよりは、至極真っ当な殺しよね」
「殺す必要なんて、なかったはずです……」
兵士たちはもう動いていない。 ドミナが魔法を発動させた時点で、彼らが死ぬことを回避できない事象なのだとエマは理解していた。 そのため彼らが死ぬこと自体には驚きはないが、死に追いやったことには酷い罪悪感を感じてしまっていた。
「長い歴史で人間は、生きるために動物を殺し、他人を殺し、必要であれば家族も殺してきた。 私は任務に生きているし、殺し屋家系の私には殺すことが生きることなの。 私が生きるためには、彼らが死ぬのは必要なこと。 それをあなた如きに、とやかく言われるつもりはないわ」
「で、でも……! あなたのせいで、あたしまで……」
「そうよ。 よく見ておきなさい。 これはエマ、あなたがやったの」
ドミナはエマの頭を引っ掴むと、惨めに苦しんで死んだ兵士たちを見せつけた。
「殺すべきじゃないと考えるなら、あなたが彼らを救うべきだった」
「助けようと、しました……!」
「でも、できなかったでしょ? どう思うとか関係ないの。 正しさなんてものは、結果しか証明してくれないんだから」
「助けようとしたことすら間違ってるんですか!?」
「間違ってるわ。 何かを成そうとして出来なかったのなら、それは正しくなかったってことなの。 だから今回に於いては、助けようとして助けられなかったあなたは間違ってる。 そもそも、彼らの死を悔やむ心があるなら、どうして被虐民という立場に落ち着いていられるのかしら? 弱い自分を受け入れている時点で、あなたには何も言う権利はないのに。 今のあなたに許されているのは、現実に翻弄されて無力に漂うだけ」
「っ……」
「分かったら、御託を並べてないでこれを飲みなさい」
ドミナはエマにポーションを投げてよこした。
「飲めません……」
「弱いあなたに拒否権は無いわ。 私の手駒として動くことがあなたの仕事なの」
「あたしが動かなければ、ドミナさんは困りますよね……?」
「いいえ、困るのはあなたよ。 私は仕事をスムーズにするためにあなたを利用しているだけで、必要不可欠というわけではないわ」
「それの何があたしを困らせるって言うんですか……!?」
「だってあなた、この人たちを殺しちゃったじゃない」
「あ、あたしは本当に殺してなんて……!」
「あなたが懸命に働きかけてくれたおかげで、彼らは無事死んだわ。 あなたが助けていれば、彼らは死ななかったのにね。 だからつまり、今ここであなたが逃げ出せば、あなたに残るのは殺しの成果だけってこと。 そして自分を変えられないまま、これまで通り──いえ、これまで以上に哀れな人生を送るの。 ほら、困るでしょ? 低空飛行だったあなたの人生に、更なる汚点が加わるんだから」
エマの絶望がますます深くなった。
エマは無力さをひたすらに叩きつけられ、今こうやってゴネていることすら滑稽に見え始めた。
「そうやってあたしをいじめて、楽しいんですか……?」
「別に楽しくはないわよ。 必要だからやっているだけ。 あなたが従えばそちらにも利益は大きいし、断る手はないと思うんだけどね」
「あたしに利益なんて感じられないです……」
「あらそう? 不利益を消せるという点では利益は大きいはずだけど?」
「殺しの手伝いをした不利益を消せる利益なんて……」
「少なくとも、ここで逃げたっていう結末は消えるわ。 逃げれば、あなたに再起の可能性はもう芽吹かない。 ほら、聞こえる?」
「何が、ですか?」
「遠くの悲鳴」
エマが耳に意識を集中させてみれば、うっすらとだが叫び声のようなものが聞こえている。 これはリセスが生み出した混乱による悲鳴であり、エマは事情を知らないものの、絶望的な何かが行われていることは容易に想像できた。
「何、したんですか? 誰の声ですか……?」
「あれは私じゃないけどね。 あなたによく似た境遇の人たちの絶望の嘆きとでも受け取ってくれたら良いわ。 結局、弱い人間は抗うことすらできずに現実を受け入れるしかないからね。 そんな連中と同じ結末を迎えたくないなら動きなさい。 自分の意見を正しいものだと証明したいなら、結果が出るように足掻くことが必要なの」
「ドミナさんの駒として動くことが、あたしの最良の行動とでも言うんですか?」
「人生を豊かにするためには、良いものを取り入れることが必ずしも正解ではないの。 悪いものを回避したり取り除くことのほうが、案外重要なのよ」
「ここで動かないことが、悪いこと……」
「そ。 ハジメ君も、暗い人生を歩くあなたを見たくはないだろうしね」
「ど、どうしてここでハジメさんが……!?」
「私とハジメ君は、モルテヴァの支配体系を壊すという共通の名目で動いてるの。 だから私に従うことは、あなたに利益しかないわ」
(ハジメ君は被虐民を見捨てられないってことだから、間違ったことは言っていないはず。 ここで見捨てちゃうとハジメ君が悲しんじゃうだろうから引き込んでるけど、やっぱり面倒ね。 さっさと従ってくれないかしら)
「わ、分かりました……」
「じゃあさっさとポーションを飲みなさい。 現場を誰かに見られる前に動くわよ」
エマはポーションを呷り、痛む身体を押して立ち上がる。 するとすぐに奇妙なものが目に入って、エマは嘔吐感を抑えきれなかった。
「ゔっ……!?」
それは、紫色に変色してぐずぐずに溶解した兵士たちの死体──だったもの。 衣服さえも溶けて混じって不可思議な色合いを呈しているため、もはや人間の末路だとは誰も思わないだろう。
「効果が出る前にポーションを吐き出すのはやめてよね。 さぁ、案内しなさい」
「は、はい……」
エマは何度もえずきそうになりながら、空になった検問所を通過して目的地へ。
「ニナに取り次いで欲しいっす」
二人が向かったのは、外壁に立ち並ぶ何気ない住居の集まり。 エマはここで草臥れた老婆に話しかけると、近くにいた子供がどこかへ走って行った。
「随分と多くの人間を介するわね。 まるで何かあると言っているようなものね」
エマはドミナの呟きを聞きながら緊張した面持ちでニナを待つ。 もしドミナを連れてきたことが奴隷区画に悪い印象を与えてしまっていた場合、エマの身が危うい。 加えて、抗争が起きてしまった場合にドミナが何をしでかすか分からない。 エマは奴隷区画の立場でもドミナの手下の立場でも、どちらにせよ良くない結果を生む気しかしなかった。
暫くすると、男二人を伴ってニナが現れた。
ニナの表情は神妙なもので、やはり視線はドミナの腕輪に注がれている。
「私はニナ。 現在奴隷区画を纏めているわ。 商業区画のエリート様がこんな場所に何か用かしら?」
ニナの口調は挑発的なものだ。 それがさらにエマの心臓を締め付ける。
ドミナは飄々とした様子でニナの圧力を受け流す。
「ドミナ=トキスよ。 急にやってきてこう言うのも申し訳ないんだけど、エスナって人に合わせてもらえる?」
ニナは視線が鋭くなり、エマを睨みつけた。
エマは慌てて首を激しく横に振り、情報漏洩はしていないと伝える。 しかしすぐに、ドミナによって記憶を読まれたことを思い出した。
エスナという名前にエマは聞き覚えがある。 しかしそれも思い返してみればという程度で、言われなければ頭に浮かびすらしなかった名前だ。
ドミナは《記憶遡行》によってエマの記憶からニナたちの会話を拾っていた。 その中でニナがうっかり漏らしていた単語から、その名を出したわけだ。
「そんな人……」
「居ないわけないでしょ? とにかく急ぎなの。 さっさと案内してちょうだい」
ドミナはそう言うと、大量のマナを放出しながら魔導書を構えた。
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「あ、あたしはそんなつもりじゃ……! で、でも、ニナには死んでほしくないから、従って欲しいっす……」
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「ドミナさんは、よ、容赦しないから……。 できれば穏便に……」
「私は別にどっちでもいいわよ。 邪魔するなら、検問所の兵士みたく全員殺すだけだから」
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「……会わせたら、私たちにどんな利益が見込まれるって言うの?」
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(この女、なにをいけしゃあしゃあと。 エスナ様の手を煩わせたら、私が殺されてしまう。 でもここでドミナを自由にさせたら、何人死ぬか分からない……。 もうすぐ動き出せるってタイミングだったのに、面倒な時にこの女は……)
「分かった、案内する。 だから魔導書を収めて」
「あら、そう。 あなたが愚かじゃなくて良かったわ」
ドミナは魔導書の実体化を解いた。 ただそれだけで、緊張していた空気の一部が弛緩した。 ニナを補佐する男どもは武器を握ったままだが、彼らが攻撃しようとする様子は見られなくなった。
(魔導書を非実体化させただけで安心するなんて、本当に何も知らないのね。 もしかして、エスナって言うのはお馬鹿さんなのかな? 馬鹿なら馬鹿で操りやすいからいいんだけどね)
ニナの案内の元、ドミナは複数の建物を経由して目的の一室に到着した。
「ドミナ、あなただけ入ってきて」
「じゃあエマ、そこで待ってなさい」
ニナはボディガードの男どもを部屋の前に置き、ドミナだけを連れて薄暗い部屋の中へ。
「お客さんね、いらっしゃい」
「あなたがエスナね?」
「ええ。 私の隣はフエン。 ドミナ=トキス、ハジメがお世話になってるわね」
「あなたのこともハジメ君から聞いていたわ。 彼はあなたがモルテヴァに居るとは思っていないようだけどね」
会って早々打ち解けている様子のエスナとドミナに、ニナは困惑する。
「ニナ、もういいわ。 出ていって大丈夫よ」
「で、ですがエスナ様……」
「邪魔だって言っているの」
「も、申し訳ありません……!」
急いで出ていくニナを見て、ドミナはある程度の関係性を推測できた。
「使い勝手が悪そうね」
「案外そうでもないけれど。 ……さて世間話はこのぐらいにして、要件を言ってもらえる?」
「話が早くて助かるわ」
▽
「見つけたぞ……!」
「わわっ!?」
魔物もどきに遭遇して以降、ハジメはひたすらに魔物の動きを木の上から追っていた。 そして散々飛び回って魔物が増えている方面へ進み続けた結果、魔物を生み出している存在を発見することに成功したのだ。
敵は随分と小さなシルエットで、頭から全身を覆う外套によって外見ははっきりとしない。 しかし、その声と垣間見える顔の丸みは子供のものにも思える。 そいつは魔物の背に身を預けながら疾走を続けており、その最中においてもポンポンと魔物を召喚しては駆け回らせていた。
「ハァッ……ハァッ……! そこのお前、待てッ!」
ハジメは疲れた身体を押して敵を追う。
すでにヘリオドと離れてから半刻ほどが経過しており、ここで敵を止めなければ彼から何をしていたのかと問い詰められるのは必至だろう。 また、元凶たる敵を無力化しない限り、拠点防衛の仕事を全うできているとも言えない。 少なくともハジメとヘリオドが倒れれば、他の面々を安全に帰還させることさえ困難になってしまう。 そういう考えもあって、ハジメは魔物が増え続ける元凶の捜索に躍起になっていた。
「《過重弾》!」
ハジメはポーションを適宜含みながら魔法を乱発する。
木々を縫うようにして走り回り、なおかつ障害物を吐き出し続ける敵に魔弾が着弾する気配はない。
(くっそ……! 出会った敵の対応しかしてないはずなのに、もうポーションの残数が少ない。 戦闘はなるべく避けて動いてたつもりだってのに、どうしてだ……!?)
持ち込んだポーションは試験管サイズにものが十本で、腰のバッグに残されたものは残り二本。 一本飲んでもマナの回復量は二、三割程度ということを考えると、もうすでに魔弾を無駄撃ちできる段階は終わっている。 なおかつ魔物連中と対等に渡り合うには強化魔法の存在が必須で、それを含めれば撃てる魔弾はあと二十発にも満たないだろう。
(恐らく疲れでマナの操作が覚束無いのか……? 自分なりにマナ効率が良くなるように小型の魔弾を作り出してたはずだが、むしろその手間のせいでマナを余計に使って他のかもしれねぇ……。 どうする、地上を追うか……!?)
木々の上は地上よりは比較的安全だが、いかんせん移動範囲が制限されすぎてスピードが出ない。 だからといって地上に降りれば、無駄な戦闘を受け入れることにもなってマナ消費は激増するだろう。
今でさえギリギリ敵の背を追いかけられている状況なので、少しでも動きを止める事態があっては取り逃がすことになる。
(魔弾を使った点での攻撃は駄目だ……。 せめて面での攻撃か、広範囲の──)
「そこの平民、止まらずに動き続けろ。 私は味方だ」
「なっ……!?」
突如背後から投げかけられた声。
ハジメは心臓が飛び上がりそうな驚きを隠さないまま一瞬だけ背後を確認した。 すると、ハジメと同様に木の上を軽々と飛ぶ赤髪男性の姿があった。
(だ、誰だ……? って、ああ……貴族区画の人間かよ)
男性の腕には赤い腕輪がチラリと見え、そこでようやくハジメは安心感を得た。
「ど、どちら様……ですか?」
「ユハンだ。 貴様を取り巻く状況を端的に説明せよ」
「え、えっとユハンさん、俺はハジメ=クロカワって言います。 ……自分は今、魔物を生み出している敵を追っているところです。 仲間の一人も魔物の対処に追われていて、その他二つのパーティがそれぞれ北東と北西へ探索に出ています」
「……爺の探査結果と一致するな。 貴様のもう一人の仲間はウルという名か?」
「あ、いえ……ヘリオドという名の槍術士です」
ハジメはユハンの素性が分からないため、なるべく失礼の無いように心掛ける。
「本命は別か……仕方が無い。 貴様は奴を屈服させられそうか?」
「すいません、マナが残り少なくて……」
「では私が奴を処理する。 貴様は可能な限り援護を行なえ」
「わ、分かりました……。 一応自分は強化魔法が使えますが、使用しても大丈夫ですか?」
「私の魔法発動後にせよ。 ──《君臨》」
「えっ……?」
ハジメは自身に魔法影響が及んだのを感じ取った。 黒い魔導書を取り出したユハンの魔法は、なぜかハジメにも作用している。
(闇属性か……。 効果が分からないけど、拒否して面倒事を起こすのも駄目だろうし仕方ないか……。 効果の分からない魔法を掛けられるのって、こんなに気持ち悪いんだな。 ヘリオドの気持ちがよく分かったよ)
「これより動く。 私に強化魔法を施せ」
「は、はい……《強化》」
ハジメは慌ててユハンに魔法を掛けた。 しかしここで気づく。
(この人、不用心に俺の魔法を受けて大丈夫なのか? 自分が掛けたから、掛けられるのも織り込み済みってこと?)
疑問を呈すハジメをよそに、ユハンは敵に向けて真っ直ぐに飛び出していった。
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